novel短編

「初めてだから」-1初めてだからわからない

「なあ、お前、いっつも塚本(つかもと)ばかり見てるけど、ほんとどうしちゃったんだ?」
 天野悠平(あまの ゆうへい)はぼーっとしながら、窓側で友達と雑談している塚本桂一を眺めていたからびっくりして友達の久保康太(くぼ こうた)を見た。

 久保は小学校時代からの友人で、高校でも同じクラスになるほどずっと近い存在だった。なかなか友達が出来にくい天野だが、久保のお陰で一応の友人たちは出来たし、クラスにも馴染めていた。
 そんな久保がそういうことを言い出すから天野はびっくりしてしまうのだ。

「なに?」
 何言われたのかハッとして考えるけれど、眺めていたのがばれた方が恥ずかしい。

 実際に天野は塚本をずっと見ていたからだ。クラス替えをし、初めて同じクラスになった塚本桂一は外見はちょっと外国人っぽい顔をしている。どうやらハーフだったらしく、瞳の色も薄い、髪も薄い茶色で太陽に当たると綺麗な金髪に見える。そして背は180センチ以上あるらしく、けれど身体の線が細い、ハーフによく見られる足が長くてシルエットが綺麗な人だった。男の人なのに綺麗な顔立ちである、スタイルもいいから男子校なのにモテる存在なのだ。

 それを知ったのはクラス替えをして気になった塚本を見ていたら久保が仕入れてきた報だ。本人は学校では大人しくしているが派手に遊んでいた時期もあったらしく、その名残があるのか華やかではある。

 そうした塚本を見ていて、いつの間にか天野は塚本を目で追うようになっていた。人目を惹く存在であるし、いつでも誰かが見惚れてしまう容姿だから、ついつい天野も目が離せなくて見てしまうのだ。
 だから休み時間になるといつも塚本の仲間が集まっている方を見てしまう。

 だが天野が見ているのはその仲間たちのうらやましさではなく、ただただ塚本に目がいってしまうということだけだ。

「んだから、なんでそんなに塚本ばっか見てるのかって言ってるんだけど」
 不審に思ったらしい久保は再度そう言って尋ねる。

「いや、なんていうか。目がいくなあって思って。気がついたら見てる」
 よく意味が分からないながらも天野はそう答えていた。
 本当につい目がいく存在だからだ。

「んー? もしかして悠平、塚本が好きになったとか言わないよな?」
 そんなとんでもないことを言い出す久保に天野は慌てた。

「そ、そ、そんなんじゃないから!」 
 もの凄く慌てたからもの凄く怪しい言い訳になってしまった。

「そんなんじゃなくてもさ。お前気付いてないだけじゃないのか?」
「え? 気付いてないとか言われても」
「だからさ、本当は好きになったから見てるとかさ」
 久保はそうした解釈をしてくる。

「なんでそうなるんだよ……」
 思わず天野は脱力する。そんなつもりで見ていたわけでもないし、塚本を見てもただ綺麗だなと思うだけでそれ以上何か思ったわけでもなかったのだが、そう言われてしまうと意識してしまいそうで怖い。
 自分には男を好きになるという選択項目はないはずなのに、段々と意識していきそうだ。

「なんでってそう思ったからに決まってるじゃん。どう考えたって端から見たらそうとしか見えないって」
 久保はそう言って力説する。それもずっと恋愛というものをしてこなかった天野が初めて他人に興味を持って、しかも行動をじっと見守るようなことをしているのだから、絶対そうだそうに違いないと久保は思っていた。

「そんなに露骨だった?」
 ただ何となく見ていただけのつもりだったのに、こうも勘違いされては自分の行動に不信なところがあるのではないかと思った。

「うん、露骨」
 はっきりとそう言われて天野は脱力する。
 思わず机に突っ伏してしまい久保がケラケラと笑っている。自覚なしにしろこれは酷いと思ったようだ。

「んでさ、綺麗だから見てたとか、もう惚れてるとしか思えません。悠平って女の子でもそういう目で見ないからさ」

「そりゃ女の子は可愛いと思うよ。でも付き合うとかまでは思わないし……」
「そういう感覚でらっしゃったとは、恋愛音痴も困ったもんだな。あ、そうだ。この間さ」
 久保はそれ以上追求するのをやめて話を変えた。久保の話が飛ぶのはいつものことだ。

「ん?」

「お前に貸すって言ってたCD、あれ他のヤツに貸したらさ、割っちゃってよ。限定版だっていうのにさ」
「えーそれは……」
 久保はがっかりしたようにそういう。CDはある有名なピアノ奏者の限定版CDだ。こういう音楽が好きな久保は趣味範囲でピアノもやっているから、そのつきあいで天野も聞くようになって借りたりしていた。

 その限定CDをどうしても貸して欲しいと言う友達に貸したのだけれど、不注意で割れてしまったらしい。その限定版には通常版に入っているような音楽が2、3曲なくて、もう手に入れるのも困難な状況だ。
 もちろん相手は弁償すると言ってCDを探しているらしいがなかなか見つかるものではない。ただでさえピアノの音楽CDだ、通常では売ってない店の方が多いのだから。

 つまり見つかるまでは天野もそのCDを借りることは出来なくなってしまったというのだ。
 もしかしたら限定版は見つからずに、ずっと聞けないかもしれない。

「探すったって、こっちだって予約して取り寄せしてもらったもんだぞ。そうそうあるかよ」
 そう言って久保は文句を言う。でも文句を言ったところでCDを貸した自分にも非があると分かっているからあまり強くは言えず、ここで愚痴っているのだ。

「その限定版CDって題名は?」
 急に後ろから話しかけられて、天野と久保は驚いてそっちを見た。そこにいたのは塚本で、どうやら途中から話を聞いていたらしい。

 というのも、天野が今座っている席は久保の席の隣で人の席を借りている状態。その後ろが塚本の席になっているのを天野は思い出した。

「え?」
 そう問い返すとまた限定版CDはどんな題名?と優しい口調で聞かれた。

「……えっと、榎木津綾乃の最近出た限定版です」
 このピアニストのCDは人気が高くてなかなか手に入れられないものだ。その限定版で最近出たものと言えば分かるだろう。

「うちにもそれあるよ。貸そうか? 他にも榎木津さんの限定版とか海外版とか持ってるよ。天野、そういうの好きなの?」
 塚本はどうやらこういう音楽を聴く人は少ないのを知っていて同じ趣味がある天野に興味を持ったらしい。

「久保がピアノやってて、それでいろいろCD持ってるから借りて聞いている」
 天野がこれに答える羽目になったのは、さっきまで喋っていた久保がわざわざ気を利かせて天野に話をするようにし向けているからだ。

「天野はピアノはやってるの?」
「いや、俺は小学校くらいで辞めてしまったから」
 手を振りながらそう答えた。ただ聞くのは大好きなので聞いているだけで、音楽の才能はそれほどあったわけでもなかったから中学にあがったのをきっかけに辞めてしまったのだった。

「ふーん、じゃ、放課後空いてる?」
 いきなり塚本はそう言い出した。すると久保がそこに口を挟みさっさと言うのだ。

「空いてます空いてます。どうぞもっていっちゃってください」
「ちょっと、康太!」
 いきなりそう言われたので、訳が分からないまま天野は康太を止める。
 すると塚本はくすくす笑って言ったのだった。

「放課後、うちにおいでよ。CDたくさんあるから貸してあげるよ」
 そう言われて思わず嬉しくなった天野はうんと頷いていたのだった。条件反射は怖いものだ。