novel短編

美しき世界-1

 その日は快晴だった。
 朝から暖かく、快適だったので計良(けいら)は散歩がてらに近所の山に登った。登山ではないが、小さな山で歩いて行っても一時間ほどで登り切ってしまえるような山だ。近所では散歩やジョギングコースとして整備されていて、近場の人間や子供がたまに遊んでいるのに出くわす。
 その日は平日で、休日返上で働いていた計良(けいら)は、その日休みだった。だからだらだらしているのもつまらないので、散歩とはいえ、一応のリュックを背負い、水やお茶も入れ、食べ物は軽い軽食だけ詰めて出かけた。
 だが歩いている最中は誰にも出会わなかった。
「珍しいこともあるんだな」
 この山道を歩いていて、誰にも出会わないのは初めてだった。
 それに人の声が一切しないもの珍しい出来事だった。
「だがこれはこれでいいかも」
 誰にも出会わないことも珍しいから、貴重な日だなと計良(けいら)は思うことにした。さくさくと歩いて行くと、風が山道を通り抜け、すがすがしいほどの陽気だ。
 普段は研究室に籠もってパソコンとにらめっこな生活の反動から、こうした運動をするようになったのだが、本格的な山登りはまだしたことはない。
 ニュースで登山客が遭難しているのを見ると、山を舐めてはいけないと思ったのもあるが、本格的になるとそれなりに費用や準備、そして会社の休みが必要だった。
 費用はそこまで困るわけではないが、会社の休みは無理だろうと思った。有給すら消化できていない現状を思い浮かべれば、こういう平日とはいえ休みがあるだけでもマシだと思えるような環境と職種だから、高望みはできない。
 いずれ新入社員が増えれば、研究現場から格上げがされて忙しさもなくなっていくと聞いているから、なんとか頑張って勤めているにすぎない。
 そんな環境だから、本格的登山なんて無理であるし、もし富士山に行ったとしても装備はレンタルだろうし、五合目辺りまで車でドライブがてらにでかけて、そこで富士に登った気になって帰ってきて終わりそうだ。
 そんなことを考えながら緩やかな、整備された歩道を上っていくと、頂上に到着した。
さすがに整備された頂上には、自動販売機があったり、ゴミ捨て場があり、小さな公園も存在する。家族連れが結構やってくる場所なのだが、頂上にも誰もいないのだ。
 人の声一つしない中で、計良(けいら)は何かおかしいような気がしてきた。
「いや、いくら平日とはいえ……」
 平日でも頂上には人が結構いるのが普通だった。そう今までは。
 それなのに途中どころか、ここにも公園にも人がいない。
 何か注意書きか、回覧板か何かで、ここに立ち入りを禁止でもしていただろうかと、不安になった計良(けいら)は、とにかく頂上にある場所を回ってみた。
 ゆっくり歩いても十分ほどで回れる山頂だったが、やはりどこにも人はいなかった。
 とりあえずベンチに座って水を飲み、心を落ち着かせようとしたが、無理だった。
 人がいるところに人がいない恐怖。これが寂しさからきているものではなく、妙な危機感からきているものだと思えた。
 これは早々に帰った方がいいような気がして、計良(けいら)は急いで登山道に戻ろうとした。
 その時だった。
 快晴だったはずの天気が、急に薄暗くなった。
 雨でも降ってきたら困るぞと思い、空を見上げた。
 しかし、そこには青い空も雲もなく、大きな物体が浮かんでいた。
「……あ、え、あれだ……」
 思わず声が出たのだが、思い出したのは十年ほど前にやっていたSF映画。巨大宇宙船が各国首都に襲来し、何の対策もできないまま、首都を攻撃され、残った国家などが一致団結し宇宙船を撃破する痛快ストーリーの映画だ。
 まさにそんな巨大な宇宙船が空を覆っていた。だが物音が何一つもしなかった。巨大なものが浮かんでいるのに、物音一つしない。ただ物理的に風圧が起こり、その風が山肌を撫でるように吹き抜けていく。
「う、そだ」
 信じられない状況に、計良(けいら)は慌ててスマートフォンを取り出す。そして何かの情報が得られないかとネットで検索をするも、ネットワークが不調と出てしまい検索できない。
「なんで、こんな時に! あ!」
 見るとスマートフォンの受信アンテナにバツマークが出ており、公共のWi-Fiも繋がっていない。この山は整備されていて、アンテナが山の頂上にもあるのだ。だからネットに繋がらないということは絶対に有り得ない。
 ということは、この不調はアンテナのせいではなく、明らかに宇宙人のせいだ。
 そして気がついた。
 この山に誰もいなかったのは、この宇宙船のことで皆が逃げ出した後だったか、避難勧告がすでにされ、避難されていると思われたのかのどれかだ。
 そして思い出してみる。昨日の夜は自転車で会社へ行って帰ってきた。疲れていながらも酒を飲んで、翌日は休みだからと深酒をした。今日は、爆睡して昼まで寝ていた。起きてからはテレビは付けてないし見ていないし、いつもは見るネットも見ていなかった。
 避難勧告があったのは朝方なのだろうか。爆睡している間に避難が終わっていたか、避難を再度呼びかける人員に何かあったのか。計良(けいら)が気付く前に何かあったらしい。
「ふっざけんなし!」
 計良(けいら)は叫びながら、とにかく宇宙船から身を隠さなければならないと、山道に降りた。木々が覆い茂っているから宇宙船からは見えないかもしれないという、あくまで肉眼に頼った発想だが、ふと思い出す。
「あああ、宇宙人って、熱探知とかするんだっけぇぇぇ」
 伊達にSF映画を見ているわけではない。ここまで大きな宇宙船を浮かべられるような宇宙人が、熱探知以上の兵器を持っていても不思議ではないのだ。
 計良(けいら)は自分が想定している以上のことを相手はしてくると思っていた方がいいと思った。
「マズイマズイ」
 その山道を降りていると、計良(けいら)は道の上から呼びかけられた。
「下へ行くと殺されます!」
 少しイントネーションがおかしい日本語が聞こえてきた。
 誰もいなかった頂上から人の声がする。
 計良(けいら)は慌てて振り返ると、登山姿の外国人が立っていた。長髪の金髪を後ろで束ねて、リュックにジャージ姿。明らかに頂上まで運動がてらにきた人だ。
「殺されるって……?」
「宇宙人が地上に降りて人を拘束拉致しています。だから山から下りちゃだめです」
 イントネーションがおかしいのは、覚え立ての日本語を使っているからなのだろうが、それでも割と日本語がちゃんと伝わるほど綺麗な日本語を喋る人だった。
 怪しいと思ったが、この状況で嘘を言う必要はない気がした。さらに宇宙人が人間と同じ姿をしている確率はほぼないと計良(けいら)は思った。地球のような環境で進化した宇宙人には、この宇宙船は飛ばせないと思ったのもあった。
「こっちにきてください」
 計良(けいら)はそう外国人に言われるまま、上空の宇宙船が見えないように木々の間に入っていく。頂上でも岩などがあって危ない場所は入ることはできないのだが、地元の人間なら知っている、岩場は戦時中に使っていた防空壕の跡である。
 木の根っこを潜り、外国人に案内されるまま進んでいくと、防空壕にたどり着いた。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ、ありがとう。でも何が起きてんだ?」
 そう言いながら持っていた水を一口飲んだ。緊張して喉が渇いてしまうからだ。その水を外国人に差し出すと、ありがとうと言って飲んでいる。
「……分かりません。でも人が何かで撃たれて、防護服みたいなものを着た者達に連れて行かれました。私は、なんとか身を隠して、この山を目指しました。だって、宇宙人なら人間に用があると思ったからです。だから街に用があります。山には人間は普通いませんから、隠れていればとりあえずは大丈夫だと思いました」
 外国人がそう言うので、計良(けいら)は何も言えなくなった。
 まさか、朝起きてすぐに家を出て山に向かったお陰で自分が助かっているとは思いもしなかったのだ。下手すれば避難した場所を襲われて、そこから逃げることもできずに、街の人間はいなくなったのかもしれない。
 街が静かだった理由はその辺にあるのかもしれない。
「携帯も繋がりません。無線は……」
 そう尋ねられて。
「さすがに持ってない」
 計良(けいら)はスマートフォンを持った手を上げて首を振った。
「ですよね。どうしましょう」
 そう言われてふっと思い出す。
「こういう時って、首都とかがまず最初に狙われるわけだろ? じゃあ東京とか主要都市は陥落するか、対抗するために自衛隊が出て戦っていると思った方がいいよな……それで、こんな田舎の方に自衛隊の姿が見えないってことは、この辺の治安維持は放棄されたと思った方がいいってことで」
「で?」
「俺たち、自分たちでどうにかするしかないってこと……なんじゃないかな」
 計良(けいら)は外国人にそう言いながら、段々と絶望な状況であることを悟った。それは外国人にも伝わって、彼の人はオーマイガッーと呟いていた。
「情報がありませんから、難しいです」
 確かにそうだった。
「あ、私、アーヴィンといいます」
「俺は計良(けいら)です」
「ケイラ、ケイですね。いい名前」
 にっこりと笑ったアーヴィンの顔を見て、計良(けいら)は顔を赤らめた。よくよく見ればモデル並のイケメンだったからだ。

 とりあえず動かずに一日様子を見ようとなり、そのまま上空に宇宙船がいるままで、一日待ってみた。
 その間、宇宙船から何かの小さな乗り物が何回か学校や大きな運動公園などに着陸しては戻っていくを繰り返していたが、大きな物音や爆発音などは聞こえない。
 ここが日本であることから、銃などの重火器を持っているような人間が一人もいないというのも宇宙人からすれば攻略がしやすい地域なのだろうか。
 だが、朝焼けが見える時間になった時、アーヴィンが動いた。
「少し、奥にいきましょう。何か歩いている音が聞こえます」
 アーヴィンはどうやら耳がいいらしい。計良(けいら)は言われるまま、アーヴィンに付いて中へと入っていく。生き残った人間かもしれないと思ったが、こういう時に生き残った人がいい人とは限らない。
 このアーヴィンはいい人であるが、それ以外を信じることは難しい状況だ。もしかしたら、持っている装備を奪われるかもしれない。
 足跡を残さないように防空壕の奥に入っていくと、入り口辺りで何かが歩いている音が聞こえた。こっそりと奥から覗くと、朝焼けの中に防具服を着た何かが立っている。
 タブレットのようなものを持って、それを指さしながらあっちからこっちという風に何か話し合っているようだった。
 見た目は人間っぽいが、あの中にタコ星人が入っている可能性もある。
 計良(けいら)はアーヴィンを振り返り、もう少し奥へ行こうとジェスチャーで知らせた。それにアーヴィンが頷いて、さらに奥まで入っていった。
 スマートフォンのアプリで懐中電灯にして、隠れそうなところまで入っていくと、さすがに防護服の人間が通れない隙間などを抜けたお陰で、追ってはいないようだった。
そうして逃げた先で、とりあえず寝ることにした。
 緊張で完全に徹夜をしたせいもあり、暗い中にいると自然と眠れた。物音は一切しなかったせいもある。計良(けいら)は完全に寝てしまい、アーヴィンも眠ったようだった。