novel短編

Honey-裏-1恋の始まりはいつだったっけ?

 新藤瑠衣(しんどうるい)は今大変なことになっていた。
 最近知り合った年下の子と出会って、呆気にとられている間にただ流されて寝てしまった。
 気軽に人と寝ることはいつものことだし、そこでさらっと流してしまえばよかったのだが、その後その年下に付きまとわれてしまうようになってしまった。
 誤算なのは、相手がゲイを初めて相手にしたことだったことと、新藤にとっては重大な、相手との契約のことであった。

 名前は大知(だいち)、それしか知らない。
 そもそもそれ以上を知ろうとは思わないし、今まで名前だけ知ってるという程度で困ったことはなかった。

 この大知と出会ったのはあるゲイが集まるバーでのこと。初めてこの場に来たという感じであった大知は、明らかに年下であった。
 大人になると、どうして自分が子供だと言われていたのか理解出来るようになると言うが、それは本当のようだった。
 顔つきが若いと言えばいいのだろうか。こなれたところが一切なさそうで、ある意味可愛らしくさえ見えるくらいだ。

 そんな大知は、顔こそ子供っぽかったが、見た目やスタイルがよく、細めながら筋肉もついていて何か格闘技でもやっているようなそんな肉体をしていた。態度の堂々さから周りはこいつはタチだなと認識し、ネコからは異様に人気が高かった。

 だが彼は何度もその場に来るものの特定の相手はまったくいず、いつも話しかけてくる子たちと話すだけで一緒に店を出ることはなかった。

 一体何をしに来ているのか。その噂はちょっとしたものだった。そんな彼に誰かがどうして誰とも寝ないのかと聞くと、彼は本命の相手が欲しいだけでその場で行きずりはしたくないのだと言っていたらしい。

 そんな相手ではなかなか難しいのは分かっているはずだ。話しかけていく子も少なくなったが、彼はそれでもバーに通ってきていた。それは毎週続き、最近ではすっかり常連になってしまっていた。それでも彼が誰かと寝たという噂は一切出回ってこないところを見ると、よほど惚れた相手だったのだろう。そういう可愛い純情を誰も馬鹿になどはしなかった。
 ただ相手が誰なのか、それが一切解らないというから、最近では裏で賭の対象にされている。もちろん、彼はそんなことは知らない。

 新藤はそんな彼をいつも視覚に捕らえていたが、話すことはなかった。
 それが三ヶ月続いた時、その大知が不意に新藤に話しかけてきたのだ。

「隣、いいか?」
 そう言われて新藤は初めて自分が話しかけられているのに気付いた。
 彼から話しかけてくるとは予想すらしなかったので、新藤は一瞬、言葉を失った。驚いて彼を見上げた後、にっこりと笑って席を勧める。

「いいよ、どうぞ」
 手を差し出して隣に座らないように前の席を勧めたら、彼は大人しくそこに座りじっと新藤のことを見てくる。

「なに?」
 新藤がそう問うと、大知はふっと表情をゆるめてしゃべり出した。

「あんた、いつも背の高い背広着た渋い人と一緒だけど、付き合ってるの?」
 実に単刀直入だった。
 ここにくる常連以外はそれを当たり前というように尋ねてくる。常連の人間は、二人が付き合っていないことは知っている。そもそも織田に最近相手が出来たことは有名になっていて、最近は飲みにくる以外は織田も店にはこなくなった。

「新藤、俺の名前な」
 新藤はあんたと呼ばれるのが嫌いで、名前を名乗った。すると大知は素直に言い直して自己紹介してきた。

「ああ、新藤さん。俺、大知」

「大知……名前の方?」
「ああ、そう呼んでくれ」
 大知はそう言って名前の方を呼んで欲しいと言ってきた。何かこだわりがあるのか分からないが相手がいやがっていることはしたくないので素直に新藤は大知と呼ぶことにした。

「それで、本命は見つかった?」
 新藤は面白そうに話題を振ると、大知は少し苦笑していた。

「や、全然。興味のない方ばかりが集まってきて、品定めもしばらく出来なかった」
 大知がここで大いにモテたのは周りの連中も知っているし、断っているのも知っている。だから大知も本音を言ってきたようだ。

「確かに大人気だったね」
 新藤はそう言ってあの人気ぶりを思い出して笑う。
 すると大知はさっき新藤がかわしたはずの質問をもう一度してきた。

「あの渋い人と付き合ってるのか?」
 今度は真剣だったような気がする。
 織田は嫌にいい男だったから、ここでも人気があったし、本命が出来るまでは織田は相手に困ったことは一度とてなかった。
 もしかして、織田が本命だったのか?
 ふと、彼が織田狙いでずっと来ていたのではないかと、新藤は疑った。しかし本当のところは解らないので、新藤は織田とは付き合っているわけではない、事実を告げた。

「いや、付き合ってるわけじゃないよ。織田は人探しているからそれに付き合っているだけ」
「人捜し?」
 その言葉が意外だったのか大知は興味を示したように聞いてきた。
 どうやら、織田が本命だったようだ。
 自分のことを聞かれるのではないのなら、話題をこっちにしてしまえば楽と言えば楽だったので新藤はその話しに乗った。

「織田の好きな人。ここで一目惚れしたらしいんだけど、見失っちゃってね。今必死なんだよ」
 もう必死と笑って言うと、大知は詳しく聞いてくる。

「どんな相手なんだ?」
 まさか相手の子を狙ってどうとかいうのではないだろうか。ふと、真剣に尋ねてくる大知の様子に新藤は警戒して答えていた。

「名前と容姿しか分からないんだ。自宅にも通ってみてるけど、帰ってないみたいでね。捕まらないんだって」
 苦笑して答えると、大知は相手の名前を知りたがった。
 
「名前……聞いていい? もしかしたら何処かで聞いた名前かもしれないし、知ってるやつかもしれない。俺くらいの年齢なら、顔写真回してもらえれば大学とか突き止められるけど?」
 大知はそういって相手の名前を聞いてきた。
 織田が付き合っている相手は大学生だ。社会人の織田には捜せる範囲が限られてしまって、相手の交友関係まで追えないままだ。大知も大学生でここら辺りを根城にしているなら、大知にお願いした方が確実に織田の相手は探せる。
 
 昨今の大学生の情報網は侮れない。携帯一つで、何処までも情報を追えたりする。
 織田は真剣に相手を探している。毎日、相手のアパートに通っては帰っていないか確認して、朝にも寄っているという。
 憔悴しきった織田を見ていると何か手助けは出来ないだろうかと考えるも、自分は大学生の事情には詳しくない。

「あ、えっと、藤浪小汰(しょうた)だって。容姿は……」
 そう新藤が言いかけた時、大知がはっとしたような顔をした。

「……そいつ知ってる」
 大知がそう言い出したので新藤は驚いて聞き返した。

「え? 本当に? 容姿はショートよりちょっと長めで、童顔で可愛くて、ちょっと甘ったるい顔って言えばいいのかな。そうキャンディーみたいな感じ」
 必死にそう伝えると、大知が携帯を取り出して何か操作をしている。何度かボタンを押したところでその携帯の画面を見せられた。そこには新藤が説明したような顔がしっかりと写っていた。

「なんで、知り合いなの?」
 しっかりと小汰の顔を見ると、その隣に大知が映っていた。家ネコと一緒に撮った写真だったので、二人は相当親しい仲であるのは間違いない。

「うん、いとこ。しょうたって、小さいにさんずいに太いって書いて、小汰だろ?」
 大知はそういいながら、グラスの水でテーブルに小汰と書いて見せた。

「そうそう、変わった漢字だったから、そう同じ名前の人はいないと思う。ここまで容姿も一致してるし、間違いないと思う」
 新藤は興奮したようにそう言っていた。
 織田が探している相手が、簡単に見つかってしまった。嬉しいのが反面、悲しいのが反面。そんな思いを振り切って新藤が尋ねる。

「……あ、でも居所聞いてもいいのかな?」
 そう新藤が心配した時、そこに織田がやってきた。織田は新藤を見つけると笑いながらやってきて首に腕を回して茶化してきた。

「どうした? 人気の彼を射止めたのお前だったのか?」
 冗談を言いながら織田が新藤の頭を撫でて混ぜっ返す。だが新藤はそれを振り払って言った。
 けらけらと笑って触れてくる織田に、新藤は絶対に今知ったことを織田に教えなければならないと思った。
 織田が笑っているところを見るのが好きだ。そんな彼の表情がずっと暗かった。見つからなければずっと暗いままなのだ。きっと自分では笑わせてあげることは出来ない。

「見つかったかもしれないよ、織田!」
 そう言うと織田は何のことだか分からないという顔をした。

「落ち着けよ、何の話だよ」
「だから小汰くんの話だよ」
 新藤がそういうと織田の顔が一気に驚きに変わった。

「なんだって!? 小汰はどこだ? 一体どうなってる!」
 織田も興奮したように新藤に詰め寄る。

「だから、大知……この彼が小汰くんといとこだって……証拠もあるよ。大知、見せてお願い」
 新藤がそうお願いすると大知は大人しく携帯を見せた。画面はまだ小汰の写真のところだったのでそれにはすぐに織田も食いついて詳細を大知に聞く。そこまでは新藤も聞いてなかったので一緒に聞くことになった。

「あいつ、今俺のところにいるんです。なんなら騙して呼び出しましょうか? なんか腐ってて面倒なんで」
 大知はいきさつを知っているらしく、早く決着をつけたくて仕方ない様子だった。

「お願いする」
 真摯になった織田がそう申し出ると、場所を打ち合わせてそこに小汰を呼び出すことに決まった。もし逃げられたら面倒なので逃げる場所である大知の家の住所も教えてくれた。さすがに本人の自宅の番号などを教えるのは個人情報にあたるが、大知の家なら大知が教えても問題ではないのでそうしたようだ。

 機転が利く大知のお陰で、織田は飛び上がって喜びそうなほどの喜びを表して大知にこう言っていた。

「君のおかげでやっと会えるよ。ありがとう。お礼と言ってはなんだが、新藤のこと相手してやってくれ。こいつもちょっと腐っててややこしいからさ」
 そう言うので新藤は一瞬顔を真っ赤にして怒鳴る。
 久しぶりに優しく笑う織田を見て、まだ好きだったことを思い出す。

「もういいからさっさといけよ!」
「ははは、またな」
 織田はそう言うとさっさと店を出て行った。そんな慌ただしいのが過ぎて、しんとなった二人の間に大知がこう言ってきたのだ。

「さっきの言葉、本気にする。新藤さん、ちょっと付き合って」
 そう言って新藤の腕を引っ張って店を出て行こうとする。新藤には何が起こったのか分からず少し混乱してしまう。

「ちょっと……なんでそうなる! 本気にするなよ」
「そんなこと言っていいのか? 俺が小汰に連絡して、本当は織田さんがホテルで待ってるって電話しちゃうよ。さっき教えたアパートも嘘だし」
 そんな卑怯な脅しに、新藤は信じられない顔をする。あれだけ織田を喜ばせておいていきなりそんな脅迫。
 新藤が怒鳴ろうと口を開いたのと同時に、大知がいち早く言葉を続ける。

「新藤さんが付き合ってくれたら、俺の携帯、新藤さんに預けるよ。それで本当のアパートの住所も教える。俺が教えた携帯の番号は本当だし、アパートまで逃げられて見つからなかったら、それにかかってくるだろうしね」
 そう言って携帯を新藤の前に差し出した。
 これを受け取ったら織田が困らなくて済む。あんなに喜んでいた織田を悲しませたくはない。

 新藤は織田のことが好きだった。ふてくされていたのも織田に特定の相手が出来てしまったからだ。そんな織田がもう自分を振り向かないことは自分がよくわかっている。
 でもそれとは正反対の自分の心が悪魔のように呼びかけてくる。
 織田に振り向いて欲しい。織田と小汰を本格的に誤解させたままにしておける。小汰は新藤と織田の仲を疑っていたような発言をしていたらしい。それを利用出来るチャンスでもある。
 このまま織田が小汰に逃げられれば、さすがに織田ももう駄目だと諦めるかもしれない。

 そこまで考えて、新藤は心底自分の心が信じられなくなる。
 首を振って、悪魔を追い出した。

 あんなに喜んでいた織田を思うと、その携帯は受け取らないといけない。
 新藤は時間にしては短かったが、かなり葛藤した。

 すると大知がずいっと携帯を新藤の上着のポケットに突っ込んできたのだ。

「これで契約成立」
「……は?」

「受け取っただろ。今、俺の携帯は新藤さんの服の中」
 そう言って携帯の入ったポケットをぽんぽんとされた。
 正直やられたである。手に取ったらそのままだろうし、このままでは帰ることも出来ない。こんな店の入り口で携帯押しつけ合いでもめるのも迷惑だ。

 それに織田を思い切るのにも……そうこの時新藤は大知を利用しようと考えていたのだ。
 その考えが間違っていたのだと気付いた時には、もうすでに遅いところまで深くかかわってしまっていたのだった。