novel短編

「初めてだから」-5初めてだからゆっくりと

 学校では天野と一緒にいる時間が多くなった。
 天野の友人久保はとても面白い人間で、いろんな知り合いが尋ねてくる。

 そうした中で自然と塚本の評判もあがってきたようだ。
 天野とつるむようになってからの塚本は、今までの様子とは一段と違い、話しやすくて穏やかな人間であると認識された。

 山本たちのような荒さがあると思っていた生徒たちは、この違いはなんだろうと思いだす。けれど塚本が天野を見る目が異様に優しいのを見ると、これはどうも天野に気があるとしか思えないと思うようになる。

 影ではそう噂され、天野も満更ではなかったのではないかという噂まで入ってくる。相思相愛という関係だが、二人はまだそういう関係ではない。
 このもやもやとした暖かいまなざしを送り合っているだけなのだ。
 それに焦れたのは友人の久保だ。先頭を切って、友人たちと画策し、塚本に話を進める。

「実はさ、こいつが映画の券が余ってるから買ってくれないかって言うんだ。二枚で1000円でいいって」
 そういって差し出されたのは、今公開中の人気映画、アクションものの超大作というふれこみの映画だ。シリーズ3作目で人気は最高潮に達している。そんな映画の券を持ってこられて、映画が好きだと言う天野のために使ってやってくれと言うのだ。

「天野はアクションもの好きだっていってたな」
 それを見て塚本はふむと考える。そういえば次は映画に行こうと言っていた。たぶん見たいのはこれなのではないかと思う。久保が持ってくるくらいだからそうなのだろう。

「分かった買うよ」
「よしゃお買い上げ」
 久保が塚本から千円せしめる。実はこれはクイズに答えて当たった景品の一つで、当たった当の本人は興味ないと言ってたからタダ同然の品物だった。

「康太、何やってんの?」
 ちょうどそこにトイレに行っていた天野が戻ってきた。すると久保がにんまりして言うのだ。

「塚本がいいもの持ってるんだって」
「へ? なに?」
 久保の言葉につられて天野はそれに興味を示す。塚本は仕方ないなとばかりにさっき仕舞ったばかりの映画の券を出して見せた。それを見た天野の顔がどんどん変わって笑顔になっていく。

「いいなーこれ。どうしたの?」
「さっき買わないかって言われて買った」
 塚本がそういうと、天野は。

「えー俺買ったのにー」
 とすねた。大いにすねた。どうやら一緒に行くという選択肢がないようだったので、塚本はにっこりとして言う。

「今度映画行こうって言ったよな。これ行こう」
 そう言って天野に券が二枚あることを見せてアピールする。それに天野はすぐに飛びつく。

「行きます、行かせていただきます。やったー映画だ!」
 この喜びように塚本は苦笑する。どうやら買って正解だったようだ。しかも久保が選んできたから確実に天野の好みなのだ。
 しかし塚本はちょっと嫉妬する。久保はなんでも天野のことを知っている。自分はまだ知り合ったばかりで何も知らない。

 今度のデートでしっかり好みを聞いておこう。しかし好きな相手のことを知るのがこんなに嬉しいことなのかと塚本は驚く。前までの自分は大して人に興味も期待もしなかったように思う。けれど天野の出現によってどんどん自分の心が開拓されていくのが分かる。それもいい方向へと。それが楽しくて仕方なかった。

「そういえば、久保は限定CDを買い直してもらった?」
 そう塚本が天野に聞くと、天野は首を振った。どうやらどこにもないらしい。

「ただでさえ人気なのに、CDの曲がCMで使われたからまた人気になっちゃっててそれでどこも品切れだったみたい」
 そう天野が言うと塚本はじゃーんとCDを出した。

「限定版、母の知り合いから余っている分譲ってもらったよ」
「え? うそ!」
 天野の顔が驚きに変わる。そしてにっこりとする。その表情の変化がとても楽しくてこういうサプライズを用意してしまった。

「久保にも世話になったからこれあげてきていいよ」
「や、でもお金とか」

「それは壊した人にもらったらこっちにくれればいいよ。それで十分だろ?」
 塚本がそう提案すると、確かにそうだなと天野は納得する。

 天野の表情はよくクルクルと変わる。ずっと気付かなかったわけではないが、それほど表情が動いているようには最初は思わなかった。けれどすねたり怒ったり、驚いたり笑ったり、結構よく表情が変わるのに気付いたのは家に呼んでからだったと思う。

 それまでは教室にいたとしてもそれほど気になる存在ではなく、塚本はずっとふてくされていたから、こんな表情をする人間をまともに見ようとはしなかったと思う。鬱屈した性格だったのがこのところだんだん変わっていくのだから楽しい。

 さらにその隣にはずっと天野が居て、天野の表情が移ってくるような気がする。
 彼がいるだけで周りは明るくなるし、久保も天野がいるからずっと笑ってられると言っていた。
 彼がいるだけでどんどん世界が変わる。目まぐるしい日常が楽しいものになって、明日が楽しみになってくるのだ。

 そんな感覚、ずっとなかった。
 一人でいるのは寂しいくせに、つるむと何故かむなしかった。
 そんな時期に天野と出会えたのはすごくラッキーだったと思う。

「ほんとにいいのかよ!」
 天野に塚本からCDが渡されると、久保が大きな声を上げて喜んでいる。
 その隣で、天野も良かったねと久保の喜びを一緒に分かち合っている。

 そういう表情が見たくて見たくて、結構苦労してあのCDを手に入れた。これはこれで良かった。あのCDは自分と天野を出会わせてくれた幸せの青い鳥みたいなものだ。