novel短編

Together-5

「やっぱり、思い出しても恥ずかしい」
 まさか、人前で泣くとは思わなかったから、緒都(おと)は夕ご飯を作りながら、何度も思い出しては、一人で頭を抱えていた。

 何であんなになっちゃったんだろう。
 自分でも驚くくらい素直でいたかもしれない。

「でも、もう会うこともないんだろうな」
 別れ際に微妙な笑顔を見せた永哩(えいり)は、たまたま偶然あの場所へ来ただけの人だ。

 自分とは違って、何かをしなければいけない人でもある。それだけは解った。
 会うことはない人でも、それでも想い出にはなる。十分楽しい時間であったし、久しぶりに笑ったり泣いたり出来たのも、永哩の人柄のせいかもしれない。

 夕食を作り終えて、それをテレビを見ながら食べる。
 片づけるとすぐに風呂に入って、二階へ上がる。
 でも部屋の電気はつけない。

 カーテンは、この間遮光のあるものに変えたばかりだが、今日の言葉が気になって開けられなかった。
 モバイルパソコンをベッドで開いて、メールを確認する。

 今日もまた茅人(かやと)からのメールが届いている。
 それを見ないで全部捨てる。
 書いてあることはもう十分解っている。
 文字にするのは簡単らしく、言葉にするより卑猥な文章を送ってくる。

 こんなことをして何がしたいのか解らない。ただ茅人を不快にさせることがあったのだろうけれど、そんな彼は理由を言わない。ただ緒都を責めるだけである。

「そろそろ、メルアド変えるかな……」
 こうして受け取っているから余計に送りたくなってしまうのかもしれないと思った緒都は、その場でプロバイダのメールアドレスを変えた。

 茅人には関わらないことで、距離を置こうとしているのだが、茅人は気に入らないといいながらも接触を図ってくるから距離が置けない。せめてと思って自分からこうして距離を置くしかないのだ。

 今だって、窓からこっちの窓を見ているだろう。
 茅人の自宅は、ここからそう離れてないのだ。
 それを思うとふーっと溜息が漏れる。
 今日は永哩のことで気分が良かったのに、一気に気分が悪くなる。

「永哩さん、もう帰ったかな」
 思い出したら可笑しくなってきた。あの人は本当に謎の人だ。
 昔、あの家に住んでいたらしいことは口にしていたけれど、何があったのかは聞けなかった。とても辛そうに思い出すようだから。その表情を見たら聞けなかった。

「四十宮永哩(よそみや えいり)……か」
 とても綺麗に笑う人。そして変なところで笑い上戸で、スキンシップが好きな変人。
 そうしか説明出来ないけれど、それでも悪い人とは思えないから不思議だ。
 その綺麗な笑顔を思い出すと、とても暖かい気分になる。

 楽しかった一日を思い出しながら、緒都はゆっくりと眠りに落ちていった。



 
 翌朝、緒都が起きていくと父親がもう出かけるところだった。

「早いね」
 緒都がそう呟くと、靴を履いていた父親が振り返った。

「もしかしたら、泊まり込みになるかもしれない」
「そう、なんだ……忙しい?」

「ちょっとな。父さんは忙しくないんだが、上の方に何かあったらしい」

「ふうん……」
 父親が忙しいのはいつものことだが、上が忙しいとなれば、しわ寄せが父親のところにやってくるのだろう。でも、そんな立場ではないはずなのだがと思っていたが、父親は何も言わずに出かけてしまった。

 今日も結局相談することは出来なさそうだ。
 いつも切り出すタイミングが掴めない。早く帰ってくることはないし、夜遅くまで待っていても肩透かしされたりで、まだ学校へ行ってないことも言えないでいる。
 なるべく早めに言いたいのだけれど、忙しいなら邪魔をしたくないのもあって、朝は見送るだけになってしまう。

「なんで、こう言えないかな……」
 玄関の鍵をしめてから思わず呟いてしまった。
 昨日、永哩に言われたことで正直に話そうと思ったのだが、時期が悪かったらしい。

「忙しいの、早く終わってくれるといいんだけど」
 なるべくなら、嫌な話は早く済ませたい。そして楽になりたいと思う。

 さっさと玄関を離れた緒都はいつものように弁当を用意した。そしてふっと永哩のことを思い出して、必要ないだろうけどと思いながらも余分に弁当を作った。
 無駄になったとしても、それはそれでいいと思う。
 作った後は、リュックに詰めて用意し、制服に着替えてコートを羽織る。

 今日は茅人(かやと)は来なかった。諦めたのかは解らないが、とりあえずチャイムは鳴らなかった。毎日構っているのもいやになったのだろう。

 携帯電話はとっくに充電もしなくなって使ってないし、家の電話は父親に聞かれる可能性があるから茅人も使ってはこない。
 本当に関わりたくないなら、何もしなければいいのに。
 そう思って、緒都は溜息を吐いて、考えをやめた。
 いくら考えても茅人の考えていることなど解るわけがないのだ。

 きっちり服を着て、家を出る時は周囲を確認する。
 近所の人には会いたくないのもあるし、別の人にも会いたくはない。

 誰も通っていないのを確認して、家を出て鍵をかける。門にも鍵をかけて、駅とは反対のいつもの道を行く。
 けれど、その日は何故か振り返ってしまった。誰かにじっと見られている気がして、振り返ったのだ。

 だけど誰もいない。人っ子一人いないのは、いつもの光景だ。
 なんか変だなと思いながらも、気のせいだと思ってそのまま坂を上がった。

 坂はそれほどきついわけじゃなく、緩やかでもあるが、登っているのだと解るのは、上に立っている家の門や塀が斜めを向いているからだ。

 その途中に七崎という家がある。出来ればここは通りたくないのだが、ここが近道だから仕方ない。

 最初は緊張して通ったものだが、今は茅人がいちいち緒都(おと)の家のチャイムを鳴らしてくれるお陰で、茅人が学校へ行くのが解るから警戒しなくてもよくなった。

 だが、今日は鳴らなかった。気付かないということはないから、もしかしたら茅人が学校を休んだのかもしれない。だから、こんなに緊張しているのかも。そう考えると自分の警戒心が何なのかはっきりとしたような気がした。
 そこまで考えて、緒都はふっと息を吐いた。

「……考えすぎだ」
 そう呟いて歩き出す。
 そして辿り着いたいつもの場所へ入って、裏口に回る。昨日永哩が言ってた通り、裏口は開いていた。
 空き家の豪邸の裏口は、ちょうど台所の勝手口であった。

 きっと使用人だった人が出入りしていて、最後に鍵を忘れたのだろう。
 にしてもおっちょこちょいな人たちだったのか。二ヶ所も鍵をかけ忘れてそのままとは。これじゃ、空き家に入って下さいと言っているようなものだ。

 とりあえず、そこから中に入った緒都は、鍵を掛けようとして手を止めた。もし、もしだが永哩がやってきたら入れなくなってしまうと思ったのだ。来る訳ないのだけど、気になってそのままにしておいた。

 響く足音に耳を傾けながら二階へあがって、いつもの部屋に入る。
 だが、入ったとたん緒都はぎょっとした。

「なに、これ?」
 思わず声に出てしまったのは、仕方ないかもしれない。
 緒都がぎょっとしたのは、入った部屋が前日と全く違っていたからだ。

「やっぱり来たか」
 そう言ってソファから起き上がったのは、来ないと思っていた永哩だった。

「永哩(えいり)さん? これ?」
 部屋にも呆然だが、永哩がいることにも呆然だ。

「ちょっと、リフォーム」
 にっこり笑って言う永哩だが、緒都の口がふるふる震えている。

「ちょっと? リフォーム?」
 そう呟いてから、息を吸うと、緒都は大声で怒鳴った。

「ふざけてる場合ですか!! ここ、他所の家なんですよ! これじゃいかにも誰か居ましたって後になるじゃないですか!?」

「だよな」
 緒都が猛然と怒っているのに、永哩はにっこりとしているだけだ。

「だよなじゃないですよ! 元に戻して下さい!」
 緒都が怒鳴るのも当たり前だ。この部屋にあったもののシーツを永哩は全部剥がしてしまって、更には綺麗に掃除までしてしまっているのだ。お陰で古ぼけた家なのに、ここだけ現役で稼働している部屋に変身してしまっている。
 これではこっそり入っていた誰かが快適に過ごしたという証拠がしっかりと残ってしまうのだ。

「やだね」
 緒都が元に戻せと言ったのに、永哩はそう言って断ったのだ。

「な、何、子供みたいなこと言ってるんですか!?」
「せっかく用意したのに、俺の力作無駄にする気はないな」

「ほんとに何考えてるんですか!」
「快適に過ごすことだけ」

「それは自分の家の中だけでやってください! 他人の家を使って、無断でやることじゃないです!」
 緒都はそこまで怒鳴って、はあはあっと肩で息を繰り返した。
 怒りで頭がくらくらする。

 永哩はまったく平然としたもので、ソファの背に凭れたままじっと緒都を見つめてくる。
 まったくなんて人だ。謎だと思っていた部分が更に深くなる。

「説教はそれだけ?」
 にっこりと問い掛けられて、緒都は頭を抱えて座り込んだ。
 自分の許容量を越えてしまったらしい。考えるのも億劫になってしまうのだ。

「大丈夫か、緒都?」
 側まで寄ってきた永哩が緒都を抱え上げる。
 ふっと身体が浮いて、え?っと思っている間に緒都は永哩によって整えられたソファまで運ばれてしまった。
 しかも永哩は緒都を抱えたままでソファに座っていたので、緒都は永哩の膝の上に座るという奇妙な格好になってしまった。

「な、なんですか、これは……」
 ぐったりしてしまって怒鳴る気力もなくて、呆れた声を出した緒都に、永哩はにっこりして答える。

「ん? 怒ってる子を宥めてるんだ」
 そういって背中を撫でてくるのだが、それが子供や動物にやってるようなものだったので緒都は本気でそこから逃げ出そうとしなかった。

 なんか珍獣扱い?

 そう思ったのだが、その手が妙な動きをだしたので、ん?と我に返った。

「ちょっと待ってください、これなんですか?」
 腰に回った手をぎゅっと抑えて止めて言うと、目の前の永哩はちっと言う顔をした。

「いちいち説明しなきゃならないのか……」
 舌打ちをした永哩がそう言うのだが、永哩が何をしようとしているのかは解らないから聞くのだと緒都は思った。

「じゃあ、ちゃんと説明してください。この部屋はどうしちゃったんですか?」

「模様替え」
 即答した永哩に緒都は頭を抱えたくなった。あくまで真面目な答えをくれないらしい。

「……そうですか」
 なんか真面目に質問してるのが馬鹿らしくなってくる。
 永哩はにっこりとしてるし、答えてはくれないし。こうなると開き直るしかないだろうなと緒都は思った。

「せっかく緒都と一緒にここで過ごすんだ。綺麗にしておかないとな」
 妙に上機嫌な永哩の機嫌を損ねることもないかと緒都は考えた。

 それにもう来ないと思っていた人が居てくれたことが嬉しいのもあった。
 ただ突拍子もないことをしでかす人であるのは理解できた。

「なんか、もうどうでもいいや……」
 どうして永哩がいるのとか、何故模様替えなんて無駄なことをしたのかとか、そういうのは些細なことなのかもしれない。