novel短編

fearless-1

「居た!」
隠れていた青年がその声にハッとして振り返った。向こうから来るのは黒服の男たちだ。よく見知っている顔だ。
路地裏に逃げ込んできたが、どうやら先が行き止まりで逃げられない。逃げ道を一本誤ったことに気づいたのは、予定していた裏道に出られないことに首を傾げたところだった。
「まずい、道を誤ったな」
追いかけてくる黒服の男からはもはや逃げるのは不可能だ。正面突破をしたところで向こうで待っているのはあの男だろう。
「緋織(ひおり)さん、いい加減に……」
「ああ、諦めた」
黒服の男が焦った顔で言うのに対し、青年、緋織は悠長に立ったまま頷いていた。
思わず転びそうになったのは黒服の男、百舌宗矢はガクリと肩を落とした。
「この辺りは危険なので、そうそう飛び出されては困るんです」
「分かった、戻ろう」
百舌が説教を始める前に緋織は簡単に諦めがついてしまい、元来た道を戻り始める。慌てて百舌がついてくるが緋織にはもう逃げようという気概はなかった。
通路を抜けて表通りの車道まで出ると、さっき緋織が逃げ出してきたばかりのベンツが止まっていた。緋織は堂々とその後部座席のドアを開けて乗り込む。後部座席にはもう一人男が乗っていた。
光に当たった緋織の顔が男の目に映る。
黒い髪で黒い瞳、純日本人という顔は綺麗に整っている。大きな目はアーモンド型でパッチリとしていてその目が瞬きをするたびに濡れた瞳が見つめかえしてくる。スッとした顔の中に綺麗に整った顔のパーツが見事に配置されている緋織は、美人と呼ぶのがふさわしい姿をしていた。立っている姿は細いが体のパーツもやはり綺麗だった。
緋織が長い足を組んで座ると、男が笑った。
「もういいのか?」
笑いながら緋織の頬を手の甲で叩いてくる。
「大体、お前が余計なことをするからだ」
緋織は撫でてくる手を振りほどき、男を睨み付けた。
男はまだ笑っていたが、振り払った手はさっさと引っ込めてくれた。
百舌が乗り込むと車はすっと車道に戻っていく。静かな車内に隣の男がめくる書類の音だけが響いている。
「そんなにDUOに行きたかったのか」
男が言うDUOとは、最近出来たフランス料理店だ。人気で予約がなかなか取れないという噂だ。緋織がそこへ連れて行ってもらえると聞いたのは、今日の夕方。喜んで出かけてきたのは良かったが、男の会社で3時間も待たされた挙げ句、予約時間を過ぎてしまったのでキャンセルしたと告げられた時から緋織の機嫌は降下の一途を辿ってしまったのだ。
空腹と腹立たしいのが重なって苛々が募って車が信号待ちで止まったところから車を飛び出したのだが、結果自分が予定していた道へ抜ける道ではなかったという間抜けなことになってしまったのだ。
「当たり前だ。そうじゃなければ出てこなかった」
緋織が素直に認めると男は苦笑していた。
「悪かった。まさか予定が狂うとは思わなかった」
男がそう言うのだが、緋織は溜息を漏らすだけだった。
この男が仕事で予定が狂うのなど、一年前から続いていることだ。
男は、戌亥凌(いぬい りょう)という。年齢は30。怪しげな会社の現在社長補佐をしており、毎日が忙しいサラリーマンだ。しかし、その見た目は悪い。はっきり言ってヤクザだ。綺麗な顔をしているが見た目は怖い。表情はあまり動かない方らしく、仕事をしている時は無表情と言える。
上から下まで真っ黒。スーツも黒なら靴まで黒。どうみてもヤクザにしか見えない。
その怪しげな容姿には訳がある。戌亥は本物のヤクザだからだ。ただ任侠をやっているヤクザではなく、インテリヤクザの走りだろうが普通に認められる会社を任され、その地位に就き、会社の運営を手伝っている。某組の組長が社長であるらしいが、経営の方は暫く戌亥に任されているらしい。
つまり組長直々の配下にあるヤクザというわけだ。有名大学を出て、なんでヤクザなんかにと思うだろうが、戌亥の慕っていた先輩というのがその組長なのだという。別の会社に居た戌亥を引き抜き、いずれは副社長辺りに収まる約束がされているそうだ。ある意味将来有望な男である。
戌亥は今の地位には満足しているようで、仕事が忙しいことも気にしたこともないらしい。
その戌亥と出会ったのは、一年前のことだ。
よくよく考えれば、緋織の失態からの出会いだ。
緋織の名字は御堂という。世界でも有数の企業、氷室グループ系列の会社、ホテル業を担当している一族だ。その御堂家の次男にあたるのが緋織だ。
その緋織には兄弟がいる。兄は大学を出たばかりの伊嗣(いつぐ)と緋織の妹で高校生の都亞(とあ)だ。その妹の都亞はまだ17歳だが、その彼女に見合いが来た。
現在急成長している不動産会社と金融業の社長補佐をしている戌亥との見合いだった。御堂家は見込みある会社の人間となら誰にでも婚姻を進める家なのだ。
この御堂家の叔母などは、氷室家の会長に嫁いでいるくらいだから政略結婚で成功している家でもある。
だからなのか早いうちから見合いを持ち込んでくるモノが多い。都亞にそういう話がくるのは初めてだったが、御堂家ではそろそろだろうと言われていた。
だが、都亞は見合いの日に出かけたいお芝居があり、直前になって抜け出すので何とかして欲しいと緋織に頼んできたのだ。
「ああ、いいよ。断ればいいんだろ?」
そう気軽に答えたのは緋織だった。
見合い相手の会社社長補佐も17歳の小娘相手に本気で結婚しようとは考えないだろうと思ったからだ。どうせ御堂家が我が儘を言い、それに付き合っているだけの相手だろう。だからこっちから断ればいいだけのことだった。
見合いに出た都亞が途中で手洗いに出たところで緋織がその場に乗り込むことになってしまった。
驚愕したのは御堂家の叔母たちだろう。
「緋織、都亞はどうしたの!」
平然と都亞の席に座ってお茶を頼む緋織に周りがせっついてきたが、緋織は淡々と返していた。
「見たいお芝居があるんだってさ。ごめんね、えーと戌亥さん?」
周りが大騒ぎして都亞を連れ戻してくると騒いでいる中、都亞の見合い相手である戌亥はじっと緋織を眺めていたが、ふっと笑った。
強面だった表情は、その笑ったことで少し柔らかくなっていた。見た目は怖いが見た目とは違う印象だった。悪くない人であろう。やはり御堂家が我が儘を言い、休日を潰された可哀想な人なのかもしれない。
バタバタと周りから人が居なくなると、戌亥はやっと口をきいた。
「緋織と言ったか?」
「はい」
「この後予定は?」
「家帰ってご飯食べて寝るだけ」
つらつらと大した予定はないのだと告げると戌亥は面白そうに笑った。
「暇そうだな」
「暇と言えば暇」
「暇なら付き合え。お前のお陰で時間が空いたからな」
そう戌亥は言うと席を立った。
緋織はふむと頷き席を一緒に立ってから言った。
「ご飯おごってくれるなら何処でもいいけど」
平然と答えた緋織に戌亥はニッと笑って緋織と見合いの席を抜け出したのである。
で、ここまでなら普通の出会いとは言えないが、普通に意気投合しただけだったのだが、何を間違ったのか、緋織は戌亥に流されるまま一晩一緒に過ごしてしまったのだ。
そうセックスをしてしまったのだ。
売り言葉に買い言葉。やったことないからやってみようとか、怖いなら逃げていいんだぞと言われて、逃げるかよと怒鳴った緋織をまんまと戌亥は自分の希望通りに緋織を抱いたわけだ。
その日から一年が過ぎているが、寝たのはあの一回だけである。
戌亥がどういうつもりなのかは緋織にも分からないし、戌亥に言われるまま出てきてしまう自分の心をも緋織には訳が分からないところである。
戌亥に呼び出されるのは月に一回あるかないか、下手すれば二ヶ月くらい何の連絡もないこともある。だが呼び出されると緋織は他に予定が入っていても戌亥の約束を優先してしまう。けれど戌亥がその約束を守ることは稀だ。今日のようにキャンセルされて予定を潰されることもある。
どうして自分は戌亥の言う通りにしているのだろうと思っていると、戌亥が笑っている。
「お前は本当に可愛いな」
「うるさい、とにかく飯が食えないなら帰る」
緋織は今日も約束は守られないのは分かったから帰るつもりでいたが、それを戌亥が止めた。
「今日くらい遅くなってもいいだろう」
「飯ないのにどうしろと」
とにかく飯だ。腹が減ってどうしようもないのだ。だから下らないことを考えているし、馬鹿な昔のことを思い出したりしている。
「お前は本当に飯のことばかりだな。俺が作ってやるから今日はそれで勘弁しろ」
「それは嫌だ。やっぱり帰る!」
戌亥の作るご飯は壊滅的にマズイのだ。冗談ではない。有名レストランの料理のはずが、壊滅的にマズイ料理に変わろうとしている。本当に冗談ではない。
「冗談じゃない、お前の飯など食えるか!」
今度の信号で降りようと覚悟を決めると、それを悟ったのか戌亥が緋織の腕を掴んで強く握ってきた。
「残念だが今日は帰すつもりはない。朝まで俺に付き合って貰おうか」
戌亥がはっきりとした口調でそう言うと、緋織は面倒くさそうに振り返ったが、その戌亥の顔が真剣な顔をしている。目は自分を射貫くような鋭い視線。これは前にも見たことがある。
そうあの夜の出来事と重なる。
「緋織」
ドキリと胸を鳴らす声。
近づいてくる顔。
驚いたまま緋織はギュッと目を瞑ると、キスをされた。
キスすらもあの一年前と似ている。
目眩が起きて、後は何も考えられなくなるようなそんな激しいキスだ。
どうせこの男は自分が居ない時には他の女や男を抱いているのだろうと分かっているのに、この男の強引さにはどうしても逆らえない。
緋織も散々な性格であるが、戌亥ほどではない。この男ほど酷い男は他にはいないだろう。
それが分かっていても緋織は戌亥には逆らえなかった。この男の色気にやられるのは自分だけではないと分かっていてもやはり逆らえなかった。
「ん……あっ」
乳首を摘まれて片方を舌で舐められて体中が熱くなってくる。戌亥の手が緋織自身をやわやわ撫で勃起してくる性器の先を指で捏ねてくる。
戌亥は挿入するよりも緋織の痴態を見るのが好きなようだ。他人がどうか分からないが挿入している時よりも前戯が異様に長いと思う。
体中を舐め回し、緋織が先に何度も達くのを楽しそうに見るのだ。その時の目は優しい色をしていて、恥ずかしさよりも嬉しさが出てくる。
そうなると戌亥にされていることを全部受け入れてしまうのだ。
「やだ……んぁっあっ……う……あっ」
ビクビクと体を震わせて緋織が達くと、脚を片方抱えた戌亥がその脚の内側にキスをしてくる。まるでよく出来たと言わんばかりのようだった。
「お前、一年でかなり育ったな」
達ってまだ体の力が入らない緋織の体を俯せにすると腰を高く上げ、突き出されたお尻にキスまでして戌亥が言った。
「お前の成長期は大学に入ってからだったのか。もう少し体つきも大きくなりそうだな」
「ん……あ……何?」
「何でもない。さあ本番だ」
「あぁっ!」
無駄話を打ち切るように戌亥が散々解した穴の中に己を突き入れた。久々に受け入れるそれは解したとはいえなかなか辛いことだ。
だが戌亥も手加減をしているのか、限界まで緋織を追い詰めておきながらもまだ戌亥の方には余裕があるような動作だ。
しかし緋織は一年ぶりに戌亥に抱かれて思考や行動が追いつかない。ただ煽られるまま戌亥に身を任せるしかなかった。
その最後に気を失う瞬間だった。
戌亥が何か一言言ったような気がしたが、それは暗闇に沈む意識では聞き取れなかった。