novel

spiralling-33

 織部寧野(おりべ しずの)を煌和会(ファンフォフゥイ)の龍頭(ルンタウ)武藍(ウーラン)に奪われてからの真栄城俐皇(まえしろ りおう)は、操武藍(ツァオ ウーラン)の情報を集めた。
 まず日本に戻った。だが高岸一家に戻る前に連絡を入れたところ、自分が留守の間に警察がやってきたことを伝えられた。
 一家の総長代理としてやってきた高岸清影(きよかげ)は早々に俐皇(りおう)に言った。
「そろそろ自由になってもよろしいんですよ。一家のことは忘れて」
 一応は世話になったという気持ちがあり、一家の総長を押しつけられたのに嫌がりもせず受けた。だが一家はそれでよかったが、嵯峨根会(さがねかい)はそうはいかなかった。
 俐皇(りおう)を総長としてたことを会の一家や組からバカにされ、俐皇(りおう)は裏方に回された。表だって動くのは清影(きよかげ)に任せ、俐皇(りおう)は嵯峨根会(さがねかい)理事長である秋篠啓悟(あきしの けいご)の用事を請け負う何でも屋のような立場になる。
 もちろん、会のほとんどはそんなことは知らない。
 容姿が日本人離れしているというだけで、はみ出しものが集まるヤクザですらはみ出した俐皇(りおう)だったが、それ以上にはみ出ているものがあることを理事長になった秋篠(あきしの)は知っていた。
 利用するという秋篠(あきしの)のあからさまな態度に俐皇(りおう)は苦笑したくらいのものだ。
 一家に入って総長を押しつけられ、会から省かれた時に俐皇(りおう)が頼ったのは九十九朱明(つくも しゅめい)だった。
 九十九朱明(つくも しゅめい)と出会ったのは、イタリアで両親が火事で死んだ事件の後、行き先がない俐皇(りおう)を二ヶ月預かってくれたことだ。
 その期間、九十九朱明(つくも しゅめい)は俐皇(りおう)が両親を殺したことを薄々気付いていただろうに、何もいわず、ただ殺人や犯罪の下地をじっくりと俐皇(りおう)に仕込んだ。
 俐皇(りおう)はこれから自分一人で生きていくことになることは分かっていたので、素直にそれを受けた。
 二ヶ月で何ができると言われるだろうが、才能があったのか、俐皇(りおう)は二ヶ月で下地になることを覚えきった。
 母親青良(せいら)の兄、安里(あんり)が身元引き受けとして名乗り出たのが二ヶ月経ってからであったのは、祖父の光藍(こうらん)とさらにもめたからである。結局、安里(あんり)は妻藤子の実家である高岸家に俐皇(りおう)を預けることしかできなかった。
 養子に出すにも背景が問題ありでなかなか引き取り手はいなかったという。
 高岸一家は高岸静馬(しずま)という総長からなる家族一家だった。元々組を持っていたが組員が減って解散したが一般人には戻れない人間が静馬を頼ってやってくる。そして居心地のよさにいついてしまったという。だから元組長なんて三人ほどいた。だからなのか、マフィアのボスの義理の孫になる俐皇(りおう)なんて存在も容易に受け入れた。
 毛色の違う日本人であるため、周りからは妙な目で見られた。さらに沖縄の高嶺会(たかみねかい)会長の孫でもあるから、嵯峨根会(さがねかい)からも嫌みを言われていたようだった。
 それでも俐皇(りおう)は問題を起こすことなく、沖縄に帰省しろと言われたときは九十九(つくも)のいるフランスに渡っていた。
 そうした生活が5年ほど続くと自然と一家にもなじんできた。特に俐皇(りおう)の才能を買ってくれていたのが、静馬の息子である清影(きよかげ)だった。俐皇(りおう)が二十歳の時、清影(きよかげ)は四十。なのにどういうわけか、清影(きよかげ)は俐皇(りおう)のために何でもやった。本人曰く、「俐皇(りおう)はこんなところで収まっている人間じゃない。それほどこの世界では天才だ」といわしめるほどの忠心だったという。
 だから静馬(しずま)が自然と俐皇(りおう)を総長にしたいと言った時も反対はしなかった。一家で俐皇(りおう)の才能を認めていた。実際、一家の稼ぎ頭は海外で活動していた俐皇(りおう)の功績であったし、それを嵯峨根会(さがねかい)が認めるしかないほどの活躍だった。
 だが現実は差別と嫉妬から俐皇(りおう)には嵯峨根会(さがねかい)では舞台が与えられなかった。
 もちろん一家は差別を許せなかったが、清影(きよかげ)は「こんなところで俐皇(りおう)は終わらない。これは俐皇(りおう)が世界に出るための用意だ」と言ってむしろ歓迎した。
 一家という重荷が俐皇(りおう)を嵯峨根会(さがねかい)に縛り付けているといっても過言ではない。いくら残虐とはいえ、世話になった一家には恩を感じている部分があるのを清影(きよかげ)は知っていた。
 早くその全てを取り払ってやりたかったところに、舞い込んできた朗報だ。
 後腐れなく一家から解放してやれる。そしてその責任上、二度と一家に戻らなくてもいい。
「あなたを自由にしてやることが一家の願いだった。嵯峨根会(さがねかい)などあなたにとって、足場にもならない舞台でした」
 清影(きよかげ)はそう言ってくれたことに、俐皇(りおう)は何度感謝しただろうか。自分が生きていく上で暴走しただけの人間にならなかったのは、この清影(きよかげ)がいつもいてくれたからだ。兄であり父であり、ヤクザとして尊敬できる人間だった。
 そんな人が、俐皇(りおう)がしたいことをしていいのだという。それがどんなに残酷で、過酷な道なのかも分かっていても俐皇(りおう)がその舞台に立つためには一家を捨てなければならないことだと理解していた。
「一家は今まで通りやってますので心配など無用です。元々あなたがいなくなった時のことは皆で話をしていました。最近の嵯峨根会(さがねかい)の様子からなんとなく察してました」
「そうか分かった。そっちのことは清影(きよかげ)に任せたから……で、来た警察だが、誰だった?」
 清影(きよかげ)に任せておけば一家は安泰だ。もしもの時のために残したのもは清影(きよかげ)にだけ伝えてある。だから清影(きよかげ)が一家を守るというなら俐皇(りおう)は去るだけだ。
 だが問題が一つあった。
 どうして急に警察が真栄城俐皇(まえしろ りおう)を名指しで訪問できたのかという疑問とやってきた警察の人間が誰なのか。
「警視庁組織犯罪対策部の杉浦警視でした。どうやら組織犯罪の合同捜査が行われていて、その流れできたということでしょう」
「わざわざ管轄外に首突っ込むのか……嵯峨根は沈むかもな」
「でしょうね。この人が出てきて、あなただけ逮捕なんてあるわけないです」
 清影(きよかげ)も実際のところの杉浦警視の狙いが俐皇(りおう)だけではないと分かっていた。本丸は嵯峨根会(さがねかい)。しかも理事長秋篠啓悟(あきしの けいご)と幹部であろう。そこでうっかり九十九(つくも)の情報が入ればいいというおまけも狙っている。
 管轄外に首を突っ込んでいるのを合同捜査という名目をつけてまでして杉浦警視を動かしたい人間がやっている。さらに調べると大阪府警の浅川警視正までもがその捜査本部に関わっているという。
「警察も本腰入れる自体というわけか」
 嵯峨根会(さがねかい)が使っていた京都府警のスパイが杉浦警視に疑いをもたれ、刑事局の組織犯罪対策部が指導のもとやっているのだろう。
 派手な組長暗殺になったことは気になっていたが、秋篠啓悟(あきしの けいご)が都寺冬哩(つうす とうり)をはめるために生かしておいた植野千代を誰かが殺害しようとして失敗しているという。
 俐皇(りおう)は殺しておいた方がいいと言ったのだが、秋篠啓悟(あきしの けいご)は千代の気弱さから周りにしゃべるタイプではないと決めつけて生かした。
 確かに周りにすがって助けを求めるような余力もないだろうが、人間はあらゆる自体を克服するために強くなれるものなのだ。
 だから気弱な千代が何かに勇気づけられ反撃に出たら、千代ほどの有力な証言者はいないだろう。
「嵯峨根会(さがねかい)の秋篠(あきしの)からあなたを呼び出して事情を聞きたいと言われたのですが、正直会わなくていいと思います。なにがあるか分からないですし、何より秋篠(あきしの)のすぐ側にスパイがいる」
  清影(きよかげ)も同じことを思っていたようだ。
「あなたの影がうろついていることは、調べればある程度分かるのでしょうが、あなたが八木に会長殺害を強制したなんてあり得ない情報、秋篠(あきしの)が用意したシナリオを盗み読んだスパイの誤報でしかない」
  清影(きよかげ)には俐皇(りおう)は嵯峨根会(さがねかい)でしていたことは知らせている。一家に迷惑がかかる可能性があるような裏の仕事でもだ。俐皇(りおう)が一家にどれほどの恩を感じているのかを清影(きよかげ)が実感したのは、俐皇(りおう)がこうした秘密にしておくべきことまで清影(きよかげ)を信頼して話してしまっていることからくる。だから清影(きよかげ)もありのままの情報を伝えたし、なにを聞いても驚きもしない。
 どうあがいても二人はヤクザだからだ。
「スパイは秋篠(あきしの)の近辺で情報を見ることが出来ていると考えるのが自然。さらに会長暗殺の真相を何一つ知らない人間です」
  随分と特定出来そうな情報であるが、千代の監禁について用意しただけの俐皇(りおう)は千代とは顔合わせはしていない。だから千代から得られる情報で八木の脅迫は成立しない。
 また八木を捜し出してボディガードに仕込んだけれど、八木に組長暗殺を強制したのは俐皇(りおう)ではない。
 俐皇(りおう)はただ全てを用意する下準備をした裏方で、表舞台で派手に動いていたのは嵯峨根会(さがねかい)幹部たちとそれに従う部下だ。そしてその指示を出していたのが秋篠啓悟(あきしの けいご)となる。
 つまり真相を知っていたら俐皇(りおう)が首謀者なんて情報を警察に流すわけがない。だが信じて流したのか、真栄城俐皇(まえしろ りおう)自体が邪魔だったのか。たぶん後の方だろうが、嵯峨根会(さがねかい)から便利屋俐皇(りおう)を追い出したい人間の仕業ということだろう。
  そして杉浦警視はそれを分かっていて、狙いを嵯峨根会(さがねかい)幹部に絞ったわけだ。
 とんだ寸頓狂なスパイを内部で自由にさせているものだ。
 嵯峨根会(さがねかい)が沈むと言われるのも当たり前だ。
 急激に膨大した嵯峨根会(さがねかい)を理事長の秋篠啓悟(あきしの けいご)が扱い切れていない。
 確かに切れ者で経営はうまいし、マフィアとの繋がりから得た知識も豊富だろう。だがあまりにも上品さにこだわりすぎた。己の手を汚すことを知らないインテリヤクザにもなれていない。
 こんなことは内部に少し入っただけでわかったことだ。
 その秋篠(あきしの)が表向きだけ俐皇(りおう)を切って、裏で繋がろうとしている。一家の総長の時のような扱いだ。
 だが今度はそれに乗る必要はない。
 嵯峨根会(さがねかい)で俐皇(りおう)がしてきたことには証拠がない。棟方(むねかた)要として動いていた期間も、ただ人物を紹介した仲介者として行動していたにすぎない。
 重大な用件を俐皇(りおう)を信頼しないがために与えなかったのは、秋篠(あきしの)の方だ。
 清影(きよかげ)は巻き込まれてやる必要はないというわけだ。俐皇(りおう)に罪を擦り付けるようなことにでもなれば、俐皇(りおう)が情報を漏らしてやればいいだけのこと。
「それじゃしばらく消えるか。やりたいことも見つかったし」
 清影(きよかげ)との会話を終えた。
 俐皇(りおう)は京都に入った時から警察に尾行されていると気付いたが、逮捕状はまだ出ていない様子だったのでまいてやったが、ビルの屋上から電話をして確認して正解だった。
 警察は任意同行で事情を聞くと言っているが、任意なんかで同行すれば拘束されてなんでもされる。むしろ逮捕より酷い扱いを受けることだってあるという。なにが悲しくてヤクザの自分が自分の意志で警察に行かなければならないのか。調べられればそれなりにマズイ立場なのだ。
 早々に京都を抜け出し大阪を避けて東京に戻る。
 そこで情報を仕入れたついでに、宝生組(ほうしょう)の情報が入ってきた。
 宝生耀(ほうしょう あき)が宝生組(ほうしょう)を破門され、行方不明のままだという情報だ。
 俐皇(りおう)が取り逃したまま、本当に宝生耀(ほうしょう あき)は消えたらしい。日本に戻ることもなく、怪我を治しているのだろうが、あれだけ探したにも関わらず、宝生耀(ほうしょう あき)の関係者だけ綺麗に消えていた。
 殺されたり消されたわけではないが、最初からこうなることを予想して行動していたとしか思えなかった。
 あの混乱の中、織部寧野(おりべ しずの)が本家を乗っ取り、作戦を立て、宝生耀(ほうしょう あき)をまんまと逃したのだ。正直そこまで出来るほどの人間だと予想するのは仕入れた情報ではあり得ない。
 宝生耀(ほうしょう あき)の危機にだけ反応するというわけでもないことは、俐皇(りおう)がうっかりチャイニーズマフィアに捕まった時に気付いていたはずだ。
 だが懐かしさがその思考を鈍らせた。
 それだけが俐皇(りおう)の失策だ。
 だが、それでも寧野(しずの)がほしかったのだ。
 けれど物理的に手に入れても、寧野(しずの)は決して心をくれなかった。頑なに拒み続け、とうとうこの手から逃げ延びた。
  正直、寧野(しずの)が迷いなく海に飛び込んだ時、自殺されたと思った。だが寧野(しずの)が全力で逃げたのだ。
 ここまで拒否されて、初めて九十九朱明(つくも しゅめい)が言っていた意味を理解した。
「手に入れられるけれど、手に入れたら殺してしまうから」
 自分に対して絶対に向けられることのない感情があり、振り向かせることは不可能。そしてそれを望むあまり殺してしまうのだ。
 九十九(つくも)はそれで一度失敗をした。殺してしまった瞬間は満足だった。けれどその後に襲ってきた孤独は彼をさらなる狂気へと導いただけだった。
 過酷な運命を生きる九十九(つくも)にとっての安らぎは生きて動いている青年を見ることだけ。たったそれだけで幸せなのだという。
 亡くしたものは元には戻らない。それが常識だ。
 だからそれに習うことにした。
  二ヶ月陵辱しても寧野(しずの)は宝生耀(ほうしょう あき)を忘れることはなかった。それはきっと寧野(しずの)が生きていく理由の一つなのだ。
  強くて綺麗だと思ったことは全て宝生耀(ほうしょう あき)が育ててきたものだ。あんなに綺麗に育てられた花を手折ってしまおうとしていた。
 これでは九十九(つくも)を笑えない。九十九(つくも)は俐皇(りおう)が自分の二の舞になる前に止めに来たのだ。
 殺してもなにもいいことはない。さらに苦しむだけだ。


 日本からイタリアに戻ってから、俐皇(りおう)は武藍(ウーラン)の情報を洗った。寧野(しずの)を監禁しているなら、武藍(ウーラン)の組織しか入れないような広大な敷地を持っているはずである。
 それを探っているときに、ロシア人の集団が煌和会(ファンフォフゥイ)を探っていることに気付いた。それも一緒に探っていると武藍(ウーラン)の屋敷だと思われる場所を見つけられた。
 ロシア人が武藍(ウーラン)を探しているとなると、何か取引でもめたのであろう。まさか金糸雀(ジンスーチュエ)を武藍(ウーラン)が持っているなんて分かるはずもない。
 実際金糸雀(ジンスーチュエ)は俐皇(りおう)のところからかすめ取られたもので、それを見ていた人間はいないはずだ。
 とりあえずロシア人が何者なのかを調べたところ、赤い雪(クラースヌィ・スニイェク)の関係者であることが判明した。
 ロシアンマフィアの赤い雪(クラースヌィ・スニイェク)は、マトカというロシアンマフィアと対立して出来た対抗組織。ロシア全土どころかヨーロッパまで広がっていたマトカの驚異が衰え始めた12年前から台頭してきた。元々はマトカの末端だった小さな組織だが、急激に大きくなり、マトカに不満を持つグループやマトカから離反したグループが合体していくように大きくなり、2年前にはとうとうマトカよりも勢いがある大きなマフィアであると認識されるようになった。
 不思議なことに資金繰りがうまいのか、とにかく取引が上手だという噂だ。支払いを滞ったことはなく、気前もいい。
 支払いを滞ることが多くなり、品物も品質が落ち始めたマトカに取って代わったといわれたら納得できる違いがある。
 それでも赤い雪(クラースヌィ・スニイェク)はロシア内かアメリカ内での活動が活発でヨーロッパではまだマトカの天下だ。それがイタリアで赤い雪(クラースヌィ・スニイェク)が活動をしている。それも煌和会(ファンフォフゥイ)に対してだ。
「面白くなりそうだな」
 武藍(ウーラン)には恨みはあるし報復するが誰かがやってくれるならその合間に工作する方が楽である。
  俐皇(りおう)はとりあえず寧野(しずの)が居るかどうかの確認が出来ないので見張りを立てていると、武藍(ウーラン)の屋敷で問題が発生した。
 山頂に用意した監視は、武藍(ウーラン)が救急車を呼んだというのだ。ロシア人はそれをうまく尾行して病院まで行った。
 入院したのはアジア人としか分からなかったが、ロシア人はそこから病院も見張りだし、内部にも入り込んでいる。狙いは入院したアジア人。
 そしてその見張りから、宝生耀(ほうしょう あき)が病院に入り込んだと情報を受けた。宝生耀(ほうしょう あき)が生きている姿を発見されるのは実に三ヶ月ぶりだ。何処で何をしていたのか、どういう理由でなのか、ロシア人、しかも赤い雪(クラースヌィ・スニイェク)と共闘しているというのだ。
 こうなると入院したアジア人は織部寧野(おりべ しずの)で確定した。
 どうして赤い雪(クラースヌィ・スニイェク)と宝生耀(ほうしょう あき)が繋がっていたのかは分からないが、金糸雀(ジンスーチュエ)狙いだという赤い雪(クラースヌィ・スニイェク)の動機は消えた。どう考えても別の目的で宝生耀(ほうしょう あき)と協力関係にあると思われる。それが何なのかは、予想すら出来ないがおいおい見えてくるだろう。
  織部寧野(おりべ しずの)は頭に怪我をして昏睡していたが、一週間ほどすると宝生耀(ほうしょう あき)が直接病院に織部寧野(おりべ しずの)の奪還に向かったという。
  そこで兼ねてから用意していた作戦を俐皇(りおう)は決行することにした。織部寧野(おりべ しずの)をこのまま武藍(ウーラン)に渡したままでは都合が悪い。それなら一応は宝生耀(ほうしょう あき)に戻した方が危険が格段に下がる。宝生耀(ほうしょう あき)とはいずれ決着をつけなければならないだろうが、それは今ではない。
  今回の宝生耀(ほうしょう あき)とのことは、織部寧野(おりべ しずの)に全て覆され、俐皇(りおう)が負けたようなものだ。あのとき、宝生耀(ほうしょう あき)を殺せなかったことが負け。宝生耀(ほうしょう あき)と戦っていたのに、いつの間にか織部寧野(おりべ しずの)と戦っていたことに気付いた時もまたさらに負けなのだ。
 仕切り直しでそれはやるとして、まずは武藍(ウーラン)だ。
  和青同(ワオチントン)を差し向けるなどして崩壊させた隠れ家の代償はかなり大きい。また織部寧野(おりべ しずの)に怪我をさせ、死に至らしめようとしたこともまた俐皇(りおう)の怒りに火をつけた。
 まず織部寧野(おりべ しずの)が奪われたことを武藍(ウーラン)に知らせてやる。彼らが逃げきれるかは不明だが、あのロシア人がついているなら突破は可能だろう。
 そして俐皇(りおう)は逃げ出した寧野(しずの)たちを見つける。てっきり騒動になる表側から逃げると思っていたが裏をかいたらしい。このまま何事もなく逃げ切るのだろうと思うと腹が立ってきた。
  狙撃二発で驚かしてやろうとしたら、寧野(しずの)に見つかったようだった。しっかりとした目がこちらを向いていた。
  意識はさきほど戻ったらしく、割と元気そうだった。口元がゆるんでしまうような微笑みが漏れた。
 そしてさらに九十九(つくも)のことを笑えなくなった。
  寧野(しずの)が目覚めていたことがこんなにも嬉しい。生きて再び動いている姿を見られたのはさらに嬉しくなったからだ。
  自分と同じ世界にいるけれど、決して自分のものにはならないもの。そうしたものがある。それが今回のことで学んだことだ。力があっても金があっても地位があっても叶わないこと。

  武藍(ウーラン)は寧野(しずの)が何者かに奪還されたという情報を聞いて病院までやってきた。混乱している武藍(ウーラン)だったが、俐皇(りおう)はおかしなことに気付いた。
「寧野(しずの)の安全を確保しろ」
  武藍(ウーラン)がそう言っているのだ。
  武藍(ウーラン)が寧野(しずの)をさらっていったのは、金糸雀(ジンスーチュエ)関係で需要があるかもしれないと思ったからかもしれないが、九十九(つくも)も言っていたがそういう種類の人間ではないという問題があった。
  あり得なくリスクの大きい金糸雀(ジンスーチュエ)の話に現実主義者である武藍(ウーラン)が首を突っ込むこと自体がおかしかった。
  もしかしなくても武藍(ウーラン)もまた金糸雀(ジンスーチュエ)に関係なく、織部寧野(おりべ しずの)が欲しかったと思っていいのだろうか。
  武藍(ウーラン)の身辺で結婚や婚約、愛人という話は最近は聞かない。昔は囲っている女性がいたらしいが死亡した。それ以来武藍(ウーラン)はそうしたものを排除し、強固な煌和会(ファンフォフゥイ)を築いた。前龍頭(ルンタウ)からの信頼は一番厚く、他の組織からも一目おかれていたくらいの切れ者だ。
  そんな人間が色に狂ったらどうなるか。
  見つめるだけで満足するなんてあり得ない。
  誰にも見せず篭の鳥として飼うだろう。
  織部寧野(おりべ しずの)がまさにそうして飼われていたなら、怪我をさせたのは武藍(ウーラン)ではないことになる。
  まさかと思いながら俐皇(りおう)は武藍(ウーラン)をスコープの中に捉える。たとえ武藍(ウーラン)が寧野(しずの)に怪我をさせたのではないにしろ、不用意に手を出したに違いないと思えたからだ。
  そして心臓を狙って撃つ。距離はさっき宝生耀(ほうしょう あき)を狙った距離より離れているためか、突風の影響を受けて武藍(ウーラン)の肩に当たった。さすがにプロの狙撃手ではないから、心臓を狙っても頭を狙ってもこれくらいの外れは出る。ただ武藍(ウーラン)に当たった後、もう一発撃つと側近の頭に当たる。
 これ以上は発砲できなかった。
 さきほど宝生耀(ほうしょう あき)などを狙撃したせいで、追っ手が付いた。ビルの屋上から逃げるのに部下を用意し、逃走させる。自分は階段を使って借りてある部屋に戻る。そのまま逃走すれば追われることになるので、逃走せずに一旦ビル内に潜伏することにする。
  ちょうど部屋からは病院がよく見え、部下が打ち込んだ機関銃や爆薬を仕込んだ車が煌和会(ファンフォフゥイ)の部下を巻き込んで爆発した惨状が伺える。入院患者を装った部下を使い病院内の情報を仕入れると、撃たれた武藍(ウーラン)は部下に連れられて病院を抜け出した。撃たれただけなら屋敷に戻れば医者はいるのだろうが、問題はその屋敷がもうないことだ。
 部下を使い武藍(ウーラン)が出た後の屋敷を襲撃させた。病院に着く頃に突入させ、一気に制圧。武藍(ウーラン)が部隊を連れて出ていたせいもあり、屋敷の中は簡単に制圧できた。
 だがその襲撃を前に、侵入者が煌和会(ファンフォフゥイ)の情報網であろうパソコンや機械を破壊していたという。
  これはきっとロシア人と連んでいた宝生耀(ほうしょう あき)の仕業だろう。徹底して金糸雀(ジンスーチュエ)関係の情報を消していたらしい。操れるパソコンは全てOSから初期化されており、復旧は難しいようだ。
  ここまで徹底的にやられたとして、果たして武藍(ウーラン)は赤い雪(クラースヌィ・スニイェク)の仕業だと思うだろうか。否、俐皇(りおう)のせいにされそうだ。
  武藍(ウーラン)が幾層にも重なった組織が同時に動いた結果、こうなったということに気付くだろうか?


  織部寧野(おりべ しずの)を何者かに連れ去られた武藍(ウーラン)は、寧野(しずの)の意識が回復していることに気付いた。病室に残されていた入院服は、ベッドの脇に丁寧におかれていた。もし寧野(しずの)が寝ていたまま着替えをさせたとしたら、服を丁寧に置く必要はないはずだ。これは寧野(しずの)が目が覚めて、自分で着替えたことになる。
  もしかしなくても寧野(しずの)を連れ去ったのではなく、寧野(しずの)を連れ戻しに来た人間がいたのではないだろうか。
  そうする必要がある人間は一人しかいない。
  宝生耀(ほうしょう あき)だ。
  この三ヶ月見つかることがなかった人間が武藍(ウーラン)に気取られることなく現れ寧野(しずの)を連れ去った。だがそう遠くへは行っていないはずだと、探させようとした時、肩に衝撃があった。
  当たった瞬間身体が吹っ飛び、床に倒れる。
  狙撃されたのだと気付いたのは、助けようとした部下の頭が打ち抜かれて目の前で倒れてからだ。
 逃げている相手が狙撃?
  これは違う?
  瞬時に宝生耀(ほうしょう あき)の狙撃ではないと思えた。
 宝生耀(ほうしょう あき)は織部寧野(おりべ しずの)を奪還できればそれでいいはず。武藍(ウーラン)を攻撃する理由が今のところない。
「武藍(ウーラン)様! ビルに狙撃手!」
  部下が叫んで武藍(ウーラン)を引きずるようにして廊下に逃げる。そのまま非常階段まで行き、階段を下りる。すると、外から爆音がした。駐車場に止めてあった部下の車の隣が爆破したという。
 病院は阿鼻叫喚で脱出する人間で混雑していたが、武藍(ウーラン)はなんとか脱出に成功した。
  いったい誰がこんなことをしたのだと考える。痛みは酷かったが、それ以上に頭が混乱していた。屋敷に戻ろうとすると屋敷から抜け出したという人間から部下に連絡が入る。
  屋敷が襲撃され、部下たちが殺されているというのだ。
  ここまでされて、初めて武藍(ウーラン)はこの手口を知っていると思い当たった。
  そう九十九朱明(つくも しゅめい)という爆弾使いのテロリストだ。やり方は似ている、しかし狙撃手を用意したり、確実に武藍(ウーラン)を殺そうとしたのが九十九(つくも)だとは思えなかった。
  だから似たことを平然とやりそうな人物は一人しかいない。
  真栄城俐皇(まえしろ りおう)だ。
  織部寧野(おりべ しずの)を目の前でかっさらったことへの報復なのだろうが、確実に宣戦布告だ。前回は九十九(つくも)に逆らえなかったのだろうが、今回は別だ。完全に九十九(つくも)の利害を度外視した行動だ。だが、これを九十九(つくも)に抗議しても笑われるだけだ。
 食うか食われるかで生きている黒社会に、攻撃したから謝罪しろとは通じない。まして先に攻撃をしかけたのは武藍(ウーラン)の方になる。俐皇(りおう)が反撃しただけだという証拠があの隠れ家にある。
  つまりこのことに対して俐皇(りおう)に抗議なんてしようものなら、武藍(ウーラン)どころか煌和会(ファンフォフゥイ)が世界中から笑い物になるということなのだ。
  しかも支部を占拠されるなど、泥に泥をかぶせられている。
  俐皇(りおう)にしてやったりと思っていたが、その数倍以上のダメージを与えられた。はっきり言って屈辱である。
  織部寧野(おりべ しずの)を奪われたことなど些細なことだと思えるほど、武藍(ウーラン)は俐皇(りおう)を恨んだ。
  ただ織部寧野(おりべ しずの)を諦めたわけではない。この人物に関しても俐皇(りおう)と決着をつけた上で宝生耀(ほうしょう あき)から奪い返さないといけないわけだ。
  回りくどくなるがそれでも先に俐皇(りおう)を潰さないと気が済まない。
「おのれ……真栄城俐皇(まえしろ りおう)……この借り、大きいぞ」
  破壊された支部は破棄するしかない。占拠されはしたが、所詮支部だ。織部寧野(おりべ しずの)に関しての情報がたんまりとあったが、それは俐皇(りおう)も知っているだろう。だから損失はない。
  むしろ織部寧野(おりべ しずの)に関する情報はばらまいてくれた方がありがたい。
  あれに金糸雀(ジンスーチュエ)としての価値が一切ないという証拠をそのまま使ってくれれば、織部寧野(おりべ しずの)を手に入れやすくなる。他の組織と対立して抗争したりする必要もなくなる。
  いつかまた手に入れる。
  あれはガラスの中にいても美しかった。
  武藍(ウーラン)は怪我を治すことが出来ないまま、自家用の飛行機でイタリアを脱出した。


  イタリア政府はこの事件をマフィアの抗争と断定。
  煌和会(ファンフォフゥイ)と謎の組織による抗争で、一般人の死者は10名。煌和会(ファンフォフゥイ)の会員の死者は20名にも及んだとされる。
  謎の組織についての情報はあかされなかったが、煌和会(ファンフォフゥイ)に喧嘩をふっかけたのが九十九(つくも)に似た何か異質な生き物であることは感じていた。
  無名で九十九(つくも)の手下だと思われていた真栄城俐皇(まえしろ りおう)のデビューと言っても過言ではない。だがそのことを知っていたのは煌和会(ファンフォフゥイ)と宝生耀(ほうしょう あき)とヴァルカだけである。