novel短編

Blue on pink-3

 越智千雅(おち ちか)と出会ってからの緒方遼介(おがた りょうすけ)は、毎日がバラ色だった。機嫌はもちろんいい上に、朝から仕事も精力的に行う。
 ついこの間まで、仕事は各店舗に任せておけばいいと言って、精力的ではなかっただらしない姿からは想像すらできない姿で、人が変わったようだった。
 その姿に感心するのは、雨宮と一緒に暮らしている青年、上遠野玻璃(かどの はり)だ。
「うわ、別人だ」
 染めているわけではない、プラチナブロンドの彼は、白変種というアルビノに似た姿をしている。アルビノと違うのは、遺伝的に問題があるわけではないのに、アルビノに似た姿をしてしまう遺伝子が勝手に色素を持っているのに出さない選択をしてしまう症状のことだ。
 白化するのは基本的にアルビノと呼ぶのだが、白変種はそこまで有名ではない。ただアルビノと違うのは、アルビノが赤い目をしている人が多いが、遺伝的な問題はない白変種は、赤くはならず普通の色だ。見分けられるのは瞳の色というわけだ。
 ただ玻璃の問題は、その瞳は先天的虹彩(こうさい)異色症で、左右の瞳の色が違う。片方が茶色で左目が金色である。そのせいで左目が弱視でもある。
 見た目の段階で集団からつまはじきにされ、いじめを受け、不登校になったくらいの偏見を受けていた。
 そんな玻璃であるが、雨宮と暮らすようになってから人並みに元気になっている。雨宮と暮らしているので、当然緒方のことはよく知っている。昔は世話になったし、更に大検の時も彼が世話をしてくれた。
 そんなわけで顔見知りが、それも恋人に去られてから暗くなり、どうしようもなく落ち込んでいた彼が急浮上したという話を聞いたら、会っておかなければならないだろう。 そういうわけで、緒方がクラブの事務所を訪ねた時、ちょうど玻璃も一緒にいたわけだ。
「玻璃、どうしたんだ珍しい」
 緒方がそう言って部屋に入ると、玻璃は言ったわけだ。
「まるで別人、前より明るい」
 気味が悪いほど明るいのである。
 恋人がいた時は悲壮感があったし、別れた時の落ち込みは自殺しそうなほどであった。だが今は天国へ行ってきたのではないかと思えるほどの笑顔だ。
「酷いな、みんなして。俺が機嫌がいいとどうしてそう、おかしなものを見ているかのような反応で、眉をひそめるんだ」
 スタッフ全員にそういう顔をされ、挙げ句行く先々の店の店長にまで気持ち悪いですとはっきり言われた。
 悲しいなという顔を一瞬だけした後、緒方は言う。
「玻璃も大学卒業だっけ?」
「もってことは、噂の千雅ちゃんもってこと?」
「そうそう」
 にこりとしてそういう緒方に玻璃が呆れる。
 比べる基準がすべて越智千雅(おち ちか)になっているのである。
「何がそんなに良かったんだか」
 雨宮には玻璃以外の魅力は分からないのだが、見た目だけで気に入ったわけではないことくらいは理解できていた。この緒方の趣味をことごとく外れているはずの越智千雅(おち ちか)の何がというのは気になるところだ。
 雨宮との付き合いも十年になる。こういう風に常に上機嫌の緒方は見たことはない。
「すべてに置いてよい。あんなに可愛いのに、大学生卒業っていう二十二歳なのも、身長も百六十くらいで体も細いのに、大食漢で何処に入るのか分からないほどモリモリ食べるところなんか、気持ちがいいレベル。それなのに人間不信なのに、俺のことだけは信用してくれて微笑んでくれるとか、もうね今までの俺のタイプの真逆なのが素晴らしい。出会いで泣いてたのからすれば、ギャップもあったし」
 緒方がそう語り出すと、玻璃が雨宮から聞いていた細くて弱々しいイメージが消えていた。
「違うじゃん、壮(そう)さん」
「俺が見た時は弱々しかったんだ」
 雨宮はそう言って自分の見た目は間違ってないと言う。
「そうそう本来はそう見えて当たり前なんだ。あの子の本性は、俺の前でだけ出されるべきである」
 緒方がそう言い切り、玻璃が呆れる。 
「元々は明るかったけど、事件でテンパってて暗くなってただけじゃん」
 玻璃がそう言い、雨宮は頷く。
「そうは言っても、今や身よりも何もないんだ……天涯孤独。父親はいるらしいし、向こうも認識はしてるけど、立場上出てはこないみたいだし認知もしてない」
 そう緒方が言う。
 叔父の事件のことなどを調べてみて、どんなに厄介な人間に付きまとわれているのか理解できたくらいに、叔父のせいで千雅の人生は詰んでしまいそうだった。「その叔父とやらは見つかったのか?」
 雨宮が問う。
「いや、警察からは何もないって。どうやら新しく女を作って、そこにいるらしいから、その女が分からないと見つからない……。警察に行ったことは向こうも分かってるのか、千雅を連れ回してみても姿すら見せない」
 緒方がそう言うので、雨宮はなるほどと頷いたのだが、逆に玻璃はギョッとして緒方を睨んだ。
「何、それ。危険なこと分かってて、餌にしたってこと?」
「玻璃」
 いきなり低い声で緒方を責めたのを雨宮が止める。
「だってそうでしょ」
 そう玻璃が怒った時、従業員が部屋をノックした。
「あの、会長はいます? お客さんです、越智さんって人」
 そう聞いた瞬間、玻璃が部屋を飛び出していった。
「あ……あーあ……」
 従業員はそのまま困った顔をしていたが、ありがとうと言って下がらせてから、緒方に雨宮が言う。
「玻璃を使うなと言いたいところですが……」
「こうでもしないと相手が出てこないんだ。玻璃は目立つだろ?」
 緒方がにこりとして言ってきて、雨宮はやっぱりと深く溜め息を吐く。
「あなたが酷い人だということを忘れてました」
「お前ほどではないよ、俺は」
 緒方はすべてにおいて雨宮ほどの闇は持っていないと告げると、雨宮は舌打ちをした。



 緒方を訪ねてきた千雅は、裏口を入ったところで待っていると、プラチナブロンドの髪をした子が走って近付いてきたとたんに。
「君、千雅ちゃんだよね。俺、玻璃って言うんだ。話があるから一緒に行くよ」
 千雅が何のことか認識する前に、玻璃は千雅の手を引いて裏口から出た。
「え、え、ええええ?」
 引っ張られると逃げることもできずに、そのまま千雅はクラブの店長室がある窓を眺めると、そこに緒方が立っていて手を合わせて頭を下げていた。
「ごめん!」
 と玻璃の暴走を謝っているようだったので、これは緒方の知り合いだと分かってホッとした。
 とにかく何かあってこの玻璃という子は暴走しているのだなと分かっただけでも対応が違う。
 暫く走った後、急に玻璃が止まって振り返った。
「なんで振りほどかないの?」
 ぜーぜーッと息を吐きながら玻璃が言うのだが、千雅は玻璃を見て少しびっくりしていた。
「……っ」
 いきなり玻璃を見る人間は大抵驚く。最初はファッションでそうしているのかと思うのだが、まず眉毛や産毛まで真っ白で、肌の色も異様に白く、これはファッションではないと気付く。そしてその異質に気付いて気味が悪いと思うのだ。自分と違う生き物が自分と同じ様相で立っていたら、人間は怖いと思うのだそうだ。
 だが、千雅は一瞬びっくりはしたのだが、玻璃の顔を食い入るように見てから言った。
「あ、アルビノってやつなの?」
 と。
「厳密にはリューシスティックって言って違うんだけど……」
「違うの? あ、目が色が違うね、赤くないのも違うってこと?」
 ズバズバと失礼がないように切り込んでくる千雅に玻璃は圧倒されるようにして、答えるハメになった。
ばたばたとして二人して駅前のファーストフード店に入り、二階の奥の席を陣取って話を始めた。
「初めまして、越智千雅(おち ちか)です」
 まず千雅が挨拶をすると、玻璃は帽子をかぶったままで頭を下げた。
「急に暴走してごめん、上遠野玻璃(かどの はり)です」
 玻璃はそう謝ってきたので、千雅は笑ってネタバレをする。
「最初は驚いたけど、店の二階から緒方さんが謝って頭を下げてたから、緒方さんの知り合いだって分かってたので付いてきました」
 そう言うと、玻璃はなるほどとと唸る。
「そっか、だから落ち着いてたんだ」
「うん、それより、君のこと知りたい。理解したい」
 千雅がそう言うのだ。
「それって可哀想だってこと?」
「違うよ。自分が初めて出会った人をいきなり否定するのは、俺は違うと思う。でも君のような人を俺は初めて見てびっくりしている。どうして?って。単純に好奇心なんだけど……気分が悪いなら答えなくていいし、それで嫌な思いをしているなら、俺のこと殴ってもいいけど」
 千雅がそう言うので玻璃は圧倒されたように目を見開く。ここまで馬鹿正直に自分と違う生き物に興味がありますと言う人は珍しい。面白半分に尋ねる人はいるけれど、裏ではというパターンばかりだった。
 千雅は純粋に出会った珍しい人種に興味が出ているだけだ。そして自分の頭では理解できないことを理解したいと思っていることは本当なのだろう。
「遺伝的には問題はないんだけど、どういうわけか遺伝子が色素の情報を遮断してるって感じなんだって。それで髪の色とか肌の色が白で固定されるんだけど。アルビノは遺伝子異常からなるもので、俺のは遺伝子異常じゃないから、白変種、リューシスティックって言うんだって」
「あ、あの白い虎とかライオンとか蛇みたいな感じ?」
「そう、あれらと同じなんだってさ」
 そう言ってスマートフォンを取り出してその情報が載っているサイトを紹介する。千雅はそれを読んでなるほどと頷く。
 メラトニンは正常作用しているのに、体の色を作り出す色素のみが減少して白くなった個体がアルビノで、遺伝情報は正常で、メラニンの生産も正常に行われているため、瞳孔は黒くなるのが白変種だという。
「え、でも白変種は瞳は黒いって書いているけど?」
「この目はまさに遺伝子異常ってやつで、虹彩(こうさい)異色症っていう、いわゆるオッドアイってやつ。俺は右が茶色で左が金だけどな。だからなのか、左の目の方が弱視なんだ」
「へぇ」
 千雅はそう言われて玻璃の瞳をのぞき込んで言った。
「綺麗だね、玻璃くん」
 いきなりそう言われて玻璃は驚いた。
「え? 何いって……」
「綺麗なんだよね。だからびっくりしたんだ。髪とか肌とかは白くてもまあちょっとびっくりだったけど、その瞳がすごく綺麗で、それで凄くびっくりしたんだ。ああ綺麗だなって、そうだよ綺麗なんだよ玻璃くんは」
 そう言われて玻璃は顔を赤らめて、テーブルに顔を伏せた。
「お前……めちゃくちゃ恥ずかしこと、平気な顔で言うんだな……」
「あ、ごめんね。でもそう思ったら言うべきだって」
 玻璃はやっと緒方の言うことが理解できた。何でも素直に感想を言う。悪いことではない言葉を伝える能力は、かなり高いらしい。
 つまり人が喜ぶ言葉を自然と口にできる天然たらしというわけだ。
「そりゃ緒方さん、舞い上がるわ……」
「何?」
 首をかしげて尋ねられたのを何でもないと玻璃が返したので、それ以上それを追求しなかった。
「緒方さんに何か用だったのに邪魔して悪かった」
「ん――、一応緒方さんがそれでいいみたいにしたから、いいかなって思ってるところだけど、玻璃くんは、危険だって分かってるのかな?」
 千雅がそう尋ねると玻璃が何のことだという顔をしている。
「俺、今叔父さんにまさに命を狙われているといっても過言じゃない状態で、毎日出歩いて叔父さんを呼び寄せてるわけだけど、玻璃くんそれを分かってないみたいで……」
 千雅が言った言葉を玻璃は頭の中で整理しているかのように、とんとんと叩いた後に千雅に聞き返した。
「それってもしかして、自分を囮にして、叔父さんとやらを警察に捕まえさせようとしているって分かってやってるってこと?」
 そう聞き返すと、千雅は頷いた。
「何処にいるのか分からないし、あの俺を買ったとか言っていた折原って人も見つかってないみたいで。それで、俺が引きこもってると問題は長期化するだけだから、警察からは推奨はしないけど、それも一つの手だって言われて、緒方さんは分かってて付き合ってくれてるから、申し訳ないけど利用させてもらってる」
 千雅がそう言うものだから、玻璃は驚いた。
「お前、度胸あるなぁ……」
「そう? 自分の問題なのに、緒方さん利用してて卑怯だと思っているけど」
「いや緒方は利用していい、あいつは分かってて楽しんでるから」
 玻璃はそう言って、緒方もそのつもりで連れ回していると公言したと報告した。
「まあ、楽しんでるというか、俺の食べ歩きみたいになってきてるけど」
 そう言うと、千雅は側にあったメニューを眺めてから言った。
「緒方さんとお昼しようって約束してたから、腹ぺこで来ちゃったから、何か食べていい?」
「あ、うん、悪い」
「じゃ、頼んでくるけど何か食べる?」
「いや、コーヒーだけでいい」
 すでに持っているコーヒーを指さして言うと千雅はカウンターのある一階に下りていって五分ほどで戻ってきた。トレイいっぱいのバーガーを持ってた。
「お前……それいくつあるんだ?」
「んー、とりあえず六つ。全種類にしたかったけど、持ち合わせないからやめた」
 にっこりとして言われ、さっさと一個目が口の中に消えていく。
「全種類って、ここの十五種類くらいあるだろ……マジかよ」
 千雅が大食漢とは聞いていたが、想像以上の大食いだったのには玻璃も呆れた。そう驚いている間に二個目が消える。
「昔は友達が面白いからって、バーガー一個ずつ奢ってくれて十コ平らげたらさすがに気味悪がられたけど」
「じゃあ、俺が奢ってやるよって言ったら食べるんだ?」
「うん」
 即答が返ってきて、三つ目が口に消えた。

結局、千雅と玻璃は、駅前のファーストフード店で千雅が自分で六つのハンバーガーと、玻璃が面白がって積んだ五つの十一個を平らげながら雑談をして、クラブの事務所に帰ってきた。
「マジ有り得ない、千雅の腹、どんな腹してんだ。栄養云々じゃない」
「酷い、面白がって五つも頼んだの玻璃じゃん」
 二人はファーストフード店で店員に変な顔をされただの、周りの客がどん引きしていただの言い合っていたが、仲がいい友達同士が愚痴ってるだけのようで、それを見た雨宮は苦笑して、緒方は柔らかく笑っていた。
「すっかり友達になったみたいだな」
 そう雨宮が言うと緒方が言った。
「そりゃ天然たらしですから、千雅くんは」
 きっと玻璃にも嬉しい言葉を言ったに違いない。そんな雰囲気が漂っていた。
 だが緒方は、厳しい顔をしてから雨宮に言った。
「さて、相手の出方はどうかな」
「玻璃の方は監視を付けておく」
「うん、それがいい」
 緒方と雨宮はそう答えて、二人で納得し合った。