novel

spiralling-34

 スイスの別荘にたどり着いたのは事件から一日経った次の日の深夜だった。用心に用心を重ねて移動した為、通常より時間がかかってしまっていた。それでも追跡や妨害は一切なく、どうやら逃げ切れたと判断できたのは国境を越えたあたりからだ。
 車を何度も変え移動をし、その間にお互い、離れている間に仕入れた情報を話す。耀(あき)の情報は後でもどうでもなるだろうが、寧野(しずの)が仕入れた情報は貴重だった。
 俐皇(りおう)についてはそれなりに調べがつくものだったが、九十九(つくも)との関係性がはっきりとした。会話の内容から九十九(つくも)が煌和会(ファンフォフゥイ)とそもそも繋がっていたことも分かったが、今回の俐皇(りおう)の行動でそれもどうなるか不明になった。
 それでも煌和会(ファンフォフゥイ)と繋がりがあり、嵯峨根会(さがねかい)の名誉顧問に九十九朱明(つくも しゅめい)の名前を乗せられたことも当の本人は気にしてはいないようだったという。
 それもそのはずで、俐皇(りおう)と九十九(つくも)が繋がっているなら、九十九(つくも)の影を感じさせずに実は繋がっているという、誰も想像していなかった事情が出てきたわけだ。
 だがそれも今後どうなるか分からない。俐皇(りおう)は日本で指名手配のように扱われ、殺人容疑の被疑者として扱われているようだった。そして一旦日本に戻った俐皇(りおう)は、一家には顔を出さずにまた出国していたらしい。
 今度は自分のパスポートを使わなかったらしく、警察は俐皇(りおう)が出国していることを把握していなかった。元々偽名を使って商売をしていた形跡があり、そのときのパスポートを使っているのだろう。
「形式上日本にいることにして、裏で動きたかったのは、武藍(ウーラン)に対して宣戦布告するためだったんだろうが、武藍(ウーラン)は俐皇(りおう)のことを軽視していた。それで動きを把握できてなかったということだろうな。俺のことも同様だろう」
 耀(あき)がそう分析する。
 俐皇(りおう)が九十九(つくも)の意志に反しての行動に出るなんて出来るわけがないと武藍(ウーラン)が思っていたからこそ成功した攻撃であるが、これから俐皇(りおう)と武藍(ウーラン)は抗争対立が必至で、ヨーロッパは荒れるだろう。
 さらに俐皇(りおう)を追っているのは、このロシア人も同じだった。赤い雪(クラースヌィ・スニイェク)という組織の人間であることはやっと説明してもらった寧野(しずの)である。
 時期首領だと言われているヴァルカは、俐皇(りおう)の母親青良(せいら)の親戚だという。その親戚が俐皇(りおう)を殺すために動いていると聞いて、寧野(しずの)はすぐに察した。
 億伎(おき)から聞いた話であるが、俐皇(りおう)は自分の両親を殺した疑いが高いという。どういう経緯で殺害に至ったのかは分からないが、俐皇(りおう)はその事件の犯人として母親の一族から追われているようだ。
 今まで殺されなかったのは、その証拠がなかったから。
 イタリアの屋敷の放火犯などいないというのが警察の発表だったが、酷く恨まれていたというから誰かが殺したことは間違いなかった。
 ヴァルカたちは犯人探しをしていたが、とうとう犯人が分かった。それが真栄城俐皇(まえしろ りおう)で身内であることに関しては、ヴァルカは殺害に関して抵抗はないそうだった。
 親殺しは大罪である。生かしておいてはダメだというのだ。
「今のところ寧野(しずの)を奪還したことに関しては、武藍(ウーラン)に悟られても、問題はない。幸いなのは、屋敷で奪った情報だが俐皇(りおう)がしたことになっていることだろう。俐皇(りおう)には気付かれているかもしれないが、金糸雀(ジンスーチュエ)関係の情報を削除しておいたから他に何を抜き出したのか分からないってことだな」
 そういう話をしていたが、次第に寧野(しずの)が疲れから眠りだした。耀(あき)が寧野(しずの)の頭を膝に乗せて本格的に寝かせ始める。
 実際今日目覚めたばかりで、急激な運動をさせられ長時間車で移動だ。いくら元気だとはいえ、一週間寝たきりだった寧野(しずの)には限界がきていた。
 すぐに耀(あき)の膝で寝始めた寧野(しずの)を耀(あき)は微笑んで頭を撫でてやる。すると気持ちよさそうに息をして微笑みながら寝ている。
 やっと戻ってきたと実感できる重さを膝に感じて耀(あき)はホッとすると同時に、寧野(しずの)にかけた負担の大きさを思うと喜んでばかりもいられない。
 着替えていたときぱっとみた感じでは、武藍(ウーラン)は寧野(しずの)を陵辱することに興味はなかったらしい。ヴァルカの前で寧野(しずの)のつらい体験を話させるのはよくないと思い聞かずにいたが、その全てを受け入れてやらなければならないだろう。
 寧野(しずの)がそうなったのは、耀(あき)が不覚をとったからで、自分さえきちんとしていれば寧野(しずの)がこんな行動をする必要はなかったことだ。
 かなりの負担をかけた自覚が大きくあるだけに、寝起きとはいえ元気にしている寧野(しずの)を見ると心の傷は何処までも大きいのだと思えた。
 寧野(しずの)が寝たまま山荘にたどり着き、駆け寄ってきた億伎(おき)や九猪(くい)が寧野(しずの)の無事を見てほっと息を吐く。彼らこそ寧野(しずの)を送り出すしかなかった自分たちの力のなさを実感していただろう。
「寝ているだけだから気にするな」
 ベッドまで運び寝かせて来ているものを軽く脱がす。
 そうするとさすがに寧野(しずの)もふっと目を覚ます。
「……っ」
 目を開けた瞬間、寧野(しずの)の顔が驚きに変わり、服を脱がせていた耀(あき)の手を振り払った。そしてベッドの端まで逃げてから、やっと目の前にいるのが耀(あき)だと気付いた。
「……ご、ごめん……混乱して……」
 泣きそうな顔で謝られてしまい、耀(あき)は自分が不用意なことをしたのだと気付いた。
「俺も悪かった」
  耀(あき)はそう言うと振り払って逃げた寧野(しずの)を追わずに、その場にあった椅子に座った。
 寧野(しずの)が混乱した理由を口にし出す。
「……頭を打って入院した理由が、寝ている時に武藍(ウーラン)のメイドが襲ってきて……それで抵抗している間に頭を打ったからで、耀(あき)を嫌がったわけじゃない」
 その時の恐怖が酷く残っているのだろう。説明している間も思い出してもおぞましいというような表情だった。それでも耀(あき)の手を振り払ったことは何よりも寧野(しずの)にダメージを与えているようだった。
「耀(あき)……」
 ベッドの端で泣きそうな寧野(しずの)が手を伸ばして耀(あき)を呼ぶ。きっと夢だったらどうしよう、これが現実じゃないなんてことになったら本当に狂いそうなほど寧野(しずの)は追いつめられていた。
「何を怖がっている、俺はここにいる」
 耀(あき)が近づいて寧野(しずの)の手を取る。そして力強く抱き寄せて胸の中に顔を埋めてやる。
「本物だよね。本当に夢じゃないよね」
「お前こそ、夢じゃないよな?」
 同じことを返す耀(あき)に寧野(しずの)は驚いたように耀(あき)の顔を見上げた。
「俺もお前を夢で何回も抱きしめた。目が覚めて現実はそうじゃないと分かって失望したことは何度もある」
 耀(あき)の言葉に寧野(しずの)は頭を上下して頷く。同じこと何度も繰り返していたのは寧野(しずの)もだった。けれど、耀(あき)も同じような体験をしていたことは、寧野(しずの)には嬉しいことだった。
「俺はここにいる。耀(あき)の側にいる」
「なら俺も寧野(しずの)の側にいる」
 耀(あき)はそう言って寧野(しずの)に口づけをする。優しくついばむだけであるがそれでも三ヶ月も離れていたから、十分だと言えた。
「おかえり、寧野(しずの)」
 そう言うと寧野(しずの)はにこりと笑ったあと。
「側にいてね……耀(あき)……」
 そう言って眠っていった。
 ずっと気を張った生活をしていて、あげくうっかり眠ったがために襲われたとなれば、警戒心が消えるわけがない。それでも寧野(しずの)は生きていてくれた。
 狂いそうな時間を長く過ごしていたのに、壊れることなく正気のまま、さらに強くなってくれていた。それがどれだけの努力でなされていたのか、耀(あき)の想像を遙かに越える事態だ。
「寧野(しずの)、お前が生きていてくれただけで俺は泣けるほど嬉しいんだ」
 耀(あき)はそう言って寧野(しずの)をもう一度抱きしめ、ベッドに寝かせる。今度は服をそのままにしておいて、枕代わりに自分の膝に寧野(しずの)の頭を乗せた。
 気になっているであろう九猪(くい)と億伎(おき)を呼ぶ。寧野(しずの)が寝ているのを気にした様子でやってきたが、今暢気に耀(あき)が寝ている時間はない。
 ヴァルカに聞かせられない情報交換をここでやる。
 ヴァルカは別の棟でシーニィと再会しているだろう。寂しい思いをしていたのはシーニィも同じで今手を離せないだろう。
「寧野(しずの)さんの眠りを邪魔してしまうのでは?」
 ここで話し合いをするという耀(あき)に九猪(くい)が気を使うが耀(あき)は構わないという。むしろ離れた方が寧野(しずの)を余計にパニックにさせると説明する。
「うるさくしても構わない。寧野(しずの)がそうしてくれと言っていたから」
 耀(あき)が寧野(しずの)の側を離れられないなら、耀(あき)がすることは全て寧野(しずの)の側でしなければならない。それを寧野(しずの)は分かっていて、それでも側にいてくれと言った。九猪(くい)や億伎(おき)を信用しているから言えることでもあるが、それくらいに一人になるのが嫌なのだ。
「分かりました」
 寧野(しずの)がそう言うのであれば九猪(くい)や億伎(おき)が気にするだけ無駄である。
「志智(しち)老人からの情報で、九十九朱明(つくも しゅめい)が動き出したそうです」
「俐皇(りおう)のことと関係があるんだろう」
「ええ、本日、嵯峨根会(さがねかい)へ勝手に名前を並べ立てたことへの報復があり、副会長吉徳渉洋(よしとく しょうよう)が銃殺されました」
 その報告を聞いて耀(あき)は首を傾げる。
「銃殺? 爆破殺人ではなく?」
「ええ、銃殺です。ただ犯行声明が九十九朱明(つくも しゅめい)と書いてあるだけのものですけど」
「警察が本気にするわけがないものだな」
「ええ、名前を書くだけでいいわけですから、パソコンで」
 九猪(くい)も皮肉たっぷりに頷いて言う。
「どうやら嵯峨根会(さがねかい)には九十九朱明(つくも しゅめい)に付け入る隙を与える気はないようです。秋篠(あきしの)理事長の思惑とははずれているようですけど」
 秋篠(あきしの)理事長が実質嵯峨根会(さがねかい)のトップであることはヤクザの世界では常識だ。会長へ都寺冬哩(つうす とうり)を押したのは、ただの外見上の問題だけだ。一介の組長が理事長になっただけでも問題がある人事なのに、実績があまりない秋篠(あきしの)が嵯峨根会(さがねかい)のトップになるより、息子である冬哩(とうり)がなった方がまだ説得力があったからに他ならない。
 だから飾りであっても形さえどうにかなればいいと思っていたようだ。ただ秋篠啓悟(あきしの けいご)は都寺冬哩(つうす とうり)に対して思うところがあり、トップにつけたように思うが、本当のところは本人にしか分からない。
「都寺(つうす)会長が横やりを入れているにしても、的確な情報筋を持っていることになるが、そっちの方はどうだ?」
「都寺冬哩(つうす とうり)の周りを調べた結果ですが、音羽(おとわ)老人が調べてくれました。冬哩(とうり)の愛人で西野亜矢子という女がいるのですが、冬哩(とうり)は最近この愛人に入れ込んでいて暇があれば愛人宅に出入りしているようです。そしてこの西野亜矢子なのですが、本人が言っていたことを合わせると、東京のキャバクラで出会ったとのこと。出身は沖縄と本人は言っていたようですが、西野亜矢子という名前も本名なのか怪しいもので、音羽(おとわ)老人が沖縄の中学高校の卒業者を調べたのですが西野亜矢子の名前は存在せず、偽名で確定でしょう。ですが沖縄出身と言って詳しかったことから本当に沖縄出身なのだと確定してさらに調べたところ、亜矢子の免許証を見たという同僚が名前が読めない漢字の名字と名前は弓弦(ゆづる)だったことが分かりました」
 ここまで調べられるのは音羽(おとわ)が使っている組織がヤクザの組織ではなく、探偵や情報屋を束ねた組織を持っていることに関係する。警察が調べられない事件でも音羽(おとわ)は簡単にたどり着けたりする。
「弓弦(ゆづる)の名字が真境名(まじきな)なら、光藍(こうらん)の手先になるわけだが」
 耀(あき)がため息と共に呆れたように言った。
「俐皇(りおう)がダメだったので、弓弦(ゆづる)を使ったわけですね」
 西野亜矢子の本名が真境名(まじきな)弓弦(ゆづる)だった場合、弓弦(ゆづる)の母親は亜矢子で亜矢子は織部寧野(おりべ しずの)の母親、茅乃(かやの)と姉妹である。ただ亜矢子と茅乃(かやの)は父親違いであることが分かっている。
 だが二人を生んだ母親であるるみ子は、フランスに渡る前に妊娠しており出産はフランスで行った。そしてロシア人とつき合って、茅乃(かやの)を出産しているわけで、父親違いである。両方の父親についてるみ子は口にだしたことはないが、問題はそのるみ子と光藍(こうらん)の仲だ。音羽(おとわ)の話では、二人は恋仲のような関係であったとされ、子供が出来た時に刀藍(とうらん)に遠ざけられたのではないかという話があるのだという。
 耀(あき)はその話の辻褄があってしまうのが西野亜矢子こと、真境名(まじきな)弓弦(ゆづる)の行動にあるのだという。
 真境名亜矢子(まじきな あやこ)は現高嶺会(たかみねかい)会長、古我知才門(こがち さいもん)と内縁関係にある時に子供を二人生んでいる。
 つまり光藍(こうらん)が亜矢子の父親なら、弓弦(ゆづる)は孫にあたり、何かしら援助を受けていると思われる。膨大な情報量の出所は案外光藍(こうらん)である可能性もある。
 なぜ光藍(こうらん)が嵯峨根会(さがねかい)に何度も手を出そうとしているのかは分かる。沖縄という特殊環境を制圧しても満足は出来ない。本土を制圧してこそのヤクザ。その一歩を踏み出すのに苦労をして息子に高岸一家から嫁を取らせたのだろう。
 だが嫁に来た藤子が光藍(こうらん)の考えを最初から分かっていたかのように、安里(あんり)を説得し味方にしたのだろう。藤子が使えない以上、次を狙っていたところ俐皇(りおう)が転がり込んできた。
 さっそく俐皇(りおう)を嵯峨根会(さがねかい)に潜り込ませるために高岸一家に俐皇(りおう)が行かざるを得ない状況を作った。
 けれどここでも誤算である。俐皇(りおう)の容姿が問題となり、どうあがいても幹部にはなれなかった。
 そこで飾りである冬哩(とうり)に目を付けて弓弦(ゆづる)を送り込んだとすれば、俐皇(りおう)が捨てられそうになっている今でも光藍(こうらん)が何もしない理由が成立する。
 光藍(こうらん)は手っ取り早い方法で嵯峨根会(さがねかい)を乗っ取るつもりなのだ。
 だがそれは耀(あき)にとっては今のところどうでもいい情報でもある。経緯が分かっていれば対処が出来るというだけであるが、問題は寧野(しずの)も真栄城(まえしろ)家とは繋がっていることだ。
 そして寧野(しずの)の実家はどっぷりと光藍(こうらん)と繋がっている。寧野(しずの)がどう思っているのかはっきり聞いたわけではないが、本人が拒絶をしても巻き込まれることはあるわけだ。
 弓弦(ゆづる)が関係していて困る問題は、久山元組長が首を突っ込んだ事件だ。冬哩(とうり)が証人である植野千代を殺せと言っている以上、一緒に行動している久山も狙われている。
 元々中古船関係で助言をして、火浦(ひうら)の妻を助けようとしたことが原因ではあるが、それが俐皇(りおう)と繋がっていて邪魔をした結果になろうとは、久山とて予想は出来なかっただろう。
 その結果、権利関係の売買が決着し、裁判で勝訴したが、その代金分損をしたことに嵯峨根会(さがねかい)が腹を立てて久山を殺そうとしている。
 久山一人ならばやり過ごせるであろうが、証人の植野千代の安全まで一生面倒を見るわけにはいかない。どこかで証人として警察に差し出してしまわないといけないわけだが、やっと俐皇(りおう)が九十九(つくも)と繋がっていることや、嵯峨根会(さがねかい)の幹部が関わっている可能性について模索し始めた警察では保護を願い出ても逆に植野千代の居場所を特定させ、殺害させる機会をみすみす与えてしまうだけになってしまう。
 組長代理としては嵯峨根潰しに植野千代はとっておいておきたいものだったようで、志智(しち)はその協力をしている流れで久山を使ったと思われる。
 怪物同士がどういう思惑でこの事件に首を突っ込んでいるのか不思議だったが、餌なしで九十九(つくも)が釣れるかもしれないのなら、一応やってみようという感覚なのだろうか。
 その過程で俐皇(りおう)が潰されそうになっている。
 組長代理ならもっと手早く潰すことが出来るかもしれないが、これは内部分裂である。そこに警察まで絡んでくるとなると、九十九(つくも)は一足先に逃げ出しているだろう。元々そこまで深く関わっているわけでもなかったようであるし、後継であろう俐皇(りおう)に任せていた部分もあるからだ。
「煌和会(ファンフォフゥイ)はどうだ?」
 俐皇(りおう)に顔に泥を塗られた形になった煌和会(ファンフォフゥイ)は敗走したわけであるが、情報では武藍(ウーラン)が撃たれたと言う。
「狙撃手が武藍(ウーラン)の肩を撃って怪我をさせたことは間違いないのですが、入院先などは不明。私たちが先に荒らした後を俐皇(りおう)の集団が徹底的に荒らしたために破棄して、行方は不明です。きっと本部に戻ったのではないでしょうか。本部が騒がしかったという情報もありますから」
「しばらく武藍(ウーラン)は俐皇(りおう)との抗争で忙しくなりそうだな。俐皇(りおう)は俐皇(りおう)で三つの組織から追われる羽目になったわけだが」
「幸いなことに、耀(あき)様の方はしばらく休憩が出来そうですね」
 今までが今までだっただけにしばしの休息は欲しいところだ。疲れ切った寧野(しずの)を癒す時間は必要だ。
 耀(あき)は宝生組(ほうしょう)から破門され、二度と戻れなくなったわけだが、怪我を治す間、新しい組織をいくつか立ち上げ、元から持っていた組織を繋ぎ合わせて会社を作った。
  白鬼(なきり)というグループであるが、トップが宝生耀(ほうしょう あき)ということ以外はオープンだ。ヤクザのフロント企業でもないわけで、各社長は耀(あき)の知り合いばかりで気心しれる。
  一ヶ月前から順調に動き出している。主に輸入や金融、不動産と元々あったフロント企業を白鬼(なきり)に統合した形でもある。もちろん切り離したままの企業もあるが、ほぼ耀(あき)が会長として君臨している。
「そうは言っても放っておいてくれない輩もいるんだろうな」
 その後、俐皇(りおう)の行方も探したがこちらも行方をくらませたままだった。武藍(ウーラン)に報復と宣戦布告をして消えた。
  本格的に地下活動に入るのだろう。
  織部寧野(おりべ しずの)と関わった人間の運命は変わった。耀(あき)は裏社会からさらに深い裏社会へ、俐皇(りおう)は九十九(つくも)から独り立ちして、世界を相手に生きていくことを決めた。武藍(ウーラン)はさらなる闇へと堕ち、龍頭(ルンタウ)としてどうなるのか。
  だが今は皆、休息が必要だった。

  九猪(くい)や億伎(おき)と当面のことを話し合い、今夜の会議は終わった。明日はまたヴァルカとのことやシーニィのこともある。
  そしてまだ九猪(くい)や億伎(おき)たちに話していないこともある。それは病院で目覚めた寧野(しずの)の異変だ。
  シーニィが言っていたが、寧野(しずの)に何かが起きているという。その片鱗は、病院の地下で寧野(しずの)が言った2番出口のことだ。あそこから表で出ていたら俐皇(りおう)が仕掛けた爆破で死んでいたかもしれないというのだ。
  最初に囮で出た部下は、抜けた先で合流することなく殺されていた。これも俐皇(りおう)の仕業だ。俐皇(りおう)も同じく寧野(しずの)奪還を目的として病院にスパイを入れていた。耀(あき)が来ることも分かっていたため、爆破で巻き込んでまた寧野(しずの)を奪還というシナリオだったかもしれないという。
 だが寧野(しずの)の機転で俐皇(りおう)の遊びの狙撃だけで済んだ。
 それは問題ではない。問題なのは、寧野(しずの)に金糸雀(ジンスーチュエ)としての力が芽生え始めているということだ。
 最初から答えは用意されていたが皆がみなかったこと。金糸雀(ジンスーチュエ)は数字に強いということ。それは超能力じみた予測を越える能力で自分の生きる道を模索することが出来る能力だ。
 ただ金の流れをみるのも自分の為であるため有効だった。
 けれど、寧野(しずの)はそれが必要ではなかったから目覚めたようには見えなかった。金糸雀(ジンスーチュエ)の能力は生きている人間を渡り歩くような特徴があるようで、シーニィが力を失ったのは寧野(しずの)が武藍(ウーラン)に監禁されている間に襲われて怪我をした後だ。力が必要だと寧野(しずの)が望んだのか、呼んだのか。金糸雀(ジンスーチュエ)の力は反応した。
 一つの時代に金糸雀(ジンスーチュエ)は一人しかいない。シーニィが力を失えば、他に金糸雀(ジンスーチュエ)がいることになる。
  寧野(しずの)が金糸雀(ジンスーチュエ)として目覚める前にシーニィの方に力が目覚め、寧野(しずの)は金糸雀(ジンスーチュエ)にならずにすんでいた。けれどそれがこの事件で翻った。
 幸いだと思っていいのか、耀(あき)の手に戻ってきた時に、金糸雀(ジンスーチュエ)である症状が出たことだ。武藍(ウーラン)や俐皇(りおう)のところでこんなことがおこっていたら、寧野(しずの)はこんなに簡単に耀(あき)の手に戻ってはこなかっただろう。
 力なんていらないと耀(あき)が願っても、力は生まれた。だから、それと寧野(しずの)が上手く向き合っていけるかが問題だ。
  あれだけ拒否を続けた能力を受け入れられるのだろうか。父親を殺され、そして自分の運命さえも変えてしまった最大最凶の金糸雀(ジンスーチュエ)を。
「お前が何でも俺は愛しているんだけどな」
 寧野(しずの)を愛していると思ったのは、手放した時。手に入れるのも愛だが、手放してやるのも愛だと分かった。相手のために何処までも自分を不幸に出来るのは、叔父に似たせいだと言われた。
 けれど再度手に入れたら、あの悲痛さを味わいたくなくて、必死に守った。だが叔父のようにはいかない。寧野(しずの)の背景は響以上に複雑で世界が広かった。隠れるように隠しても、周りが放っておいてくれない。
 稀少な故の運命。
 生きるために失うものが多くなる。
  それでも寧野(しずの)は戦うことを選んだ。耀(あき)の隣に立って対等に物を見て考えるそんな立場になった。
 あの九猪(くい)が惚れ惚れとしたように誉めていた。
  怒りで考え方が鋭く変わり、乱暴でありながら計算的に打算ありで動く。耀(あき)とは違い冷静に見えないのに、酷く冷静なのだという。
 それがこの三ヶ月で壊れていないといい。
 今更引き返せないのだ。ここで崩れてもらっては困る。
  お願いだから失望させないでくれ。
  耀(あき)はそう願うしかなかった。

 

  次の日は寧野(しずの)はただ眠って過ごした。
  耀(あき)も同じく寧野(しずの)に付き合い休暇を楽しんだ。
 そんな二人。
「あっ……あっあっ!」
  激しく叩きつけられる腰に合わせて揺れる身体に寧野(しずの)はただ身を任せた。望んで抱かれることはこんなにも心地いいものだと実感する。それが嬉しくて耀(あき)に何度も好きだと伝えた。
「んっあ!」
  吐き出す物がなくなっても何度でも達するのは止められない。
  耀(あき)が体中にキスをして新しく跡を残していく。陵辱された跡は消えていたが、それでも上書きをしてくれる耀(あき)に寧野(しずの)は感謝した。
「はっはっ……あぁ」
  ヌルリと出ていくペニスを残念そうに寧野(しずの)が見るのだが、耀(あき)は呆れたように笑っている。
  どん欲なことは嬉しいが、ここまで求められるのは初めてだった。怖い記憶が邪魔をするかと思えば、そうではなく、ただひたすら耀(あき)を求めた。
  耀(あき)は起きあがると側にあるペットボトルの水を飲み、それを寧野(しずの)にも与える。こうしないと寧野(しずの)は自分が疲れていることすら忘れてしまう。
  何もかも忘れてただひたすら耀(あき)を求めていたいという時間だから、仕方がないのかも知れないが、重傷だと言えた。普段は耀(あき)の方が振り回しているのだが、今回だけは違った。無駄に体力を付けていた寧野(しずの)は耀(あき)以上に貪欲だった。
  足りなかったモノを埋めるように確かめるように耀(あき)の身体にキスをしていく。それに煽られるように寧野(しずの)を耀(あき)が押し倒す。深くキスをして獣のように求め合う。
「耀(あき)……耀(あき)……好き、愛している」
  甘い声で繰り返す言葉は離れている間に重みを増した。
  ただそのためだけに生きていると言っても過言ではなかった。
  耀(あき)はそれを全て受け止める。そうしなければ寧野(しずの)は壊れてしまう。求めれば与えて、さらに求め返してと繰り返し続けるセックスが寧野(しずの)には必要だった。
  あの陵辱をなかったことにはできないが、そんな寧野(しずの)でも耀(あき)が抱けないと言わないことだけが、心の支えだ。それが耀(あき)の失態から起こったことなら耀(あき)が受け止めるしかないことである。
  たとえ愛の間に確認する行為があっても今は仕方ないことだった。
  これで寧野(しずの)が立ち直るなら、耀(あき)はそれに付き合う。絶対に隣に立って欲しいから。選んだ道から逃げて欲しくないから。
  次に真栄城俐皇(まえしろ りおう)の前に立った時、寧野(しずの)がちゃんと戦えるように。
「寧野(しずの)愛してる。お前だけ愛してる」
  何度も繰り返した言葉でも、口にするだけ寧野(しずの)が安心していくのが分かる。だから耀(あき)は繰り返した。
「愛してる」
  飽くことなく繰り返した。