novel短編

美しき世界-2

 それからふと目を覚ました。暗闇にはすぐになじんできたが、目の前に明らかに人間と似た、でも光っている生き物を発見した。
「うあああああああああああああっ!」
 暗闇で方向すら分からずに、逃げようとしたのだが、すぐに壁に突き当たった。
「ひぃぃい」
 叫びながら振り返ると、光っている人間がこっちを向いた。
「あ、アーヴィン?」
 光っているのは、親切な外国人のアーヴィンだった。
 ホワホワとした光に包まれているのアーヴィンは少し困ったような顔をしてから言った。
「ごめんなさい。嘘をついてました」
「ってお前、宇宙人なのか?」
 この状況でそれ以外の選択肢はない。
 そう計良(けいら)が尋ねると、アーヴィンは頷いた。
「あの、外にいる奴らと仲間なのか?」
 そうだった場合、自分は騙されていたことになるが。
「ちがいます、あれは侵略者。私の元いた惑星もあの宇宙船に全滅させられました。私が逃げてきたのは八十年ほど前です。なのにやつらもとうとうこの星にたどり付いてしまいました」
 アーヴィンが悲しそうに言った。よほど地球も好きだったのだろう。
 八十年前にやってきて、地球に適応して、地球人として上手く溶け込めてやっていけそうだと安堵したのに、また同じ奴らに滅ぼされるのだ。
「ど、どうなるんだ……俺たち」
 それにアーヴィンが答える。
「あいつらは資源という資源を一週間で吸い尽くし、人間や生き物をすべて奪い尽くしてから星を去ります。つまり生き残るのは難しく、生き残ってからも地獄です」
「なんだそれ、ガソリンスタンドで給油した程度かよ……この星が……」
 まさか一週間で星を滅ぼせる宇宙人が実際に来るとは思わなかった。
 どうやらこの侵略者は、星々の資源を宇宙船に保管し、移動しながら新たな資源が豊富な星の資源を狙うために宇宙を旅しているのだという。そのため、宇宙船で常に移動していなければ、絶滅する宇宙人族というわけだ。
 星は幾万とあり、新しくどんどん生まれてもいる。彼らにとって資源は、この星の人間が採掘している石油や切り倒している木の変わりでしかない。違う生き物ということで、牛や豚のように人間が扱われるわけだ。
 それが分かって、計良(けいら)はぞっとする。
「私の星は、元々資源も枯渇していたのありましたが、地熱まで奪われるのに三日でした」
それを聞いた計良(けいら)は信じられない顔をしてアーヴィンを見た。
 幸いと言っていいのか分からないが、この星はまだ開発されていない状態で、そこから資源に変換するのに時間がかかるだろうから一週間と言ったのだろう。
 人間はたぶん食べるのだろう。家畜と同じで、食べられないにしても奴隷になり使い捨てされる未来しかない。人は知能を失って、牛や豚のように家畜になりさがる。さらに彼らが去るまで待ったとしても、最終的にこの星が死んでしまうことは間違いない。
 この宇宙船で侵略を受けたら、もう二度と世界は立ち直らないのだ。
 計良(けいら)はその考えに至ってしまい、思わず涙が流れた。
「ケイ……泣かないで」
「どうしたら……もうどうしたらいいか……」
「かわいいケイ、泣かないで。大丈夫、奴らが去ったら、私が乗ってきた宇宙船で、宇宙へ出よう。あいつらが来ない宇宙に行くだけの備蓄はしてあるから」
 アーヴィンがそう言う。
 どうやら八十年前に乗ってきた宇宙船で、今回も脱出しようというのだ。
 いきなりの誘いに計良(けいら)は驚いたが、それでももうこの世界が終わってしまうことが確実な今、選択の道はない。
「……うん、連れてって」
 計良(けいら)がそう言うと、アーヴィンは防空壕の穴の奥まで連れて行った。
 大きな空洞になっている岩場は、アーヴィンが昔宇宙船を隠すため飛来した場所。その中央に宇宙船がある。円盤ではなく、俵型という種類のものだ。
 元々は緊急脱出から遭難することを前提して作られた宇宙船だという。だから避難するための備蓄が何億人分もある。さらにはこれ一つだけで、あちこちを旅するために必要なものは様々な形で乗せられているのだという。
 アーヴィンはこれにたった一人で乗って、たった一人で脱出してきた。
 もうなんて言っていいのか計良(けいら)には分からなかった。

 宇宙船は全長だけでも二百メートルほどある。どうやらこの山自体がこの宇宙船でできた山で、戦中の空爆で周りの家がなくなっていたことにつけ込んで山に偽装したものだった。地元の人は山ができたことを奇跡と言い、そこに見つけた穴を防空壕として使った。もちろん攻撃されないように様々な偽装工作の方法を行っていたため、この山は一度として空爆を受けていないのだという。
 だから奇跡の山は今でも人が愛してやまない形になって、町の散歩コースとして整備されていた。
 宇宙船の中に入ると割と普通のプラスチックに似たものでできた通路があり、そこを抜けると大ホールに出た。まるで新種のホテルに来たような作りであるが、電気はついていなかった。
「起動させると、外のやつらに気付かれるから、しばらくはこのままです。大丈夫、地震停電の準備はしてあります。もしもの爆発の衝撃にも耐えられるようになっています」
 アーヴィンはそう言って近くにあるソファに似た椅子に座らせてくれた。
 柔らかなソファでホッと計良(けいら)が息を吐くと。
「時間はあるから、これでも飲んで休んで」
 アーヴィンがそう言った。
「寝床の準備をしてきます。あと世界情勢が分かりそうな何かを探してきます」
 アーヴィンがそう言って去ってしまうと、懐中電灯だけの明かりになり、しーんとした静寂が訪れて不安になった。
 だが、こんな場所があるならアーヴィンはあの時、防空壕の中で寝なくてもよかったのではないだろうかと、計良(けいら)は思った。
「いや、そうじゃない」
 そう声に出して頭を振る。
 アーヴィンは初めから一人でこういう時のための準備をしていた。だから計良(けいら)を助ける予定はなかったはずだ。余計な人間を一人抱えてしまい、アーヴィンは迷ったのだ。連れて行くべきか、置いていくべきか。
 だからあの時、防空壕内にとどまったのだ。
 正体を知ってもなお、付いてくる気があるのかどうかを試したのだ。
「悪いこと、したかな……」
 カタカタと手の震えが止まらない。
 外の人間が、餌として宇宙人に捕まっていくというのに、自分はこうやってなんとかなりそうになっている。ホッとした気持ちと、まだ安心できない気持ちと、自分だけ助かってもいいのだろうかという考えが浮かび、田舎にいる両親や結婚したばかりの妹のことなどが頭をよぎって、様々な感情が浮かび、頭が壊れそうなほどフル回転している。
 嫌なことしか起こってない状況なのに、自分だけが助かりそうだ。
 この世界に必要な人間ではなく、ただの一般人の自分だけが助かりそうなのだ。
 これが怖い。世界中の人に申し訳がない。本当にそんな罪悪感を抱いた。
「ケイ」
 いつの間にかアーヴィンが計良(けいら)の目の前にいた。
 震えている計良(けいら)の手を握って、しゃがみ込んで顔色を見ている。頬を撫でて分かっていると言った。
「ケイが考えていることは、私が八十年前に経験したことと同じです。君は一人じゃないです。君が助かるのはたまたまだと思ってください……選ぶとか選ばれたとか、そういう次元じゃないんです。たまたまここにいた、それだけなのです」
 少し困ったように笑うアーヴィンの顔が、事実を語っていることを悟る。
 アーヴィンも家族や友人を助けることができずに一人で自分の世界が壊れるのを見てきたのだ。たまたま救助船に辿り付き、たまたま誰も来なかった。そして一人で脱出するのに迷い、何日も来ない人を待とうとした。星が壊滅すると分かって、初めてすべてから目を背け、砕け散った星から脱出し、何年もかけてこの星にやってきた。
 そして新たな星に来て、やっと平穏が訪れた時、また同じ宇宙人に攻撃され、その星すら失っていく。
 何十年もこの町で暮らしたのだ。それが同じ相手に攻撃を受けて消える。
 アーヴィンは、二度も絶望を味わっている。
「……アーヴィン……」
「大丈夫です。私は……。でもケイは泣いた方がいいです」
 計良(けいら)はそう言われて、アーヴィンの胸で思いっきり泣いた。アーヴィンはずっと計良(けいら)を胸に抱いて付き合ってくれた。
 そしてそのまま計良(けいら)は気を失った。
 緊張であまり寝てない上に、頭の中で処理が追いつかずにいることで、処理能力がオーバーのだ。
 ぐったりと崩れ落ちる計良(けいら)をアーヴィンはしっかりと抱き留めた。
 気を失ったのを確認したアーヴィンは、計良(けいら)の涙を拭いてやってから言った。
「思ったより、あいつらも進化していたようです。目が覚める頃には、何もかも終わっていると思います」
 一週間は持つと思われた地球の防衛は、たった数時間で壊滅状態。政府はもはや誰が生きているのか分からないほどの打撃を受け、N34星人と呼ばれる宇宙人は、地球の核の力までも吸収する術をすでに完成させていた。
 地球は核の力などを使って生きている。その中心的なものの力がなくなれば、地球自体がなくなるわけだ。N34星人はその技術をアーヴィンが知らない八十年の間に作り上げ、実行に移しているのだ。
 この辺りの惑星で家畜とする生き物がいるのが地球だった。彼らはそうしたものが多いところに奇襲をかけ、一気に奪い尽して破壊してしまう。
 きっとこの太陽系の星すべてからエネルギーを吸い上げ、あの太陽ですらN34星人の一時のエネルギーにしかならないのだ。
 こんな強大な宇宙人相手に戦うなんて、どの星も無理なこと。
 なるべく彼らが来ない星を目指して逃げ、彼らに見つからないように生きるしかない。
 それか彼らよりも優れた科学力を持って、彼らに対抗できるモノを作り上げ、衝突して彼らを葬るか。その二択しかない。
 だって彼らN34星人は自らの星をも食い尽くしてきた星人だからだ。友好関係や信頼関係なんて築くことは不可能なのだ。
 N34星人も生きるためにやっていることだ。そうしないと種族が維持できない。だから話し合いなんてものも無意味なのだ。奪うことでしか得られないものしかN34星人は欲しくないからだ。
 計良(けいら)が眠ってしまうと、アーヴィンは計良(けいら)をカプセルの中に寝かせた。これで暫くは目を覚まさない。
「地球が消えるところなんて見なくていいのです……あんな辛いことは、ケイには酷すぎます」
 爆発して消えるならばまだいい。だが、地熱を吸い上げられた地球は、ただの岩屑として宇宙にゆっくりと散るだけだ。圧倒的なほどの自然の力であったものが、あっさりと消えていくのを見るのは、心に悪い。
 アーヴィンは、その辛さを知っている。あの光景は絶望と言っていい。
 ただアーヴィンはまだ死にたくないと思った。生きなければとも思った。
 這いずるようにしてでも生きていかなければならないと、使命のように思ったのだ。
 だがその思いを計良(けいら)のような地球人に求めるのは無理な気がした。
 宇宙で過ごせる技術がやっと確率した程度の人間に、宇宙で長期間生きるのは難しかもしれない。助けたのはエゴだ。ただ見捨てられなかったから。
 しかし、この先、ここで生きていくことができるかは、計良(けいら)の心にかかっている。
 生きるのを拒否した時、きっとアーヴィンは止めることはないだろうと決めた。
 あまりにも可哀想だから、好きなようにさせてやるのが一番だ。
 ただ連れて行くにあたって、彼は連れて行ってと確かに言った。
 だから、生きて欲しいと思う。
 
 本音は、一人は寂しいから、誰か側にいてと思っていること。
 アーヴィンは一人でまた脱出することに躊躇したのだ。
 そこに計良(けいら)が現れて、一人じゃないと思った。
 だから連れてきた。

 きっと連れてきたことを後悔する日が来ると思う。
 だけど、それでも一人でないことを後悔することはないと思った。
 アーヴィンはそう覚悟を決め、崩壊する地球から大きな宇宙船が去って行くのを見送り、崩れ去った地球の屑に隠れ、宇宙船が完全に視界から消えてから、ゆっくりと自分の宇宙船を起動させ、N34星人たちの宇宙船が消えた方角とは別の宇宙に向けて舵を取った。
その先には広大な宇宙が広がっている。
 地球人の計良(けいら)が見たこともない、そしてアーヴィンですら聞いたこともない美しい世界が広がっているだろう。