novel

spiralling-38

 嵯峨根会(さがねかい)会長暗殺事件や騒動から数ヶ月。
 宝生耀(ほうしょう あき)が宝生組(ほうしょう)から破門されて半年が過ぎた。
 本家の屋敷に新しく住居を造り、当面の寧野(しずの)の安全を確保していた。本来の新居にはたまに戻ってみるものの、たまにガラスが割られていたりする。
 寧野(しずの)を狙った犯行なのか、それとも耀(あき)を狙ったものなのか分からないが、寧野(しずの)を一人になる環境に置くことは当面むちゃなことだった。
 その寧野(しずの)はすっかり本家の雰囲気になれ、本家の人間との交流も順調であった。元気に動き回る姿に屋敷のものは振り回されている。圧倒的な強さで支配するのではなく、気配りや親しさで慕われていくのが寧野(しずの)のやり方なのだろう。耀(あき)はとやかく言わずに寧野(しずの)の好きにさせてやった。
 本人が望んでやりたいことをやっているだけなのだから。
 仕事を開始してから耀(あき)は会長業の仕事をこなす。社長業ほどの仕事の多さはなく、前よりは楽になった。時間も作れるようになって日中家にいることもある。
 そんな耀(あき)には志智(しち)や音羽(おとわ)老人などがついて今後の白鬼(なきり)というグループの方針を決めていく。耀(あき)が会長ではあるが、当然老人たちも関わっている。表だって名前は出さないが、取締役としての役割も兼ねている。
「嵯峨根会(さがねかい)も都寺朋詩(つうす ともし)が会長になって強固になりましたな」
 雑談の中で志智(しち)がそう言った。
「もともと素質は十分でしょう、あれは秋篠(あきしの)のところで同じように育ったとききます」
 音羽(おとわ)がそう言った。
 秋篠一家で育った朋詩(ともし)は、啓悟と同じ英才教育を受けていたという。その成果は十分出ている。都寺(つうす)の家で育っていたらとてもじゃないが受けられないような教育だっただろう。
「真境名(まじきな)の弓弦(ゆづる)の遺体をはやが引き取りにきたそうですよ」
 そういえばと思い出したように音羽(おとわ)が言う。西野亜矢子こと真境名(まじきな)弓弦(ゆづる)は、本名が分かるまでに一週間かかった。そこから遺体の受け取りの連絡を真境名(まじきな)家にしたところ、すぐには受け取らなかったという。
 その事情に真栄城(まえしろ)光藍(こうらん)が倒れたというのだ。何があったのか分からないが、目覚めた時には「俐皇(りおう)が来る」と何度もつぶやいていたという。俐皇(りおう)がなんなのか聞いても答えてはくれず、弓弦(ゆづる)が冬哩(とうり)と同じような殺され方をしたと聞いてさらに震え上がったのだという。
 あれほどの怖いもの知らずを怖がらせるほどのことを俐皇(りおう)がしたのだろうが、プライドもあってか光藍(こうらん)は黙りで何も言わなかったらしい。その騒動が落ち着いてから、はやが遺骨になった弓弦(ゆづる)を引き取った。弓弦(ゆづる)の母親はすでに死んでいてた上に、祖母のるみ子は亜矢子を嫌っていたため、引き取るのを拒否した。仕方なく、曾祖母のはやにまで連絡がいき、引き取ることになったのだという。
 さすがに死んだ人間の骨すらも拾えないということはなく、母親の亜矢子と同じ墓に埋葬された。
 認知はしてないとはいえ、娘が死んだことに古我知才門(こがち さいもん)は何の関心も示さず、弟紫苑も自業自得だと言い放ったという。
 家を出た人間に容赦はないらしい。
 結局、弓弦(ゆづる)が何のために冬哩(とうり)に近づいたのか分からないままだが、光藍(こうらん)の混乱から嵯峨根会(さがねかい)乗っ取りの片棒を担いでいたのだろう。
 そして殺された。
 都寺冬哩(つうす とうり)が殺されて、愛人の弓弦(ゆづる)が殺されたことで、耀(あき)たちにはこれが俐皇(りおう)の仕業であろうと予想がついた。
 光藍(こうらん)にまで忠告をしていったようで、これで高嶺会(たかみねかい)の嵯峨根会(さがねかい)への工作はなくなったと思われる。
「南の光も、凶悪なモノには叶いますまい。命が惜しくなる年でしょうし」
 音羽(おとわ)がそう茶化す。
 俐皇(りおう)という怪物に変身した人間を引退したヤクザが使おうなど身のほどを考えろということらしい。確かに昔の光藍(こうらん)は強かったかもしれないが、今は時代遅れで力が及ばないところも出てきている。それを俐皇(りおう)に釘刺されたのか大人しくなっているのが証拠。
 ロシアのマトカとの繋がりも年々無くなっていっており、才門(さいもん)が会長をやめるころには、宝生組(ほうしょう)に取引の場を取られてしまっているであろう。
「だが妙なモノを育ててしまいましたね……あれは根が深く凶悪よ」
 音羽(おとわ)がそう言ったのは真栄城俐皇(まえしろ りおう)のことだ。ただでさえおかしなやつであったが、寧野(しずの)の監禁後から化けの皮をはがしたような成長を見せた。
 煌和会(ファンフォフゥイ)との抗争の末、俐皇(りおう)は武藍(ウーラン)を黙らせ、煌和会(ファンフォフゥイ)をイタリアから追い出した。さらにデル・グロッソを一掃し、そこにクトータと呼ばれるマフィアをなだれ込ませた。
 今やイタリアはクトータにデル・グロッソの縄張りを乗っ取られ、マフィアに関わっていた人間が消されている。あの事件に関わった人間も消されていて真相は闇の中となっている。
 今更耀(あき)が宝生組(ほうしょう)組長宝生楸(ほうしょう ひさぎ)に渡した資料は、あまり役には立たないだろう。けれどあれは寧野(しずの)の身の危険を回避するのに使えたし、黒川がマトカの首領ユージンという人物に渡したことで、俐皇(りおう)が犯人であることは暗黙の了解となっている。ただ世間一般の逮捕という刑を下すには証拠がなさ過ぎた。
「結局、オレの報復はまだ出来てないからな」
 肋骨を折られた報復はしていないままだがこの先、同じ世界にいるのだからいつか借りを返すことも出来るだろう。
 あいつがあのまま寧野(しずの)を諦めたとは思えない。今のところ愁傷に浸って大人しくしているだろうが、九十九(つくも)のように大人しくしているかは分からない。
 ただ寧野(しずの)を陥落出来なかったことで思うところがあるのかどうかというところだ。
「宝生組(ほうしょう)も内部の膿は出ましたし、潜んでいるウジも把握できたようで、あなた様の犠牲はそれなりの効果かと」
「犠牲というな。何があったにせよ二ヶ月も行方不明で義理を欠いたことは間違いないんだからな」
 耀(あき)はそのことに関して楸(ひさぎ)に話にいこうとした。経緯の説明もしたかったのだが、楸(ひさぎ)は破門というのは組社会では大きなことで、今更耀(あき)が指を切ろうがどうしようが撤回されることがないほどのこと。それを出した組長が耀(あき)の処遇改善などすれば、破門が実は耀(あき)を自由にするための茶番だったことがバレかねない。だから説明はいらないし、義理を返す必要もないと言うのだ。
 普通のヤクザ関係者が破門されると、どのヤクザの世界にも戻れないのが通常だ。たまに茶番で破門しては杯を交わして元に戻ったりもすることもある。だが今回はそれではだめなのだ。やっと耀(あき)を自由にしてやれる絶好の機会。
 組長代理が組長になりたいから若頭を破門したなんて言わせておけばいいというのだ。破門に関して組内では今更耀(あき)に押しつけた責任をなかったことには出来ないことに気づいたらしい。
 若頭が如何に優れていたのかなんてことは、新しく再編され若頭になった人間が分かることだ。最初は嬉しいが与えられる仕事は今まで以上となる上に後ろ盾はいない。組長は庇ってはくれないし、幹部からは少しの手際の悪さをやり玉に挙げられ攻められる。
 組長が居なくなれば当然その人が組長として立つわけで、宝生組(ほうしょう)組長がどんな存在なのか、若頭になって初めて気付く。さらに組長がどんな人間であるのかを幹部だった時よりも大きく感じて恐怖する。
 誰もが一度は通る道であるから、耀(あき)は同情はしない。
 東京にいる限り、宝生組(ほうしょう)の組員とは顔をはち合わせることもあるが、組員の方が避けて通る。元若頭と分かっていても手出しはしない。普通なら報復ではないが名をあげるために破門になった人間に報復のようなことをするものだが、宝生組(ほうしょう)では破門になったとはいえ、組長である宝生楸(ほうしょう ひさぎ)の甥である事実は一切変わりなくあることで、うっかり殺したりしたら楸(ひさぎ)を怒らせる可能性もある。
 手を出した結果、何が起こるのか予想も出来ない相手に手出しは出来ない。だから無視をきめこむ。幸い耀(あき)の方にも恨みがあるわけではないから彼らを相手にしないため、争いごとにはならないでいる。
 その耀(あき)の情人である織部寧野(おりべ しずの)もまた、同じように組員から避けられる存在である。
 その理由は耀(あき)の情人だからではなく、誘拐され組からも見放された宝生耀(ほうしょう あき)を助けるために本部に殴り込み、自分で助けてくると啖呵を切って出ていき、本当に助けて戻ってきたという実績があるからだ。マフィア相手に喧嘩を売って生きて帰ってきた人間が、ただの情人の訳がない。警戒して避けるのが普通だ。
「寧野(しずの)様は、随分恐れられておるようで」
 音羽(おとわ)が笑いながら言う。よほど恐ろしい噂でいっぱいになっているのだろう。ありもしないことや事実であって信じられないことまで多種多様にだ。でもその中にある金糸雀(ジンスーチュエ)の噂は消えることなく存在し続けている。
「その方は問題なく?」
 力が生まれたことは志智(しち)や音羽(おとわ)には伝えてある。秘密にしても金糸雀(ジンスーチュエ)についての深い噂が耳に入らなくなるかも知れないからだ。
「試してみたが反応なしだった。どうやら金に興味はないらしい」
 一応ではあるが耀(あき)は寧野(しずの)と二人でカジノに出かけてみた。本当に金の流れが分かるのか、分かったとしてどういう風に分かるのかを知っておきたいというのが寧野(しずの)と耀(あき)のとりあえずの気持ちだ。
 だがやってみれば、稼げたのは耀(あき)の方で寧野(しずの)はまったくのハズレばかり。数字を見ても特に何も浮かばず、どうして金糸雀(ジンスーチュエ)なのにこうなのかという謎の方が残った。
 あくまであの時はそうだっただけなのかもしれないという結論しか出なかった。その時の寧野(しずの)はがっかりどころか上機嫌になっていた。
 理由は簡単、金糸雀(ジンスーチュエ)だけれど、噂される金糸雀(ジンスーチュエ)ではないことが分かったからだ。それに危機にしか反応しないのであれば、普段はないも同然。つまり今までと変わらないことになるわけだ。
「なんの心配も無いわけですか。それはそれは結構なこと」
 志智(しち)もさすがに金糸雀(ジンスーチュエ)実態には興味があったようだったが、まさか何も変わらないとは予想外だったようだ。しかしそれによってこの本家が振り回される結果になっても本末転倒である。なにもなかったという結果は朗報だった。
 何より情報として金糸雀(ジンスーチュエ)の間違った情報を訂正出来たことは大きかった。個体によって出る能力が違うことは金脈を読む金糸雀(ジンスーチュエ)以外の数字に強い金糸雀(ジンスーチュエ)もいることを意味する。寧野(しずの)のような金糸雀(ジンスーチュエ)もたくさんいることになる。
「しかし寧野(しずの)様は慣れましたね」
 本家の様子になれて、ゆったりとしている様子によく出くわす。今も仕事はないも同然だから犹塚智明(いづか ともあき)や久山などと庭散歩を楽しんでいる。 
 武術の稽古には本家のモノたちも参加している。寧野(しずの)は本筋の奥義を月時響(とき ひびき)から習っていた。このところの訓練で奥義はほぼ対戦で実現可能になった。たまに響もやってきて稽古を付けているため、道場には本家の警備が殺到し、今や大人気である。
 寧野(しずの)も教えるのが楽しいのか、嬉々として練習に参加している。耀(あき)の仕事も前にしていた仕事の流れで会計や秘書の真似事をやっているが、実に慣れたもので感心した。
 ずっと仕事をやっていたことが役に立っていると嬉しそうにしていたから、あの時に強引にやめさせなくてよかったと耀(あき)は思った。
 寧野(しずの)が耀(あき)のためになるようにしていると言っていた言葉はどれも嘘はなかった。耀(あき)のために生きていきたいと願っていると本気で言うほど寧野(しずの)は耀(あき)がいなければ生きていけない。
「本当にあなたの人を見る目は今も健在ですね」
 志智(しち)が感慨深そうに言う。
 月時響(とき ひびき)を連れてきたのも耀(あき)だった。そして織部寧野(おりべ しずの)を選んだのも耀(あき)だ。その二人は今や最強の榧(かや)流武術の使い手となり、お互いのパートナーの最良の存在として生きている。
 だが当面この二人に関わる問題はたくさん残っている。
「武藍(ウーラン)の怪我が完治したのか、煌和会(ファンフォフゥイ)が探りを入れに来てますね」
 さっきまで寧野(しずの)と話していたであろう久山がやってくる。久山が老院に入って、老院は最後の勤めをする。耀(あき)が子供を残さない上に、親戚といえば宝生組(ほうしょう)の組長だけ。宝生家に親戚はいないので跡継ぎがいない。だから耀(あき)がいなくなれば本家も解散され老院も消える。最後の老院がここに揃っているわけだ。
「中国人が釣れたか?」
「日本人ですが、関西の人間のようです」
「つまり煌和会(ファンフォフゥイ)の武藍(ウーラン)の復活で、嵯峨根会(さがねかい)との取引が再開したわけか」
「下手をした会長は殺されてますし、元凶の俐皇(りおう)は破門でいなくなってますし、武藍(ウーラン)が俐皇(りおう)とのことは自分から仕掛けたと思っているなら冷静に考えて嵯峨根会(さがねかい)との取引を中止する理由がないのですから」
「如罪組(あいの)は煌和会(ファンフォフゥイ)とは繋ぎが取れなかったのか」
「そこは海外の取引はロシア経由が多いようで、最近は沖縄からよりは大阪からの売買が盛んですね」
「マトカか。そこも大変だな」
 耀(あき)はそう言って窓の外を見る。
 数ヶ月前に会ったマトカの首領であるエヴゲーニーは老衰の一歩手前であった。ほぼ寝て過ごしていると言われて、ベッドから起きあがることは出来なかった。
 寧野(しずの)の件で唯一繋がりがあるロシア人を頼ったら、エヴゲーニーが出てきたわけだ。本人から寧野(しずの)がアレンスキー家の血を引いていることを聞かされた上に、寧野(しずの)を守るように頼まれた。
 頼まれるいわれもないのだが、それでもそうしないと死んでも死にきれないとばかりの迫力だった。彼にとってグレゴリーも自分の可愛い子供だ。だがアナスタシアの孫である俐皇(りおう)のことは残念がっていた。全ての孫に気を配っていたのか知らないが、寧野(しずの)のことで赤い雪(クラースヌィ・スニイェク)の首領の事情まで教えて貰ったほどだった。
 赤い雪(クラースヌィ・スニイェク)はエヴゲーニーの隠し子にあたるマトヴェーイ・キシンが首領をやっているといい、居所を教えて貰い、手を引かせるために自分の名前を使ってかまわないとまで言った。
 赤い雪(クラースヌィ・スニイェク)の秘密である花(ツェピトーク)の存在まで教え、使用をやめるようにと忠告までしていた。幸い、花(ツェピトーク)はもう花(ツェピトーク)ではなくなっていたため、寧野(しずの)に手を出すことは明白だったためエヴゲーニーの名前を使った。
 なんとか赤い雪(クラースヌィ・スニイェク)を止めることが出来、ターゲットを俐皇(りおう)に向けさせることに成功した。
 俐皇(りおう)が暴れている限り、赤い雪(クラースヌィ・スニイェク)は寧野(しずの)に手を出せない。
 だが、この先どうなるかは不明だ。
 マトカのエヴゲーニーが老衰で死んだのだ。
 元首領であったが現首領より影響力を持っていた人物が死んだとすれば、勢力図が一気に崩れる。マトヴェーイは父親のために遠慮する必要が無くなった。グレゴリーとはすでに闘争に入っており、エヴゲーニーの子供であっても組織の首領として遠慮するわけにはいかなかった。
 それが本格的になる。
 ヴァルカことヴァレンチーン(ティーナ)が全面に出て活動をしている以上、親族同士の戦いは必至。アナスタシアの子供青良(せいら)を殺した人間を捜すために作った組織は、それ以上にエヴゲーニーの子供たちを殺していく組織になった。
 エヴゲーニーがいなくなって一番混乱しているのはきっとマトヴェーイだろう。彼こそ取り返しが付かない未来しかないことに今気付いたのだ。
 エヴゲーニーは言ったではないか、過去に捕らわれるなと。
 だけど復讐心を止めることは出来ないから好きにしろと言った。
 もう自分たちの時代ではないとそう言った言葉がのしかかっていることだろう。だが始めた復讐を途中で投げ出すわけにはいかなくなった。
 問題はヴァルカである。
 あの後ロシアへ帰った後、シーニィが殺された。
 なぜシーニィがと思っていたら、殺したのは俐皇(りおう)だった。寧野(しずの)たちを手助けしていたことより、ロシア人を使って調べ回っていたことへの忠告のようなものだった。俐皇(りおう)はあれが花(ツェピトーク)だとは知らなかっただろう。けれどヴァルカへの牽制にはなったと思ったはずだが思惑ははずれている。
 余計にヴァルカの俐皇(りおう)への恨みが出来上がった。 
 それまで父親の無念を晴らす目的で動いていたが、本格的に俐皇(りおう)を殺すために活動することになるだろう。もちろん赤い雪(クラースヌィ・スニイェク)とクトータの戦争はすでに始まっていて、一時期宝生組(ほうしょう)を狙っていた煌和会(ファンフォフゥイ)のようなシマを狙う争いなど、路上で殺しが多発しているそうだ。
 俐皇(りおう)は自分を狙っている人間や利用している人間をことごとく始末したり脅したりしている。恨みを買うので利口なやり方ではないだろうが、それでも俐皇(りおう)を調べれば恐ろしさは増す。
 気が狂っていると思うような宣戦布告からの全ての組織に警告を出していること。九十九(つくも)のように潜って活動することを好まず、堂々とマフィアの一つとしてクトータは君臨した。
 クトータは元々は九十九(つくも)の組織だが、今や俐皇(りおう)が乗っ取り、九十九(つくも)は大人しく明け渡してから自分は新しい組織を作ってまた遊んでいるらしい。
 どこまでも大きくなりたい理由は、全てを支配して寧野(しずの)を手に入れることまで含まれているからなのだろう。
 寧野(しずの)は俐皇(りおう)のことをあまり語らないが、俐皇(りおう)が冗談で愛していると言ってからかうと怒っていた。それが冗談ではなかった場合、本気で奪いに来るつもりなのだ。
「マトカはグレゴリーの息子、アレクセイが力を付けてきていて、方針の違いから前から衝突していると聞いている」
 久山がそう言うと。
「グレゴリーのやり方では現代には合わないのは事実。インテリヤクザの時代よ」
 そう言って音羽(おとわ)が笑う。
 宝生組はそのインテリヤクザである。代理の時代からずっと武闘派であるが武道で制すことはせず、インテリな部分を多く採用した。だが武道が出来ない人間も信用出来ないため、それなりに出来る人間が多い。道場を多くやっているのもそのためだ。
「イタリアが俐皇(りおう)のせいで混乱しているから、ヨーロッパもますます混乱だ。アメリカはヤクザをマフィアと同等に扱い初めて、資金調達も今まで通りにはいかない。黒社会は大変だな」
 一応そこから抜けたような言い方であるが、一応は自分もそちら側だ。
 ただ耀(あき)の会社は表向きの会社は順調だ。フロント企業をいくつか持っていたお陰で新規の不動産は順調そのもの。元ヤクザであるからやり方はいかようにもなった。
「そういえば、寧野(しずの)はどうした?」
 久山とさっきまで一緒だったはずだ。それを問うとクスリと笑って久山が言う。
「また道場へ」
「本当に好きだな、あいつ」
 耀(あき)は会議が終わるとそそくさと道場へ向かう。
 耀(あき)も同じく榧(かや)流を習っていたが、最近はご無沙汰だった。そのせいで遅れをとったのは事実で、その後悔から同じように練習はしている。だがこのことに関してだけは寧野(しずの)の方が能力が上だ。
 力業にもっていければ耀(あき)でも勝てるのだが、その前に寧野(しずの)のジャンプ力に勝てないのだ。あれだけは体が軽い方が有利で、武器を持っていない限り勝てないことが分かっている。
 耀(あき)はこの世で勝てない人間がまさか身内に増えるとは思わなかったなと苦笑した。
 道場に入ると、周りは本家の暇を勝ち取った警備がたむろしている。この時間になると寧野(しずの)が道場に出てくるため、こぞって相手をしてもらおうとして時間をあけてまで来ようとする警備が大勢いた。
 家の警備がいなくなるので、交代制にしてまで寧野(しずの)の稽古に合わせている徹底ぶりには、耀(あき)は向上心があっていいのではないかと言う以外、言う言葉が見つからない。
 実際何人かは榧(かや)流のお陰で強くなり、さらに強くなりたいと稽古に励むようになった。悪くはない、悪くはないのだが、何か違うと耀(あき)は思う。
 情人で本家のナンバー2であること以上に寧野(しずの)の評価があがったことはうれしいのだが、別の意味で惚れている人間も絶賛増量中では心配ではないが心配だ。
「うわああ!」
 寧野(しずの)と対戦していた相手が、少し肩を押されただけで飛んでいく。誰もが謎に思ってしまうのだが、寧野(しずの)の見た目で判断して力業に持ち込もうとして避けられ、その力業の力を利用されて一撃を食らう。すると自分の力が返ってきてしまい、自分の力を込めた分、飛んでいくのである。
「すげえ」
「すげえよな、未だにあれがどうなってんのかわかんねぇ」
「気付いたら飛んでるし」
「合気道も入ってるんだけど、あの人のはそういうのプラスなんかなんだよな」
「そうそう違うんだよ」
 一試合終わると寧野(しずの)の試合への感想があちこちから漏れる。感嘆している声ばかりではなく、あれをどう倒すかまで研究している警備もいる。まあ、確かにあんなのに進入されてやられましたでは大問題である。あくまで敵として見ているのもおもしろいところであるが、大体はあの素早く動く空気のような体がどうなっているのかを知りたいという気持ちだろう。
 基本的にあれは耀(あき)にさえ謎だ。
 同じように動いても滞空時間が違う。こればかりはどうにもならない。身体能力の差といえよう。寧野(しずの)は榧(かや)流の武術をやるのにもっとも適した身体能力を持っていたということだ。
 そして嫌なことだが、月時響(とき ひびき)と織部寧野(おりべ しずの)の外見がほぼ同型であるということなのだ。そんな好みまで叔父にになくてもと本気で呪われてるのではないかと思えた。
 だが同型であるがゆえ、榧(かや)流の奥義が使えるのである。
 一時間ほどみていると、寧野(しずの)が耀(あき)に気づいた。
「じゃ、今日は終わり」
 さっと礼をして道場を去っていくと、全員に耀(あき)が睨まれた。
「オレのせいか?」
 寧野(しずの)を迎えに来たら警備に睨まれた。この家の主人なのに。
 寧野(しずの)はさっと着替えて戻ってくる。道場の胴着はきていないのだが、動きやすい服装はしている。本人曰く、本番では胴着を着ていることなんてないから、という理由での普段着のままらしい。確かに胴着を着てやるのは試合であって、寧野(しずの)がやっているのは本番のための稽古だ。
 今回のことでいろいろあって寧野(しずの)は本格的に練習を続けている。響を呼んだ時は本当に真剣で、周りがなにも出来ないくらいに打ち込んでいる。耀(あき)が練習相手に選ばれるのは、拘束してからの脱出だったりする。こればかりは苦笑して手伝うことになる。
 寧野(しずの)はこの拘束から素早く逃げられなかったので側頭部を打つ怪我をするはめになった。しかもそれはトラウマになりそうな出来事で、今でも他人にそういう風に拘束されることが怖いのだという。
 だから捕まれる前に全員倒してしまって一向に練習にならないのだという。
「耀(あき)、会議終わったのか。早めに久山さん返しておいたけど」
「ああ、ちゃんと最後の方に来て話したから大丈夫だ」
 寧野(しずの)が老院の人間といると、気軽に話しかけてくる人がいなくなるので相談事がしやすいのだという。犹塚(いづか)も散々注意しているが話しかけやすい寧野(しずの)が悪いのだという。
「お腹空いたー」
「ならなるべく早く出してもらうか」
「うん」
 道場から本家の方へ戻ってくると犹塚智明(いづか ともあき)が立っていた。道場にさっきまでいたが耀(あき)が現れるとすっと消えていたが、どうやら食事の用意をしていたらしい。
「用意してあります」
 先回りをして準備をするのが犹塚(いづか)家の役割だが、智明は少し違う。寧野(しずの)のことを本気で好いていて好かれ頼られるように行動している。それを耀(あき)に悟られていることさえ、まったく気にしていない。
 だが寧野(しずの)がまったく気づいておらず、智明を信頼しているのでどう注意したものかというところだが、智明が寧野(しずの)を俐皇(りおう)のように扱うことは絶対にあり得ないことはわかっているので、放っておくしかない。
 変なことを言って犹塚(いづか)家の信頼を崩すのも面倒である。
 指をくわえて見てるだけでいいと思っているなら、そうさせておくしかない。とりあえず智明は寧野(しずの)の信頼だけは失う気はいっさいなさそうだからだ。
「やった。焼き魚!」
 ここのところ完全なる日本食にはまっている寧野(しずの)には、本家の食事は肌に合っていたようで、よく食べるため調理人が喜んでいると言っていた。
 この本家住まいもなれてきているから、引っ越しを考えるほどだ。
 都内に用意した住まいはことごとく荒らされてしまう。泥棒が入っているように見えなくても物が動いていたりして、明らかに侵入者がいる状態だ。
 よほど寧野(しずの)に用があるようで、耀(あき)が都内のホテルに泊まっている時に限って、そうしたことがあるという。寧野(しずの)にもそれは話しているので、当面は本家から出られないことや、最終的にはホテルを転々とする生活が続くことになるのは仕方ないと納得している。 だから思い切って本家に住むという本来の当主らしい形になることでいいかと伝えたところ。
「うん、いいよ。耀(あき)がいるならどこでも」
 と平然と実家暮らしの了承が降りた。本人は慣れたからというのが一番の理由で、本家の客間のようなプライバシーがないのはイヤだが離れを増築して作った自宅らしい家は気に入っているという。
「じゃあ、倉庫に預けてる荷物を運んでもらうか」
 引っ越ししたばかりの家の荷物は、荒らされた後、貸倉庫にしまい込んでしまっていた。思い出の品もあるので捨てるわけにはいかずに預けていたものだ。それも引き取って家らしい家にするというと寧野(しずの)は喜んで荷物を引き取りにいくと言う。
 その仕事は本家の人間たちと一緒に寧野(しずの)が行うことで解決しそうだった。
 本家では当主がやっと本家に住まうということで上へ下への大騒ぎとなった。
 宝生家に当主が戻り暮らすのは実に二百年ぶりなのだという。
 宝生組(ほうしょう)は宝生楸が組長になり、いずれは宝生家以外の人間に継がせることになったが、本家はそのまま宝生家の跡継ぎが継いだが、この当主が最後の当主となることは皆がわかっていることだった。