novel短編

Together-4

 それを聞いていた永哩(えいり)の顔がすごく真剣になっていた。

「……というわけで、自分でも情けないんですけど、怖くていけないんです」
 とにかく一人にならなければ、大丈夫だと解っているけれど、茅人のことを考えると彼が一言何か言ったところで、周りの反応がガラリと変わってしまうのは予想出来た。

 自分より信用出来ると評判の茅人(かやと)が、自分にあの暴言を吐くところを誰かに見られたら周りもそれに従うだろう。そうなると怖いのだ。

「あまり、友達がいなかったから、誰にも相談できないことだし。あの三人のことも結構周りは関わりたくないから皆嫌がるだろうし。色々考えた結果、行かない方がいいなと判断したんです」
 言い訳にしか過ぎないことではあったけど、正直に話した。

「それは……行かなくて正解だな」
 永哩は強ばった顔をふっと和らげたのだが、目がまだ真剣なままそう呟いた。

「学校はいくらでもあるんだから、今からでも変わった方がいいだろう。そんな生徒が横行している学校なんか行くことない」
 永哩ははっきりとそう言ってくれた。
 今まで誰にも、親にさえ言えなかったことに同意してもらって、緒都はほっと息を吐いた。

「どうせなら、塾にでも通って、大検取った方がいいかもな。この時期に転校じゃあ、前の学校で何かありましたというものだろう」

「やっぱりですか……でも父親になんて説明したらいいのか解らなくて」 

「そのまま言えばいい。子思いの父親ならそんな学校行けとはいわないだろう」
 そう言い切ってくれたのが、あの父親が、途中でドロップアウトするような息子を許してくれるとは思えなかった。
 さすがに家庭のことまでは保証は出来ない永哩は、そこで話しを振った。

「何でも相談出来る友達はいないのか?」
 そこから説得する方法もあるだろうと思いついたのだが、これは緒都を更に落ち込ませるきっかけになってしまった。

「前は、いたんですけど。俺、邪魔みたいです」
 親友だと思っていた人から卑猥な暴言を吐かれてきたのだから、ずっと邪魔だったのだろうと思う。

 それ以前に、そういう対象にしか思われてなかったのかと思うと、心はどんどん重くなっていくばかりで、ふっきれないのだ。

「心当たりはないんですけど、人を不快にさせるくらいに、俺は邪魔だったんです」
 そう語る緒都は、もう相手には何も期待してないのだと言っている。

 同時に何もかも失って、居所が無くて不安定。それは永哩の今の状態と同じものだった。

 緒都は信じてきたものから否定され居場所をなくし、永哩は望んでないところから望まれて居場所がなくなってしまった。
 そうして違ったものを無くしたもの同士が、こんな何もないところで出会ってしまったのだ。

「居場所が無くて、こんなところに隠れてる。俺と同じだな」
 そう永哩が呟くと、緒都は苦笑して頷いた。

「そうですね」
 呟いた声は小さかったけれど、同じ思いをした人と一緒に居られるのは、不謹慎だけれど嬉しかった。

「そろそろお昼ですけど、永哩さんはコンビニですか?」
 ふと時計を見て緒都が尋ねると、永哩は首を振った。

「え? じゃあ、お昼はどうするんですか?」

「いや、食べる気がしなくてな」
 本当に空腹を覚えなくなったのは最近だった。食べることに重点を置いてなかったのもあって、もともと食べる方ではなかったから、余計に食べれなくなったのだ。

「そんなんじゃ、その身体維持するのは大変ですよ」
 緒都はそう言って、リュックの中から弁当箱を取りだした。

「どうですか、一緒に……って、サンドイッチなんですけど」
 てきぱきとシーツがかかったテーブルにサンドイッチが広げられる。用意がいいなと思い見つめていると、ちゃんとポットまで持ち込んでいる。

 どうやら、昨日今日ここに忍び込んでいるわけではないと予想出来て、少しおかしかった。こんな誰も来ないところで一人でいるのは寂しいだろう。それでもあえて一人になることに慣れようとするのは、これから誰も信用しないで生きていこうと思っているということだ。それは前の自分とそっくりだった。

 目の前に広げられたサンドイッチは久しぶりに食べ物を見たせいなのか、急に食べたくなるような出来栄えでもあった。

「おかずってわけじゃないけど、卵焼きと後昨日の残りのポテトサラダがありますよ。あ、そうだ」
 緒都(おと)はすぐそこにある棚のシーツをめくって、中の扉を開けた。ここに使えるものはないはずだがと思ってみていると、なんと割りばしを持ってきた。
 永哩(えいり)が驚いているので緒都は苦笑して言い訳をした。

「お箸を忘れたことがあって、それで割りばしをここに隠して置くようになったんです」
 そう言って差し出された割りばしを受け取った永哩は、また笑いに襲われた。

 永哩の笑いはいつ始まるか解らないけれど、ツボに入るとどうにもこうにも出来ないのは経験したので、緒都は苦笑して済ませるだけにした。

「せっかくだから、貰おう」
 永哩が笑いを収めてそう言うと、緒都はにっこり笑ってサンドイッチを差し出した。

 楽しい時間が過ぎるのは早いと思う。
 他人といて楽しいと思ったのは、たぶん本当の意味でこれが始めてだったかもしれない。
 今思い出しても、おかしいものだと思う。

「また明日」
 そう言ってはっとして見上げてきた目を見ていて、頷いたのは永哩だった。

 ちゃんとした約束ではなかったけれど、何故かそれきりにするのは勿体ないと思えたのだ。
 ほっとしたようで、残念だと思っている目が前を向いて去っていった時、非常に寂しいと思えたのだ。

 自分でも不思議な感覚だった。これを何と説明していいか解らず、久々に難問に立ち向かっている気がしたが、不快ではなかった。妙に楽しいとさえ思っている。
 そんな永哩を邪魔したのは、無粋な声だった。

「思い出し笑いなさるなんて、どういったご心境の変化でしょう」
 何の感情もこもってない声。
 嫌なほど聞き覚えがある。

「邪魔するとは、本当に無粋だな」
 永哩がそう言うと、暗闇で人の気配がはっきりとした。

「まあいい。伶(れい)、蘭(らん)。どっちでもいい。あの少年の身辺を洗ってくれ。間違いなければ、たぶん五十栖(いおすみ)の息子だろう」

「あの人は今回のことは何も知らないと思いますが?」

「それはそうだろう。やってるのは誰か解ってる。気になるのはそれじゃない」
 そう言って、永哩は自分が妙なことを言っているのだと気付いた。
 どうやら、あの少年のことが余程気になっているらしく、今の自分の状況を一瞬忘れていた。

「身辺を洗えばいいんですね。解りました。それで貴方が納得するなら致しましょう」

「不満そうだな」

「いえ、今まで以上に楽しそうでいいですよ」
 嫌みを言い残して行ったのを確認して、更に食事がひっそりと置かれているのに気付いた永哩は呆れてしまった。

 たぶん、家の中での出来事は既に耳に入っているのだろう。あれたちはそういう気配を感じさせないようにするのが何よりも得意なのだ。

 だから、何故永哩が緒都に興味を持ったのかは謎だとしても、探る理由は心得ているというところだろう。
 あまり親友のことを話したがらない緒都はまだ問題を抱えているような気がして、何とか手を差し伸べたいと思うのは、おこがましいことだと解っていてもどうすることも出来ない感情が止めてはくれない。

 今はそうするしかないのだと自分に言い聞かせて、貰った食事を持って空き家に戻った。
 今日は楽しい夢が見れそうな気がしたのだ。

 こんな嫌な想い出しかない場所なのに、去るには惜しいと思わせる存在が偶然に居たことが何よりの理由だった。