novel短編

Dolls-兔(てう)-9

 夕方の山道を歩き、断崖絶壁の崖に作られている不安定そうな階段をひたすら上って、上に辿り着いたら夕日が沈んでいた。
 兔は完全に疲れ果てて、嘉藤が背負って歩いた。
 大きな屋敷が断崖絶壁に建っている。その屋敷の裏道から入ったが、そこに表札があった。
「……惟宗(これむね)って、現総理の?」
 まさかのまさかだ。現総理がDoll所持者だとは思わなかった。
「正確には総理の息子の吉人(よしと)様が正式な所持者で僕のご主人さまです」
そう言われて、嘉藤は一瞬だけギョッとしたのを引っ込めた。
 だが現総理は一年前に就任したばかりだ。前総理が収賄で消え、誕生した総理だが、祖父も総理経験者で、あのDoll事件を捜査した側だったのは有名だ。なので、初代、蒼のご主人さまなのは、祖父の方だったようだ。
「いやだが、初代は生きているんだよな?」
「僕は逃げたくて初代を主人にしました。主人もその方が効率がいいと言ってくれました。その後、吉人様が生まれになり、僕のご主人さまになりました」
 つまり吉人が生まれた時から側にいたわけだ。光源氏という感じか。好みに育てて主人として相応しくしたと言っても過言ではない。
 だがその吉人は政治家にはなってないはずだ。
「確かにご主人さまは政治家ではありませんが、お兄様がいずれ総理になられるので、問題はありません」
 基本的に惟宗(これむね)家はDollに対して理解があるようだ。
 現総理にしてもDollの所有者の家族であれば、国民も納得するだろうということで、所有者が自分でないほうがいいと思っていたらしい。
 屋敷に入ると、派手な装飾がなされたエントランスに出た。
 そこからリビングに案内されると、その吉人が座って待っていた。
「おお、お前が嘉藤か。俺は惟宗吉人(これむね よしと)だ」
 金髪碧眼の男性がそう言っていた。
 確か総理の妻はアメリカ人だったかと思い出した。色濃く白人の特徴が出ている外見は、日本人にはっきり見える兄だと言われる人とは違いすぎた。
「こういう外見なんで基本はあまり表には出ない生活をしている」
 外見だけではいわゆる濃いめのイケメンで、彫刻でありそうな顔立ちだが、それでもそれが総理の息子となると話は違ってくるようだ。
「それが兔か。ものの見事に真っ白だな」
 兔を見た吉人は興味深そうに兔を見てそう言う。
 兔は他の主人にはあったことがないのか、不思議そうに吉人を見ていた。
『……高和、他のご主人さまってどうしてこう偉そうなの?』
 兔が意外なことを言い出した。
「というと?」
『なんか高和は優しいって感じするし優しいから。なんか吉人(よしと)さんは冷たそう』
「そりゃあ兔のご主人さまではないから仕方ない」
『そういうものなの?』
「なんだろうね」
 そう話していると、吉人が咳払いをする。
「お前達は本当に仲がいいんだな。だが兔は口が利けないのか」
 吉人はやっと兔が大人しい理由に行き着いたらしい。それには蒼も驚きで、まさかというように嘉藤と兔を見てきた。
「……怪我をして、それ以来。博士でも治すことはできなかったと言われた」
 さすがに殺されそうになったとは言えず、嘉藤はそう言った。
「普段はどうやって意思疎通をしているんだ?」
 そう言われて兔がそっとスマートフォンを取り出した。
【ちゃんと伝えたい時はこうやってます。でもご主人さまは、表情でほとんど読み取ってくれるので、あまり使ってないけど】
 そう音声が言葉を伝えると、吉人はなるほどと頷く。
「聾唖(ろうあ)者が使う機械の上位版だな。さすがに博士がそれ用に作っただけのことはある」
「そんなことより、管理人がどうとかどういうことですか?」
 嘉藤がそう言った。ここへ来た理由がそれなのだ。
 吉人もそれを思い出したようで、こっちへ来いと嘉藤たちを連れて行く。少し歩くと頑丈なドアがあり、そこへ入ると、部屋中に監視用のディスプレイが並べられている。
「これは……うちじゃないか」
 映っているのは嘉藤が買った別荘だ。内部までしっかりと盗撮されているようにできていて、正直ショックである。
「これは管理人が仕掛けた監視カメラだ。幸い盗聴器はなかったようだが、こうやってDollを持っている人間のあら探しをする。お前らはカモだって思われてたようだな」
 そう言われて、嘉藤はゾッとする。
 さすがの兔も気持ち悪がって嘉藤にすがりついた。
『なんでこんなことするの?』
 平和に暮らしている人間の粗探しをしてまでDollを手に入れたいのだろう。兔の外見やあまり喋らないという要素が気に入られたようだ。
「おまえたちが家を出るところは画像差し替えしておいたんで、散歩に出たままという感じになっている」
 それには少しホッとした。兔とテレパシーで喋っているところが丸々映ってないということだからだ。
「さすがに管理人のやり口に気付いた他の住人が、俺のところに訴えてきた。直接やり合うのは嫌だが、被害届けは出せるだろうと。管理人に訴えても、監視カメラを外して終わりで、被害届を出さないらしい。挙げ句、売って引っ越した方が身のためだと言って脅すんだと」
 それで前の住人はあの別荘をなけなしの値段で捨てるようにして売ったらしい。一応管理人の持ち物になるため、それを売って嫌がらせをして、買いたたいてまた売るという商売をしていたらしい。
「正直、管理人がどんなことをやっていても俺には興味や関心はないのだが、問題はDoll関係だけだ。こいつだけは見過ごせない」
 吉人はそう言う。
「俺はDollの個人保護は必要だと思っている方だが、それでもDollが望まない関係を強制する人間は、とにかく許せない。あんたのところは特に、特殊な事情があるDollだ。ハンデのあるDollを強制的に狙ってくる輩が俺の目の前で蠢いているのは、どうしたって許せない」
「許せないとは言っても、お前に何の権限が?」
「庶民の義務がある。とはいえ、管理人の屋敷を捜索するとなると、大きな罪状が必要だ。そこで、お前の家に侵入した輩の雇い主が管理人であるという証言が欲しい。そこで、うちから特殊部隊を借りて、逮捕してみようと思うのだが。あの家、壊れてもいいよな?」
 吉人の言葉に嘉藤はある方法を思い付いた。
「すまないが、その前にこのパソコンを借りてもいいだろうか?」
「何するんだ?」
「用は、管理人の住居内の監視カメラに侵入できればいいわけだろ?」
「だがセキュリティーが思った以上に……」
「セキュリティーの本体に入ろうとするから問題なわけで、まずセキュリティー会社の方にハックして、緊急用のパスワードを盗む」
「ってお前、なんで正規社員のパスワードを知ってるんだ」
「ある筋から手に入れた」
 嘉藤の言葉に吉人は胡散臭い顔をしたが今はそれどころではない。
 実はこのセキュリティー会社が嘉藤が頼んだ家のセキュリティーと同じである。その設備に関しての情報のやりとりで、パスワード連想させる言葉を言った後に人に触ると大抵の人が自分のパスワードを思い浮かべている。
 それを覚えていただけのことだ。
「緊急用パスワードは、パスワードを忘れた人間のために使うもので、基本は本体に入るために使うものだ。だからこっちは入ってしまえば、向こうのパスワードものぞけるわけだ。ほらでた……「Dollmaker」」
 それで知り得たパスワードを使って吉人(よしと)は管理人の屋敷の監視カメラに潜入できた。
 だがそれは一部おぞましい映像が映し出されていた。
 Dollではない人間の未成年が監禁されているところだ。
 地下室に大きく作られた施設は上の屋敷からは独立できる使用である。
 地下室の形状を調べると、どうやら少年を売る商売をしているようだった。観客が訪れ、そしてオークションをする。
 静かな観光地にしておいたのは、金持ちにしか用がないから。そして環境や警備のために立てた塀もすべて、この少年達を逃がさないための檻にすぎない。
 パスワードがDollmakerとはよく言ったものだ。
 いわゆる児童の人身売買がしたいだけなのだ。だが人間ではDollのような役目は荷が重い。壊れる少年や成長して青年になると殺される。管理人があれほどDollに興味を持ったのは、DollのセックスDollとしての役目を欲しがったからだ。
「……なんてことを……」
 嘉藤はそう呟いて、側にいた兔を抱きしめた。
『高和しっかりして……高和……』
 すっかり混乱した嘉藤は兔に付き添われて部屋を出た。外には蒼も一緒に付いてきた。どうやら吉人が蒼には見せたくないと言って外へ出させたのだろう。
 リビングまで戻り、座ると、すぐに蒼が紅茶を出してくれた。
「すまない、動揺をしていまい」
「構いません。あれを見て動揺しない人はいません。吉人様は、それもうお怒りになられている」
「後は彼に任せたほうがよさそうだな……」
「ええ、あなたがパスワードを得た手段なんてどうでもいいほどの証拠を手にしましたから、吉人様はずっとこの機会を待ってましたし、徹底的にやられるでしょう」
「そうか、よかった」
 総理の息子に何の権限があるのかは知らないが、それなりに伝もあるのだろう。あの監視カメラの画像を通報するだけでも十分、捜査は及ぶと思われる。
 そういう風に思っていると、夜間にヘリが大量に浜辺に降り立った。船による上陸あり、窓から見ていると上陸作戦によって、管理人の家が包囲されている。
 やがて銃撃戦が始まり、爆音と銃声が響いて聞こえてきて、それは明け方まで続いた。
 事件が決着したのは、翌日の午前七時過ぎ。地下部分に部隊が突入し、監禁されていた少年達が保護された。
 管理人たちは早々に逃げたが、その逃走中に車が崖下に転落し、爆発炎上し死亡したとお昼頃に報告があった。
 避暑に来たはずが事件に巻き込まれた嘉藤だったが、吉人の計らいによって、事件現場から早急に自宅まで送ってもらえた。