novel

spiralling-25

「んあああああ、宝生耀(ほうしょう あき)が宝生組(ほうしょう)から破門で、本人は行方不明だぁああ」
 そう叫んだのは、警視庁組織犯罪対策部第四課の杉浦警視だ。本人は警視になっても現場にいないと意味がない人間であることを、警視庁がよく知っていて未だに現場にいる珍しい警視だ。ただ功績があまりにもあり過ぎてそれに見合う地位を与えないと部下に示しが付かないとして警視という地位が与えられているにすぎない。傍目にはエリートであるが、エリート組からすればバカな存在とされる。
 しかし彼の妄想が酷ければ酷いだけ事件は大きく発展し、解決までは奇想天外だ。犯人逮捕に至らなかった事件はたった一つという検挙率を誇る警察官は、杉浦連(すぎうら れん)警視しかいない。だから警視総監は彼を幹部として上層部にあげることはしないままだ。
 ただ組織犯罪対策部に彼が配置されているのは、ただ単に顔が怖いことと水があっていること。それだけのことだ。年をとって動けなくなれば、彼が行く先は、迷宮入り事件の捜査だろうと言われている。それも大きな事件の捜査だろうと。
 そんな杉浦警視ですら、宝生耀(ほうしょう あき)の宝生組(ほうしょう)破門と本人の行方不明は寝耳に水以上の驚きであった。
「なんだよそれ、どういうことだ阿部」
「オレに怒らないでくださいよ。宝生組(ほうしょう)が出した破門状は一ヶ月前から出回っていたものですし、そこから仕入れた情報では宝生耀(ほうしょう あき)が拉致されてそのままドイツで行方不明なんだそうです」
 宝生耀(ほうしょう あき)がドイツに渡って二週間経った頃、宝生組(ほうしょう)が騒がしくなった。宝生耀(ほうしょう あき)がいなくなったというのだ。しかしその騒ぎはすぐに収まり、今度は耀(あき)の相棒である織部寧野(おりべ しずの)が日本からいなくなった。
 どういうことだと思ったら二ヶ月間、なんの動きもなかった。そして今日、宝生組(ほうしょう)がとうとう結論を出していた事実が伝わってきた。
「くそ、今更ヤクザがやめられるってか」
 宝生耀(ほうしょう あき)ほどどっぷりとヤクザに使っていた人間が、そうそう一般人に戻れるわけがない。だが耀(あき)は宝生組(ほうしょう)から破門され一般人になったというのだ。
 宝生組(ほうしょう)は耀(あき)が行方不明だと騒いでいる時に破門している以上、戻ってこいとは言えない。どうして拉致されたのかさえ伝わっていないが、どうやら宝生組(ほうしょう)は宝生耀(ほうしょう あき)は死んだものとして扱っているようだ。
 破門状を出したのは、ほかの組員への見せしめとほかの組へ助けを求められても困るという事情がそうさせているのだろう。
 だが宝生耀(ほうしょう あき)は組が持っていたマンションを出て、別の自宅を用意してあった方へ引っ越していた。
 それがどうも気になる流れではある。
 尾行していた公安すらも呆気にとられているようだが、それでも耀(あき)が何かしたわけではないので捜査すら出来ない。まして一般人になりましたと宣言された人間を執拗に捜査すれば問題も出てくる。
 宝生耀(ほうしょう あき)の破門状が出たのは、ドイツで行方不明になってから2週間後で織部寧野(おりべ しずの)が海外に渡り消えたのはそれから数日。そして双方が消えた。
 どう考えても破門状が出る理由がない上にあの二人が愛の逃避行とは思えない。
 どうしてそうなったのかまったく分からない状況で捜査人は皆顔を傾げていた。
 宝生耀(ほうしょう あき)ほどの人材がヤクザをやめたのだから、捜査人としては喜ぶべきであるが、他の部門から文句言われる始末だ。
 ヤクザでいてくれた方が、まだ監視が出来たというのが理由の一つだ。
 公安に至っては今まで通り監視を続けていくのだろうが、それでも警戒度は下がるはずだ。
 周りがそう混乱する中、いきなり消えた宝生耀(ほうしょう あき)のことを気にするのは杉浦警視だけだった。
「まさかヤクザやめさせられるとはな。あいついったい何したんだ」
 耀(あき)とは知り合いではないし、顔を合わせたのは二三度程度の関係だが、あれこそヤクザをやめるような人間ではないと思っていた。生粋のヤクザの子供、祖父、父親、母親、叔父までもがヤクザの関係者で、そのうち三人は組長だ。そんな環境で組長になるために育てられた人間がそうそう間単にヤクザをやめることなんて出来るものなのか。
 これには何かあるのではないかと、そういう疑問は浮かんでいた。


 そうした中でも、大阪府警の浅川警視正たちと合同でやっている捜査はまだ進展していなかった。
 宝生組(ほうしょう)系列の久山組元組長久山鉄男(ひさやま てつお)は行方不明のまま。殺されたであろう元火浦(ひうら)組組長火浦隆(ひうらたかし)の捜査はどうなっているのか。
「火浦(ひうら)の捜査ですけど、やはり打ち切りだそうです」
 タイ当局は一応再捜査はしてくれたが、こういう殺人事件の検挙率はあまり高いとはいえない。まして怨恨であるわけではなく、行方不明のタイ夫婦殺害も犯人逮捕に至ることはないという。ヤクザやマフィア関係の事件がまともに片づくようなところではない為だ。むしろ怨恨で殺されていた方が犯人の目星も付けられただろう。
 火浦(ひうら)の事件は海外の事件だから捜査しようがないが、久山鉄男(ひさやま てつお)の事件は捜査一課でも動けない。妻が捜索願を出しただけで終わりそうだ。
 唯一、ヤクザ関係を調べるように通達された杉浦警視が調べている途中だ。だが久山が生きている可能性はかなり高いのではないかと杉浦警視は思っている。もし殺されているなら見せしめのために遺体が出ているはずだ。
 繋がっているとされる火浦(ひうら)組組長根本秀道は、船舶販売の経営の受け継ぎの管理で火浦(ひうら)元組長の妻と揉めていた。
 火浦(ひうら)の財産扱いになっていた経営権が火浦(ひうら)組のものにはならないというのが判明したからだ。警察は文書偽造の詐欺で根本を調べている。このあたりは火浦隆(ひうらたかし)のミスなのか、根本の根回しが行き届いてなかったのか分からないが、久山鉄男(ひさやま てつお)の行方についても調べられている。
 だが思わぬところで久山を見たという人間が出てきた。
 自宅から誘拐されそうになり、何とか逃げ出したと本人は言っていたという。そして火浦(ひうら)の事件を調べてはいたが、タイの事件はほかの華僑組織が絡んだ事件であることや、その関係で追われており、逃げている途中、それとは別の事件に首を突っ込み、身を隠すしかないことなどを語っていたという。
 久山と最後に話した人物は、西貢明(にし こうめい)という大阪で喫茶店をしている人間だ。元久山組のヤクザであるが左目を失明した事件でヤクザを引退した人だ。だから久山がこの人物を頼ってくることは至極全うなことだった。
 それが分かったのは京都府警の西条刑事が奈良県警の山路刑事たちと一緒に聞き込みをしていた途中で出会った問題を話し合っていた時だったという。
「どういうことだ?」
 大阪の西貢明(にし こうめい)の店まで呼び出されたのは杉浦警視と阿部警部だ。二人は久山の事件を追っているという名目で合同捜査をしているわけだから会って食事くらいは普通にすることだ。
 ただ捜査本部を抜け出しての相談となると、話が違ってくる。
「私たちが久山の件を一応確認で西さんの通報で確認にきてたときなのですが」
 話し始めたのは奈良県警の山路刑事だ。
「私の高校時代の知り合いで、今はウダツの上がらない何でも屋をしている裏社会の人間との関わりがある平間英一という男がいます。そいつとオレはまあ犬猿の仲なわけですが、そいつがこの店から出てくるところを見たんです。その時はあああいつ〜って思ったくらいだったのですが、問題はそいつと一緒に行動していた人間です」
「誰なんだ?」
 問題にしている人間を尋ねると、一枚の写真を出した。
 それは西条刑事が用意した写真だが、その姿は警察官の制服姿だ。
「京都府警の第二課、私と同じ課の東田正実巡査です」
 刑事と何でも屋が繋がっているのは捜査をしているならおかしくはないが、京都の何でも屋となると話が違ってくる上に西条刑事の同僚は、頻繁に大阪府警にやってきては西条刑事を誘い出して食事に誘ってくる同僚だ。
 それは捜査を気にしているという証拠であり、さらに大阪の事件と京都が絡んでいるとなると思い当たるのは一つしかない。
 嵯峨根会(さがねかい)へ京都府警の内部情報を流している幹部とは別の内通者がいることになる。
「東田刑事が幹部の手だとして、大阪で何でも屋と会っているということは……」
「嵯峨根会(さがねかい)と平間がつきあいがあることは分かってます。だから東田刑事からも情報が漏れている可能性がありますが、ただ幹部関係ではなく……問題は」
「東田刑事が現在調べている事件は、嵯峨根会(さがねかい)元会長の事故死事件です。最近になって暗殺ではないかという疑問があり再調査をしているのですが、その筆頭にいるが東田刑事なのですが、どういうわけか彼は個人的に久山鉄男(ひさやま てつお)の行方も探しているんです」
 京都府警での幹部による嵯峨根会(さがねかい)のスパイがいる状態はすでに上層部にまで知られている。疑いがある人物は数人あげられていて極秘に捜査が進められていて、その中で奇妙な動きをしている末端の捜査員が特定されていっていた。
 そのなかで東田刑事は独自に久山鉄男(ひさやま てつお)を追っていることが分かった。
 だからなのか、久山鉄男(ひさやま てつお)の行方なども調べている大阪府警まで西条刑事から情報を得ようとしていたらしい。
「私はついさっきまで久山の情報はないに等しい状態でしたでしょ。ですから山路さんが東田刑事と平間が繋がっていることを教えてくれるまでは彼は疑ってませんでした。ですが、課長から捜査内容を同じ課の人間にも喋るなと言われていたし、杉浦警視や浅川警視正からもしつこく言われていたので、些細なことが漏れても首が飛ぶ状態だとだけ東田刑事には言ってました」
「それで平間と東田刑事が繋がっているなら、嵯峨根会(さがねかい)が必死になって探しているはずの植野千代は、久山に助けられて逃げているのではないかと……西条刑事が」
 また突飛な発想ではあるが、タイの事件は火浦(ひうら)の妻と根本が裁判沙汰になりそうならば、事件解決の道はありそうだと久山が早い段階で知っていたとすれば、誘拐されそうになって逃げた久山が誰かから頼まれて嵯峨根会(さがねかい)会長暗殺事件の証拠を探すのを協力している可能性がある。
「ちょっと待て、そうだとするなら、久山ほどの男を動かせる人間がそれを指示したことになるだろう? 嵯峨根会(さがねかい)の暗殺犯を知りたくて調べていて、久山を動かす人間なんてそうそういないだろう?」
 その話を聞いていた辻岡刑事がまさかと口にしなかった名前。
「あの妖怪変化め。分かっていての所行かよ」
 恨めしそうにそう唸る。
 そりゃ久山のことで宝生本家の志智達也(しち たつや)が慌てすらしないわけで、さらに探しもしないわけだ。
 だが彼は事件にしてまでも探してもらって構わないというような発言をしていた。
「ということは……」
「九十九(つくも)に狙われた久山が誘拐されかけたのを志智(しち)が助け、逃亡させながら久山を使っているってことになる」
 九十九(つくも)が何かをしようとしていたことは志智(しち)も察知していた。そこで久山に注意が行ったところ誘拐されそうになった。その前に逃亡し、妻は関係ないので知らないままにしておいた。
「そういえば久山の妻もいつの間にか自宅にいなくなりましたね。周辺地域に聞いたところ、夫のところに行くといって出かけたとか」
「そのころですねよ、根本の周辺で逮捕者が出て、タイにある中古船販売店の権利書の偽造があったかもしれないと、火浦(ひうら)の妻が訴訟したのも」
 調べ出した2ヶ月前はタイの事件も追う予定であったが、そのうちこの店のマスターが久山に二ヶ月前に会い、一ヶ月前に電話ももらったというのだ。 
 たまたま店で山路刑事と辻岡刑事がその話をしていたところ、この大阪の行きつけのマスターが久山って、久山鉄男(ひさやま てつお)のことかと聞いてきた。
 二人が組織犯罪対策の人間であることを知っているマスターは元ヤクザであるがゆえにヤクザ通。当然奈良とは近くにある組組織の事情も知っている。そこから繋がる久山と言えば、今行方が一般的に分からない動きをしている久山鉄男(ひさやま てつお)しかいない。
 マスターの西は久山の行動がおかしく、心配なので調べて欲しいと相談してきたのだという。それで久山が北海道に逃げたことも分かった。
 こんな話の流れで次々に繋がっていく。それが怖くなって杉浦警視を呼んだわけだ。
「つまり、北海道へ久山が行ったことが確定すれば、嵯峨根会(さがねかい)元会長暗殺の真相が一部分でもわかるかもしれない」
「そういうことですよね。ですがどうして嵯峨根会(さがねかい)の元会長暗殺のことを疑って宝生組(ほうしょう)が動いているんでしょうか?」
「宝生組(ほうしょう)というよりは、本家と言えばいいだろう。組はあくまで関係がないという立場なんだろう」
 杉浦警視がそう言うと北海道へ飛んでいるという浅川警視正の部下たちが調べている、北海道で植野千代の部屋で死んでいた女性が何者なのか突き止めた。
「名前は川原亜衣(かわはら あい)。京都出身で北海道へは仕事できたと本人は言っていた。ですが京都の出身を調べたところ、嵯峨根会(さがねかい)系のヤクザが経営していると言われているキャバクラのホステスでした。話では長時間拘束の仕事に出たとされていますが、嵯峨根会(さがねかい)の二次団体の男が何度かきて川原を誘っていたそうです」
「その男は?」
「名前は棟方(むねかた)要、30歳。嵯峨根会(さがねかい)二次団体寺田一家の家族で、最近入り込んだチンピラです。ですが妙なことに一家は寺田の行動を特に制限したりはしていないんです。どうも特別待遇であるようでその後、北海道で事件が起きた頃に一家から姿を消したそうです」
 棟方(むねかた)要が一家に嵯峨根会(さがねかい)の幹部と直接関係があったとしても本人がもういないのであれば、川原亜衣との繋がりは不明のまま。さらに棟方(むねかた)と名乗ってはいるが、本名なのかどうか分からない。
「しかし、川原が植野を見張る役割で北海道へ行ったなら、何かの事故で川原が植野の自宅にいて植野本人が出かけている間に放火されたことになるわけだが」
 と辻岡刑事がそう言って続けて杉浦警視が言う。
「もしかしなくても棟方(むねかた)の方と、今回の放火犯の出所は一緒じゃないのかもしれない。司令塔か指揮塔が二つあったとすれば、棟方(むねかた)のように殺すまではしないでも監視するに止めようとした人間と、殺した方が早いと思った人間がいるわけか」
 このちぐはぐしたどうしてそうしないと言われていることは、二つの指示のせいだといえば納得できるものでもあった。
「なるほど、そう考えれば、今回の事件での嵯峨根会(さがねかい)のやり方が奇妙なのも頷けます」
 西条刑事がそう言って頷く。
 誘拐して解放するのに知られたくないから殺す側が一緒ではおかしい。金銭的な支払いをしている限り、植野が何かを喋ることはないに等しい。殺されるかもしれないからと言って警察に喋れば、その時は助かるかもしれないが結局後で殺されるに決まっている。
 そう実感したからこそ、北海道へ行けと言われて行ったのだ。もし怖くて逃げたかったなら北海道ではなく、どこかへ逃亡すれば誰も後など追わなかっただろう。
 ただ誘拐時に怖い目にあったのか、言われた通りにする癖がついていたのかその通りにはした。しかしその後、間に誰か入って植野は逃げることを選択した。
「そういえば、植野の家には時々男女の出入りがあったと言われていました」
「その女が川原で、男が一緒に逃げた男なのだろうか」
 杉浦警視がそんなことを言い出して周りはポカンとする。
「なぜ男が逃げたと?」
「一緒にいた男が放火犯ってことはないだろう。もしそうなら川原と植野を見間違えたりしないはずだ。間違えたとしたら意図的ってことになるしな」
「あ!」
 そう今回の放火犯の方は川原を植野だと思って放火していた。しかも成功したと思ったのか追っ手はまだない。だが川原からの連絡が途絶えたことと男からの連絡も途絶えたからなのか、嵯峨根会(さがねかい)が植野を再度探し始めた。
「そういえば近くのホテルや旅館にカップルの捜索をしている男たちがいると聞いた覚えが……」
 阿部警部が浅川警視正の部下が調べてきた詳細を見ていて、カップルの捜索はあったが女だけを捜している様子はなかったと書いてあったことを思い出した。
「つまり男女連れを探していたが見つかっていないということは、早い段階で久山の方が合流できたってことか……ん? 嵯峨根会(さがねかい)の手先と宝生本家の手先が連絡を取り合っているとなると……八木を紹介したとされる青年で、嵯峨根会(さがねかい)会長の小学時代のいじめ首謀者の一人、皆川が消えたことと関係があるんじゃないか?」
 突然つながったような言い方で言われ、全員がその存在を思い出す。
 八木が誰かに紹介されて嵯峨根会(さがねかい)に行ったのかがここ最近の捜査で分かったのだ。
 現在の八木と交流があったわけではないが、学生時代に交流のあった人間を探していたところ、高校時代の友人の皆川芳朝(みながわよしあさ)が行方不明になっていた。
 そして皆川を調べていると皆川の大学時代の友人の一人も行方が分からなくなっていた。その友人中村昌也の親戚にはヤクザがいる。父親が井端組組長と兄弟で、つき合いがある。その井端組は宝生組(ほうしょう)若頭の一時的なボディガードをしていた櫂谷智史(かいたに さとし)がいた。
 大学時代に織部寧野(おりべ しずの)の友人兼ボディガードをしていた男だ。現在は井端組に戻っていたが、つい先日井端組から独立してヤクザではなくなった。元々ヤクザの組長の次男というだけでしばらく手伝っていたが、兄が若頭になると独立というのは円満に組との関係を切れたことになる。
 そうした人間が宝生組(ほうしょう)には何人かいる。
 たとえば、香椎北斗(かしい ほくと)もまた独立した一人だ。
 その二人がここ最近再会していることも分かっている。その櫂谷(かいたに)が中村と皆川を助けた可能性が出てきた。
 なんと言っても宝生本家が首を突っ込んできている事件。志智(しち)が先導して久山まで動かしているかもしれないとくれば、この暗殺事件で何か大きな出来事が起きる可能性がある。
「しかし暗殺犯が誰であっても、たぶん鉄砲玉になるだけで嵯峨根会(さがねかい)の誰かは痛くも痒くもないんじゃ……」
 確かにそうなのだ。誰が暗殺をしたとしても警察も関与を立証できる可能性が低い。そんな事件をひっくり返そうとしているものがいて、それをさらに闇に葬ろうとしている人間がいる。
 つまり、この事件は鉄砲玉を出す出さないの問題ではなく、根本的な何かがあるということなのか。
「ぞろぞろと役者がそろってるってことなのか」
 思った以上にこの喫茶店でもたらされた情報は大きかった。久山がこの事件に絡んでいるかは憶測でしかないが、彼が生きているだろうことは分かった。そして植野千代がまだ逃げ続けていられる環境を得られていることも、そして必死に探している人間にすら二ヶ月経った今でも探し出せずにいることもだ。
「なんでしょうかね……九十九(つくも)が絡んでいたと思っていたら、なんというか、似た何かみたいな、こう何だよ偽物かよという気分で」
 西条刑事がそう言うと、杉浦警視が頷く。
「だよな、やり方というかその辺はまあそうだよなと思うんだが、ミニマム九十九(つくも)って言った方がいいよなミスしてんな」
 やり方は似ているが九十九(つくも)ではない誰かと言いたいのだろう。けれど他人であるといわれても違和感がある感じだろうか。言いにくそうに表現する二人に阿部警部が言った。
「じゃあ、弟子なんじゃないですかね」
 阿部警部が偽の九十九(つくも)やらミニマムという言葉を聞いてそう言うと二人がばっと起きあがって阿部警部を見て言う。
「それだ、弟子だ!」
 納得できる言葉を得られてますます妄想に拍車がかかる。
「その弟子が誰か分からないが、この事件にも顔をつっこんでいるし、ここ最近起きている事件には必ず絡んでいるとみた」
「なら、根本を動かしているのもそいつってことになるかもしれない」
 西条刑事がそう呟くと、杉浦警視も言う。
「すると久山を探しているのもそいつなのか」
「痛くない腹じゃないからな。探られたら宝生組(ほうしょう)の手先かと思うだろう。それで強引に排除しようとしたら逃げられたと」
「手際も悪さもあるから、他の妨害もあったのかも」
 杉浦警視と西条刑事が二人で思い思いに言葉を吐いていくものだから、話がとんでもないことになっている。
 こうなるともう止まらないまま、二人はさらなる妨害や横やりがあり、当初の計画と違うことになっているのではないかといいだした。
「確かにそれは間違ってないだろうな。だがそれには捜査が必要だ」
 とにかく久山が生きている可能性があることがわかり、その久山を捜すことも捜査に含まれる。事件が嵯峨根会(さがねかい)会長の殺害に関係しているかもしれないなら探すしかない。
 当面の捜査方針が決まった上に、内部にいるスパイも見つかり幹部の汚職も着実に特定出来そうでもあった。