novel

spiralling-9

耀(あき)がふと目を覚ました時、そこがいつもの自分の家ではないことを瞬時に悟る。パッと目を開けて人の気配を探るが、さすがに昨日の今日で耀(あき)の機嫌を損ねようと考える輩はこの屋敷には存在しないようだった。
隣を見ると恋人の寧野(しずの)が深い眠りについていた。それを確認して耀はホッと息を吐いた。

 今耀(あき)がいる場所は宝生組の本家だ。
一週間前、耀(あき)がヨーロッパへ行っている間に恋人の織部寧野(おりべ しずの)がこの本家の老院に呼び出され用事を言いつけられた。それは寧野(しずの)の話ではたった一日で解決したのだが、その後どういうわけか問題の人物に懐かれ、本家に足止めされていたらしい。
その寧野(しずの)も思うところがあり、そのまま本家で耀(あき)がくるまで待ってしまったというわけだ。
その思うところの問題も昨日のうちに話し合いで一部解決した。
「まあ、思惑に乗るなんて俺も丸くなったな」
思わず呟きがもれた。
耀(あき)を本家に呼んでもこの問題は複雑な絡み合いから、余計に騒ぎが大きくなっていただろう。だから寧野(しずの)が本家の老院たちの思惑に乗って行動してくれたことは本当に耀(あき)の為になりたいと願った寧野(しずの)の思惑通りに結果がついてきた。
これに関して耀は感謝するべきで寧野に言いがかりをするべきではなかった。
ずっと守られているはずの存在が自分を助ける為に動いて本当に助けてしまう存在になっていた。
 その変化を耀自身がとても嫌がっていたのが実に馬鹿げたことだったと今ならはっきり解る。
せっかく美しく進化して純粋に耀のことを思って共に生きていく為に必死に努力している恋人に「何もしなくていい」とよく平然と言えたものだ。
 寧野(しずの)の顔を見るとまだ深く眠っていて身じろぎ一つしない。昨日酷使したのと緊張が一気に解けたことで安堵している証拠だ。
 寧野と一緒に暮らし初めて三年だ。そりゃそれなりに変化もする。同じことをやれるのはせいぜい二年まで。そこからのマンネリになることを人間は嫌う。このままでいいわけないと焦るのだ。
 寧野も環境が変化したとはいえ、自分の身のあり方について考えたはずだ。
 いつまでも鵺(イエ)との契約が有効であるはずはない。この先鵺(イエ)がずっとマフィアとして生き残っていくと言えない。さらに鵺(イエ)は残っても龍頭(ルンタウ)である蔡宗蒼(ツァイ ゾンツァン)がいつまでもその地位でいてくれるという保証も彼がずっと寧野(しずの)のことを思って寧野(しずの)を考えを優先してくれるとも言えない。
 もしこのすべてがなくなった時、寧野を宝生組が預かる意味もなくなるのだ。
 そうなった時、耀はかばってくれるだろうが周りはそうはいかない。
 寧野(しずの)はそう考えたのだろう。だがそういうことは耀もちゃんと考えていた。
「バカだな……そういう時は両方取るんだ」
 そうなる頃には耀も圧倒的な力を付けて問答無用で寧野(しずの)を悠々と守れるような存在になっているからだ。なんの為に若頭として組長の仕事を引き受けていっているのか。それは組長にさえなれば組長である耀に意見できる人間なんて存在しなくなるからだ。
 けれど寧野(しずの)がそのままで居続けたとして、自分が満足出来るかどうかと問われたら今は満足だと答えられるが、その時にそう自信を持って答えられるかどうか解らない。けれど寧野(しずの)を追い出したりはしないと思う。だがそれを喜んで受け入れるような人間だとしたら、きっと好きになどなっていない気がする。
 自分の運命を受け入れてそれに合わせて強くなるのが寧野(しずの)だ。その強くなるための心の支えに耀がなっている。寧野(しずの)はそう言っていた。
だから耀が強くなっていけば当然寧野(しずの)も強くなる。いろんな力を身につけて耀の隣で恥ずかしくないように、耀が悪く言われないように、ちゃんとしていようとする。
 そこを耀は理解せずに来た。それが間違いだと気づかずに。
 結局儀式をしなければ自覚すら出来ないのは、叔父とそっくりということなのか。一緒にいる時間が長かった分、耀の方が酷いのだろうが。
(つか、そこまでやられて初めてきちんと自覚するんだな)
 突然結婚すると決めて、式をしてみたらそこで初めて意識していい旦那になろうとしている新郎というところか。こういうことになって周りが協力してくれていることにも気づく。
 耀は寧野(しずの)を起こさないように床を抜け出して廊下に出る。それから左を見ると、廊下の端に犹塚(いづか)の息子の智明が座っていた。どうやら呼ばれるまで待っていたらしい。耀が出てきたのを確認すると立ちあがって近づいてくる。
 智明が近づいてくるまで耀は待ち、用件を聞く。
「朝食の方は如何いたしましょうか?」
 そう言われて耀は言う。
「俺は向こうでもらってくるが、寧野(しずの)はまだ寝ているから起こさなくていい。起きて きたら本人の意思に関係なく用意させろ。それまで寧野(しずの)のガードを頼む」
「はい」
 耀がそう言って他の者たちと歩いて行った。その背中を智明がずっと睨みつけていることは知っていたが耀は無視をして歩いた。
 耀に寧野(しずの)のガードを任された智明は寧野(しずの)が見える位置まで移動し、眠っているところが見える位置で控えた。
 昨日、耀がきたことで老院が儀式を用意させた。耀がこちらに向かっていることは耀のボディガードで側近の九猪亘尾(くい あさお)から知らされていた。
九猪(くい)は耀が3歳からのボディガード兼教育係で、彼の功績は老院以上のものがある。耀があそこまで優秀な出来のいい若頭になれたのは、彼らの教育によるものが圧倒的だった。
 そんな九猪(くい)からの情報で老院は儀式の準備を犹塚(いづか)に頼んだ。智明はそれを手伝わされたわけだ。
 正直寧野(しずの)のことは気に入っていたし、耀とつきあっていることも知っている。むしろ情人をしている限り、そういう関係であることは明白だったはずだ。それなのにその行為の想像をしたことはなかった。
 いざ道具を用意してみて初めて想像した。
 正直、苛立ちが浮かんだのだ。寧野(しずの)を宝生組(ほうしょう)の組長の相棒として見劣りしないように育てたいと思ったのは事実。もちろんその気持ちは今でも変わってはいない。けれど胸に浮かんだこの黒い感情はそういうものとは一切関わりのないものだ。
 その感情は自分で悟るより親である智宏に見抜かれた。
「お前のその感情は絶対に耀様以外に見せることはするな」
 忠告はそれだけだった。
 一瞬どういうことだと言い掛けたが口から言葉が出る前に理解ができた。
 そう父親と同じような感情で寧野(しずの)を見ていると思っていた自分の心がそういうことではないと言っていたのだ。
 純粋に織部寧野(おりべ しずの)という人間に好意を持って、彼に男としての感情を抱いてしまっただけなのだ。
「耀様はそういうところは寛容だ。だが耀様が許したとて、それ以外の宝生の人間が許さない。なにより寧野様本人が絶対に望まないことだ」
 そうはっきりと父親に言われた時、最後の言葉だけが言うなと説得される中で一番の説得力があった。
 寧野(しずの)とちゃんと知り合ってから、寧野が誰を思っているのかなんて耳にたこができるくらいきかされたことだ。宝生耀(ほうしょう あき)を愛してると彼がそれ以外のことに興味を示したことはない。
 無理な要求に応えるのも宝生耀の為になればこそのこと。そして自分の要求はそういうことが出来るのだから耀の側にずっと居たいという願望だけ。
 寧野の中の大切な者が圧倒的に宝生耀なのだ。
 だから智明がどんなに寧野を知って寧野を愛しても、それを伝えたところで返ってくる答えを智明自身がよく知っているのだ。
 なら伝えたり思いを通わせようなんてする努力は無駄だ。そういう風に言ったのだろう。さらに他の組織の人間にそれを悟られれば、当然自分は寧野の世話役から外される。二度と寧野の目に留まるようなところに配置されることはないだろう。
 父親は寧野(しずの)に尊敬や敬愛、そうした思いはある。彼によく似た人物とほどよく感覚が似ているから代わりにという意味でもあるが。それでも智明のような邪な心を持ったことはない。
 他人にそこまで興味を持ったことすらしたことがない息子が誰かに興味を持つのはいいことだが、よりにもよって若頭の情人を、しかも興味を通り越して恋をするなど父親すら予想だにしなかっただろう。
 その恋をしたという智明ですら、自分の心の変化に戸惑ってはいた。
 最初の寧野は、正直情人としては綺麗な子だということ。見た目弱そうで明らかに守られていますという感じだ。若頭の庇護がなければすぐに死んでしまいそうな人間だった。それが第一印象。
 それでも老院や父親がいやに彼を買っていることが気になり、行動に同行した時試した。わざとこちらから進んで情報を渡したりしなかった。
 けれど寧野はものの見事に必要なモノだけ選び抜き、最小限の費用と行動で簡単に萩野谷(はぎのや)老人を手懐けてしまった。想像していた以上の結果を出す寧野に興味を持った。寧野の話を聞いているうちに庇護がないと生きていけない人のような印象をさらに与える雰囲気なのに、本人の心は剛胆で一途で愛情に満ちあふれたものだった。
 そうしたものに触れて織部寧野(おりべ しずの)に興味を持つなという方がおかしな話だ。
 だから彼を全面的に助けたいと思った。
 そのためには織部寧野(おりべ しずの)が本家の人間として扱われなければならない。その為には儀式をし、本家にて婚姻をしたという証拠を出さなければならない。
 簡易なものであっても急な場合それはありだった。ようは儀式をしたという誰にでも解る監視がその行為を確認すればいいのだ。
 その役目に犹塚(いづか)一族として参加しなければならない。寧野への思いは他の誰にも知られてはならない。だから平然とそれを見なければならない。寧野を守りたいと持っているのに、寧野を恋心のせいで彼の側を離れなければならなくなるのは本末転倒だ。
 だからこそ、儀式を最後まで見なければならなかった。
 どんなにそこにいるのが自分だったらと想いながらもそこにいるのは自分ではないこと。寧野のパートナーは宝生耀でなければならないとしっかり自分の心の奥底に恋心沈めてしまわければいけなかった。
 完全に寝入っている寧野を見つめたまま、智明は昨日の儀式を思い出す。正直、情人としての寧野はもっと拙い感じかと思っていた。けれど想像していたよりも妖しく美しかった。だがそれがすべて宝生耀の為のもので他の誰のモノでない。
 そんなことが悔しかった。あれは自分のモノにはなりはしない。
 はっきりと見せつけれる妖艶なものが頭に焼き付いて離れはしない。
 けれどその表情、指の動き、抱きしめる腕、卑猥な口、受け入れる場所、悶える躯、吐き出す精液すら、何一つ狂いもなく宝生耀のものなのだ。
 男として嫉妬しないわけがない。
 だが朝に宝生耀を見た時、昨日来た時の不安定なところが一切ない彼の姿に宝生組(ほうしょう)組長として将来背負って立つ若頭の姿を見た。 本来なら嫉妬でおかしくなってしまうところだったが、意外に頭の中は冷静だったのだろうか。それとも二人の昨日の話を聞いていたせいだろうか。安定した宝生耀という人間が如何にヤクザであるのかという本質的な闇が見えたのだ。
 この人は決して表舞台に立つような人ではない。裏で画策してこその人間。そうした人間が側に置く人をただ一人と決め、それが一般人として生きていけない織部寧野(おりべ しずの)であるのが何ら不自然ではないことに妙に納得した感じだった。
 この人は本能的に自分の相棒を見つけ選んだのだろう。
「……にゅ」
 智明が考え事をしている間、時間は一時間ほど過ぎていた。朝9時前、通常なら寧野もとっくに起き出している時間だ。だからなのか自然と目が覚めたらしい。
「んー……あれ?」
 目を開けてもまだ状況が把握できてないような動きで起きあがり、隣に恋人がいないことを不思議がる。正直実に可愛い仕草だ。
「おはようございます、寧野(しずの)様」
 智明が挨拶をかねて声をかけると、寧野は一瞬で眠気が飛んだように智明の方を向いた。怯えた目が智明を捕らえるととたんにホッとしたように目尻が下がる。
「犹塚(いづか)さん……おはようございます」
 一歩も部屋に入らず廊下から話しかけていたのでホッとしたのだろう。それに知らない人より知っている人の方が本家では安堵出来るらしい。
 その安堵出来る人間として自分が認識されていることに智明は嬉しくなった。こんな些細な信頼で、自分の気分が向上しているのが不思議である。バカにしていた恋や愛がこんなにも気分を変えて心を動向が自分で予想も付かないのは初めてだった。
 だが妙に心地いい。
「お食事の方はあちらの部屋に用意させますので、着替えされますか?」
「あ、はい」
 今着ている服が浴衣であることに気づいた寧野はすっとはだけていた裾から覗いていた太股を慌てて隠す。着慣れない服だとそうなるのは仕方ない。
 気になどしていないように関心がないようにすっと襖を閉めて声をかける。
「着替えましたらどうぞ声をかけてください。私はここにおりますので。着替えは枕元においてあります」
「あ、はい解りました」
 慌てた声が返ってきて少し笑ってしまう。すぐに着替え終えた寧野が出てくる。用意された着替えは昨夜の儀式の時に老院たちが用意したものだ。行為が終わった後、耀が寧野を連れて風呂に入っている間に部屋のモノを掃除したりした時に翌日の着替えもおいた。
 その服を買ってきたのは智明だ。寧野を留め置く為に用意するように言われて数着用意したものだ。昨日まで用意していた服はサイズだけで選んだものだったがこの服は顔を見て親しくなってから用意したものの一つだ。
 その服を着て出てくる。
「お待たせしました」
 青のストライプのワイシャツに薄い灰色に近い水色のジャケット、パンツを白にするとすっきりとした青年の姿になる。きちんと合わせたものは想像以上に似合っていて智明は満足したように微笑む。
「では参りましょうか」
 先導して食事を用意している客間に案内をした。
 寧野が朝食を食べ終わる頃、朝食を早めに取った宝生耀は、この騒動を企んだ九猪亘尾(くい あさお)と対面していた。
 最初に部屋に入った時、九猪(くい)はすでに正座をしていて耀の姿が見えたとたん、手を付いて深々と頭を下げた。
「申し訳ありません、勝手をしました」
 何をどうしたのかは言わない。言わなくても耀はもうすべてを知っている。それを事細かに説明されても意味はない。責任は取るというような態度でいるが耀はそれを一瞥しただけで上座に座る。
「昨日提出した書類の結果は、いつになると言っていた」
 謝罪している内容に関してもうすでに興味がない耀は、九猪(くい)の謝罪を何もなかったかのように流してしまう。
「耀様!」
「くだらない」
「は?」
 耀のため息と共に漏れた言葉に九猪は不思議そうな顔をしていた。
「だからそんなことされても茶番だろう? 組長代理に持ちかけられたことにお前が断れるわけがない」
「しかし」
「お前が俺に不利なことに荷担するわけないだろ。それを頼んだのが組長代理だとしてもだ」
「それはもちろん」
 それは当たり前だと言わんばかりの即答だった。耀はそれだけで九猪(くい)のしたことは許せるものだった。九猪(くい)と億伎(おき)は絶対的な味方だと解っているだけでいい。世の中裏切りモノが横行する時代に、この二人は何があっても耀の味方である。組長代理だってそうだが、もし組のことに関して二人が対立したとすると組長代理は味方ではなくなる。その中においても九猪(くい)と億伎(おき)は味方であると言えた。二人が耀を裏切るようなことになる時は、耀が二人の意見を一切聞かずに暴走の限りを尽くした後だという確信があるからだ。
「だったらいい。今回は俺の方もどうかしてた。だからお前を責めると俺も寧野に怒られる」
 耀がそれはもうイヤだなという風にため息を吐いているのを見て、億伎(おき)が首を傾げる。
 昨日、二人っきりになった後、話し合いをしていたがそれを側でガードしながら聞くになしに聞いていた億伎(おき)だが、寧野は意見は言っていたが怒ってはいなかったはずだ。
「怒ってはなかったかと」
 億伎(おき)がそう呟いてしまうと耀は項の当たりを掻きながらふてくされる。
「怒ってた。たぶんこれまでで一番怒ってた」
 耀がそう言い切るのだが、あれを怒っているとは言わないのではと不思議がっている億伎(おき)に向かって耀が言う。
「怒鳴ったり声を上げてどうこういうのは、そこまで怒ってないんだ。けどこれまでに少しずつ 怒る必要がないと我慢してきたものが降り積もった怒りだから、凄く静かに怒ってた。なんだろ、響なら怒鳴りながら睨みつけて怒って天からの雷って感じだけど、寧野は感情がどんどん冷えた感じで氷みたいで怒りが地面を張ってて下から寒い怒りが這い上ってくる感じ」
 二人がそれから想像出来たことは、まさしく怨霊。
 するとスパンと襖が開かれてその怨霊がそこに立っていた。
「人を井戸から出て見た人間を呪いながらさらにテレビから這い出てくる人みたいに言ってくれるわけだ?」
 まさに普通に怒っている寧野が言い放つと、耀は平然と反論した。
「いやどっちかっていうと、テリトリーの家に入った奴を問答無用でストーカーのようにどこまでも追ってしとめる奴のほうだと思う」
 日本のホラー映画における二大怨霊のどっちかという話ではないはずであるがこうなる。
「え! 最初からいろいろおかしい方なの!?」
ええ!驚くところはそっち!と億伎(おき)がつっこみそうになった。
 目の前でどっちの怨霊の方がという言い合いが始まったが、九猪(くい)が苦笑して呟いた。
「どっちにしろ怨霊なんですね」
「あ」
 そういわれて根本的に言い争っていることが間違っていることに寧野が気づく。それを聞いていた犹塚(いづか)が廊下で笑っていた。 
 今回問題を起こした元西塔組(さいとう)組組長現老院の萩野谷征譲(はぎのや まさよし)は自分よりも40も若い青年に土下座して頭を床にすり付けて許しを得ようとしていた。
 本来なら到底謝ってすむ問題でもないが今回寧野に出会ったことで、やっと老院にてやりたいことが見つかった。寧野を将来宝生組(ほうしょう)組長の相棒として誰も彼もが誇りに思うような人にしたいという野望が出来た。だからやめさせられるのだけは嫌だった。
 しかし耀の怒りはもっともで、さらに寧野を本家と関わり合わせたくないと思っていた耀の思惑が萩野谷(はぎのや)老人のせいで全部無になった。
 それについての沙汰があると思ったのだが、言い渡されたのは一ヶ月の謹慎と老院として渡される給料の一年の減給(とはいえ一般人からすれば減給したのかというレベル)で済んだ。
 幸い迷惑を被ったとされる関和組(せきわ)の風間組長には組長代理から迷惑をかけたとして迷惑料が支払われて、それが組員のボーナスのようなものになったらしい。関和組(せきわ)の組員には老院に成り立てでストレスでおかしくなっていたと本人から謝罪があり、本人の真摯な態度と若頭の情人である織部寧野(おりべ しずの)の調教っぷりに関心していたのもあって二度としないでくれと言うだけですませた。
 こういうこともあり上にいるものも大変だなと組員からの同情もあった。さらにもう組を出たとはいえ、元組長の失態を知った宝生組(ほうしょう)総本部長若頭補佐北海道地区西塔組(さいとう)組組長西塔静馬(さいとう しずま)からも風間組に謝罪があったりと風間としては迷惑は被ったがそれなりに幹部の立場の人間に貸しが出来たと妙に喜んでいたらしい。
そして元組長は西塔組長にも謝罪し、西塔組長にはつらいなら戻ってきてくれと組に席を用意して待っているとまで言わせた。
 元々西塔組(さいとう)にとっては萩野谷(はぎのや)は一番の功労者で、西塔静馬の父親が亡くなって西塔が組長としてやっていけるまで人力を尽くしてくれた人なのだ。そして宝生組(ほうしょう)にとってそれは同じで、そういう恩赦が出た上でのこれくらいの処置なのだ。
 だから二度目はないと言われているようなものだ。
 しかし萩野谷(はぎのや)老人はすっかり心を入れ替えていたため、そういうことはないだろうと耀も思っている。

 この処置に拍子抜けしたのは萩野谷(はぎのや)だけだった。もっと悲惨なことになると覚悟していただけにである。けれど様々な人からの擁護があったので今回だけという言葉はやはり重かったようだ。
 皆が不甲斐ない自分を助けてくれたと知った萩野谷(はぎのや)は耀から解放されるとその場で咽び泣いていた。
「必ずや恩返しを」
 そう決意をした萩野谷(はぎのや)を寧野はそっと隣の部屋から見守った。
「いやすまないね、結局若頭のお手を煩わせる結果になってしまい」
 そう言って笑うのは音羽(おとわ)老人。
 音羽阿門(おとわ あもん)は元音羽(おとわ)会会長をしていた。元々は神宮領(しんぐり)組出身で、そこから宝生組(ほうしょう)の高(こう)に見出され、神宮領(しんぐり)からでは組を建ててやれないと神宮領(しんぐり)組長に相談された高が音羽(おとわ)を引き取った。そして組員がおらず老齢の組員しか残ってなかった解散するしかなかった組を音羽(おとわ)が引き継いだ。そこから音羽(おとわ)会と名前を変え、順調に会は安定してきた。
 しかしそこで神宮領(しんぐり)事件が起きる。
 音羽(おとわ)は神宮領(しんぐり)には世話になったことから神宮領(しんぐり)組の組員を受け入れていた。しかしそこに九十九(つくも)のものによる襲撃で組員も会員もすべて失った。そして本人も片足を失った。
 それから九十九(つくも)への復讐を考え、高の手足になって同じ思いをしている人たちとの連絡を纏めてきた。高が死んでからも続けろと言われ、楸(ひさぎ)たちにすら秘密で続け、そしてその秘密が公になってから初めて自分がしていたことを白状したくらいの秘密主義者だ。
 耀はそんな音羽(おとわ)が表舞台から遠ざかり老院としても静かに暮らし、志智(しち)ほどの口も挟まず、九十九(つくも)への反撃が出来るまで目立たないように暮らしてきたことを評価している。
 30年以上、彼が復讐にかけた期間だ。実現するのかどうかも解らないような復讐。その待機期間を耐えに耐えた忍耐力は尊敬にすら値する。
 そんな彼は復讐を終えた後は少しだけ本領発揮をしている。老院の作り直しを提案した耀に対し、耀が結婚をして子供を作らないならこれ以上必要はないと言い切り、廃止を申し出た。志智(しち)の同意や他の老院からも自分たちの後に続く老院は必要ないだろうという意見で纏めた。
 ただ耀が組長になって組長を降りるまでには何十年とある。その間に屋敷に関わった人間に対し他に生きていく場所を再度与えなければならない。
 その調整を音羽たちはしている。
 そうした中でも彼らは耀のサポートもしているわけだ。
「今回のことにじじいなら解るのですが、先にあなたの名前が出たことが予想外でした」
 耀が縁側に座っていてその隣に音羽(おとわ)も座っている。庭には寧野が池にいる鯉に餌をやっている。こういうところでもない限り鯉に餌をやるという行為自体体験できないからと乗り気だった。
 それを耀が眺めていたら音羽(おとわ)が現れたのだ。
「そうですか。暇になるといろいろしたくなるものでね」
 少し楽しそうな声に耀はため息を吐く。老人はこれだからいけない。
「ほどほどでお願いしますよ。こういうことで遊んでいる間に身内からまた膿が出てしまっては意味はないです」
 耀がそう言うと音羽(おとわ)はにこにこして言う。
「萩野谷(はぎのや)と同じ時に入ると仰っていた元久山組組長元宝生組最高顧問の久山が老院に入ることを拒んでいるとお聞きしましたが、その件に付き。若頭は火浦(ひうら)組を知ってらっしゃいますか?」
 音羽(おとわ)のいきなりの話だったが耀はふっと考えて言う。
「確か滋賀の古い組だな。割と最近組長が替わったじゃなかったか?」 
「ええその通り。その火浦組です。そこの元組長が火浦隆(ひうら たかし)と言って、代々琵琶湖の周辺で造船をしてたそうで。最近は中型の船を買い集めて中古販売として海外に輸出しとりまして。その販売ルートの口利きをしたのが久山元組長な関係です。久山元組長の嫁の友人がタイの人間で、東南アジアへの中古の中型船を一手に売ってまして、その関係で正規のルートが出来たわけです。だから火浦隆からすれば久山元組長は大恩人なわけです」
 そこまで言って音羽(おとわ)は一旦区切る。耀は口を挟まず話を促した。これではどういう話をしたいのか解らないからだ。
「その火浦が根本という若頭に組を譲って引退したんですが、そうしましたらその一ヶ月後に火浦がタイで死んだんですわ」
「旅行中の事故か?」
「いえね、引退した後、日本にいてすることもないと久山の妻の友人を頼ってタイで老後を過ごしてたんです。あっちは物価も安いですし、日本語も結構通じるらしく。それでそっちでタイの販売ルートである久山の妻の友人たちともつきあいがあったらしいんですが、その販売店の友人夫婦が火浦が死ぬ一週間前に行方不明になってまして、それを火浦が探していたそうで。で火浦はその一週間後にその販売店が持っている港で沈んでたんです。不振なところはあったんですが、元ヤクザだと解ると恨みによる犯行だろうとありきたりなことで未解決です」
 そこでまた一呼吸おいてお茶を一口飲んで続きを話し始める。
「ここまではありきたりだといえばありきたりです。ですがその直後、その販売店の権利がどういうわけか、火浦組の根本のものになりまして」
 そう聞いて耀は首を傾げた。
 確かに販売ルートは火浦組のモノだろうが、その土地や店の権利はどうやっても火浦組のものにはならない。そういう足のつくような権利は基本持たないものだ。だから販売店の家族か親戚の相続か、そうでなければ国のものだ。
まして相手が犯罪組織だ。これがタイ政府にしれれば当然資産没収となるだろう。
「根本は火浦の親族からもらい受けたと豪語しておりましたが、調べたところそんな権利、火浦にもなかったんですわ。それでタイの親族がその権利が勝手に売られていたとして問題にしまして、まあ販売店の夫婦が行方不明という状況で土地権利だけ人のものなんておかしなこと。それで久山元組長のところに連絡してきたんですわ。妻も友人夫婦が行方不明になっていて、店の権利が根本のものなんておかしなことだと調べると言っていたんです」
 で久山がどうなるわけだ?と耀は首を傾げた。
「この根本という組長なのですが、実に優秀なんです。火浦が引退するまで実に行儀良くヤクザらしく若頭らしく。それが組長になって火浦がタイに渡ったとたん、態度がいっぺんしまして」
「何か目的があって化けてたのか?」
「それはもう用意周到に。そのころには火浦組の組員も根本の手のモノ。しかし滋賀の小さな組を乗っ取ったところで問題はないものです。ところが、これの過去を調べましたところ。元々初代九十九(つくも)組の出なんですわ」
 思わぬところで九十九(つくも)の名前が出てきて耀は顔色が変わる。それもそのはずで、九十九朱明(つくも しゅめい)という男がどれだけ長い期間をかけてでもほしいモノの為には毒を打ち込んでおくという仕込みをする人間だ。
 だから火浦が中古船をアジアに輸出しだしたころから目を付けていて、乗っ取るために潜入させていた可能性が高いのだ。
 二代目九十九(つくも)組は、元々九十九(つくも)が建てた初代九十九(つくも)組が九十九(つくも)が引きこもった後に引き継いだ人たちが継いでいる組。名前が九十九(つくも)のままなのは、あえてそうして相手の恐怖を得ようとしていただけで何も九十九(つくも)の為にある組織ではない。所詮名前は名前。わざと不吉な名前にしてある。
 現在三代目を継いだ三和(みわ)組長によって三和(みわ)会と名前を変えた。さすがにあんな国際的テロリストの名前を堂々と掲げられるほどの度胸はなかったらしい。如罪組(あいの)は、その名前を使うことを許してはいたが、三和(みわ)が変えたことに関しては特になんとも思ってないらしい。
 そして問題なのは名前を変えた三代目ではなく、二代目でもなく、初代の段階で九十九(つくも)組にいた火浦だ。九十九(つくも)組は偽の九十九(つくも)が大して発展させることなく火威会(ひおどし)の一次団体として存在していた。偽物が死んだ後、二代目が即如罪組(あいの)の一次団体に乗り換えた。うまく取り入り最高幹部まで上り詰めた。
 しかし三代目に移り変わった時三代目が名前を変え立場を変え、突然火浦組にいた元九十九(つくも)組の組員が火浦組を正攻法で手に入れたあと豹変した。
 三代目九十九(つくも)組になるはずだった三和(みわ)会の三和(みわ)会長はこうなることが解っていたから名前を変えたのかもしれない。また九十九(つくも)が何かしようとしていると。まあ三和(みわ)会については偶然だろうがこじつけたくなるのも仕方ない。それくらい九十九(つくも)は偶然に起こったことのように見せかけて事件を起こすのだ
「根本が九十九(つくも)組に入ったのは、あの事件のことを聞いて15で組に出入りして、やっと組員になったのは20すぎてましたか。しかし毒気の抜けた九十九(つくも)が気に入らずに文句を漏らしていたらしいですがね。ある時思いついたと言って組をふらっと出ましてそれっきり。九十九(つくも)組もそれを追うのが筋ですが、なんとか理由をつけて他の組に修行に出したままだそうで。そんな話、根本が働いていたバーの亭主が言ってましてそれっきり」
「よく覚えてたな」
「ええ、九十九(つくも)組からそうやっていなくなった人間の処遇で組幹部が理由を付けて後を追わせもしなかったのが根本くらいなんだそうで。消されたとしてもそんな足が付くかもしれない理由は普通つけないだろうし。消した人間を他の組員が探そうなんて考えもしないでしょうと。それで覚えていたと」
「ああ例外すぎて逆に思い出せたのか」
「まあ、根本に小指はありましたし」
 それを聞いて耀は納得する。何かの責任を取って追放されたのなら今現在の根本には左手の小指がないはずだ。そう簡単に抜けられないのが組幹部だ。だから五体満足無事に組を抜けて他の組に入ってなんの問題もないのは、何か理由があってのことに決まっている。
「根本に関しましては当時を覚えている人間の方が少なく、なかなかでしたが。それで話を戻しますと、根本は豹変してから古参をいきなり罠にはめて警察に売ったんですわ。まあそうとしか思えないくらいに古参が次々個人的なことで捕まりまして。それで警察のほうでも火浦組のことは疑ってましたんですが、これがどこにもしっぽを出さない」
「そんな下手にしっぽを出すような奴が何十年も組に潜伏してるわけないからだ」
「まあそのうちに捜査が別の事件に取られましておざなりに。ここまでですとまあ組の下克上ですと言えるんですが、久山組の元組長です。久山元組長が老院の誘いを断った後、火浦のことを調べていたところ、そのまま行方が解らなくなりまして」
「そんな話誰にも聞いてないぞ」
 宝生組(ほうしょう)の元最高顧問が辞めたとはいえ不振な消え方しているのだ。当然何か報告があるべきである。
 久山は宝生組(ほうしょう)の重要な会議内容を割と最近まで知っている重要人物だ。誰かが宝生組の内部をしろうとして誘拐した可能性もある。
「ええ、これは昨日久山元組長の妻からで、「久山がお邪魔しておりませんか」と。それも「寧野様に会うから時間がかかる」そう言って出かけたらしいです。電話をかけられたのは久山が携帯電話を忘れて出かけたからだと」
 そこで耀は完全に顔色を変えた。
 久山はもしかしたら消されているかもしれない。彼が妻にわざとありえないことを言って不審がらせたのは、会ったこともない寧野の名前を出せば嫌でも耀の耳に入るからだ。
さらに妻に本当のことを言えなかったのはその時点で久山は目の前にいる妻を人質として取られていたからだ。妻は気づいてないだろうがきっと久山が何か行動をしたら妻はすぐに殺せるような状態だったのだろう。そうなっては手も足もでないから逃げるしかない。
「火浦組は?」
「昨日から監視しておりますが、久山元組長を拉致したのはここではないと思われます」
 そう断言されて耀は悟る。
「九十九(つくも)の関係者か」
 久山が狙われたのは火浦の件を調べようとしたからなのは明らかだが、行方不明であることが不思議だった。こっそり消すなんてしなくても久山なら元組長という肩書きがあるのだから通りすがりに殺した方が誰の犯行か解らなくなりやすいはずだ。
 下手に隠し立てして遺体が出ない方が宝生組が放っておいてくれないと解っているはずだ。
相手はわざとそうして宝生組の出方を待っているのだ。それは久山も解っていたのだろう。だから寧野の名前を出した。これは寧野に関係した何者かの行動で、それに九十九(つくも)が絡んでいると。
「まだはっきり決まったわけでもないのですが。用心にこしたことはないかと。たとえこれが一切九十九(つくも)と関係なくとも、混乱させる為に九十九(つくも)が放置してる可能性もなくはなく」
 音羽(おとわ)にこの話を持ち込んだ久山の妻の情報もまた虚偽かもしれないということだ。久山が人質に取られていて、嘘を言わされている可能性もある。
 何が真実かは解らないが、火浦組元組長火浦隆の死に絡むタイでの出来事はきっと何かの組織が絡んでいるはずである。
 騒ぎはまた大阪から起こっている。裏に九十九(つくも)を絡めた出来事が潜んでいる。そして世界もまた新たに動き出している。思惑はそれぞれだが、新旧入り乱れた抗争とは呼べない騒動に発展するだろう。