novel短編

Honey-表- 1愛を告げる方法

 藤浪小汰(ふじなみ しょうた)は居酒屋での最後のアルバイトに出ていた。バイトで少しトラブルがあり一旦辞めるのだ。店が12時に閉店し、後片付けをするためにゴミ捨てに裏に出た時のことだった。

「よう、兄ちゃん」
 嫌な声がして振り返るとそこには先日居酒屋に来て騒ぎを起こした酔っぱらいが立っていた。この人物はしつこく小汰にまとわりついてきて、店では迷惑していたところだった。あまりに酷いので注意したところ暴れ、そのまま警察に突き出すことになってしまったのだ。

 そのせいで小汰までもがバイトをやめなければならなくなった。あの酔っぱらいが報復にきたら困るし、からまれていたのは君だけだからという理由だ。やっかいな人間は来て欲しくないというのが雇い主の言い分で、いくら小汰が食い下がっても無駄なことだった。

 仕方なく次のバイトを探すことになって、小汰は落ち込んでいたのにだ。
 やはり酔っぱらいは小汰のことを諦めきれなかったらしく、やってきてしまった。

「あ……」
 一瞬で怖くなって、小汰は一歩後ろに下がった。早く店の中に逃げ込まないといけないのに怖くてそれ以上足が動かない。

「やっと出てきたぜ。へへへ可愛いな怯えてるのかい?」
 そういって酔っぱらいは近づいてくる。すぐ傍までくると酒の匂いがぷんぷんした。また酔っぱらっているのだ。酔っぱらいは手を伸ばすと小汰の髪の毛を掴んできた。

「いたっ……」
「このまま俺に逆らうともっと痛い目みることになるぞ、へへへ」
 酔っぱらいはそう言って小汰の髪を引っ張って地面に小汰を叩きつけた。小汰は無様な姿で地面に倒れる。なんとか顔はかばったが突いた腕が痛かった。
 この酔っぱらいは何をしようとしているのか、懐からナイフを取り出してそれを小汰の顔に突きつけたのだ。

「その小綺麗な顔に血が似合いそうだな」
 酔っぱらいはどこか狂っているのか、そんなことを言い出した。
 ナイフが街灯に光ってさらに恐ろしく光って、小汰は自分の身の危険どころか命の危険までを感じた。

 どうしよう、このままじゃ……。そう思った時、路地に誰かがやってきた。この路地はちょっとした裏通りにあたり、あまり人は通らない。だから人が来るとすぐに気配で分かってしまう。

 助けを求めようと考えたが、もし相手に怪我でもさせたらと思うと容易に助けを求められない。それに関わりたくない人だっているはずだ。
 するとその人は携帯を取り出して電話をかけ始めた。

「あー、もしもし警察ですか。今目の前で事件が起こってまして……」
 いきなり大きな声で言い出して小汰がびっくりするよりも酔っぱらいの方が驚いていたと思う。

「あーナイフ所持です。人が襲われてます」
 淡々と警察に報告する様子に小汰はぽかーんとしてしまう。こういう時はどうしたらいいのだろうか。大人しく警察がくるまで待っていた方がいいのだろうか。
 だが一足先に動いたのは酔っぱらいの方だった。

「ちっ! 運がいいな」
 そう舌打ちをすると通報者がいる方向とは反対側の道を走って逃げていって締まった。
 小汰はぽかーんとその方向を見て相手が去っていったことにほっとした。逃げ足だけは速いようだ。

「あー、襲われていた人保護しました」
 そう言った通報者に小汰が顔を向けると、背広を着た男性が立っていた。身長は185センチはあるのではないだろうか。まるでモデルのような姿をしている男性だった。顔はちょっと目が鋭くて強目だがヤクザではないようだ。

 男の人は携帯を仕舞うとにっこりして小汰に近づくと、すっとしゃがんで軽々と小汰を担ぎあげたのだ。

「うわっ……」
 いきなり世界が回った感覚やら軽々と担ぎ上げられてしまうことに驚いてどうリアクションしていいのか分からない状態だ。男は軽々と肩に小汰を乗せると、居酒屋の裏口に入っていってしまう。

「ちょっとここの人、この子また襲われてたから、用心して送っていく。荷物出して」
 そう店長に言ったのだ。店長は慌てて言う。

「え! 藤浪(ふじなみ)くん? え? 織田(おだ)さんがどうして……」
 どうやら知り合いらしい。だが小汰はこの人を見た覚えがない。自分がバイトしている時間帯には来ない人なのだろうかと思ったが、先日の事件のことを知っているようだからその場に居た人ってことになる。

「荷物出して。もうこの子に用はないんだろ?」
 織田と呼ばれた男は執拗に荷物を出すように言う。店長は慌てて小汰の荷物を出してくる。荷物は鞄一つだ。

 それを受け取ると呆然としている小汰を連れて織田はさっさと店を出てしまう。店長にはお礼もまだ言ってないし、挨拶だってしてない。それを思い出して小汰が叫ぶ。

「あの、すいません、織田さん?」
「なんだ?」

「あの店長にお礼とか言わないといけないので下ろしてください」

「別にいいだろ? 君はあそこ首にされたんだ。二度と行かないところのことなどどうでもいいだろう」

「いや、確かに首にはなりましたけど、そういう問題じゃ……」

「俺は先日の騒動と君が裏に呼ばれて首にされる話を聞いている。あれは理不尽だろう。散々君に世話になっておきながらあんな解雇の仕方をするとは、あの店長も駄目だな」

 確かにあの店はバイトが少ない。少ないから小汰はなるべく時間を多くしてあの店にバイトに行っていた。あんなに頑張ったのに自分の不注意どころか、あんな客のせいで一気に信用を失うのは悲しかったし、店長の言い分には納得できなかったのは本当だ。
 織田はそれを全部知っていて、それでどうやら怒っているらしい。

「いいかい、藤浪小汰(ふじなみ しょうた)くん」
「なんですか?」

「今後店長が忙しいから来てくれと言っても、バイトに入るんじゃないよ」
「……え?」

「あんな危ない人物がここにまた来る可能性だって高い。それにあの男はどうも君をターゲットにしているようだから、もうここには来ない方が身の安全のためだ」

 確かにそうだ。あの酔っぱらいは警察に捕まって厳重注意を受けたにもかかわらず、自分を狙って、それも一人になるところを狙って襲ってきた。今後同じようなことがないとは言えない。
 織田の言うことに小汰は反論出来なかった。

「それから」
「はい」

「小汰くん、俺と付き合わない?」
「……は?」
 いきなり付き合わないとは一体なんなのか?
 やっと裏道から出ると織田は担いでいた小汰を下ろして、真剣な顔をして言うのだ。

「俺は織田秀一(おだ しゅういち)だ。前から君のことを好きだった。付き合ってください」
 織田はそう言って、酔っぱらいたちがたくさん行き来している場所で平気に頭を下げてそう言ったのだ。

「……ええええ!? ちょっと俺、男ですよ、冗談はやめてください」
 小汰が慌ててそう言い返すのだが、織田は頭を上げない。ずっと頭を下げたまま、答えを聞こうとするのだ。酔っぱらいたちが「告白かい! 受けてやれよ、男だろ!」とヤジを飛ばしていく。

 いやだから、その男に男が告白してきて困って居るんですが……と返したくなる。

「あのですね、俺、織田さんと会ったの今日が初めてで、貴方の人となりとか全然知らないし……そのいきなりそう言われてもびっくりするだけで……どうしていいか分かりません」

 小汰は自分を助けてくれた人が悪い人とは思えなかったから、慎重に言葉を選んでそう言っていた。男と男が付き合うことがあるのは知っているし、そういう趣向の人なのだなと分かるけれど、それだけで無理ですとはっきり言えるほどではなかった。

 それに自分にそういう嗜好がないわけでもなく、人様のことをとやかく言えるわけでもなかった。小汰はバイの方だった。女の子もいいと思って付き合ったこともある。男に告白されたこともあったし、それに真摯に答えているうちに頭ごなしに否定することはやめていた。

 ただ初めて会った人に告白されて戸惑っているのが現状であった。

「それじゃ、俺とデートみたいなことをしよう」
 織田は頭を上げると、小汰にそう提案した。

「そうすれば、俺の人となりや俺と居て小汰くんがどう思うのか、考える時間が出来ると思う。もし困っているだけならごめんなさいだけでは納得出来ない」
 織田は小汰の肩を掴んで真剣に言ってくる。
 目は本気だ。

「えっと、じゃ、それでいきましょう」
 小汰はそれに乗っかることにした。織田は命の恩人だし、無碍に扱ってもいけない。ここまで真剣にお願いされて拒否るだけの理由がなかったのもあった。

 そして今はちょっと寂しいのもあって、誰かと一緒に居たかったのもこれに乗っかる理由になっていた。
 小汰がそう返したとたん、織田がにこりとして言う。

「じゃ携帯番号と、メール交換からお願いします」
 織田はそう言って携帯を取り出した。どうやら本気でデートから始めるらしい。なんかその様子が可愛くて、いい男なのになんで必死なんだろうと思うと、ちょっと可笑しくなってしまった小汰であった。