今はもうない


 成縞カエは、体全体の痛みで意識を取り戻した。

 目を開けると、周りは薄暗くなっている。

 ここはどこだろうと、一瞬考えた。自分がどうしてここにいるのかまったく解らなかった。

 草の匂いがした。
 草の匂い?

 カエはぼんやりと考えた。

 自分はどうしているのだろう?
 これは夢だろうと思った。

 目が醒めれば、いつものように家の自分の部屋のベッドで母親が「起きなさい、朝よ。遅刻するわよ」と起こしてくれるはずだ。

 そう思って、カエは一旦目を閉じた。

 しかし、それでも自分が草の中に寝ている感覚は夢ではないと思わせた。

 カエは目を見開いた。

 そのうち段々と目が暗闇に慣れてくると、ここが森の中だと解った。
 自分の周りを大きな木が取り囲む様に立っているのが見えた。

 森?

「どうして?」

 カエは驚いて体を起こした。

「いたっ!」
 急に体を起こした時、体全体に痛みが走った。

「何故?」
 全身の体の痛みに驚いた。

 腕が痛い。でも動かせる。両手を上げてみる。動く。

 体を起こしてみる。痛みはあるが打撲のような感じだったので動かせる。
 幸い頭は痛くなかった。

 体はあちこちがズキズキと痛んでいたが、無理をすれば動かせない事もなかった。
 取り合えず、体がちゃんと動くのかを確認して、カエは体を起こした。

 ゆっくりと周りを見回した。

 そこは、やっぱり森だった。

 大きな木が立ち並び、雑草が覆い茂っている。
 だが、それだけではなかったのだ。

 その木は途中からボッキリと折れて曲がり、あるものは先端がない。所々に布のような物や、大きな鉄の固まりが刺さっているのだ。

 異様な光景をカエは呆然と眺め、自分に何が起ったのかを思い出した。

 

 十一月。
 待ちに待った楽しい修学旅行。

 高校の修学旅行は、韓国への旅行だった。成田空港で飛行機に乗り込んで、初めての海外旅行に機内では興奮した四十七名の生徒達は、個々に飛行機での時間を楽しんでいた。

 カエは親友と共に一旦席を立ったりして、持って来たお菓子などを交換して回った。

「でも、高校の修学旅行で韓国なんて、どうせならハワイとかにしてくれたらよかったのにねぇ」
 と香椎サヨコは呟いてみせた。そういうサヨコに中城ミチヨが言った。
「いいじゃん。親の金で海外行くんだし。どうせなら働いて自分の金でハワイでもニューヨークでもロンドンでも行けばいいじゃん」

 カエはその言葉に苦笑した。
 確かにその通りである。

 修学旅行はあくまで学校行事であり、親のお金で成り立っている。それに文句を付けたところで何になろう?
 学校の決める事に生徒が反論したところで聞き入れてくれるはずもない。

 もし、これが日本国内だったら、京都だとか九州とかになっていたに違いない。
中学で京都へ修学旅行に行っていたカエには韓国は新鮮な旅行先であった。
 それに国内旅行よりは韓国の方がたぶん旅費が安いのだろう。

「ま、韓国は一回は行っておきたい所だったしね」
 サヨコはそう言って笑った。
 そうして楽しい修学旅行が始まったはずだった。

 飛行機は、ちょうど富士山の上空を通過した所だった。
 そこでアナウンスが流れた。

「気流が乱れにより、当機は多少揺れを生じております。お客様は席を立たれないよう、もしくはシートベルトをおつけください」
 とスチュワーデスが言った。

 その時である。

 機体が大きく揺れて、爆発音が聞こえた。
 爆発は凄まじかった。

 その爆発音がしたと同時に、機内に風が巻き起こり、いきなり息が苦しくなった。
 そして酸素マスクが上の棚から出て来たが、そんなのを掴む余裕すらない。
 生徒達の悲鳴や、他の乗客の悲鳴が聞こえてきた。

 カエも悲鳴を上げていた。

 落ちる。

 カエはそう思った。
 座席に座っていた生徒は、シートベルトをして、体を固定させてその突風に耐えた。

 だが、中には席を立って移動していた生徒もいて、その生徒が後方に飛ばされて行くのが見えた。
 カエは必死で座席にしがみ付いた。
 シートベルトをする余裕などなかった。
 親友のサヨコも同じ様にしがみ付いていた。
 もう何をどうしていいのか解らなかった。
 ただ、この飛行機が落ちない事だけを祈るしかなかった。

 しかし、その願いは叶わなかった。

 飛行機は、どんどん高度を落とし、操縦が効かなくなったのか、左右に大きく揺れながら、前方に見えた山に一度接触した。
 その時、後方に座っていたカエ達の座席がごっそりと外へ放り出されたのである。

 幸いだったのは、放り出された場所と飛行機との高さがさほどなかったのと、覆い茂った木の上に落ちた事であろう。
 だから、カエは軽い打撲程度で済んでいたのである。
 轟音と共に、カエは酷い衝撃を受け、意識を失ったのだった。