novel短編

fearless-4

「やっぱり、お前ってやつは……」
戌亥が溜息混じりに呟く。
「俺がなんだって言うんだ!」
耳元で怒鳴られて戌亥は頭を抱えた。
どうしてここまで通じないのだろうかと、戌亥は本気で訳が分からない。これは本当の意味を教えないと緋織には一生理解出来ないものだのだろう。
「ヤキモチやかせようとしたんだよ」
渋々という風に戌亥が言った。
「誰の?」
キョトンと聞き返す緋織に戌亥は指を差して言った。
「お前のだ」
「…………………………はい?」
思いっきり訳が分かりませんという表情が返ってきた。
やはり通じてなんかいなかったようだ。
緋織はあの行動で戌亥が緋織にヤキモチを妬かせようとしたと言われて、かなり混乱した。
「え? ちょっと待って、なんで俺にヤキモチなんて……って……まさか……いやそんな馬鹿な……」
最初は驚いて、そして悩んで、更に思いついて、否定した。
あれは東依の冗談だったはずだし、緋織と戌亥の間にそういうものはなかった。どっちもお互いの気持ちなど確かめたりしなかったし、意思表示も言葉にもしていない。
だから結論がそこにいくのが納得できない。
「馬鹿なって?」
あまりに真剣に否定してきたので、戌亥は尋ねてみた。
「東依が言ったんだ。お前が俺のこと好きなんじゃないかって……」
緋織はこの間東依に冗談で言われたことを素直に言っていた。
「で、お前はなんて答えたんだ?」
「ないないって」
手を振って思いっきり思い当たりませんとやったところ戌亥がとうとう撃沈した。ベッドに倒れ込んで頭痛がしたとばかりに頭を抱えた。
「どうして答えが用意されていて、ここまでやって否定されにゃならんのだ」
そりゃヤキモチ妬かせようとしたところで無駄なはずだ。緋織は自分が戌亥に好かれているとは微塵も思っていないということなのだ。だから自分の為に戌亥が何かやってくれるなど夢にも思っていない。もちろん、戌亥がしてきたことの意味もさっぱり分かっていない。
ましてや嫉妬というものを抱かせるのも無理だったのだろう。
「お前、俺のこと好きなのか?」
緋織は倒れ込んだ戌亥の顔を覗き込んで聞いた。そんな様子なんて微塵も感じていなかっただけに、戌亥からの言葉を待ったのだ。
察してくれと言われても戌亥からそんな態度は見て取れなかったのだから、聞きたくもなる。
戌亥は緋織の方を見上げるとやっと言った。
「ああ……好きだ」
戌亥の真剣な答えに緋織はいつになくドキドキとした。
「で、でも……いつから?」
緋織は戌亥の態度が変わったのはつい最近だと思っている。あのしつこかった報告のメールだ。あれくらいしか戌亥が変わったとしか考えられない。
だが、そうなると一年前の出来事は何だったのかという疑問も浮かんできた。
「一年前の見合いの時からだ」
戌亥がそうはっきりと言うと、緋織は目を見開いて戌亥を見下ろしていた。
まさか出会った時からそういう風に好かれているとは思わなかったのだ。
「そ、そうなのか……そうか。だったら最初からそう言ってくれれば、俺も考える余地はあったのに」
緋織は今まで考える余地はないと思っていたから考えないようにしていたのだ。
戌亥が自分を抱いたのはただの興味本位なだけだと思っていたし、あれから一年後にまた抱かれる意味が実はあったと言われ、だったら最初にそう言ってくれれば心の準備というものも出来た。
「最初に言ったところで、それこそ、おじさんの世迷い言だと笑うだろう」
17歳の妹と見合いするような30近いおじさんが18歳の男を好きだと言い出したら、普通ならどん引きするところだろう。
それでも押してみると緋織は興味からなのか、素直に体を開いた。これで戌亥はもしかしたら緋織は性別に拘らない人間なのかもしれないと少しは期待したが、そう簡単にはいなかった。
緋織は戌亥に懐いてはいたが、好きだとか恋愛感情を一度も戌亥には見せなかったからだ。
「……うーん、笑うか分からない。でも嬉しかったと思うよ。俺、戌亥のこと気になってたから」
「気になってねぇ……」
戌亥が正直に告白しても緋織の態度はそれほど変わってはいない。だがそう言った緋織は少しだけ嬉しそうな顔をしているのは分かった。
戌亥には緋織がそれほど人に好かれる人間ではないことを知らない。誰かに好きですと告白されることなどそれほどない緋織である。これまでも他人がいきなり好きだと言い出して告白してきたことはあるが、戌亥の時とは明らかに嬉しさが違っていた。
「ずっと考えていたことがあるんだ。お前のこと、なんで最優先にしていたのかって。それが気になっているからって理由だけでは納得出来ない……」
緋織は素直に自分の感情を伝えているつもりだが、自分で処理出来ないでいた。
どうして気になっているだけで、あんなに今日のことが腹立つのか分からなかったし、寂しさを感じるのかも分かっていなかった。
戌亥が他の人の気を惹く為にあんなことをしていたことで苛々していたのかも、どう処理して、どういう感情だったのか分けることが出来ない。
嬉しい顔からふと思案する顔に変わった緋織。その様子を見た戌亥はまさかと呟いた。
「お前……まさか……誰かを好きになったことはないのか?」
戌亥は緋織が何を言っているのかやっと分かった顔をして覗き込んでいる緋織の顔を両手で包んで聞いた。
その言葉に緋織は苦笑して答えた。
「ないよ。女の子も男の子も。だから分からないんだ。お前に好きだって言われてドキドキしてる自分の感情がなんなのか」
緋織がそういうと戌亥は驚いた顔をしていたが、次第に優しい顔をして言った。
「お前、俺のことを初めて好きになったんだな」
戌亥の滅多に見ない笑顔と一緒に飛び込んできた自分が戌亥が好きという言葉に緋織は驚きっぱなしだった。
戌亥の顔は前から怖いけれど好きだったのは確かだ。美形を見慣れてくると少し味のある顔の方が気になってくる。その顔が自分にだけ人に見せる顔と違う顔を見せてくれるのがまた嬉しい。
「好き……なのかな」
まだよく分からないという緋織の戸惑った声がしたが、戌亥はそれでも仕方ないと思えた。
こんな変則な関係を一年も続けてきて、やっと分かったくらいだから緋織にはもっと強気で好きだと言わないと分からないことなのだろう。
誰にでも好かれることはあっても緋織が恋愛感情を持つことがなかったのは、ちょっとした感情の欠陥だ。
緋織は御堂家という資産家の家の者だ。だからちやほやされることには慣れているが、その好意が全ていい方に働いているわけではないことを子供の頃から知っている。
ただ金持ちで繋ぎが出来れば、あらゆる融通が出来るという裏にある心を知っている。それを見込んで人が近づいてきて、そして失望して離れていくことには慣れていた。
だから誰にも期待をしたことはないし、まして恋愛感情など抱けるものではなかった。
そうして閉じた緋織の世界に強引に入ってきたのが戌亥だ。彼は緋織を振り回し、心の中に住み着いた唯一の人間だ。
それが気になって仕方ないと緋織は言っている。
その欠落したはずの部分を戌亥が発見し、緋織に好きだという感情を教えることになろうとは戌亥も予想はしていなかった。
だが、攻めるなら今だということにも戌亥は気付いていた。
初心な心にすり込みのように何度も「俺を好きになってるんだ」と言うことは、緋織に自覚させるいい方法でもある。
他の誰にも出来なかったことが戌亥には出来る。緋織はそう言っているのだから。
「そうなんだろうな。お前、俺のこと気になると言っただろう。気になって優先してと。そこまでやったら普通好きだってことじゃないのか。俺はそう思ってお前の感情を揺さぶれるはずだと思っていたんだがな。しかし、好きが分からないとは思ってなかったよ」
戌亥はそう言いながらも攻めることはやめない。緋織を理解した今なら、攻める方向性もはっきりしてくる。やり方を変えれば、緋織は自然に落ちてくる。
「うん、でも分かったからいい。これが好きだって言うなら、俺はずっとお前のこと好きだったことになる。他になかった感情だし、ずっと気になってたんだから」
緋織は戌亥がしてきたことは戌亥さえ見抜けなかった緋織の感情からだと分かった。それにあのパーティー会場で空しくなったり寂しくなったのは、戌亥に本命がいると思ってからだった。
あの空虚感はきっと戌亥を失うと恐れたせいだ。戌亥だけはずっと自分の側に居てくれると信じていたから、勝手に失望したのだ。
今まで離れていく人に対して、緋織はこんな未練などなかった。だがそれがあるということは、戌亥じゃなければ駄目だという気持ちがあったからだろう。
実際、さっきまで怒鳴っていたのに、戌亥の告白を聞いたとたん、怒りは形を潜めてドキドキとする心臓が鳴りっぱなしだ。
「あ、そうだ。一つ聞きたかったんだけど、お前さ、なんでこの一年俺のこと抱かなかったんだ? この間急だったからびっくりして……」
緋織がそう言うと、戌亥はああと声を出して言った。
「お前が18なのは分かってたが、抱いた時にな。ちょっと成長が足りない感じがして抱いて壊しそうで怖かったんだ」
正直にその時の感想を言うと緋織は首を傾げた。
「……壊すって?」
一体何をだ?と不思議がる緋織だが、戌亥は苦笑して言う。
「実際丸一日寝た状態だったし、俺の全開についてこれるような体力はなかったし、体が少しでも大きくなるまで待った方がいいと思って一年待ってみた」
確かに戌亥はあの時「育ったな」と言ったような気がする。あれは成長を見ていたのだろう。
緋織の体がまだ出来上がってないひ弱なことは触って分かったらしいが、それでもその時は欲望に勝てなかったらしい。
だが潰れている緋織を見たときに、これでは駄目だと思い、一年様子を見ていた。
そして一年後に戌亥は確認するように緋織の体に触れたが、一年も待った欲望は止まるところを知らなかった。
「本当なら後一年待った方がいいと分かってたが、どうしても我慢出来なかった……お前、会うたびに可愛くなっていくからな。とうとう我慢できずにだ。あの日は初めてお前に会った日でもあったしな」
戌亥がそう告白したので、やっとあの日に起ったことが何だったのか緋織は理解出来た。
「あ、だから食事に行こうって?」
記念日だったから戌亥は食事に誘ってきたのだ。
だが、その約束はいつも通りに戌亥の仕事に潰された。それで緋織は怒っていたのだが、戌亥の狙いは別にあったことには気付いてなかった。
「そう、その約束も守れなかったから嫌われても仕方ないと思ってたが、お前が覚えているわけないよな」
誰かを好きになったことがない緋織が、その人と出会った日という記念日を覚えているわけがない。
実際、緋織には戌亥のただの我が儘だったと思っただけだ。だが戌亥はそうした記念日は大事にする性格らしい。
「つーか、記念日とか……言われても」
緋織は少し考えるように唸って言った、
「お前の性格を分かっていたら、まああり得ないことだったな。悪かった」
戌亥は緋織の顔を覗き込んで謝った。
だが、戌亥が覚えていた記念日すら、それよりも出会って気になっていた人との記念日すら気にしてなかった緋織は、表情を暗くしていた。
けれど戌亥は緋織を頬を撫でて言う。
「これからそういうことも覚えて行けばいいんだ。それに記念日がいつかはもう分かってるだろう?」
戌亥のニヤッとした顔を見て、緋織はかあっと顔を赤くした。
戌亥と出会った日は戌亥と初めて寝た日でもある。そしてその一年目の記念日は、この間また戌亥と寝た日でもある。
これを忘れろという方が無理だった。
「そういや、お前、なんで俺が手を出した時、拒否しなかった?」
戌亥が起き上がって緋織を上から見下ろすようにして尋ねる。
戌亥が緋織に手を出した時。あれは酒に酔っていたわけでもないし、何か薬を仕込んだわけでもない。キスをして、自然とベッドへと雪崩れ込んだ。
だが、緋織の感情が戌亥になかった当時、緋織はこんなことはと拒否する可能性はあった。見るからにノンケであったし、戌亥に興味はあっただろうが、だからと言って抱かれる理由にはならない。
誰でもいいから経験してみたかった。そんな理由も緋織の中にはなさそうで、どうしてだったのか戌亥は今更ながらに気になった。
「何がなんだか分からなかったんだよ!」
いきなり緋織が真っ赤になって切れた。
「キスされて……そんで気持ちよかったし、お前、上手いし……っ!」
抱いている最中でも緋織は意外に冷静だった。だがこうして聞いてみると、今更ながらに真っ赤になる。どうやら最中の方が意識が朦朧としていて、戌亥のされるがままで考える余裕はなかったようだ。
「上手いし?」
戌亥がニヤッとして更に聞き返すと、緋織は耳まで赤くしている。素面で言うのは耐えられないらしい。
「なんか、くっついてるの気持ちよかったしっ! お前、やってる時の方が優しいからっ!」
戌亥は普段は結構素っ気なかったりする。約束は破るし、緋織を苛つかせることをしてきたりする。だが最初に流れで抱かれた時、戌亥が緋織に気を遣って優しかったのを知っている。
その優しさがあることを緋織は知っているからこそ離れられなかった。
「それはな、お前が抱かれてる間、ずっと素直だからだ」
戌亥はニヤッとして緋織にキスをした。
叫ぼうとして開いた唇に戌亥の唇が重なって、自然と深いキスになった。舌が入り込んできて緋織の口腔を舐め回してくる。
「んん……」
キスをしている間に、緋織は戌亥にベッドに押し倒された。更に深くなって緋織は耐えるように戌亥の服を掴んだが、その手の力もとうとう緩んでしまった。