novel短編

恋愛感染エゴイスト9明日は明日の風が吹く

 三沢は弁護士事務所を別の場所に移してしまっていた。

 都内ではあるが住所は変えた。ある意味独立したという感じで今までの弁護士事務所を抜けたのだが、新しいところは実は弥斗の実家に近いところになってしまった。
 未練たらたらだなと心で笑いながらも、今までずっと見守ってきただけなのだから、触れられたあの数週間だけでも十分だったと思うしかない。

 可愛く啼くあの子はとても綺麗だった。そんな姿が目に浮かんでしまい、このまま見守って生きていくことなど出来るのかとちょっと不安になる。
 そうしたところに西巻の弁護士松居から連絡が入る。

『よ、事務所独立だって?』 
「ああ、そうだ」

『そりゃおめでとうだな。でさっそくなんだが』

「おいおい、片付けもまだなところに仕事はないだろう。暫く休むんだよ」
 すると向こう側で嘆息する声が聞こえた。

『なーに、未練たらたらしてんのさ。お前本当に一途だな』

「今更他の誰かなんて無理なんだよ。その場限りだったらいくらでも性欲処理は出来るが、愛するのは無理だな」
 そうはっきりと三沢は言って自分で驚いていた。
 あの子が欲しいけれど、愛していると自覚したのは今なのだ。

『おいおい〜、俺にそんなこと告白するなよ。まったく順序も何もめちゃくちゃじゃあな……んでよ、ちょっとじいさんから一言あるんだが』 
 三沢の告白をさらっと流して、松居は次の話に持ち込む。

「なんだ?」
『おまえ、あの別荘に忘れ物してるって、だからちゃんと取りに来いってこと。ちゃんと伝言したぞ。どうせ暇だから明日にはいけるだろう?』 

「……忘れ物? した覚えないが……まあ、あるなら引き取りに行こう。明日がいいんだな」
 ちゃんと自分が持ち込んだモノは綺麗にして帰ってきたつもりだったが、何かペンくらいのものを忘れたのだろうかと三沢は考えた。

『お、明日な。絶対に取りに行けよ』
 松居はおかしな警告をして電話を切った。
 なんだこの言い方はと思いながらも、あそこは壊す予定でもあって、それで忘れ物を取りに来いと言っているのかと思い直す。
 明日に予定と○印をカレンダーにして、三沢は片付け作業に戻っていった。
 

 三沢があの別荘にたどり着いたのは、夕方を過ぎた頃だった。

 少し遠いこの場所は、かなり山奥にある建物だ。元々久弥が建てたものだったが、それを放置していたのをいいことに三沢が借り受けてあんな鉄壁の監禁場所を作り上げた。

 そんな建物は近々壊されることになるだろう。
 もう誰も使うものはいないだろうし、自分もここに来ることはないだろう。そしてここで一緒に暮らした人はそんな思い出の場所なんて必要としていない。

 少しだけ風に当たってから鍵を取り出して中に入る。
 中はあの時のまま時を止めていて、いろんなものが懐かしく感じる。
 あんな時間はもう戻ってこないのだと何度も自分に言い聞かせて忘れものを探す。

 ここにきてふと三沢は寝室に向かっていた。
 最後に泣いていたあの人が寝ていた寝室。そこへ向かって歩いていた。何かあるわけじゃないけれど、最後にどうしても思い出に浸りたかったのだ。
 そうしてドアを開けると、そのベッドが目に入る。

 そこには……。

「……え?」
 そのベッドには誰かが寝ている。Tシャツにジーパンの姿の人。懐かしいシルエットだった。

「……弥斗?」
 懐かしい人の名を呼ぶ。まさかまさかと思いながら近づくと、その人物は眠っているようだった。
 何故こんなところに?と思いながら三沢はゆっくりと弥斗の頬に触れ、撫でて起こす。

「弥斗?」
「ん……あぁ……三沢」
 ゆっくりと目を開けた弥斗はにっこりと微笑んだ。

「弥斗、どうして……?」

「つか、遅い。すごい遅い。めちゃ遅い。何時間待たせるんだよ」

「……え?」
 弥斗は起き上がると胡座をかいて頭を掻いている。

 かなり暑かった日はだんだんと涼しくなってはいるが、それでもこの窓すら開かない場所はかなりの熱を持っていたらしい。

「暑いし汗かくし、なのに電気止められててエアコン動かないし、なんかもういろいろ腹が立って仕方ない」
 弥斗はそう不満を漏らしてから、三沢を見上げる。にっこりと笑って言うのだ。

「久しぶり」
 まるであんなことは何もなかったかのようなそんな姿に三沢は呆然とする。

「弥斗?」
「ん? 何?」
 ちゃんと返事をしてくれる人は幻ではないとはっきりと言ってくれる。
 三沢はちょっと笑ってから聞き返す。

「なんですか、これは」
「いやー三沢ほどのやつが、忘れ物ありますよって言われてのこのこ出てくるとは思わなかったけど、なんか成功しちゃったみたい」

 弥斗はそう笑って言う。確かに忘れ物を取りに来いとは言われた。それで自分はここにきたのだが、その瞬間三沢は重大なことを思い出した。
 それにやっと気付いたようだった三沢を見て弥斗はにんまりとする。

「な、忘れ物って何忘れたんだ?」
「……貴方って人は……」
 思わず苦笑した三沢。忘れ物がなんだったのかを聞いてもいないし、自分も何を忘れたのかを聞き返しもしなかったのだ。普段ならそんなミスはしない。なのに今回はしっかり引っかかってしまった。

「んで、本当に忘れものあるんだけどさ」
「なんですか?」

「これ」
 弥斗はそう言うと立ち上がって三沢に抱きついた。
 三沢は何が起こったのか分からず暫くぽかんとしていた。

「……え?」
「一番大事なもの忘れてるぞ、三沢」
 ちょっと震える声でそう言われて、三沢はハッとする。

「まさか、弥斗?」
「そうだよ」
 弥斗は怒ったような口調でそう言う。けれど身体は拒否されないか心配で震えている。これが弥斗の精一杯なのだということはすぐに理解出来る。

「本当に、いいんですか?」
「いいから持って行け。今ならお買い得だ」

「本当にくれるのか?」
「くれてやるから、俺の前から二度と消えるんじゃない!!」
 弥斗はそういうと一層強い力で三沢に抱きついた。三沢はそこでやっと弥斗を壊れるくらいに抱きしめる。本当にこの人が手に入るなど思ってなかったし、まさか弥斗からやってきてくれるなど想像もしてなかった。

 眩暈がしてどうかこれが夢ないようにと、抱きしめる腕から弥斗が逃げないように強く強く抱きしめた。

「ちょ……お前、痛いって、マジで絞め殺す気かよ……」
「だって弥斗が……逃げそうで」

「逃げやしないってば、なんでここまで呼び出しておいて逃げるなんてことするんだよ」
 弥斗は笑ってそういう。その顔をが見たくてやっと腕を三沢はゆるめた。すぐに顔を覗き込むと真っ赤な顔をした弥斗の顔が見えた。

「もう、ほんとお前には俺がいないと駄目みたいだな」
 弥斗はそう言う。

「でも……私は」
「いいから、それもう。ああいうのは仕方ないだろ。お前、ちゃんと俺に言葉伝えてこないからさ。言葉扱う人間なのに言葉使ってこないんだもんな。ちゃんと最初に言えよ。結構考えちゃったじゃないか」

「……」
「ちゃんと言えよ。俺とどうなりたい? 俺をどう思っている?」
 弥斗がそう真剣に尋ねてくる。それに三沢は誘われるように答えた。

「ずっと好きだった。今は愛してる」

「だったらなんで置いていく。俺だってお前のこと好きになってたのに!!」
 弥斗はそう叫んで泣き出した。ポロポロと零れるそれはあの時に見た涙と一緒だった。弥斗を置いて出て行く時のそのときの涙と一緒。

「すまない……でもありがとう」
 三沢はそう言って笑うと弥斗の涙を拭き取った。

「そ、それでな、三沢……あのな」
「何?」

「だ、抱いて欲しい。今度はちゃんとした両思いだし……」
 弥斗が真っ赤になってそう言うから三沢の顔は破顔した。

「仰せのままに」
 そう言って顔中にキスを振らせたのだった。