novel短編

Hello.Hello-7

「……この作業って結構疲れますね」

 朝起きてから伸哉とアリスは図書館に来ていた。昨日伸哉がネットで調べてくれたのだが、検索にかかるものはなかった。
 なのでさっそく図書館に来て、新聞をフィルムにした閲覧機を借りて二人係で分けて探しているのだが、結構疲れるのだ。

 約3年分の全国紙。そして地方紙と探している。
 その作業は昼を回ってからも終わらず、結局3年分を夕方まで探したのだが、捨て子の情報はあるものの、そのたびに伸哉が新聞社に確認を取るのだが、どれも人違いだった。

 結局ないのかと諦めが出てきた時、伸哉が。

「これじゃないか?」
 と言った。

「え?」
 アリスは作業を止めて伸哉の方の画面を覗き込む。
 その新聞は21年前の新聞だ。

「……21年前」

「ああ、なんか16年はないと思って、それなら一年上乗せでと調べてみたんだが、ビンゴだろうな」
 その新聞に書かれているのは、東京の施設前に捨て子という内容だ。

 その子供は、ある施設の前に捨てられていた。それは少し寒い日のことで、見つけた時には肺炎を起こしていた。それで病院に担ぎ込まれていて、大きなニュースになっていた。

 アリスがそれを読んでいる間に伸哉は、この区に電話をした。
 21年前の捨て子について。
 どこの施設に入ったのか。そして名前は誰が付けたのか。

 だが、さすがに21年前に配属された人が当時と同じ部署にいるわけもなく、周りに回って、当時を知っているという人にたどり着いた。

『ああ、その子のことなら覚えているよ。肺炎になって大変でね。親は結局名乗り出ずで、酷いことをするもんだと思ったよ。施設ね、えーとあれは何処だったかな。○町の施設だったと思う。あの時名付けたのは、当時の市長でね。なんて名にしたかな』

 と20年も前の話だから、少し記憶が微妙だ。捨て子がいたのは覚えているが、名前までは霞かかっているらしい。

「苗字は有栖川(ありすがわ)。名は、歴史の史になりの也ではないですか?」
 伸哉がずばり言うと、向こうはそれで思い出したらしい。

『そうそう。よく知っているね。そういう名だった。有栖川なんて皇族でしょ。当時それはあんまりって笑った覚えがあるよ。そしたら市長が「だってあだ名はアリスだよ。可愛いじゃないか」って。まったく男の子にアリスだなんてって』

「……やっぱりそうですか」
 あだ名までビンゴとは。

『でもその子がどうかしたのかな。立派に成人してると思っているけど』

「この件とは別に、有栖川君の取材をしてまして、そしたらこんなことがと言われて、もし調べられるなら、当時の人にどういう状況だったのか聞いてくれないかと頼まれまして。当時を知ってる方が市役所にいるとは限らないから期待はしないでくれと一応言っておいたのですけど、よかった当時を知ってらっしゃる方がいて」
 咄嗟に出た嘘ではなく、これは用意していた台詞だ。
 怪しまれずに、更に本人が望んでいることを伝えれば、大抵納得する。

『ああ、なるほど。彼も大変ですね。あちょっと待ってくださいね』

「いえ、これだけ聞ければ十分で」
 そう言って電話を終えようとしたのだが、向こうは既に電話を離れて何か会話している。 少し待ってみると。

『あの……彼、その有栖川君、何かあったのかな?』
 そう問い返された。

「何もないですけど。本人、ここで新聞読んでますし。そちらで何かあったんですか?」
 そう伸哉が言うと。

『それが、一週間前に同じ問い合わせがあったらしくて』
「え?」

『窓口に来た方で。お坊さんの格好をした人なんだけど。有栖川君の戸籍を見たらしいんだ』 

「戸籍……そうですか。そういう人がいたことは本人に伝えますね。まあ、お坊さんなら何かあるとは思えないですけど」

『まあ、お坊さんだしねえ。こっそり見たいならそんな格好では来ないよね。何もないならいいんだよ』

「ええ。それじゃまた何かありましたら、本人が伺うと言っているのでよろしくお願いします」
 そう言って伸哉は電話を切った。

 冗談じゃない。怪しいのこの上ない。
 坊さんの格好だと? なんだそれは。

 そしてすぐに連想出来たものがあった。あの謎の手紙だ。
 妙な言い回し。それに詳しくは知らないが、何かを知っている様子。

「……伸哉さん?」
 アリスが伸哉の顔を覗き込む。

 会話は断片しか聞えないから、いきなり坊さんとか、何かあったようなそぶりをされたら心配になってくるのは当たり前だ。
 伸哉はアリスに落ち着くように言って、さっきの会話を繰り返した。

「……いきなりな登場人物ですね」
 まさか坊さんが出てくるとは思わなかったという表現だ。

「これで、隣町の坊さんというヒントは出たわけだ。ついでに地図も見ておこう」
 伸哉がそう言ったので、アリスはそれに従う。

 もしかしたら、あの手紙の主は、あの坊さんなのかもしれない。
 謎めいた手紙を残したのは、アリスから何か接触したわけではなく、坊さんの方からのアクションだったのかもしれない。
 今更という気もするが、今だからなのかもしれない。
 そこには意味があるものがありそうだ。

 実際にアリスは動いている。
 地図を確認すると、隣町には一件の寺がある。電話帳で確認すると、ちゃんと電話帳にも載っている。
 電話をかけようとした伸哉だが、アリスがそれを止めた。

「……明日じゃ駄目ですか?」
 携帯を止めたアリスの手が震えている。
 目の前に現実がくるということは結構怖いことだ。
 伸哉はふっと息を吐いて。

「解った。今日は疲れているし、明日にしよう。それでいいんだな?」
 そう言うとアリスは頷いた。


 そうして家に帰ってくると、アリスはぼーっとした様子でいた。
 伸哉は一応進展しそうだということを更織には伝えた。

「アリス。大丈夫か?」
 あまりな呆然ぶりに伸哉はアリスの顔を覗き込んで聞いた。

「……え、あ、大丈夫です」
 そうは言っているが大丈夫そうではない。

「嘘つくな。大丈夫じゃないだろ」
 伸哉がそう言ってアリスを抱き寄せると、アリスは伸哉にしがみつくように抱きついた。

「ほ、本当は……怖いです。何かありそうで不安です」

「何があっても俺がいる」
 はっきりと伸哉にそう言って欲しくて不安を口にしたのだが、本当にそう言って貰えるとは思えなかった。
 それと同時に別の不安が溢れる。

「なんで……なんでそんなに優しいんですか?」
「ん?」

「俺なんかに優しくして何かあるんですか? なんで?」
 そうアリスが問うと、ふっと伸哉が笑う。

「お前は、意味ばっかり問う。自分で導き出してみようとはしないのか?」

「……だって、勘違いしたらいやじゃないですか」
 拗ねたように言われて伸哉は苦笑する。
 こういうやりとりは面白いと思う。普段淡々としているアリスからは拗ねた様子は見られないからもっと苛めたくなる。

「何を勘違いするんだ?」
 そう問うと、アリスはぐっと息を呑んだ。

「答え合わせをしようじゃないか」
 そう言葉を向けると、アリスは不思議そうな声を出す。

「答え合わせ?」
「そう、質問してごらん」
 伸哉がアリスの背中を撫でながらそう言うとアリスはふっと息を吐いて言葉を出した。

「……あの、あ、あんなことして、た、愉しいんですか?」
 アリスが言葉をどもらせて言うと、伸哉はあれかと思った。

 二日前のことはまだ意味が分らないらしい。まったくあれだけ答えを導き出す題材を変な形ではあるが出されているというのに。

「愉しいね」
 即答するように答えるとアリスは。

「た、愉しいって……あ、あんなことが?」
 明らかに顔を真っ赤にしているだろう。

「あんなことが愉しい」
 伸哉が笑いを抑えながら答える。

「だ、誰にでも……やってること?」
「アリスだけ」

「他の人にはしたことない?」
「ない」

「なんで俺だけ?」

「もうちょっと具体的な質問をしてくれ」
 ここで答えてもいいが、アリスがどう思っているのかをもっと確認したい気分だった。

「……え……と。あの、あれにはその意味はあるの?」

「ある」

「……性的な……意味じゃなくて?」
「そう。別の意味もある」
 伸哉がそう言い切ると、アリスはゆっくりと顔を上げて伸哉を見た。

「……あの、俺のこと……好きなの?」
 アリスにしては直球だったな。と伸哉は思った。
 もっと遠回しにずっと聞き返してくると思っていたから意外だった。

「そうだ。好きだ」
 そう言った伸哉の顔はとても優しいものだった。柔らかく笑って、一番綺麗な顔。

「……いつから?」
 アリスは確認するように尋ねる。

「最初から」
「……って?」

「駅の階段で見つけた時」
「……え?」
 本当に信じられないという顔をしてアリスは見ている。

「一目惚れってやつだ」
「だって……俺男だよ?」
 どうやら外見で男と解って惚れるか?と言いたいらしい。だが、それこそ間違いの元だと気づかないのはおかしい。

「そういうのは後で気づいた。だからなんだ?」
 堂々と言い切ってやるとアリスは困った顔をした。

「……男とかそういうのは関係ないの?」

「ないね。そういう常識なんて何処かに置いてきたんだろうな」
 伸哉はにっこりとしてそう言う。それには少しアリスは笑ってしまった。

「俺が、伸哉さんを好きになってもいいの?」
 アリスが意を決したように言うと伸哉はやっとかと言わんばかりに言った。

「今までの話の流れで、駄目だっていう要素はあったのか?」
「……ないです」

「よろしい。好きになれ。絶対忘れないくらいに好きになれ」


「……伸哉さん、俺、あなたが好きです」