novel短編

君に触れたい-2すらりとした指

 志音の細い手が北村の手を握っている。あれは握手だと分かっているが、あの細い指が誰かに向けられるのは何故か気分が悪い元晴だった。たぶん北村は普通に志音と付き合ってみたいと思ったからそうしているのだろうし、志音は悪い気はしないようで、どうやら笑っているようだ。

 その笑っている顔が見えないのがどうにもこうにも気分を悪くさせる。

 あれは俺のなのに、そんな独占欲が沸いてくる。今まで志音に興味を持ったやつらは自動的に排除してきたと思う。それなのに、不覚にもそんな間を抜けてするっと猫が入ってきた。どうやら黒猫だったようだ。

「ねえ、向井のことだけどさ」
 隣に座っている摩鈴(まりん)が話しかけてくる。この女子学生は、たまにふらっとやってきては雑談していくやつだ。今日はいつもつるんでいる仲間がいないらしくこっちに参加していた。

「なんだよ」
「あれ、北村に食べられちゃうかもねと思って」
 摩鈴がいきなりとんでもないことを言う。

「は? おまえ……なに言ってんの?」
 脱力する元晴、しかしそれに追い打ちをかけるのは摩鈴の女友達だ。

「え? だって北村ってゲイじゃん」
「はああ?」
 そんな話は聞いたことはない。元晴は慌てて問い返した。

「なんだそれは」

「なんだって北村に誘いかけた女の子がさ、「俺ゲイだから無理」って言われたって言ってたよ。断るにしてもゲイだからは普通言わないと思わない?」
 女友達はそう言って普通のうわさ話を聞かせてくれる。

 北村は女の子に人気がある。けれど誰も付き合ったことはないし、彼女がいるのかと思えばそれも違う。どうも女に興味がないようなのだそうだ。
 この前までは別の男の子を狙っていたらしく、しかし失恋して最近になって向井志音に目をつけたらしい。

「あたしの友達がさ、告白されて断ってるんだよね。もちろん男の子だけど。向井ってその子に似てるかな。ちょっと向井の方が世界が狭いかなって思うけど。あれ、友達にでもなっていいポジション水上から奪う作戦と見た」

 摩鈴はそう分析して言う。この摩鈴は人をよく見ている人間で、彼女が言う人の噂は大体当たっていることが多い。しかも噂を仕入れるのが上手く、こういう情報は逃さないと来ているからこの話は本当なのだろう。

「志音に友達が出来るなら別にいいけどよ」
 元晴はそう言ってはいたが、内心はひやひやしていた。

 もし北村が友達になったとしたら、志音は北村に振り回されて自分のところに来なくなるのではと思ったのだ。今までずっと志音は自分の後を追ってくる存在だった。どんなことをしても志音は怒らず、ただ元晴が機嫌がいいようにしてくれていた。それが当たり前だった。けれど、今回のことで二人の関係は変わるかもしれない。

 ずっと繋いできた小さな細い手を離すことになってしまうかもしれない。
 そう思うと、元晴は周りが真っ暗になってしまった。なぜ自分がそう思っているのか分からない。ただ自分にはずっと志音が側にいてほほえんでくれている未来があると思っていて、それが当然だと思いこんでいたようだ。

 でも現実ではいずれ志音は自分の後を追ってくることはなくなるのだ。
 その時期がやってきただけなのに、何故か不安になってくる。どうしてこんなに不安なのか分からない。ずっと友達らしい友達が出来なかった志音に、ゲイではあるが北村という良い友達が出来ようとしているのにだ。

 北村は志音の体を狙っていると言われたから不安になったのではなく、志音が自分を優先しなくなる日がくるのかと思うと余計に不安なのだ。
 当たり前のことが当たり前になるのを受け入れられないでいる。
 あの細い指が自分の裾を掴む日が来なくなる。今までずっと一緒にいたのに。

 そう考えてふと思う。このところ自分は志音をほったらかしてずっと別の友人たちと遊んでいたではないか。その間志音は何をしていた? 友達はいない、知り合いはいても出かけて付き合いほどの知り合いもいない志音が一人で家で自分を待ってくれていたではないか。
 そんな残酷なことをしておいて、自分は志音には友達が出来てほしくないと思っている。

 なんだこの感情は。独占欲だけではすまされないような気がする。
 元晴は自分の中にこんな感情があることに戸惑った。
 子供のように友達に友達が出来ると一番ではなくなるから気に入らないどころではない事件だ。

「……水上?」
 ふと自分の名前を呼ばれていることに気付いた元晴は、はっと我に返る。どうやらずっと呼びかけていたらしい。摩鈴(まりん)が心配そうな顔をしている。

「大丈夫? なんか顔色悪いよ?」
「……いや、大丈夫だ」
 そう元晴は答えてふと志音を見る。まだ話は終わってなさそうで、北村がにこにこして話している。志音は聞き役に徹しているようだが、話を振られて困った様子ながらもなんとか答えているようだ。
 その北村の笑顔がいい証拠だ。結構いい関係なのだろうか。

 そう思うとこっちから表情が見えない志音がずっと笑っている顔が浮かぶ。あの笑顔を北村にも見せているのではないだろうか。そう考えるとなんだが気分が悪くなる。どんどん悪くなる。
 自分はどうかしてしまったのだろうか。

「ちょっと水上? だめだこりゃ」
 摩鈴が何か言っている。

「向井ー!」
 摩鈴が志音を呼ぶとこっちを振り返った。その顔は少し困惑していたが、すぐに驚きに変わった。

「水上なんか気分悪そうなんだよ」
 摩鈴がそう言うと、志音はすっと立ち上がってこっちにくる。
 すごく心配そうな顔を見せて駆け寄ってきた。
 なぜかそんなことが嬉しい元晴。

「大丈夫? 元晴?」
 寝転がっている元晴の側にくると、志音はすぐに元晴の熱を測ったりした。これは昔から風邪を引いたことに気付かない元晴に志音がすることだ。どうやら風邪を引いて具合が悪いと思われているらしい。

「熱はないみたいだけど……」
「……熱はないぞ、具合も悪いわけじゃないし、摩鈴騒ぎすぎだ」
 元晴は笑みを浮かべてそう答えた。
 摩鈴はえー?と不満を口にしたが、すぐに黙った。

「志音、ちょっと膝貸して」
「え? あ、うん」
 元晴がそう言うと志音はすぐに座って膝を差し出す。そうして膝に頭を乗せると、まだ心配そうに元晴の顔を覗き込んでくる。

「大丈夫、眠いだけだ」
 元晴はそう言って志音を安心させる。
 志音はほっと息を吐いて、元晴の頭を撫でてくる。これはいつものことでやってもらうと心が凄く落ち着くのだ。
 その様子を見た北村はふっと笑いを漏らして言う。

「お邪魔みたいだから、退散するね。向井、また今度」
「え? あ、すみません」
 驚いた志音がそう言って困った顔をする。北村といい感じに話していたのに、また元晴を優先して親切にしてくれた北村を放置してしまったのだ。

「うん、謝らなくていいよ。じゃ」
 そう言って北村は去っていく。

「あたしらも邪魔みたい、じゃねまた」
 そういって摩鈴たちも去っていく。
 そこに残されたのは元晴と志音だけだった。