novel短編

「初めてだから」-6初めてだからとても楽しみ

 日曜。今日は塚本と出かける日。
 それはカレンダーにも印をつけるほどの天野には一大行事であった。服を丁寧に着て、着心地がおかしくないか鏡で確認する。何度も確認してやっと家を出る時間になっているので焦って家を出る。
 本当に今日は楽しみにしていたので、昨日遠足前の子供みたいになかなか寝付けなかった。それでも必死に寝て起きたら、目覚ましが鳴る前だったりして自分がどれほどこの日を楽しみにしていたか分かる。

 出かける先は映画館、それもお気に入りのシリーズ最新作でずっと楽しみに待っていたものを好きな人と一緒に見られるのだ。これが興奮せずに居られるだろうか。電車に乗ってもずっとウキウキして早く目的地に着かないかとたかだか二駅なのに長く感じてしまった。駅に着くと待ち合わせ場所に急ぐ。映画館の前に10時30分に待ち合わせして、その10分後から映画を見る予定だ。その後は塚本と繁華街を買い物してお昼も食べて帰ってくることになる。

 待ち合わせ場所に到着すると既に塚本は来ていた。あの目立つ身長で容姿なので周りから少し浮いている。傍を通る女性が振り返ったりじっと見たりしているが、本人はそんな視線に気付かないのかずっと携帯を見ている。 そこでいきなり女性が声をかけ出した。どうやら逆ナンパらしくしつこく何か言っているようだった。
 天野は慌てて塚本の傍に行く。

「お待たせ」
 天野がそう声をかけると、なんだか機嫌が悪そうな顔をしていた塚本の顔がすぐさま笑顔になる。

「待ってないよ」
 そう塚本が言うと、女性が天野をじろじろと値踏みしている。

「あ、なんか可愛い子。後輩とか? ねえ一緒に遊ばない?」
 天野の顔を見ていた女性がいきなりそういって天野の腕を引っ張った。するとすぐに塚本がその腕を取り返して言った。

「悪いけど、そんな気ないから」
 そう低い声で言うと女性は何か傷ついたような顔をして言い放つ。

「なによ、せっかく声かけてやったのに!」
「もういいじゃん、次行こう」
 女性は自分が声をかけてやったんだからと憤慨していたが、こっちには予定がある。そこを塚本は邪魔されたくなかったのでそのまま言葉を聞き流した。
 女性たちがいなくなると、塚本ははぁとため息を漏らした。

「どうしたの?」
 天野が心配そうに塚本の顔を覗き込むと塚本は苦笑して言うのだ。

「なんか隙があったみたいだな。あんなのに声かけられるの久しぶりだったから対処に困ってた。かっこわるいところみせちゃったな」
 そういうのだ。

「そんなことないよ。言い返さなかったからよく我慢したなーって思って関心してたのに」
 天野は女性が無理矢理声をかけてきて「やったのに」という言葉にちょっと憤慨していたのだ。自分たちは予定があるのにそれを無視するのが、自分たちの時間を邪魔されたような気がしてならないからだ。

「そうか。まあいいや。時間ちょっとあるからパンフレットとか買うか?」
 塚本はにっこりとして気分を切り替えた。すぐに天野がそれに乗っかる。

「ポップコーンとか、ジュースもね」
「定番だな」
 それが可笑しかったのかそう言って塚本は笑う。天野らしいといえばらしい行動パターンだ。

「いいじゃん、好きなんだもん」
 そう言うとさっさと映画館の入り口に行ってしまう。どうやらむくれたようだ。
 機嫌直してもらいに塚本はその後を追いかける。映画の券を取り出してそれを渡すとすぐに天野の機嫌は直ってしまった。よほど嬉しいのか、半券を出したあとの券までちゃんと綺麗に取っておくようだ。
 ただの天野の習慣だろうが、これは塚本にとっても記念になるので塚本も綺麗にそれを財布にしまった。

「ポップコーン一つとジュース二つでいい?」
 そう塚本が言うと、天野も。

「パンフレットもいる。塚本もいる?」
 天野が可愛い顔をして見上げてくるので、頷くとさっそく買いに並んでいた。
 ポップコーンとジュースを買っている間に天野はパンフレットを買ってきてそれを鞄に仕舞う。

「あとで渡すね、荷物になっちゃうから」
 そう言ってポップコーンを受け取る。

「パンフレット代……」
 塚本がそう言って出している財布からお金を出そうとするとそれを天野が止める。

「いいの。奢り。前に奢ってもらったからこれでいいよね?」
 言ってポップコーン代とジュース代を出してきた。

「それこそいいよ」
「ううんだめ、ポップコーンは俺がたぶん全部食べちゃうから。奢りなし」
 そう言ってさっさと代金を出してしまった。それに塚本は苦笑する。どうやら簡単に奢られてはくれないらしい。そもそも塚本との間に金銭問題を起こしたくないのが天野の考えだ。自分もお金を持っているのに出さないのは駄目だと思っているらしい。そうした考えにはちょっとだけ塚本は驚いている。普通ならこれくらいは奢られてくれようにと思ったのだが、天野がさらに言った。

「もう映画代払ってもらってるもん。これ以上は駄目だよ」
 笑ってそう言ったので塚本は確かにと思う。映画代は塚本が払っていたから天野は自分の分を払おうとしたのだけれど、これは余った券をあげるんだからいらないと突っぱねられたのを根に持っているらしい。

 映画はとても面白かった。シリーズ化するとつまらなくなる作品が多いだけにこれは天野が待ち望んでいた展開だったらしく、始終興奮していた。それを隣で見ているととても楽しくなる塚本だ。映画の内容に驚かされたり、トリックにだまされたりと謎が分かってくると興奮して声を出したり。まさに映画を楽しんでいる様子だった。

 映画が終わると、シリーズは終了だったらしく、天野はずっと興奮しっぱなしだった。

「最後のオチがよかった〜」
 興奮したままそういうから塚本も頷く。このシリーズはDVDで見たばかりで予習は出来ていた。

「そうだね、なかなかだったね。二作目よりもっと壮大だった」
「うんうん、そうなんだよね。よかった終わりがああなって」
 天野はにこりと笑ってほっとしていた。ヒロインが前作でちょっと不幸だっただけにハッピーエンドに納得しているのだ。
 そうして話しているうちに塚本が連れてきたかったカフェに到着した。

「ここでいい?」
 ちょっとした流行の店だったようで、人が多い。

「うん、どこでもいいよ。カフェってよくわからないから」
「じゃここに」
 言って塚本はさっとドアを開けて天野を先に通してくれる。ウエイトレスの案内で窓側のいい席が空いたのでそこに案内してもらった。

「ラッキーいい席」
 ちょうど外が見える位置で、人並みがたくさん動いているのが見える。二階にあるので下を見るのが何となく楽しい感じだ。

「よかった気に入ってもらえて」
「よく来るの?」
「うん、ここ昔から来てたからね。でも人を連れてきたのは初めてかな」
 塚本は言ってにこりとしている。どうやらお気に入りの場所はお気に入りの相手と来たい性格らしい。

「音楽もピアノだね」
「うん、ここピアニストたちに有名なところなんだよ。マスターが元ピアニストだったからね」
「へえーそうなんだ。静かでいい感じだね」
 にっこりと笑って塚本のセンスを褒めると塚本はありがとうと言った。

 そこの食事は美味しくてパスタを頼んだらちょっと多めで食べ盛りの天野のお腹にもピッタリだった。
 別々のメニューを頼んだので、天野は塚本に甘えてちょっと食べさえてもらう。

「ちょっと頂戴」
 そう言うと、塚本は綺麗にパスタをフォークに巻き付けてそれをついっと天野の口元に差し出す。天野は迷わずそれに食いついた。もぐもぐと食べて美味しいとにっこり笑う。

「塚本もはい」
 今度は天野がパスタをフォークに巻いて差し出す。塚本はどうしようかと迷ったが天野と同じようにした。

「美味しいでしょ?」
「うん、これもいいね」
 感想を言い合って笑っていると、傍にいた客が少し笑っている。

「なんか可愛いね〜」
 そう言われて天野はハッとして顔を真っ赤にした。
 なんてことを往来でやってしまったのかと思ったのだ。

「気にしない、天野」
「う、うん、ごめん。家にいるとあんな感じでやっちゃうんだ」

「いいよ。別に俺は気にしてないし」
「よ、よかった」
 かなり恥ずかしかったが塚本が全然気にしてない風だったので天野は安心した。けれど、よく考えたら間接キスというのをやったんだと思うと、ちょっとどころかかなり恥ずかしかった天野である。