novel

spiralling-11

 京都の嵯峨根会(さがねかい)の会長が事故死し、新会長が生まれた嵯峨根会(さがねかい)が幹部や役職を変えてきたのは四十九日を過ぎた次の日のことだった。
 耀(あき)がその報告を聞いたのは宝生組(ほうしょう)本部でのことだ。大体の予想を裏切る内容に宝生組(ほうしょう)の幹部たちも眉をひそめるほどだった。あまりに露骨に前会長時代の会長擁護派や現会長の実弟に対して接触をとったり担ぎ上げようとした人間は全て幹部から外されていたのである。その実弟は秋篠(あきしの)一家の総長として最高顧問という地位を得ている。
 何より恐ろしい出来事があった。ただでさえ嵯峨根会(さがねかい)のことで忙しいのに、関西如罪組(あいの)からの通達。九十九朱明(つくも しゅめい)を永久追放するという内容だ。
「馬鹿な、如罪組(あいの)は自爆でもするつもりなのか!?」
 そう叫ぶのは関西に拠点を置いている新垣組の伊賀流里(いがりゅうさと)組長だった。新垣組は三重に拠点を構える組織で大阪とも近く、如罪組(あいの)と嵯峨根会(さがねかい)の噂はよく集まってくる。中にはその両方から逃げてきた組員が助けを求めてくることもある。
 現在はその切迫した状況から前回の火威会(ひおどし)騒動のように流出してくるヤクザが増えている。
 だがまさか九十九が永久追放されるとは誰も予想はしていなかったようだ。
 耀(あき)は組長代理を見る。組長代理に如罪組(あいの)から送られてきたのは絶縁状と除名通知というものだ。
 絶縁状とは、絶縁状という回状を作り各組織に広く通知するもので、この中身の様子で破門した組の対応が見て取れる。通常の絶縁状を回す目的は、送った組に対して、その者を客分としたり商談、交際などを一切してはならないという決まりがある。これを出されると組だけではなく、極道の世界から除外された上に報復の覚悟もしなければならない。一般社会への復帰しか道はないが、それが容易ではないから路頭に迷うしかなくなるわけだ。
 そもそも一般社会において道を外れたものが一般社会に違和感なく馴染もうというのが無理である。そして今回の場合は普通に戻れたとしても一旦本人が絶縁状を出された人間だということがバレればその場にとどまることはできない。
 なにしろ絶縁状は、報復の機会を周りに与えたようなもの。当然誰の助けも受けられないし、誰も信用できないようなことになるだろう。
 中でも破門であれば偽装破門というものがあり、一時的に破門扱いにしてほとぼりが冷めたら復縁してしまう方法もとることもあるため、誰も気にはしないが、絶縁や除名通達というものになると事は別物だ。
 如罪組(あいの)は完全に九十九朱明(つくも しゅめい)を切ったという証であるが、問題は今日同時刻に報告された嵯峨根会(さがねかい)の幹部のことだ。
 事もあろうか嵯峨根会(さがねかい)の名誉顧問に九十九朱明の名前があるのだ。
 完全に嵯峨根会(さがねかい)の当てつけによる如罪組(あいの)への宣戦布告でもある。
 全面戦争は避けられない流れになってきたわけだ。これでは対岸の火事とはいかなくなった。わざわざ勝つ見込みが少ない方へ九十九がついているのだ。けれど勝算がない方へ九十九が付くとは思えないし、あえて如罪組(あいの)を見限ったようにしか見えない当てつけが、戦況が解らなくなる始末なのだ。
 それ故に、この絶縁状の意味が違ってくる。
 如罪組(あいの)の九十九排除へのここ最近の行動は他の組織からしても目に余るものがあった。つまり九十九が本格的に悪いわけではなく、如罪組(あいの)組長松比良の勝手なる独断で理不尽であるということだ。確かに義理を欠いた組員を排斥するのはありだが、それはそれなりに周りが納得できる理由でなければならない。しかしみな九十九を恐れてはいるが九十九が如罪組(あいの)に於いて何かをしたという噂は一切聞かない。寧ろ大人しく若頭をしていたと思う。だから若頭としての評価を与えるとすれば、九十九は最高合格点を与えてもいいくらいだ。
 さらに若頭を名乗ってはいたが、本人に身動きが取れなくなる組長という座につく気はさらさらないのは見て取れたため、本当の若頭は若頭補佐にあり、良くも悪くも彼は九十九のやり方を見て成長は出来たはずである。組のあり方として九十九を若頭にしておくメリットは他の組織に狙われにくくなるという利点があるからである。いわば番犬としては最大に日本最強と言っていい存在だ。
 そうしたものを全て切ってでも九十九を如罪組(あいの)に置いておきたくない理由は、どうみても松比良渡里のただのプライドのみとして受け取られない。そうした見栄しか見えないプライドは組織のトップとしては失笑ものである。
 だが、関西において如罪組(あいの)の力は九十九が育ててきただけあり最強である。いくら九十九とはいえ、目に見える形で抗争していますというやり方は少々リスクがあり、誰が見ても解ることはしない。けれどそれを差し置いても、直接九十九一人とやり合った経験がある宝生組(ほうしょう)の幹部は笑い事ではすまないと解っている。
 ただのヤクザの幹部ならここまで恐れはしない。相手はたった一人で日本中のヤクザを二度も恐怖に陥れ、半壊させた男なのだ。
 これがただの動揺を誘うような行動だったとしたら、九十九が狙っているものが何なのかまったく予想すら出来ない。だからこそ怖いのだ。
「これは……如罪組(あいの)が不利ですね」
 全てを見渡して最高顧問の斉松組(さいまつ)組長斉松文也が首を振る。
 如罪組(あいの)が九十九を追い出すために絶縁状を出したのは目に見えて解る事であるし、その放り出された九十九に破門にされる理由がない以上、如罪組(あいの)の言い訳を聞く組織はいないだろうし、嵯峨根会(さがねかい)がその九十九を拾って名誉顧問にする理由は真っ当な理由として成立する。何より、如罪組(あいの)がこの絶縁状を回したと同時に内部の再編を行い、幾人も九十九の便宜を図った幹部を外していることだ。これはもはや言い訳すら出来ないだろう。九十九が気に入らなかったので追い出し、それを庇った幹部も追い出したという義理も何もない。
 絶縁状が出回るのは関西が早かっただろう。先に知らされた嵯峨根会(さがねかい)が追随するように跡目相続の盃を交わす日に、九十九等を迎え入れて親子盃を交わす。
 誰もが困惑する内容であるが、この二つの組織と同等の規模を持つ宝生組と九州の長沢原(ながさわら)組の出方を見ているのだろう。長沢原組は宝生組とは懇意にしており、九十九を共通の敵として長沢原組は南を宝生は北をと如罪組(あいの)が発展することを阻止してきた。その為、二つの組の組長の考えは基本的に似ている。長沢原の組長は最近になって息子の代になった。40歳になった長男の知章(ちあき)は、堂々と家業を継いでいる。長沢原鏡の教育を受けて育ったため、かなり有望な人材である。なので今回の考えはきっと組長代理と似たようなものになりそうだった。
 付き合いがあるから同じなのではなく、九十九に対しての毛嫌いぶりは被害を被ったもの同士の結果であろう。さらに目の前で自宅を爆破され親しい者を失うというヤクザの戦場をヤクザになる前に体験している長沢原組長の九十九朱明への憎しみは組長代理より更に酷かった。
 全員が一斉に組長代理を見た。
 彼は実につまらなそうに幹部の意見を聞いていた。腕組みをして難しい顔をしているかのように見えるが、組長代理をよく知っている者からすれば、本当につまらないという顔をしていた。
 どうしたことだと首を傾げた幹部一同。
「組長代理?」
 恐る恐る尋ねている者がいたが、耀(あき)にはその反応は容易に想像出来た。
 その反応はわりと普通である。
 というのも、幹部がこういう反応をするのは想像は出来ただろうから幹部に対して呆れているのではない。九十九という人間性が相変わらず小悪なところに呆れた訳でもなく、九十九が遣りたいことが大体想像できたからである。
 九十九がする行動の中で一番解りやすいのが月時響(とき ひびき)に関した事であるが、これはまた分かりやすすぎて呆れかえったのだ。
「まあ、如罪組(あいの)と嵯峨根会(さがねかい)の抗争となれば、火威会(ひおどし)騒動とは違った他の組にも影響する確率が高いだろうから、そういう反応は正しい」
 組長代理がそういうと周り一瞬だけほっとした。まさかそう思っている自分たちが間違って解釈したのかと焦ったらしい。
「しかし相変わらず、何をやるにしても元居た組織も邪魔な組織も一緒にどうこうしておこうという仕掛け方は変わらん。そういう意味で呆れただけだ」
 組長代理の言葉に九十九のやり方をよく知っている人間は根本的な九十九のやり方を思い出して「ああ、確かに」と頷いた。
 九十九が火威会(ひおどし)を邪魔だと思い始めた時、次の寄生先を決めてから行動していたことを思い出す。
「耀(あき)はどう思う? 九十九の目的、嵯峨根会(さがねかい)のこと。まあ如罪組(あいの)のやりたいことは大体皆が感じている通りだろうからそれはいい」
 組長代理が耀(あき)に意見を求めてくる。というのは、ふりをしたのはこれを説明するのが面倒なだけだ。元々何かを説得するような環境でやってきたわけではない組長代理である。この人はとりあえずやってみたら部下が勝手に感動してついてきたという、すごく希な環境や体勢でこの地位を守ってきた人である。普段は槙に説明を任せてしまうくらいに投げやりで、槙が説明しなかったら周りは全て終わった頃に「あれはこういうことだったのか」となってしまう。そしてそれが「組長代理カッコイイ」「一生ついて行く」となってしまった結果、完全なカリスマ性で乗り切っている部分がある。
 最近はその槙も耀(あき)が若頭になってからは若頭を育てる環境を作ることに専念して、前ほど口を挟んでくることはなくなっている。耀(あき)もほぼ同等の考えをしているのだから、その力を利用して自分で環境を作る為の力にしてほしいと思ったのだろう。
「九十九が今回の嵯峨根会(さがねかい)と懇意にしてたという前提がおかしな話しだなと感じてます」
 耀(あき)がそう発言すると若頭補佐中国地方の代表、牧原組(まきはら)組長勝沼力造が何故だ言いと首を傾げる。
 厳つい顔であるが組長になる前の若頭時代に九十九の攻防の最前線にいて組を守ったことがある武勇伝を持つ人だ。組長になった時に久山組組長が引退し、幹部席に空席が出来たために幹部として迎えられた。そのおかげで新参として口数は少ないが、それでも近接する関西が大事である今は口数を少なくして情報を得られないデメリットを作る必要がないための発言だろう。
 普段から組長代理への信仰心が強い方だが、それは実力を認めているからで、妄信しているわけではない。
 耀(あき)は勝沼組長を確認してから発言を続けた。
「九十九が如罪組(あいの)にいた時、関西を全て制するのに一番邪魔だったのが京都内を制圧している嵯峨根会(さがねかい)だった。この嵯峨根会(さがねかい)には都寺(つうす)という会長が居て、補佐役も優れた人間がいたために容易に九十九とて入り込むことや何かを送り込むということは出来てないようだった。事実、宝生でさえ、そことの付き合いがない。外部との接触自体をよしとしない風習がある土地柄。それに九十九のえげつないところは周知の事実。それを隣でみていた嵯峨根会(さがねかい)が知らないはずはない」
「それは解っているが……」
 今まで地下内にて攻防はあっただろうが、それでも挑発には絶対に乗らず、九十九ですら嵯峨根会(さがねかい)を引き摺り出すことには苦労していたようだった。
 だが、それは宝生組(ほうしょう)と同じように鉄壁と言われていても長時間かけられれば年月の変化と共に入れ替わる人間と共に九十九に入り込まれる隙が出来る。
「如罪組(あいの)と九十九の仲違いは、嵯峨根会(さがねかい)との関係を一変させたようには見える。だが嵯峨根会(さがねかい)の新会長もそれは解っているはずだ。だから敢えて迎えることで九十九の動きを封じようという考えなのだろうが……この状況を九十九が喜んで受け入れているとは思えない」
「確かにそうだが、勝手に名前を並べ立てるというのはいくらなんでも九十九も抗議はするんじゃないか?」
 他の幹部があり得ないと口々に言う。
 そうプライドを持って行動をする任侠。嘘を並べ立てられて引っ込んでいる理由はない。
「抗議しようにも出来ないと考えたのが嵯峨根会(さがねかい)だろう?」
 そこまで言われてやっと理解したのが勝沼組長だった。
 勝沼組長の理解は他の誰よりも早かった。この機転と理解力の高さで彼は戦場を生き抜いたのだ。
「そう。九十九はどこの組織にも匿われることはない。というより日本国内に九十九を擁護し堂々と匿う組織は皆無。寧ろ出てこない九十九に腹を立てた如罪組(あいの)が九十九をあぶり出す為に絶縁状を出したようなものだ。元々九十九は国内で活動していることの方が稀だから日本にはいない。だからこう判断する人間は出てくる。嵯峨根会(さがねかい)はそれを見越した上で九十九(つくも)の名前を使っている」
 耀(あき)がそう言うと他の者にも大体のことは解ってきたようだった。
「もしかして……九十九が一番この状況を面白く思ってないということなのか?」
「もしかしなくても迷惑を被っているのは九十九の方ということになる。九十九としては日本のヤクザから抜けられるならそれでいいという感覚で役に立たなくなった如罪組(あいの)から絶縁されることを望んでいたと思う。実際、そういう風に焚き付けて如罪組(あいの)を抜けるのには成功したわけだ。如罪組(あいの)の内情は九十九の方が手に取るように解っているだろうから、たかが組長ごときに邪魔扱いされたくらいで抜けるなど子供のような癇癪は起こさないだろう? そうなると目的があったと考えるのが自然。そういう風にもっていけばあの組長なら絶縁状出してくれるだろうと予想していたことになる。揉めて抜けることがとりあえずの九十九の目的だったとすれば、嵯峨根会(さがねかい)の横やりは寧ろ邪魔だろう」
 耀(あき)の言葉に勝沼も唸る。
「それでは、嵯峨根会(さがねかい)の会長は何を考えているんだ? 九十九がそもそも嵯峨根会(さがねかい)に入る気が一切無かったとすると、如罪組(あいの)と事を構えるのに九十九(つくも)の名前を使う必要はないではないか? 下手に藪を突いて悪魔(九十九)を呼ぶこともあるまい」
 よく解らないと首を傾げたところに組長代理が呟く。
「藪を突かなければ出てこない小悪魔もいるのだろう」
 その言葉に全員がまさかと目を見張る。
「まさか、そんなスパイのために?」
「いや、確かに毒を制すのに毒を使うというのはありだが……」
「解っていても自分の組織も命もかけたものじゃないか?」
「たぶん誰も気付いてないだろうから、内部の混乱も相当なものだと思うが」
「だがこれがそうだとすれば……」
 九十九朱明のやりたいことがかなりの確率で頓挫することになるだろう。
「わざわざ名誉顧問という大して口出しもできない役職にしたのも、ある意味皮肉っているんだろう。宣戦布告にしては十分効果はある」 
 つまり九十九は他の組織に寄生して極道の世界を渡ってきたが、その次の受け入れ先はまだ不明だ。そうした中で嵯峨根会(さがねかい)が先制した事により、他の組が九十九を受け入れることが事実上不可能になってきた。
 名誉顧問に就任しておいて他の組織の重要幹部に就こうとすれば当然受け入れ先はその話はなかったことにしたいだろう。相手が嵯峨根会(さがねかい)である。外部から人を受け入れない組織が九十九だけは受け入れたことに任侠の世界は別の意味を見いだす。名誉顧問にしたからには相当な何かがあったはずだと。
 もちろんそれだけで判断するのは良くないことだ。名誉顧問とはいえ、最高顧問とは違い一般的に意志決定権限のない栄誉職で称号だ。事実上名前だけ置いておく程度の扱いだからだ。
 ただ九十九と嵯峨根会(さがねかい)だから大問題になっているだけである。
 皮肉っているのは嵯峨根会(さがねかい)とは一切関係ない九十九に対して嵯峨根会(さがねかい)が名誉顧問にしている点だ。九十九に対しては、お前の地下での活動は本当に嵯峨根会(さがねかい)の結束に繋がったから役に立ったからという意味で、如罪組(あいの)に関しては、如罪組(あいの)で苦労したのは九十九だけで九十九が居なくなった如罪組(あいの)を潰すことなど造作でもないという挑発行為だ。
 そして嵯峨根会(さがねかい)にとって九十九を名誉顧問にするメリットは、内部に巣くっている九十九の手飼いをあぶり出すための下準備というところだろう。
 ここまで大胆に九十九に対して分かりやすく手を引けと宣戦布告をする組織は珍しい。宣戦布告をするということは過去の宝生組や火威会(ひおどし)のようになるということだ。宝生組(ほうしょう)は生き残っているが、力量がなければ火威会(ひおどし)の二の舞である。同じような巨大組織であってもこうも明暗が分かれる結果が目の前にある以上、迂闊な行動は取れないと自然に考える。
 しかしそれこそ九十九の罠にはまっているところもある。
 九十九に狙われたら終わりと言われているように食われるしか道はない。だが戦う意志を決め込んで徹底的にやれば勝機は見えてくるものだ。
 嵯峨根会(さがねかい)の新会長たちは身内の毒をえぐり出すための策として九十九を利用してやろうとしている。普通の利用するの意味ではないが、九十九がやろうとしていることはこれで本当に頓挫しかかっているのは確かだ。
 身内の毒を探す為に行動していることは当然九十九の手の者には解るだろうし、九十九にも解る。だがここで下手に行動しようものなら自分が怪しいと言っているのと同じ事。さらに何もしないことも問題で、さらには下手な誘導をしようとすれば、新会長の側近には解るのだろう。でなければ、こんな大胆な行動には出られない。
「嵯峨根の新会長はそれほどの自信があるような輩なのか?」
 都寺(つうす)会長の長男、冬哩(とうり)の話題はそれほど出ているわけではない。元々大人しい性格だったらしく、噂にすら上らない。都寺(つうす)の家から部下の家に出された子供の方がまだ有名なくらいだ。
 そこまで考えていた者達は、今回の騒動で問題になる部分が実は別にあることに気がついた。
「そもそも都寺(つうす)の息子の冬哩(とうり)は、どういう人物なのだ?」
 誰かがぽっと呟くと、全員が顔を見合わせている。そう誰も詳しくは知らないのだ。
「いや理事長になった秋篠啓悟(あきしの けいご)が強く押していたからそれなりにできる人物なのかと思っていた」
 というのが皆の判断だ。
 秋篠啓悟が嵯峨根会(さがねかい)の新たな組織形態を作ろうとしていることは有名なことだった。海外の高校、大学を出た経歴があるのに戻ってきたらヤクザになった変わり者だ。別段父親が跡取りとして育てたわけでもなかった。実際秋篠一家は都寺(つうす)前会長から預かった子供が跡継ぎとして一家を背負っている。
 他人の子供を跡取りとして育てて、自分の子供は真っ当に育てたのだろうと思われていた為、啓悟が戻ってきた時は周りは驚いたものだった。
 しかし耀(あき)には啓悟は最初からそのつもりで海外に出ていたことは予想できていた。日本国内ではまったく無名だった彼も海外ではそれなりに知られてたからだ。
 ただ違った形を取った彼がよく解らなかった。
 自分が組織を乗っ取れるほどの優秀さをみせておきながら、わざわざ都寺(つうす)の息子を立てたことだ。都寺(つうす)の息子の冬哩(とうり)はそれほどの実績はなかった。大学を出ても組織の為に何かをしたことは一切無かったし、実際啓悟が戻るまで誰も冬哩に期待してさえおらず、啓悟が冬哩を担ぎ出したのは、都寺(つうす)会長への義理立てくらいに思っていた。
 だが本気で冬哩を担ぎ出し、会長にしたからには啓悟は冬哩の中の何かを見たはずだ。誰も期待しなかったことを。それが何なのか、冬哩の周りを調べても出てこない。
 耀(あき)のように育ったわけでもないから噂も出ないのかと思ったが、ヤクザの息子であることは誰でも知っているのに誰も冬哩のことを知らなすぎるのだ。頭はよかったので成績もいい方、問題を起こしたことはなく、寧ろ昔はいじめられていたらしい。
 らしいというのは、そのいじめをしたことを今更蒸し返してヤクザに絡まれたくはないという風に誰も彼もが話したがらないからだ。
 精々解った事は、彼をいじめていた人間が数人、卒業式の帰りに崖から転げ落ちて怪我をしたくらいのこと。とはいえ、彼らは冬哩の名前は出さなかったし、冬哩のアリバイも教師が証明していて関係がないことは解っていた。
 この頃からこの復讐のために計画的何かを考えていたとしたら冬哩(とうり)という人間はかなりやっかいなことになってしまう。
 だがしかし、それはそれの話だ。
「正直なところ、これすら嵯峨根会(さがねかい)の理事長の計画の一部だとすれば、下手に都寺冬哩(つうす とうり)について調べるのは得策ではない」
 そういう耀(あき)に周りは意味がわからないという顔をしている。
「それはどういう意味と取られればいいですか?」
 顧問舎弟篠宮組組長が尋ねる。
「そういう経歴のない相手を調べても無駄ということ。秋篠(あきしの)理事が狙っているのはそういう無駄な作業をこちらにさせることだと思うからだ。向こうは知っているんです、冬哩(とうり)についての情報はどこにもない。当然宝生のデータバンクにもないっていうことを知っているとそう挑発しているんです。そうしてこちらがどこにつなぎを取ってどういうふうな情報を仕入れようとしているのかということも調べようとしている。一つの罠でいくつもの情報を仕入れようとするようなやり方で情報を得る人なのだろう」
 ただでさえ簡単に経歴が調べられない人物を会長にした。それを調べようとすれば当然情報を流した人間のところに行き着く。だが情報を流している人間が嵯峨根会(さがねかい)の手買いだった場合、どの組織からどういう風に情報が流れ、どういう情報がどこの組織に入っているのかで流れたルートの特定が出来る。
 特定されたルートから情報流出の人間にたどり着く。
 嵯峨根会(さがねかい)(さがねかい)は今内部にいるスパイを割り出す作業をしていて、その人間特定に躍起になっている。
 その様子を見てからでも大丈夫だろうし、わざわざ嵯峨根会(さがねかい)に直接的に繋がりがある人間にあたる必要もない情報を得るためにスパイを見殺しにする必要もない。
 つまり無駄な作業は普通に調べればいいことだと耀(あき)はいいたいのだ。それこそヤクザと解る人間が普通に調べればいい。
「なるほど、ないものを調べさせることで目的の情報がどこから漏れているのかを調べようとしているわけですか」
 納得したように佐山組組長が頷く。南の地域を担当している彼にはどういうことなのか理解できたようだった。
「つまり今回のことは二重にも三重にも這った罠というわけですか」
「ほうほう、秋篠(あきしの)理事は随分とやり手のようですな」
「確かに普通に堂々と都寺冬哩(つうす とうり)が何者なのか、普通に聞き込みした方が安全ですな」
 やっと全員が耀(あき)の言っている意味を理解した。さすがにトップに立っている人間ばかりが集まる会議、無駄なことを言って中断されることはない。
 確かに秋篠(あきしの)理事は今回の出来事を利用して様々な情報を得ようとしている。たとえばこういう大きな組組織の情報はどうやって流れるのか。そしてそれに付属した小さな情報はどういう風に流れるのか。そうした情報をほしがっているのである。
 耀(あき)はそうした方法をくれてやる必要はないと言っているわけだ。どうせ調べたこと以上のモノは出てこないのだ。それに大事なことがある。幼少期はいざ知らず、中学を出てから大学を出るまで都寺冬哩(つうす とうり)は関東にいた。
 つまりある程度の情報は宝生にあるということだ。
「確かにいくら静かに暮らしているとはいえ、都寺(つうす)の息子が何かしていたとしたらそれなりに話題に上っているはずだ。それが一切ないということはないだろう。それまでにそうした兆候は見られなかったとは思えないから目に見えるところに普通に転がっているはずだ。ただ過去がどうこういう問題ではなく、これからどうするつもりなのかを知る必要があるだけのこと」
 正直なところ過去に何かあったからと言っても九十九(つくも)ほどの人間はいない。唯一噂になっている中学卒業式の事件はだいたいの予想はついている。それを鑑みてこれほど噂にも上らない人間が考えていることなど想像出来る。
 この都寺冬哩(つうす とうり)という人間は、他人に興味がないのだ。誰が何をやっていようともそれに関心を示さない。耀(あき)と似たような立場にいながら、決して同じにならなかった人間なのだろう。
 ただ復讐計画を立てたりする能力は昔からあったことや、密かにつかんだ情報では生前の都寺(つうす)元会長は友人に預け育ててもらった、事実上捨てたままになっている息子の方に死ぬ数日前に会っている。そこでどんな話がもたれたのかは想像でしかないが、秋篠(あきしの)一家の総長に収まった都寺(つうす)朋詩(ともし)の方は嵯峨根会(さがねかい)にはさほど興味はないらしい。そういう態度でいることがまるで長生きが出来るからという理由だけでそうしていると思えるほどだ。
 嵯峨根会(さがねかい)を授けるには長男は向いていないと肌で感じ取っていて自然と後継者に向いていそうな捨てた息子の方に会いに行ったのか。それとも腐っても会長、無意識に後継者を選んでいたのかもしれない。だが会いに行った先何か得られたとして、長年かけて嵯峨根会(さがねかい)を操り始めた秋篠啓悟(あきしの けいご)にはかなわなかったのだろう。
 そうやって自分の父親を死に追いやっておきながら何もしていないに等しい都寺冬哩(つうす とうり)という人間をトップに据える理由。それは冬哩(とうり)に期待したわけではなく理事長に納まった秋篠啓悟(あきしの けいご)成田組組長への期待だけに過ぎない。とりあえず都寺(つうす)の息子をたてておけば角は立たない。その上で腐りきった内部を正常させるためにわざと混乱を呼ぶ方法は、諸刃の剣とはいえ、成功すればメリットが巧すぎる。
 偶然とはいえ、九十九(つくも)が起こした爆破事件で、宝生はそれを行うことが出来た。それを狙っているとすれば、今こそしなければならないことでもある。だからこそ理解出来て、説明も出来てしまう。
 ただ一つだけ解らないのは、そこまでして秋篠啓悟(あきしの けいご)が都寺冬哩(つうす とうり)に固執する理由だ。中学卒業から成田組組長として立つまで冬哩(とうり)とは繋がりはなかった。だから秋篠啓悟(あきしの けいご)が秋篠一家ではなくとも自分の組を立てて、冬哩(とうり)を嵯峨根会(さがねかい)(さがねかい)の会長にしなくてもやりたいことが出来たはずだ。
 だがそうしなかった。
 秋篠啓悟(あきしの けいご)は冬哩(とうり)の中に何かを見たはずだ。極道として向いていることや足りないこと。それを補うための渡米だったはずだ。秋篠啓悟はそこまでして冬哩(とうり)の下に付きたいという思いがあった。それは今も変わっていないのだろう。
「簡単に言うと、基本秋篠(あきしの)理事長は都寺(つうす)会長と一心同体のはず。都寺(つうす)会長が何を考えているのか、それはたぶん何も考えていないと思う。秋篠(あきしの)理事長がそうしたいとやっていることに付き合っていると思えばいい。そうして……」
 そうして秋篠(あきしの)が学んできたことを都寺(つうす)会長がすべて吸収し終わった時こそ、九十九(つくも)級の化け物が誕生することになる。
 ただ本人に化け物になるだけの理由がないことや唯一の弱点であろう、これからの時代に向かない残虐性はどうなるか。それが見物だ。成功するか自滅するか。
 これについては完全な予測でしかない。
 冬哩(とうり)が何を学んで何を選んで何をしようと思うのか。そういうところが今のところ彼の素性がはっきりしないことから予想は出来ない。ただ何も考えていない人間はいないということだ。そういう予想を立てて対策をしておくのは無駄ではない。
 こういう対策を完璧にしてこそ、予想すらしてなかった出来事が起きたときもそこまで総崩れにはならない。宝生組(ほうしょう)にはそうした経験がある。
「都寺(つうす)会長の成長はこれからというところか。秋篠啓悟(あきしの けいご)理事長が何をしているのかという基礎は調べるとして」
「それより気になるのは、その会の幹部の方もです」
 嵯峨根会(さがねかい)(さがねかい)の幹部一覧を見ていて全員がやっと気づいた。
「どうして高岸(たかきし)一家は総長ではなく若頭が立っているんだ?」
 一家のトップである総長ではなく若頭として登録されているのだ。
「あそこは確か、総長は真栄城(まえしろ)と言ったか」
「真栄城(まえしろ)といえば、沖縄の高嶺会(たかみねかい)との繋がりがあるのか?」
 もっと解らないものが出てきて全員が情報交換が始まる。
 沖縄のヤクザは少し特殊だ。日本中を席巻していた火威会(ひおどし)すらも手が出せない土地で独自の組織が存在する。その中で生き残ったのが高嶺会(たかみねかい)だ。九州にも進出している組織であるが、何より変わっていると言われるのが、沖縄なのにロシアマフィアとの結びつきが強いことだ。
 中国や台湾マフィアに手を出されないために考え出されたのが、ロシアで最大規模を誇っているマトカとの繋がりだ。マトカの幹部の娘を嫁にもらったのが前会長真栄城光藍(まえしろ こうらん)だ。彼から受け継がれ、高嶺会(たかみねかい)の身内がマトカに嫁に出たりとしている。現在はそこまで深い関係ではないとされる。というのもマトカはロシア政府から摘発を受ける対象になった時から地下に潜り、マトカの幹部の娘の一族が今でもマトカの元締めなのかどうなのかが解らないからだ。
 三代目になった今でもロシアとの微妙な繋がりが残っているからなのか、沖縄に色気を見せた海外にも取引を持つ組織が潰されたり摘発されたりしているところを見ると、中枢部にはまだ一族がいるようである。
 若頭に収まっている高岸清影(たかぎしきよかげ)は高岸一家の元総長の息子である。その姉藤子は真栄城(まえしろ)光藍(こうらん)の息子安里(あんり)に嫁いだ。そして真栄城(まえしろ)という名字を持つ総長は、光藍(こうらん)の長女青良(せいら)と如罪組(あいの)(あいの)前会長松比良正登(まつひらまさと)会長との間に出来た子供だという。
 当時は如罪組(あいの)の組長ですらなく大阪の末端の組長だった松比良(まつひら)は青良(せいら)を捨てた。見た目が明らかに外国人の青良(せいら)の姿を周りが懸念したのもあるらしい。当時はまだ日本ヤクザとしての見栄が横行していた時代、海外の人間を組長の妻にするなどとんでもないという認識があった。そのために松比良正登は妻を捨てなければならかった。というのが表向きの理由とされている。事実がそうだったのかは解らない。
 青良(せいら)はその後各地を転々として最後にはイタリアの実業家と結婚してイタリアに渡った。しかし数年で青良(せいら)たちが死去すると、生き残った息子だけが真栄城(まえしろ)に引き取られるも沖縄には行かずに高岸(たかきし)一家で育てられることになったらしい。
 ややこしいにもほどかあると言われるコレは何がすごいのかというと青良(せいら)が嫁いだイタリアの実業家が実はイタリアで最大級のマフィアの一族であるということだ。
 高岸(たかきし)一家は松比良(まつひら)の手前粗雑にも出来ず真栄城(まえしろ)の手前、さらにイタリアマフィアの一族の関係者としても粗雑には出来ない。よってどういう内部事情があったのかはわからないが、真栄城(まえしろ)を総長として立てたが、これを高嶺会(たかみねかい)の干渉を嫌う嵯峨根会(さがねかい)が一家の考えを尊重せず、若頭の高岸清影の方を総長と同等として扱うという意思表示のようだ。
 これに対しての高岸(たかきし)一家の答えは意外なことに了承だった。あくまでも真栄城(まえしろ)が総長であるが嵯峨根会(さがねかい)に関わることでは高岸(たかきし)の若頭をたてて接するということなのだ。どっちに転がるか分からない状況でも嵯峨根会(さがねかい)(さがねかい)に楯突いてやっていけるほど高岸(たかきし)一家は丈夫ではないということなのだ。
 しかし耀(あき)はそこで一家を立てて身を引いたままになっている真栄城(まえしろ)という男が気になっていた。ヤクザの世界において兄貴や伯父貴などによる理不尽すら受け入れなければならない風習があるわけだが、これに対して我慢する人間は割と少ない。まして高岸(たかきし)一家の前総長の意思を踏みにじった形で強制してくる嵯峨根会(さがねかい)に一家が相当怒りを覚えているはずだ。しかしそうした不満を一切声に出して聞こえてこさせない力が総長にあるということなのだ。
 通常不満を聞くべき真栄城(まえしろ)総長の悪い噂は、高岸(たかきし)一家からは聞こえてこない。彼らが一ミリでも彼が総長であることに不満があるならそうした噂も当然のように聞こえてくる。まして高岸(たかきし)一家の場合、沖縄の真栄城(まえしろ)から押しつけられた形で預かった子供が総長になっている。不満が外に漏れたとて誰が不振がるだろうか?
 通常の組関係とは違い一家という環境は家族のように皆が一緒に住んだり共同生活をしたりしていることが多い。こうした場合通常の組関係の結びつきとは違い、家族のような繋がりが出来る。彼らにとって他の組がどうこうという考え方は存在せず、ただ家族の中で一番総長に向いている人間が総長になったと思っているなら、不満は漏れはしない。
 現在の関西はそれこそ騒乱期になっているからなんでもありだ。海外のマフィアも絡んできていておいそれと予測は出来ない。安易な考えは持つべきではない。耀(あき)は気を引き締める。
「嵯峨根も内部から徐々にですが喰われてますね。しかも大物……」
 嵯峨根はマトカや沖縄の高嶺会(たかみねかい)の親族を抱える。父親がそうであったから息子もそうであるという確証はなにもない。けれどそれを避けるのは普通だ。逆にそうであるから求められるケースもある。ただそこには理解があればの話だ。
 その親族であるが故に差別された人間の歪みが生じるか否かは環境によるものが大きい。真栄城(まえしろ)俐皇(りおう)がよい環境とはいえないが高岸(たかきし)一家にて総長をしているのはそれなりに理由があり義理だけではないだろう。
 今回の高岸(たかきし)一家のこともそうだが、嵯峨根会(さがねかい)が露骨に他の組に大して敵意を向けるのは、解らなくもない。身内のなれ合いから生まれる腐った膿をさっさと出してしまいたいのだ。
「これらの膿も出したいのだろう。随分と濃く残っているが」
 聞いていると嵯峨根会(さがねかい)のややこしさはこれだけでも解る。ただ宝生も耀(あき)が相棒にしている人間も同等のややこしさを持った人間だ。ただこちらはまだいいと思えたくらいだ。アレは男で子供は産まない。よって宝生内が荒らされることはないという最も重要なことが欠けているからだ。
 彼らは女性を妻として内部にどんどんどす黒い膿を呼び込む。
「つまり真栄城(まえしろ)総長は今現在お飾りにされているということか」
 その意見に耀(あき)と組長以外は頷いて納得していた。耀(あき)と組長は目を合わせて耀(あき)が頷いただけで次の話題に入った。
 真栄城(まえしろ)俐皇(りおう)がもっかお飾りとして祭られているだけなのは誰にでも解る。というのはそういう風に見えていないと彼が生きていけないからだ。だから彼が高岸(たかきし)一家の総長として何かをするなら、一家に絶対に迷惑にならないような立場を取った時にしか彼が危険であるという判断は出来ない。ただその立場は当分取りそうもない。
 彼は今の立場に大して困っていないだろうからだ。
 それよりも一番問題なのは、都寺冬哩(つうす とうり)の写真はなんとか手に入ったが、もめているとされる真栄城俐皇(まえしろりおう)の写真がないということだ。本人がほとんど組にいないらしく、写真を撮ろうにもどうしようもない。
「真栄城(まえしろ)俐皇(りおう)について高岸清影が「うちはこれでいい」と言っているのは少々気になるところですがね。高岸(たかきし)一家ではこの人事にはなんら混乱は見られないらしく」
 それに高岸一家は総長がないがしろにされて、さらには総長も反論すらせず一家を放っておいて海外を飛び回っているというのにだ。高岸清影はそれについては一家の考えでそうやっているだけのことだから口出しは無用と言うのだそうだ。
 つまり清影にとって真栄城(まえしろ)総長はこの程度の器に収まるべき人ではなく、今のように海外を飛び回り活躍すべき人だと見抜いているからだ。一家の人間全員にそう納得させられるだけの器量が真栄城俐皇(まえしろりおう)にはあることになる。
 これが静かに一家を去ってしまえば、それはそれで安泰であるが危惧しているのは高岸(たかきし)一家ではなく、こういう風に露骨に差別している嵯峨根会(さがねかい)の方だ。
 嵯峨根会(さがねかい)としては内部事情を知りすぎる外部者には情報を渡さずに出て行ってほしい。真栄城(まえしろ)が捕まらないからなのか、若頭を優先させて総長としての信頼性をなくそうとしたが、本人はさほど気にしていないらしい。
 まるで嵯峨根会(さがねかい)には一切興味がないような態度だ。
 こういうところが逆に不気味だった。
 その態度は嵯峨根会(さがねかい)という狭い世界で生きて行かなくても他に生きていける場所があるということだ。しかも嵯峨根会(さがねかい)を恐れる必要は一切ないくらいの世界でだ。
(こういうところがどっかの誰かに似ていて気持ち悪いな)
 耀(あき)が真栄城俐皇に抱いた最初の感想はこれだった。
 まるで第二の九十九(つくも)を見ているかのような不気味さ。組に縛られることなく自由に動き回れる分、九十九(つくも)よりもやっかいな存在になりそうな相手。嵯峨根会(さがねかい)会長の都寺(つうす)冬哩(とうり)も化ければ九十九並に化けそうだが当人にやる気があるのかないのかがまだ解らない。
 しかし真栄城俐皇にはそんなやる気が見えすぎているように思えるのだ。
 そうした予感は的中している。このところ取引がおかしなことになっていた。ドイツでは摘発とこれまで取引に関わっていた人間が次々と死んでいる。これはルートを乗っ取るために仕掛けられたことだ。耀(あき)が帰国してからたった一ヶ月でそのルートはなくなってしまった。それは取引相手まで殺されてしまったからだ。こうなると修復不可能だ。
 もしこれすら嵯峨根会(さがねかい)理事長の手のひらの上だったとしたら、どれだけの規模で嵯峨根会(さがねかい)を巨大な組織にしようとしていることになる。
 九十九(つくも)に匹敵するような力を持ちそうな二人の若者を使って、内外から勢力図を変えようとしていることになる。これに気づいている人間がいるとしたらそれは九十九(つくも)だろう。彼がこの話に絡まない理由はすでに絡んでいるから絡まなくてもいいという意思表示か、それともくだらなくて関わっていないだけか。
 今回のことに関して、耀(あき)は組長ほど詳しく予想がつけられない。九十九(つくも)という人間と会話をしてみればそれなりにわかりやすくなるだろうが、これがただの一度も実現していない。組長は会話をし戦ったことでより理解をしている。
 その組長すらこの出だしは予想するよりややこしいことに気づいていた。
 最近、組長代理は代理としての役割しかしなくなっている。ほぼ耀(あき)が引き継ぎをして仕事量は完全に逆転しただろう。主に海外出張の方を担当しているのは、ただ単に顔利きを増やすためであるが、それが一段落した今、完全に組の組長としての仕事を引き受けることになる。
 組長代理としてそして、これまで組長としてやってきたことから絶大な支持を持つ彼をいきなり外してしまうと大混乱が起こってしまうため、まだ組長代理としているが、仕事が完全に代理の手を離れ、耀(あき)が安定して運営していけるようになれば誰も文句はいえなくなる。そうした時に耀(あき)は宝生組(ほうしょう)の血筋としての最後の組長になる。この先耀(あき)は血筋による選択をしない意思を持っている。
 200年あまり続いた宝生という組織の肥大化に伴い、一族だけでトップを取ることはもはや時代遅れ過ぎたのだ。その為ではあるが、耀(あき)はその辺のことをはっきりさせるつもりで子供を作らないつもりだった。
 未だ宝生一族をトップとして宝生組(ほうしょう)が成立すると思っている輩は多いが耀(あき)が結婚をしたり恋人を持たなければ問題は排除される。本家の存続もなくなり宝生組(ほうしょう)は端から見れば衰退していくように見えるが、それでも耀(あき)が誰かに組長を譲るときに適当な人間が組長になれないシステムと幹部を育成していけばいいだけのこと。難しいことではあるが、時代が変わったのだ。それに順応していくだけのこと。
 そうした転機は他の組織にも及んでいる。簡単に言うと世代交代だ。
 その世代交代による抗争がまた関西から起ころうとしている。
 それに対応するのはやはり世代交代をした若者ばかりだ。
 この世代交代を感じているのは何も組長だけではない。幹部たちも薄々気づいてきている。九十九(つくも)や組長代理の時代からだんだんと耀(あき)たちの時代に変わってきているわけだ。
「ではこの問題はそれぞれ入ってくる情報を集め、収集すること。嵯峨根会(さがねかい)会長の過去については入ってくる噂は鵜呑みにせず報告するにとどめること。深く調べる必要はない。放っておいてもそれなりの情報は入ってくると思え」
 そうして宝生組の出方は決まった。
 様子を見ること。口はとにかく出さないこと。
 そうしたことも読まれていると耀(あき)は思っていた。