novel

everyhome 太陽

 柔らかな光が射し込む朝。
 閉めきったカーテンの隙間から朝の光が射し込み、薄いカーテンに光が灯り、部屋中を明るくしている。その光に誘われるように目を覚ました那央(なお)は、暫くぼーっとしたままベッドに座り込んでいた。

 朝起きた時、那央は大抵ベッドに座り込んでいる。それは前日に体の負担がかかった為、まだ自分が何処にいるのか把握出来ないのだ。
 そうして視線が窓の方を見たり、天井を見たり、壁を見たりする。そして視線がベッドに戻ってやっと自分の状況を把握する。

 ゆっくりと起き上がってベッドから出てくると、カーテンを開くためにテクテクと歩いていく。さーっとカーテンを一気に開いて光を入れ、その光を浴びて那央はやっと笑顔になった。

 春になって暖かくなってきた日差しに那央は目をやってから庭に咲いた花を眺め更に笑顔になる。

 ここの庭にはいつでも花を用意しており、それを那央は眺めるのが大好きだった。
 父親に見放されてから世話になっていた高須賀(たかすが)の屋敷も同じようにされており、母親が好きだった花が沢山あったのだという。

 昔は母親を憎んでもいたようだが、死んでしまった今、憎んだことより、優しい母親の顔を思い出すようになったと本人は言っていた。

 憎む。それは、何もしてくれなかった母親。お腹が空いてお金もなく、父親も居なくなってしまった後の惨劇になっても、母親はただ困ったと言ってまだ五歳だった那央に縋って、5歳で何も分からない那央を放置したことだ。

 最近思い出したのは、朝の挨拶だ。
 花に囲まれた中で母親が微笑んで「おはよう」と言っていた姿だ。その姿が浮かんだとき、那央は一人で泣いていた。

 花の中で一人で泣いていた那央を見つけた侑は焦った。那央の中にある思い出がそうさせているのだとすぐに気付いた。

「那央、どうしたんだい?」
 侑は内心では慌てていたが、ここで自分が狼狽して那央の心の中を乱すのはいけないと思い、優しく問いかけると、那央は幼い子供のように泣きながら訴えた。

「お腹が空いて……でもお金無くて、お父さんもいなくて、電話も使えなくて……お金が入ってた銀行のお金も全部無くなって、僕どうしたらいいの……お巡りさんに……」

「うん、ゆっくりでいいよ」
 しゃくりながら喋る那央の背中を撫でて、頭を撫でて落ち着かせると、那央は昔の話を続けた。

「お巡りさんに……お金かして下さいって、ご飯が買えなくなったので貸して下さいって言った。僕、何も知らなかったんだ……」

「うん、仕方ないんだよ。那央はまだ9歳だったんだろう? 分からなくて当然なんだ」
 侑がそう言い聞かせると那央は首を振って、更に続けた。

「お祖母様に、なんてはしたないことをするんだって怒られたんだ。お巡りさんが僕のこと知って母さんの実家に問い合わせたんだって……僕はどうすればよかったの?」
 泣きながら縋り付いてくる那央は完全に当時の子供になっていた。こんな泣きながら生きてきた子を侑は知っている。まさに昔の自分だ。

 那央ほど酷くはなかったが、誰にも頼れない、だけどどうすればいいのか分からなくて苛立っている自分だ。

「那央は何も間違っていないよ。お巡りさんに相談したのは良かったんだよ。那央は間違っていないんだよ」

「僕は間違ってなかった?」
 那央が侑の言葉を聞いて、那央の涙が止まる。

「間違ってない。そうしなければ、お母さんも那央も助からなかったんだよ。そうしたら、那央はこうして私と会うことも出来なかったんだよ」
 侑がそう言って自分が今いることを伝えると、那央はハッとなって我に返った。

「……侑さん……あ、俺……」
 我に返った那央は一瞬混乱して、自分が何をしていたのか分からなかったようだった。

「大丈夫、ちょっと混乱していただけだ」
「す、すみません……何か変なことを言ったりしませんでした?」
 那央は泣いていた自分に気付いていたらしいが、その頬に侑がキスをして涙を拭いてやると、キスをされたことに慌てて後ろに下がろうとしたが、その背中はすでに侑に抱かれていたので逃げることは出来なかった。

「逃げることはない。那央、一人で泣くのは止めなさい。せめて私がいるところでしなさい」
 庭に座り込んでいた那央を立たせて、侑はしっかりと抱きしめそう言った。
 那央はその胸に顔を埋めて、その暖かさに触れ、ホッとしたように体の力を抜いた。

 この人はいつでも自分の為に優しくしてくれ、必要な時に手を伸ばして導いてくれる。その優しさが那央には暖かすぎて熱いくらいだった。

 この人は知っているだろうかと考える。自分がどれほどこの人に依存をしているのかということを。この人が居なくなったら那央は全てを失ってしまうことを。

「大丈夫、私は那央を裏切ったりしない。ずっと側にいるよ」
 まるで那央の考えを読んだように侑が言った。
 その言葉に那央は安堵する。本当に嬉しい言葉だったからだ。

「……はい。俺も側にずっと居ます」
 那央は侑にそう約束してしっかりと抱きついた。

 この熱いものを無くしたくなかった。
 太陽みたいに笑って、太陽みたいに自分を暖かく照らしてくれることが何より嬉しかった。

「那央、おはよう」
 その暖かい笑顔を持つ人が那央の部屋に入ってきた。ここはこの人の寝室だ。那央はそれを思い出して部屋に入ってきた侑に駆け寄って抱きつこうとしたが、侑が朝食を持っていたことに気付いてハッとして立ち止まった。

「お、おはようございます」
 駆け寄ってこようとした子犬が主人の持っている物に気付いて立ち止まる様子に見えて侑はニコリと笑った。

「軽い食事を持ってきたよ。ここで食べよう」
 どうやら二人分の軽いサンドイッチを持って来た。それをテーブルに置くと、侑は両手を広げて言った。

「那央、おいで」
 その言葉を聞いて那央の止まっていた足が動き出した。ぶつかるような強い力で走ってきて抱きついてきた那央を侑はしっかりと抱き留めた。

「また、思い出していたね」
「あ……はい」

「さっきから庭を向いたまま固まっていたから、そんな気がしたよ」
 侑は那央が起きてカーテンに辿り着くまで近くのソファに座っていたのだという。那央の動きを全部見ていて、そして朝食を取りに行っていたようだ。

「あ……いえ、思い出したのは、母ではなくて……その……」
「その?」
 顎を掴まれて顔を見合わせられて問われ、那央は恥ずかしそうに小さく言った。

「……思い出したのは、侑さん、貴方の笑顔です」
「私?」
 まさか自分を思い出されているとは思わず、侑は聞き返してしまった。

「泣いている俺を……慰めてくれた時のことを」
 那央が耳まで真っ赤にして告白すると侑はその那央が好きな笑顔を見せてくれた。

「嬉しいことを言ってくれるね。那央」
 微笑んだ笑顔のままで、侑の顔が近づいてくる。それを見つめたままでいると唇に侑の唇が重なった。

「ん……」
 驚いていた那央だが、キスをされてそれが深くなっていくと自然と目を瞑ってしまった。絡められてくる舌に一生懸命答えているとやっと深いキスは終わった。

 朝から濃いキスをされて那央は夢見心地になってしまったが、大好きな笑った顔が那央を見つめて、そして優しい手が頬を撫でてくれるので更に安堵してしまった。
 本当にこの人が好きだと何度でも思う。

「……好き、大好き」
 那央がそう言うと、侑は笑って答えた。

「私も那央が好きだよ」
 その言葉にまた安心感を与えられた。
 この腕が、目が覚めた時にいつでもあることが那央のささやかな願いだ。

「さあ、ご飯を食べよう、那央」
「はい」
 侑に導かれるままにソファに座って、那央は朝からこのまま死んでもいいと思えるほどの、小さな幸せを味わっていた。

 それは相手である侑も同じであることを那央はなかなか気付かないでいる。那央が幸せであることが侑の幸せであることはのちのちに分かることだった。