novel

everyhome-18

 那央(なお)の誕生日が今日になった時、また高須賀実(たかすが みのる)からの接触があった。
 高須賀は教室までやってきて、那央を探し、見つけてきたのだ。
 那央は一体何がと思ったが、高須賀は興奮している。

「実さん、なんですかいきなり」
 腕を引っ張られてその腕を引っ張り返した那央はそう問いかけた。

「お前、この間はよくも嘘を言ってくれたな」
 高須賀そう言うのである。

「嘘なんて言ってません」
 那央は本当にそうだったからそう答えたが、実は納得しない。

「お前、今、氷室でバイトしてるんだろ」
「それがなんですか?」
 確かにバイトはしている。それは合っているが、なぜバイトをしていることを知っているのだろうか。
 そんな情報どこからかと思っていたら、なんと前に解雇になった秘書から聞いたのだそうだ。それも那央を入れる為に秘書が数名解雇になったという嘘の話を実は信じているらしい。

「それがって、お前、氷室の副社長に気に入られているんだろ? だったらちょっとお願いしたら、軽く金出してくれるんじゃないか。そうだな一千万くらいはポケットマネーで出るんじゃないか?」
 実はすっかり金が出ると思っているらしい。
 もし侑(ゆう)が出してくれるとしてもだ、一千万なんてそんな大金、ポンポン出せるわけがない。
 実の金銭感覚は相当におかしいようだ。

「なに言ってるんですか? そんな嘘の話にのせられて。バイトがお金なんか借りられるわけないでしょ。大体保証もないのに借りるなんて無理ですよ」        
 那央は当然のことだと返すのだが実は納得しない。

「つべこべ言わずに来いよ」
 実は那央の腕を引っ張って、無理矢理車の方へ向かう。

「勘違いもほどほどにしてください!」
「いいから氷室本社に一緒にこい」
 実はそう言うと那央を無理矢理車に乗せる。
 押し込まれた那央は車から降りようとしたが、それは無理だった。ロックがかかっていて降りられないのだ。

「いい加減にしてください。迷惑かけたくないんです」
 那央はそう言うと、実はにやっとして言う。

「どうせお前、氷室と出来てるんだろ。その顔でたらし込んだんだろうが!」
 そう暴言をはかれた上に顔を平手で殴られる。
 たらし込むだなんてそんなことをした覚えはない。自分はいつもの自分だったのだから。そういう暴言を吐かれると那央はおびえてしまう。
 いつもの実のやり口だからだ。

 殴ることも昔はよくしていた。気に入らないと殴ればいいと思っている節がある。そうして那央を黙らせて、いいようにしようというのが実の計画なのだろうだ。
 いつもいつもそうだ。
 それでも那央は今回は抵抗しようとした。
 すると実がナイフを取り出して那央に向けた。

「その綺麗な顔の皮剥いで欲しいならいくらでも暴れな」
 凶器を向けられた那央は更に青くなる。
 まさか実からそういうことをされるとは思ってもみなかったのだ。
 この人は人を殴ることはあったが、人を殺すような人ではなかった。肝心なところで小心者だったはずだ。それが切羽詰まって突っ走っている。

「み、実さん……どうして?」
 那央がそう言うと、実は懐から携帯を取り出し、何枚か那央の写真を撮る。

「へへへ、これで後は」
 そういうと、実は車を急発進させた。周りの学生が驚いていたらしいが、那央にはそれは見えなかった。目の前に突きつけられているナイフがどうしても気になっていたからだ。
 それから案の定、実は氷室本社に向かった。

 本社の受付では妙な顔をした受付嬢が那央をじっと見ていた。
 那央がバイトに来ることは誰でも知っているので、何も言わないが、今日は連れがいることで少しだけ妙な顔をしていた。
 那央は上に行くというサインと実が危ないとだけ指のジェスチャーで受付の受付嬢に伝えた。
 受付嬢は那央たちが専用機のエレベーターに乗ると同時に副社長室にかけていたように見えた。

 なるべくならそこへ行くまでになんとかしたかったけれど、後ろからいつでも誰でも刺してやるというような雰囲気の実に対抗できるとは思えなかった。

 そうして那央が考え込んでいる内に、エレベーターは最上階まで来てしまう。
 ここまで来ると他に人はいない。
 那央が受付まで来ると、副社長室の受付嬢が言う。

「副社長がお待ちですよ」
 と簡単に言ってきた。

 那央の様子が明らかにおかしいのは読み取れているようで、バイトにきたはずの那央の服装や、実の姿はちゃんと認識してるのに、そう言って副社長室にすんなり通したのだ。 

 そうして副社長室に入ると、そこには伊達はいなくて、侑だけが机に向かって仕事をしていた。

「ああ、那央、ちょっと待ってな」
 そう言って顔も上げずに侑は仕事を片付けていく。

「よう、氷室さん、那央がどうなってもいいのか?」
 そう言う実は那央の顔にナイフを当てる。
 だが、侑は見ていないのでそれが目に入るわけもない。
 実は苛立ったように声を上げた。

「聞こえなかったか? こっちにこいよ!」
 侑がなおも仕事をしながらの状態だったので、苛立った実がそう言って那央の顔を掴んで頬に傷を負わせようとする仕草をした。ナイフが上下していて那央には恐ろしい瞬間だ。
 それでも那央は侑に助けを求めようとは考えなかった。
 どうせならこのまま無視してくれればいい。ただのバイトに金など払えないと言ってくれればいいと思っていた。

「用件を」
 侑は一度那央と実を見てそう言うとまた仕事を片付けることをやり始めた。声は冷静そのもの、この様子を見てもまったく動じた様子はない。
 ある意味、さすがだ。

「お前、聞いているのかよ!」
 実が那央をソファに投げて氷室の机に向かうと、氷室はぴしゃりと言った。

「この仕事が通らなかったら、君には一億の賠償お願いしようか?」
 鋭い視線が、近づいた実を射貫く。
 この時の侑の視線は本物の実業家の顔をした目で、迫力がありすぎて、実とでは力の差は歴然だ。
 近づこうとした実の足が一瞬で止まる。

「ここでも話は十分に聞ける。聞いているので用件を述べよ。だが簡潔にだ。通常なら君は門前払いされていたところだったのだ。私に時間はない、述べよ」
 侑はそう言うと、また仕事の書類に判子を押す作業を再開する。
 一億の商談の書類を中断させたり、何かすれば高須賀は完全に終わるだろう。
 実は侑の机にさえ近づけないまま、その場で用件を言う羽目になった。

「まあ、いい。話は簡単だ、那央とのことバラされたくなければ、一千万出せという話だ」
 その言葉に那央は真っ青になる。

 那央が原因で実が侑を脅すとは思ってなかったのだ。普通にただ金の無心をしてくるだろうと思っていたこと、その甘さに那央は顔色を悪くする。
 実がやることと言えば、那央が世話になっているから金を少し融通してくれと言うくらいだと思っていた。
 実際、実はそうしたことを学生時代に那央の周りでやっていた。子供の悪戯というには、金銭を奪い取るなど、行きすぎた行為だが、実の感覚はまだ子供の頃のままだったらしい。

 脅せば相手が言うことを聞く。たとえ目上の相手でも。
 そう実が思いこんでいるようだ。
 だが、それは侑には通用しなかった。

「なるほど。しかし、君の会社、というより、高須賀グループが現在資金難で危機になっているのを君はまったく理解していないらしい」
 侑がそう呟くと、別の書類を取り出して、それを実に投げつける。
 いきなり話がすり替わっていて、実は唖然としたようだ。
 那央も何の話をしているのか分からず、ポカンとして侑の方を見た。

「現在高須賀グループは、解体作業に入っている。内部事業を外部にゆだねることで、グループを解散して、高須賀は本来の不動産会社として残る程度にしかならない。だがその不動産会社の社長に就任するのは君ではない。高須賀の隠し子だそうだ」

「なんだって?」
 実は呆然として、その与えられた情報を嘘だと決めつけたが、侑が資料を見ろと指で示すと、実は慌てて資料を見た。   

 そこには新聞の切り抜きで、「高須賀グループ解体へ」などという事実の新聞記事が載っていた。それもその情報は二日前なのだ。

「もうグループとは言えない、高須賀の経営は他の会社にかなり引きぬかれていて、君の会社ももう明日で人手に渡るようになっているのだが。君に必要なのは再就職先だろうな」

「なんでそんな勝手に……」
 まさか自分がいない間に、自分が社長に納まっている席がなくなるとは思いもしなかったらしい。それに高須賀に隠し子が居たことも寝耳に水だったらしい。
 これは那央も知らなかったことだった。
 目の前に散らばった書類を見ると、本当に高須賀の不動産会社の社長に就任したのは、高須賀の養父の隠し子であった。

「株式を公開しているのだから、株式総会で決まったに決まっている。うちのように株式非公開にしているグループとは違うからな。今頃役員会議で満場一致で君は社長職を追われることになっているだろう。もちろん、君が高須賀不動産の社長になるのは夢のまた夢という状況だ。その新社長と君の業績は天と地ほどの違いがあるからな」
 そこに侑に電話が入る。その電話は相手からの一言くらいだったらしく、侑は喋ることすらせずにすぐに電話は終わった。

「おめでとう、社長職から無職に転落した高須賀実さん。君のことはお父さんに報告させてもらっている。那央を殴ったことや、ナイフを向けていたこともすべて報告させてもらった」
 侑は感情のこもっていない声でそう言い放ったのだ。

「……なんだって?」
 実は呆然とする。

「君も那央も気づいてなかったようだが、前から那央には私立探偵が張り付いていてね。念のため那央の尾行をお願いしておいたらこれだ」    
 侑は呆れた顔をして実を見てから、那央の方へと移動する。
 どうやら書類関係の仕事は終わったらしい。

「どうして尾行とか……」
 那央が呆然として尋ねると、侑は苦笑して言うのだ。

「君に初めて会ったのは、摩鈴(まりん)を迎えに行った日じゃないんだ。新幹線のホームでちょっとだけね。それからずっと探していたんだ。それを弟がお節介して探偵をやとって君を捜してきてくれたわけだ。その事後報告を兼ねての尾行だった」

 そんな衝撃的なことを言われて、那央は尾行がついていたことよりも新幹線のホームのはなしの方が「ああ、この人だったのか」という驚きであった。
 そういえば、この人は初めて会った時から知り合いのようにしてきていたけれど、そういうことがあったから、那央の事は本当に探していたのだろう。
 こんなところで嘘を言う人ではないからだ。

「俺も探そうと思いました。けれど、あのとき記憶がかなり混乱していて、顔を覚えてなかったんです。探そう、そうしようって思ってたのに、目の前にいたなんて……」
 あの時励ましてくれたのが侑だったなんて、そんなの嬉しすぎる。
 那央が感極まっていると、侑が那央を呼び寄せ、それにつられて那央が近づくとそのまま抱きしめられてキスをされた。

「いいんだよ。私も分かっていて言わなかったから仕方ない」
 そうしていると、カシャという音が聞こえた。