臆見の罪業〜Last Jadgment〜


 都会のビル街が微かに見えるこの部屋の窓に、激しい雨の粒が叩きつける様に降っている。

 知子は、光りを遮るカーテンを軽く引き開けて、その雨を眺めていた。


 季節は冬。

 雪の降る季節だが、外気温がさほど下がっていないのか、雪ではなく雨になっている。

 色とりどりの傘の群れが下の道路を行き違い、信号が赤になるたびに立ち止まり、車道を水飛沫を上げて車が走り去っていく。

 それは、果てしない物語のように幾度となく繰り返されていた。

 知子は、「冷たそうね」と、隣で眠っている男に話掛けた。

 男は返事をしない。
 眠っているようで、揺すっても起きない。

「まぁいいか」と知子は呟いて、また外を眺めた。

 雨は段々と激しくなって、少し霙の様になっていた。

 窓に打ち付ける雨の滴は、溶け掛けの氷のように痕を残して、そしてじわりと溶けて水に戻ってしまう。

「雪になるのかしら?」

 知子は呟いてベットから降り、床に投げ出されたバスローブを羽織ってから隣の部屋に行く。

 家の中は、暖房が強くかけられていてまったく寒くはない。それどころか、少し暑いくらいだ。


 隣の部屋は、リビングになっている。
 綺麗に整頓された部屋だった。

 知子は、その部屋が好きではなかった。例え、それが男の趣味ではあってもだ。

 テレビを付けてダイニングへ行くと、冷蔵庫を開けてビールを取り出した。ビールはちょうどの冷たさになっていて、プルタブを開けると、ビールの泡が音を立てる。その音を聴いて、一口飲んだ。心地よい液体は、異常に乾いた 知子の喉を潤した。

 はあ、と一息ついて、知子はリビングに戻った。

 ベットにいる男は、テレビの音にも、知子の気配にも起きて来る様子はなかった。

 知子は暫くテレビを観ていたが、昼間のドラマはやたらと不倫モノが多い。それも、不倫した二人がうまく行くという内容のモノばかりだった。

 馬鹿らしい。そんな事が現実にそうそうあるものか、と知子はテレビを消した。残ったビールを一気に飲み干して、空き缶 をゴミ箱に放り投げた。うまい具合に空き缶はゴミ箱に入った。知子はそれに満足してベットに戻る。

 知子がベットに乗った衝撃で、男の顔が知子の方を向いた。しかし、起きている訳ではなかった。


「可愛い」
 知子は男の顔を愛しそうに撫でて、また外を眺めた。


「雨は嫌い。雪になればいいのに」

 知子は北海道の小樽の生まれだった。

 東京で雪は降っても、あまり積もらない。小樽では、冬には日常茶飯事の事だった。だから、さほど好きでもなかった。だが、今ではそれが懐かしいくらいである。

 男は、時々知子の故郷の話を聞いては、何度も一緒に行こうかと言ってくれた。嬉しかったが、知子は家出同然で小樽の町を逃げ出して東京に来たので、簡単に戻る事は出来なかった。

 それに今はいいのだ。

 故郷の事よりも、この男がずっと側に居てくれる方が何十倍にも嬉しい事であり、幸せな事だった。

 男と知子の関係は、会社の上司と部下である。

 ありきたりかもしれないが、そう世間で言う不倫関係にあった。

 いけない事とは思いつつも、男にひかれていった事は仕方のない事であると、知子は自分に言い聞かせた。

 男も妻がある身ながらも、知子の事を大切にしてくれていた。


 そう、この関係が、妻の知るところとなるまでは・・・。


 知子がふと誰かの気配に気が付いて顔を上げると、知子の目の前に女が立っていた。

 その女の事は、よく知っていた。


 この女は、知子の隣で眠っている男の戸籍上の妻なのだから・・・。


「な、何をやって・・・・」
 呆然として、信じられないモノを見るように女は言った。

 当然であろう。この家は、男とその女の家なのだ。そこに愛人である知子が上がり込んで、夫とふたりでベットにいるのだ。

 怒りを露にした女が一歩前に進んで来た時、男の上に掛けられていた毛布がスルリと床に滑り落ちた。

 女はそれを見ると、知子に怒りをぶつけるどころか、何か恐ろしいモノを見たかのように顔を歪めた。




 そして・・・。




「きゃあああああああ!!!」

 女が金切り声を上げて顔を覆った。


 それでも男は目を覚まさなかった。


 いや、出来るはずもなかった。


 男の身体は、自らの血で真っ赤に染まっていた。見るも無惨にメッタ刺しにされていたのだ。


 知子の着ているバスローブにも真っ赤な血が飛び散り、顔や手もその色に染まり、既に黒く変色していた。



 そう、知子は男を殺していたのだった。



 女は悲鳴を上げながら外へ飛び出して行った。


 知子は、やっと邪魔者がいなくなったのでホッとした。

 これであの女は、この男に手を出したり、戸籍上の妻の座を誇示したり、うるさく口を挟んだりしない。

 知子は、滑り落ちた毛布を男に掛け直した。

 そしてまた窓の外を眺めた。


 外はようやく雪になっていた。



「雪になったわ。やっぱり雪が一番好き」

 知子は呟いた。


 当然、男にはその言葉に答える訳はない。



 二度と知子の言葉に答えない。

 それでも知子は幸せだった。



 男は一生、知子のモノになった。だから、そんな些細な事は知子にはどうでもいいことだったのだ。