novel

spiralling-14

 京都府警察、組織犯罪対策部第二課の捜査員西条元伸(さいじょう もとのぶ)巡査部長は朝暢気に仕事に来たら課長吉崎匡人(よしざき まさと)に手招きされた。
「な、なんでしょう?」
 顔は強面なのに心は少しだけ臆病で、自分が昨日提出した書類に何かミスがあったのだろうかと不安になったのだ。
「ちょっとな、お前に紹介しておきたい客人がいてな」
 少々面倒なことになったと言わんばかりの顔にどうせろくなことじゃないんだなと思った。
 組織犯罪対策部第二課は暴力団対策室がある。全国で暗躍する指定暴力団の犯罪を取り締まる法律が可決され、本格化する取り締まりに対し、専門部門をつくり全国で連携する。広域指定暴力団は広範囲に渡って連なる組組織が各都道府県で問題を起こしているために犯罪組織として指定され監視されている。広範囲の部分はいくつもの都道府県に跨がったもので、その連携が今まではとれていなかった。そこで法律が可決され執行されたことで今まで刑事課第四課として存在していた暴力団に関する捜査機関が組織犯罪対策部に纏められた。
 そういうわけで様々な情報があちこちから入ってくるわけだが、関西では騒動が大きくなることが多く、また組組織も多いため、かなり忙しい。昨今では一般人が暴力団と密な関係にあると摘発出来る法律も出来、さらに捜査は忙しい。
 そんな組織犯罪対策の組織において、伝説的な活躍をした人間がいる。当時誰もが謎とした神宮領事件の真相を見事に解き、九十九朱明(つくも しゅめい)が偽物で本物は別にいると見抜き、本当に死んだはずの九十九朱明(つくも しゅめい)が生きている証拠を提出した。
 さらに暴力団事務所爆破事件の犯人がその九十九朱明(つくも しゅめい)であると解く彼は、さすがにテロリストの証拠は出せなかったが、十中八九それで間違いないと誰しも納得させることが出来た。
 というかそうじゃなければ犯人の予想は誰にも出来ない事件。
 そんな中、出世するはずの刑事は警部から警視に出世するも未だ現場の最前線で捜査している変わり者だ。
「あの人も本当にね〜さっさと上にいけるものをね。来年警視正なのにねえ。まあ放っておいても警察辞めるときには警視監だよなあ」
 課長がふてくされたように文句を言っている。
 順調なエリートコースを歩むその人間がどうして現場にいるのか、ぐちぐち文句も言いたくなるのも解らなくもない。
 現場の功績が忘れられなくて現場にしがみつく人間もいるにはいるから、課長の文句も納得できる。
「ああ、お待たせしました。杉浦警視」
 そう課長が言い、その部屋のテーブルでお茶を飲んでいたのを杉浦警視はひょいっと顔を上げてニコリとする。
「ああ、すみません。いきなり押し掛けてきて」
「構いませんよ。ああ、こちらが案内します西条巡査部長です」
 紹介されて西条は驚いて課長をみる。誰かを紹介するとは言われたが、案内役を勝手に決められているとは思わなかった。
「こんにちはお世話になります杉浦です。こちらは阿部警部」
 体の大きな姿の向こう側にいた小さな姿の阿部警部がひょこりと現れてを頭を下げる。
「どうも西条です。なんなりと」
 目の前に最強コンビがいて西条は舞い上がった。
 伝説と言われる杉浦警視はもちろんだが、その相棒として杉浦警視を支えてきたのが阿部警部だ。
 阿部平(あべ たいら)警部は巡査の時に杉浦警視の相棒として組織犯罪に昇進。杉浦警視の言動を正しく理解して周りに解るようにかみ砕いて話してくれる彼は重宝されている。
また部署移動等は、杉浦警視の性能が生かせないことを誰よりも警視庁が知っていた。杉浦の昇進だとそろそろ課長等のクラスになり、もっと上も目指せるのだがそれを杉浦自身がしないのと警視総監がさせない。
 現在の警視総監は元杉浦の上司にあたり、杉浦の特殊な能力、勝手に妄想して言った言葉が事件解決に至る経緯を身を持って知っている人だ。そのおかげで九十九が起こした神宮領(しんぐり)事件を上から下までひっくり返したことはどの組織の人間も尊敬に値すると思っている。
 だがこの事件だけ解決したなら彼のことは、それだけの人で終わっていたはずだ。けれどその後の快進撃のように組織犯罪として暴力団の関わる大きな事件は必ず杉浦が関わっていた。
 さらに汚職が進んでいると思われている警察内部において杉浦警視ほど買収が向かない刑事はいない。彼を買収しようとした組織はそのすぐ後に何かの事件で逮捕されたりしている。杉浦に接触したり目の前で何か気になる行動をしたりすればそれだけで杉浦の印象に残ってしまい、彼の妄想の手助けをしてしまうことになる。
 自分で自分の首を絞めることになることは警察上層部でも解っていて、不用意に彼を重役にしたり、まして昇進させたとしても重要な部署に配置したりしない。しかし左遷させるようなやり方をすれば、さらにややこしくなる。むしろこれほど活躍している杉浦を移動させるとなるとそれを提案した人間が「杉浦に居られては困る」ことがあると判断されてしまうのだ。
 こういう杉浦が何かしたわけではないのに、彼の不利働くことをすれば自分に何倍にもなって不幸が返ってくる。そういう噂が立ち、彼に関して何かしようとする人間はいない。
 さらに警視総監との話し合いにて、杉浦が現在の部署を動く気がないことがはっきりとしているため、未だにそこにいる。可哀想なのは彼より階級が下になる人間が彼の上司になってしまうという妙な関係が生まれてしまい、上司の方が気持ちが悪くなることくらいだ。
 そんな特別待遇を杉浦は特になんの感慨もなく受け入れている。本人はただ捜査する場所にいられれば階級などどうでもいいという感じだ。それを甘んじて受けるしかないのは、彼の手柄に対して階級が低ければ他の警察官に示しがつかないからである。
「それで何を調べにいらっしゃんですか?」
 西条がどんな用事でと尋ねると阿部警部がそれに答えた。
「嵯峨根会(さがねかい)との関係のことで実はまだ他の県の刑事さんを待っているんです」
「つまり、ここで捜査会議みたいなことを?」
「ええそういうことになります。滋賀県警の方がそろそろ来る頃かと。それで滋賀県警の方 と奈良県警の方にお話しした内容を先に西条刑事にも」
「あ、はい」
 そう言われて西条は慌てて手帳を開く。こんなところで他の県の人間とも会うなんて一介の刑事でいいのかと思いながらだった。
「東京でも嵯峨根会(さがねかい)の会長襲名で他の組織の動きが活発化していて、関東最大の組織宝生組の動きも頻繁で、さらに海外のマフィアもそれに連動していまして、さらに沖縄の高嶺会(たかみねかい)の動きも出てきまして」
「はあ」
 まあ一つの組織が襲名したりして騒動が起こるのは当たり前ではある。この人たちは何を焦っているのか西条には理解できなかった。
「九十九朱明(つくも しゅめい)が如罪組(あいの)から絶縁されたのはご存じですか?」
 阿部警部がそう言い出して西条は驚いたように声を上げた。
「え! って、あの九十九をですか?」
 いきなりの言葉に西条は鉛筆とメモを落としてしまった。慌てて拾い上げて阿部警部をみる。杉浦に至ってはなんで地元刑事がそれを知らないんだという顔をしていた。
「昨日流れた絶縁の書状が各事務所にあてて届いてまして、それでそれと同時に嵯峨根会(さがねかい)の幹部襲名の情報が流れてきて、それに九十九朱明(つくも しゅめい)の名前があるんです」
「は!?」
 どれもこれも聞いてない。というか課長は何も言ってなかった。
「す、すみません! ちょっと課長に!」
 西条が慌てて部屋を出ていくと、阿部警部は隣に座っている杉浦警視を見て首を傾げる。
「どうして地元がここまで何も知らないんですかね?」
「そりゃ俺がなめられてるんだろ、あの課長に」
 杉浦警視がそう言うので阿部警部はさらに首を傾げる。
「それって杉浦警視が嫌われているという風に聞こえるんですけど?」
「そう言ったんだけど?」
 杉浦警視が言い方間違えたかと首を傾げる。
「電話して嵯峨根会(さがねかい)のこと昨日聞いた時、あの課長、嵯峨根会(さがねかい)の九十九についてのこと何も言ってなかっただろ?」「言ってませんでしたね」
「だから俺らに情報をくれてやる気はないってことだ。ということはどんなに情報を得ても他の組対に教えてやる気もさらさらないってことだろう?」
「ええそういうことになりますね」
「だからわざわざこっちの情報はくれてやるから、そっちの情報も出せよってここに来てるんだ。まさか知ってた情報を知りませんでしたなんて課長が口にしようものなら刑事局にたれ込むぞくそが」
「俺に怒らないでさっさとたれ込んでくださいよ。たまたま俺たちが聞き込みした時にその情報が流れてきたから知っていたけれど」
「如罪組(あいの)のことは知らなくても別に気にしないが、嵯峨根会(さがねかい)の幹部就任の情報を一ミリも知らない地元府警というのはあまりにもお粗末すぎるぞ」
「まあそうですけどねえ」
 京都府警の不手際を思いっきり不振がっている阿部警部はかばう言葉すら浮かばないで困っていた。
 西条が引っ込んでからしばらくして婦警が滋賀県警と奈良県警の刑事を連れてやってきた。
「どうも杉浦警視、阿部警部、お噂はかねがね」
「こちらこそ」
 滋賀県警の大楠利哉(おおくす としや)刑事と森末隆行(もりすえ たかゆき)刑事。奈良県警の辻岡真成(つじおか まさなり)刑事と山路明紀(やまじ あきのり)刑事がそろった。
「しかし京都府警にいて京都府警の刑事が一人もいないとは杉浦警視嫌われすぎですよ」
 ケラケラ笑って言ったのは奈良県警の辻岡刑事だ。40歳になった彼は杉浦警視とほぼ同世代であるが交番勤務からのたたき上げだ。来年辺りに警部に昇格することはほぼ確定しているのでたたき上げの中では出世している方だ。だから蟠りがないところか、大阪府警を差し置いて九十九が起こした神宮領(しんぐり)事件を解決した杉浦警視のことはありがたいと思っている。当時の大阪府警のやり方のせいで奈良県警は被害を被ったからだ。
「俺だけが嫌われているならいいんですけどね」
 そう言われても杉浦警視は笑っていて、滋賀県警の二人は驚いている。この人は自分が他の県警に嫌われていることは自覚しているらしい。というのも杉浦警視が嫌われている理由は、ただ単に事件解決を勝手にしてしまい周りの面子を潰すからというただのプライドの問題だった。それに杉浦警視は自分が解決しても手柄は地元警察に快く譲ってくれるのだが、 それもプライドを傷つけるらしい。
 本当にこういうプライドは邪魔な存在だ
「で、本当はなんでいないんだ?」
「それが、九十九朱明(つくも しゅめい)が如罪組(あいの)に絶縁だされた上に嵯峨根会(さがねかい)の幹部に名を連ねているのを知っていますか?って聞いたところ課長に聞いてくると言ったまま帰ってきません」
 阿部警部の言葉にその場に来たばかりの四人は息を飲んだ。
「それはまた……」
「……強烈な」
「しかしそれは昨日の情報ですか?」
 一瞬息を飲んで驚いてから、慌てて情報収集を始めた。
「昨日です。うちは情報を掴んでから確認の為に調べてはいるんですが、地元警察が知らないんじゃあなあって」
「東京の刑事に入るような情報を地元警察が把握してないのはさすがにどうかと……」
 昨日の情報なら滋賀や奈良の警察が知らないのはまだ解る。騒動が起こらないように警察が張り込んで情報が一番入りやすいはずの地元警察が何も情報を得られないのはおかしい。それはどんな刑事でも思うことだ。
「まあそれはそれでいいんだが、これなら大阪府警に行った方がマシな情報が得られたかと思うと」
 杉浦警視が期待ハズレだと憎まれ口をたたくのだがそれを阿部警部がたしなめる。
「気持ちは分かりますが、嵯峨根会(さがねかい)のことは大阪府警に聞いても解りかねると思いますから」
「まあそうですねえ。ここは府警に洗いざらい嵯峨根会(さがねかい)のこと吐き出させましょうかね」
 阿部警部が物騒なことを言うとふっとその場にいた全員が笑った後、今回の事件について話し始めた。
「嵯峨根会(さがねかい)の会長の死ついて不振な点があるそうですが?」
 元々杉浦警視が気にして調べだしたのは、嵯峨根会(さがねかい)前会長の交通事故死だ。交通事故としてすでに処理されていて不振な点はない。それでも組織犯罪対策部としては怪しいことこの上ないと思っている。
 ちょうど嵯峨根会(さがねかい)と如罪組(あいの)との抗争の火種が起きたのは一年前。突然如罪組(あいの)が九十九を排除するために探し始め、その時に嵯峨根会(さがねかい)の幹部に怪我をさせた。
 九十九朱明(つくも しゅめい)と背格好が似ていて、もしかしたら遠い親戚なのかもしれないが本人はそんなことは聞いたことはないらしいが、とにかく似ていた。その幹部を怪我させて小競り合いが続き、ただでさえ嵯峨根会(さがねかい)は如罪組(あいの)の侵略に似た抗争に苛ついていた。その上、この事に対して如罪組(あいの)からの謝罪はなかった。
 このことに嵯峨根会(さがねかい)は如罪組(あいの)に対して何もしなかった。これは嵯峨根会(さがねかい)会長がそうさせたのであって嵯峨根会(さがねかい)の組員がそう思っていたわけではない。むしろこの件で嵯峨根会(さがねかい)は会長派と若頭派に別れ対立、知らぬは会長ばかりという状況だったらしい。
 そして本格化した争いは元会長の死を迎えたことで、嵯峨根会(さがねかい)は結束、如罪組(あいの)とは本格化した抗争に発展する。
 宣戦布告に使われたのが九十九朱明(つくも しゅめい)だ。
「タイミングが良すぎると思いませんか? 元会長の信用失墜と交通事故、そして九十九朱明(つくも しゅめい)の嵯峨根会(さがねかい)幹部の就任」
 そう言われたらそう思うのが人間だ。
「いやしかし交通事故にはおかしなところはなかったんでしょ?」
「そう聞いていたので何をどう調べたのか、一応ここに調書を持ってきて貰ったんですよ。それでさっき杉浦さんが気になると言い出して」
 阿部警部がふうとため息をついた。気になって調べるだけだと言っていたのにそれを読んだ瞬間、大阪府警の知り合いに連絡を取ったのだ。
 聞くことは一言だった。
「浅川さん、嵯峨根会(さがねかい)でボディガードをしていた八木功司(やぎ こうじ)って奴。こいつだけ親族が一人もいないんだけど、出身が大阪で持っていた免許も大阪なんだよ。誰か解るやついる?」
 ものすごくおおざっぱな質問ではあったが、大阪府警組織犯罪対策本部にいる浅川公平警視正がそれに答えた。浅川警視正と杉浦警視は九十九事件の時に会って協力して以来の信頼関係が出来ている。杉浦警視のもたらした情報を浅川警視正が重要と考え捜査協力した結果、九十九事件から神宮領(しんぐり)事件の真相にたどり着いた。その功労が認められ昇進し警視になった。その後警視正にまでなり、来年には警視長になれるだろう。
 いきなりの質問にもならない流れだったが、つきあいがある浅川警視正はすぐに何のことか思い当たった。
「ちょうどよかった杉浦、それについて私も気になっていたので裏取り調査をしていたところだ。さすがに単身事故にしてはタイミングが良すぎるからな。お前が言っていたことを思い出してとりあえず調べておけば納得できるかと思ってやっていた」
 杉浦警視は納得できる理由が出来るまで、調べられることは調べておけばいいと言う。もしそれがその時必要ではなくてもその後必要になっても再調査で煩わしい思いをしなくて済む。一見効率が悪い気がするが実際は効率がよくなる方法。それを杉浦警視が実践していた。それを浅川警視正は目の前で実感したのだ。それからはそうした裏取りをきちんと取っておくことにした。それは実際に訳に立っていた。今の時代、膨大な情報は今やコンピュータで一発検索で探せる。そういう時代にはただひたすら情報を蓄積するのも仕事だから浅川警視正のやり方は組織犯罪対策部には合っていた。
「その八木なんだが、大阪に住んでいたのは5年前なんだ。その住所にあったアパートはすでに解体されて駐車場になっていた。それで免許証の本籍から実家を探して出して昔の知り合いを探した。割と頻繁に実家には帰っていたらしく、たまに女を連れてきては母親の面倒をみていたらしい。その母親が一昨年死んでから大阪を出て京都に引っ越した。そのときに住所変更などせずにおいていたんで諸々の住所が大阪になっているんだ。それで京都の自宅捜査をするためにこっちで起こした障害事件での脅迫容疑を取って家宅捜索した。それを昨日こっちに運んで調べていた」
「で?」
「八木は一人暮らしとされていたが、一緒に住んでいた女がいた。八木が死ぬ一ヶ月前から姿を見なくなり、八木が死んだ直後に帰ってきてもろもろの手続きをして引っ越していった。匂うだろう?」
「ものすごく」
 これを不審に思わない人間がいたら刑事失格だろう。
「その女は、植野千代(うえの ちよ)。京都の繁華街の店でホステスをしている。出身は大阪だが二年前に八木と一緒に京都に引っ越した。養護施設育ちで身内はいない。高校を出た時には八木と付き合っていた。ホステスをしているのは、八木の浪費癖で膨らむ借金返済のため。その植野に身内がいない八木の保険金や事故被害で嵯峨根会(さがねかい)から見舞金が出た。八木が植野に借金させていた金額を植野はそれで一括で返済している。チンピラヤクザが保険かけているのも笑えるが、3000万の借金が一括返済できるほど出るような保険金なんて出ないだろうし、嵯峨根会(さがねかい)の見舞金は余計なことをするなということなのだろうな」
「で、植野千代は?」
「引っ越した先が解らなかったが、近所の知り合いが最近手紙を貰ったらしい。北海道の札幌郊外。そこでうちのを飛ばしてみたんだが、さっき連絡があって植野千代には会えなかった。一昨日放火があって植野千代が住んでいた一軒家が焼けた」
「植野は消されたってことですかね?」
 一足遅かったのかと杉浦警視が慌てたが浅川警視正は話を続ける。
「いや死体は出たんだが、植野千代ではなかった。植野千代はその後姿を見せてない。そこで植野千代に死なれても消されても困るので北海道警察に協力願って焼け死んだ女の身元はしばらく伏せて貰うことにした。幸いどこの誰かまったく解らないため、発表しようにも植野千代じゃないってことくらいしか発表しようがないから、それを伏せて貰っている。身元が分かっても親族が居れば協力して貰う」
 浅川警視正は植野千代の行方を探している。大阪出身で京都に知り合いがいる程度の人間が北海道でたった一ヶ月の間に知り合いがたくさんいるわけじゃない。逃げ込むなら数少ない知り合いになる。
 一昨日殺し損ねていることに誰かが気付く前に植野を確保したい。
「つまり、八木の恋人が元嵯峨根会(さがねかい)会長都寺冬基(つうす ふゆき)を消すために誘拐され、八木は都寺冬基(つうす ふゆき)を殺した。そこで浅川さん、八木の昔の知り合いに現在の嵯峨根会(さがねかい)会長の知り合いか昔何かあった人間がいないですかね?」
 杉浦警視は自分も浅川警視正と同じ考えに至っていて、そこまでは間違いないだろうと訂正はしなかった。けれどそこでどうしてたった2年前に大阪から京都にやってきた如何にも如罪組(あいの)のスパイのような人間が嵯峨根会(さがねかい)会長のボディガードとして選ばれたのかがどうしても引っかかった。
「ああやっぱり八木がボディガードに選ばれた経緯がお前には気になるのか」
 浅川警視正も気になってはいたが、選ばれた理由はどうせ殺す予定だから死んでも構わない人間にしたという簡単な理由だろう。しかし杉浦警視は言う。
「八木はそういう理由で選ばれたのは確かだけど、八木が本当に恋人を人質に取られたくらいで裏切らずに誰にも喋らずに黙ったまま本当に都寺(つうす)会長を殺して死んでくれると思うか?」
「……!」
 つまり鉄砲玉として嵯峨根会(さがねかい)会長と心中してくれるような人間なのかという問題。そういう人間だから頼んだとしてもそういう人間を選んで連れてきたと考えた方が早い。つまり八木は京都に来る事が決まった時から都寺(つうす)会長を殺すための暗殺者として送り込まれたことになる。
 都寺(つうす)会長を殺す目的で送り込まれたのなら、その前に八木功司(やぎ こうじ)がそういう人間であることを知っていたことになる。そうなると大阪で過ごしていた八木の知り合いが八木を嵯峨根会(さがねかい)の誰かに紹介したことにある。
 ではその知り合いが誰で誰に紹介したのか。
 八木が信用された理由が絶対にあるはずなのだ。
「八木の性格を知り尽くした人間がいる。そいつがどこの誰で、どういうつもりで八木を使ったのか。それを知れば都寺(つうす)会長の事故死が暗殺に切り替わる。暗殺となると話がいろいろ変わってくる。現在の会長都寺冬哩(つうす とうり)が父親を暗殺して嵯峨根会(さがねかい)を乗っ取ったことになる」
「それか如罪組(あいの)の誰かが嵯峨根会(さがねかい)の内部に送ったスパイを使って都寺(つうす)会長を暗殺したという方がしっくりこないか?」
 浅川警視正が杉浦警視の妄想にツッコミを入れるが、その浅川警視正の言葉に杉浦警視が言う。
「それを如罪組(あいの)がする必要はなかったはずだ。現嵯峨根会(さがねかい)の理事長、成田組組長秋篠啓悟はやり手だ。都寺(つうす)元会長の方が如罪組(あいの)にとってはやりやすかったはずだ。もし如罪組(あいの)がバカじゃなければ、嵯峨根会(さがねかい)の誰かを暗殺すると決めたら都寺(つうす)元会長より秋篠啓悟の方を暗殺していたはず」
 杉浦警視の言葉に浅川警視正はふうっとため息を吐く。
「頼むからお前、警察を嫌になってやめてもヤクザにならないでくれ」
「なるわけないだろ。オレは捕まえる方が好きなんだ」
 その言葉は杉浦警視のいつもの言葉だ。それに浅川警視正が笑う。杉浦警視の人を観察し見えた性格や状況からその人間の行動を予測して、その人間が何をしたのかを見極める能力は、あまりハズレたことはなく、多少外れていても最後に帳尻があってしまう。
 本当に突拍子もないことを言い出すけれど、最終的に合っていればいい。そこにたどり着くためのプロセスなんて関係ない。
 こういう杉浦警視の能力を警察以外で生かされては困るのは警察の上層部だ。まだ企業に転身してくれればいいけれど、いったん犯罪者側に渡った場合、彼は警察内部を知り尽くしているから、警察が何をして何をしないのかそれを予測して大胆な犯罪をしでかす。
 つまり警察の敵に回った場合、警察は杉浦を逮捕することは不可能に近くなる。そういう危機感を抱く上層部の人間が多いし、浅川警視正もその一人だ。こんなマジシャンみたいな奴を敵に回したくない。
「そんなことより八木を暗殺者にして送り込んだ人間を捜さなければいけないのだが」
 そこまで言って浅川警視正は八木の出身校などを調べ、そこに現在の嵯峨根会(さがねかい)幹部の同級生なり知り合いが存在しないかを調べると約束した。警察には暴力団関係者の情報は山ほどある。それには細部に渡って調べてある。最近成立した法律関係の改変によって民間人で暴力団に関わっている人間も関係者として情報を保存しても問題がなくなっている。
 しかしそうなると時間がかかる。だから二三日したら候補者を絞り、そこからまた杉浦警視に情報を渡してまた厳選する予定だ。  そこまで話したところで他の刑事たちはそんなことになっているとは思わずため息を吐く。
「これは是非とも北海道警察に植野千代を生きているうちに探し出してもらわないと」
「それに八木の過去が本当に嵯峨根会(さがねかい)と繋がっているのかどうかも。それらをクリアして初めて他の対策を練る必要があるわけですね」
 すっかり順応している4人の刑事は杉浦警視の突拍子もない発言には合同捜査で慣れている人だ。さらに大阪府警の組織犯罪対策部の浅川警視正も杉浦警視の考えに同調し得る捜査をしている。
 これは独断のものではなくちゃんとした合同捜査になる。そういう大きな事件に変化する可能性がある。  それを廊下で聞いていたのは西条と彼に呼ばれて戻ってきた課長吉崎匡人(よしざき まさと)だ。
「課長……」
 大きな出来事の発端になるかもしれない事件を京都府警が見逃している可能性があると指摘されていた。確かに京都府警でも嵯峨根会(さがねかい)元会長の事故死に納得していない人の方が多い。けれど上層部から事故死でない可能性を捜す方が困難だと言われ、捜査は事故死として片づけられようとしている。
 たった数日調べただけでだ。背後関係など十分に調べて結論を出すべきなのにだ。
 もちろん西条もこれは事故死のわけがないと思えた。こんなにタイミング良く会長が消えるなんて都合よすぎる。絶対何かあるはずだと。けれど課長は上からの指示でそれ以上詳しく調べることをよしとしなかった。
 だから今すぐこの会議に参加して情報交換をしたい。そう思って課長を見ると課長の顔色が青くなっていた。
「……課長……」
 課長が持っている書類が震えているのが見える。いったいどうしてこんな話を聞いて、赤くなって怒るならまだしも青くなって震えている。
 何に恐怖しているのか。
「課長?」
 西条がもう一度声をかけると吉崎課長はロボットのように西条に顔を向ける。口が開いて何かを言おうとしているが喉から声が出ないという風だった。
 課長が持っている書類が音を立てて落ちる。それが杉浦警視等がいる部屋のドアに当たって落ちた。その音を聞いたであろう部屋の中にいた刑事たちがドアを開けて出てくる。
「吉崎課長……どうされたんです?」
 ドアを開けたのは阿部警部だ。彼はドアを開けた真ん前に立っている吉崎課長が真っ青になっているのに気付いて目を見開いている。他の刑事は何なんだとお互い顔を見たりして首を傾げている。
 だがこの中で一人だけその理由に心当たりがある人がいた。
「もしかしなくても京都府警本部の上層部の幹部が嵯峨根会(さがねかい)のいいなりになっているんじゃないかと思い当たることが出てきたんじゃないかなぁ」
 杉浦警視がそう口に出すと呆けていた。
 すると何が言いたいのか理解した阿部警部が課長と西条を部屋の中に急いで引き入れた。今は聞かれては困る内容だったからだ。
「どういうことです!」
 杉浦警視の言葉に動揺したのは部下の西条だった。
「嵯峨根会(さがねかい)元会長の都寺冬基(つうす ふゆき)の殺害に京都府警本部の幹部が関わっているんですか!」
「西条君、声抑えて」
 焦った西条が叫ぶような声に杉浦警視がまあまあと軽い感じで止めに入る。
「しかし!」
「うんうん、解るけど怒鳴った声が外に聞こえると、幹部のスパイに聞かれてどうにもならんのよ」
 暢気な言い方ではあるが一理ある。スパイという言葉に西条の動きが止まる。そこまでの予想はできなかったらしい。
「スパイって……」
 力が抜けたように課長を掴んでいた手が放れた。自由になった課長は阿部警部に勧められた椅子に座り息を吐いた。
「うんだからな、課長も色々大変だっていう話。警視庁から連絡合った時に俺がいたから情 報流すのを遅らせたんだろ? だから嵯峨根会(さがねかい)の情報をまだ手にしてない西条君が案内役として選ばれた」
 杉浦警視がそう言うと課長がさらにうなだれた。
「申し訳ない」
 か細い声でそう言うので実際に指図されてやったことらしい。
「まあ、その情報は俺らがたまたま君らより早く得られたからこうなってるけど。北海道に逃がした植野千代の殺害でまさか人違いをするなんて想像すらしなかったんだろうな。だからこの嵯峨根会(さがねかい)の情報を二三日遅らせて、その間に植野千代を探し出して始末するつもりだったんだろな。そうじゃなきゃ一週間もあれば漏れるような情報を隠す意味はないし、ごまかせないよなあ」
 杉浦警視が納得したように頷きなら言うものだから、まさかこれと植野千代が繋がっているなんて誰も想像しなかったので驚く。
「杉浦警視、それはさすがに飛躍しすぎじゃ……」
 慣れては居ても思わず出てしまうのがこの言葉だ。けれどそれに対して吉崎課長は言葉を発した。
「いや、それは間違ってないと私は思う」
「課長?」
「そう思う理由は?」
 また西条が怒鳴りそうなところを遮って杉浦警視が聞き出す。
 吉崎課長は薄々そういう気はしていたのだろうが、はっきりとした証拠がないので何もできなかった。それに上司に対して不信感を持って調べたりすれば、自分の首が飛ぶ。まだ左遷だったらいい方で、下手すれば命がなくなるかもしれない。
「私が組織犯罪対策第二課に配属されたのが5年前です。入った時に最初に言われたのが「上から来る指示には逆らうな」というはっきりとした言葉です。誰の何というのはなかったんですが……。それからしばらくは普通に捜査したりしていたのですが、どういうわけかここ最近、嵯峨根会(さがねかい)のことに関して事細かに指示が出るようなことがありました」
「どんな指示?」
 話を進めるのは杉浦警視に任せて全員が聞き手に徹した。杉浦警視の効き方は尋問ではないのだが、話そうと思っている相手が話さざるを得ない状況に追い込まれてしまって吐露してしまう感じだ。吉崎課長はまさにそんな感じだ。
 そこで奈良県警の辻岡刑事ははっとする。もしかしなくても杉浦警視は最初から吉崎課長に不信感を抱いていて、引っ込んでしまった課長をわざと呼びに行かせた上に杉浦警視があれこれ調べている内容を聞かせた。吉崎課長は上からの指示で動かされていると杉浦警視がいつ気付いたのかは解らないが彼なら会った瞬間そう気付いたのかもしれないが。
 思ってもいなかった展開に全員が心臓が痛くなっていた。今は他人事だが、これが自分の県警で起こらないとはいえない。それどころか県警ではなく地方警察では起こっていることかもしれない。
 特に杉浦警視が興味を持ったもう一つの事件の滋賀か奈良のどちらかで。
「最初は秋篠啓悟についてアメリカで彼が何をしていたのかを調べようとした時です。海外だからという理由で経費が下りなかったんですよ。それはまあ経費削減が叫ばれていた時でしたから到底許されないと思われても仕方ないと納得しようとしたんです。それから都寺冬哩(つうす とうり)について府外の行動を調べるために他の県に捜査協力を願い出た時も上からそれとなく面子の話になって捜査協力が得られなくなって、頓挫していたんです。結局警視庁さんが調べたものを入手することができたのでこちらではそれを使ってます」
「ああ、あれ俺が調べたやつだわ」
 杉浦警視が思い出したように手を挙げた。しかもそれは都寺冬哩(つうす とうり)が若頭に入る前に調べたものでたまたま杉浦警視が気になって情報を全国で使える情報網に入れておいたものだ。それを入れる前に課長が調べようとし諦めた時には杉浦が入力していたという経緯だ。
 さすがにすでに入っている他県の刑事が入れた情報を消すことはかなわなかったらしい。
「ああだから杉浦警視がいらっしゃるということが上層部に知れた時に情報をくれてやる必要はないと言い出したんですね。あなたがことごとく邪魔をされるから」
 納得したように吉崎課長がため息を吐いた。
「まあ現場をぜんぜん知らない幹部にはよくある行動だ。ただ、あまりにも解りやすくてバカバカしいレベルだが、問題はだ。この程度の妨害で済んでるんじゃなくて、捜査情報をくれてやってるんじゃないかっていう些細じゃなく懲戒免職レベルのこともやってるってことだ」
 腐ってやがると吐き捨てるように他の刑事が言うが、そう予想した杉浦警視は平然としていた。それに対して何の感情も抱いていないような反応だ。
「しかしどうしたらいいのか……」
「これを告発しても課長の首がすげ替えられるだけで終わりそうだしな」
 杉浦警視の言いように阿部警部がため息を吐く。
「身も蓋もないこと言わないでくださいよ……」
「間違ってないだろう? そう思うから課長もなんもできなかったんだし。下手すりゃ罪を擦り付けて課長が懲戒免職もんだ。それくらい上が腐ってるって話だ。で」
 杉浦警視はそこまで言って次の話に移る。
「そこで大事なことなんだ。幹部のことは放っておく」
 この言葉に全員がは?と何を言っているんだという顔をして杉浦警視をみた。
「どういうことですか?」
 落ち着いた声で阿部警部が尋ねる。
「幹部のことは後回しだと言う意味だ。そんなことより他に確保していくべきことがある。それで課長にはこっちに協力して貰うことになるが、こっちの核となる情報はくれてやるわけにはいかなくなる。知ってしまえば喋らなければならない状況に陥った時に無理矢理喋らされることになる。だからこの西条刑事を借りる。通常刑事は二人で動かすべきだが、ここで課長には西条一人で事足りるという風に俺をバカにしてもらって構わない。研修でもしてるかのような感じでお願いします」
 杉浦警視がさっさと方針を決めてしまうと課長は驚いた顔をして杉浦警視をみる。
「それでいいんですか?」
「構わない。むしろ幹部を罠にかける勢いでスパイも割り出す。課長にそれとなしに西条君の情報を聞き出そうとしたり、西条君、君自身に何をしてるのかそれとなしに聞きてきた場合に備えて用意する。こっちの捜査は大阪の浅川警視正のところに移動する。俺らは如罪組(あいの)と嵯峨根会(さがねかい)の抗争への準備と、滋賀と奈良で起こっている久山元組長と火浦組元組長火浦隆の事件の調査という名目で押し通してくれ。実際に滋賀と奈良はその件で俺が協力を求めているものだし、嘘偽りではない」
「ですが……」
「西条君の身の安全については浅川警視正から正式に出向の通達を出して貰うことにする。俺と浅川警視正の双方から協力を求められたら幹部が口出しする話ではなくなるからな。組対(そたい)のための研修という名目なら一ヶ月くらい西条君を預かってもなんの問題もないだろう」
 組織犯罪対策部が独立して機能している大阪と警視庁からの捜査協力依頼に口出しできるわけがない。
 下手に内部から膿を出すより外部から手術した方がてっとりばやい。内部からだともみ消すことが可能だが、外部から指摘されれば隠しきれない上に県を跨いでいる場合、刑事局が絶対に口出しをしてくるからだ。こうなると幹部はトカゲのしっぽ切りで捨てられる。それはそれで課長には困ったことではない。
 どっちにしても課長にはなんのリスクもないことになる。
「どうする?」
「乗りますよ、絶対。路頭に迷うにしても家族に顔向けできないことをして死ぬよりはマシです」
 杉浦警視がこっちについている限り、自分が死んでも真相は絶対に暴かれる。そう考えたら後で家族に夫や父親が犯罪者の手先でしたと知られて絶望される方がつらい。
 警察官なら警察官らしく正しく生きるチャンスだ。乗らない手はない。
「で、西条君覚悟いいかね?」
 いつの間にか巻き込まれ、いつの間にか命の危機に晒されている事実に気付いたが、選択の余地が一ミリも残っていないことに西条元伸(さいじょう もとのぶ)巡査部長は乾いた笑いを浮かべた。