novel短編

Blue on pink-6

「千雅がね、愛してるって!」
 緒方がそう言い、体をくねらせながら世迷い言のように、のろけ始めると、それを聞いた雨宮と玻璃が眉をひそめて呆れていた。
「気持ち悪っ!」
 玻璃がそういうが、緒方は全く気にしない。
「で、その千雅は?」
 玻璃が一緒にいない千雅を気にすると。
「千雅はまた寝込んでる」
「はぁ? なんで?」
「さすがにやり過ぎたから」
 緒方がそう言うと、やっと玻璃は意味が分かったように、顔を赤らめた。
「あんた……加減ってもん知らないのかよっ!」
「加減できないくらいに千雅がエロいんです」
 真顔でそう言ってくるのにはあきれ果てるしかないのだが、それでもこれまで落ち込んでいた緒方が明るくなったのはいいことであるし、それまでのろけるなんてことをしたことがない緒方がのろけるのは、前の恋愛のせいでもある。
 相手が隠してくれといい、世間体を気にした相手だったため、ひた隠しにしてきた前回の恋愛では、拗(こじ)れて悪化するまで誰も気付いてやれなかった。
 今回はこうやってオープンにしても相手は嫌がらないので、こうやって状況が把握できれば、前のような騒動にはならないだろう。
 前は、すべて捨ててホームレスになろうとしたほどのダメージを受けていたからだ。
「千雅に捨てられたら、死ぬんじゃない?」
 壮(そう)に、玻璃がこっそりと言うと、それには雨宮が首を振る。
「どっちかっていうと、千雅ちゃんの方が緒方のこと好きすぎるから」
「どういうこと?」
「あいつ千雅ちゃんが別れたいって言ったら、納得して別れるよ。好きすぎて、困らせたくないとか言い出しそうなくらいにしか思ってない。千雅ちゃんは、それを知ってるからな」
「……それってそこまで思ってもらえてないのを知ってても千雅は今はそれでいいって思ってるってこと?」
「そう。緒方さんが、前の恋愛でトラウマ持ってることが分かったから、千雅ちゃんも無理したくないってことじゃないのか」
 雨宮はそう分析する。この二人が話し合っている間に、緒方は仕事をさっさと済ませて出て行っていた。
「はや……」
「初めて千雅ちゃんちに行くんだろ、どうせ」
 いつもは家の前で別れ、自宅には上がったことはないのだが、今回はさすがに寝込んでいるため、自宅には上がらせてもらった。そして仕事をしてもまた戻ってきてと言われ、緒方は喜んでいたわけだ。
「単純だよね、緒方さん」
 玻璃がやはり呆れる。
 千雅の存在一つで、緒方はここまでわかりやすい人間になっている。
「いや、相手が千雅ちゃんだから、それに影響されて緒方も変わってるってことだよ。前の緒方なんか秘密主義だったしね」
 雨宮は同じ業界にいたというだけで、緒方の何かをそこまで詳しく知っているわけではない。むしろ緒方が雨宮のことを何でも知っているのに対して、雨宮は緒方のことはほとんど知らないと言ってもいい。
 恋人が海外へ行くので別れた。だから落ち込んでいるというような内容を門井(かどい)から聞いた程度なのだ。
「千雅のいいところは、何でも素直ってことだしね」
 玻璃がそう言うと、それでも雨宮は一言付けたした。
「まあ、それでも緒方にとっては、眩しいくらいなんだろうけどね」
 雨宮の言葉に玻璃も頷く。
 裏がない言葉というのは、素直だということだが、それでも信じられない人もいる。緒方はその筆頭なわけだが、千雅はそれを知っている。
 けれど緒方が何だかんだいいながら、千雅に手を出したのは上出来と雨宮は思っていた。我慢ができないほど誰かを欲しいと思うことは緒方には必要な心だ。
 千雅はそうした心を緒方に取り戻してくれる人だ。


 その千雅は、緒方が来るのを待っていた。
 玄関のチャイムが鳴り、思わずそのままドアを開けて出てしまった。
「やっと見つけた、越智くん」
 玄関に立っていたのは折原だ。そして二人の部下らしき人間もいる。
「!」
 ドアを閉めようとするも、がっつりと三人の力でドアをこじ開けられていては、閉められるはずもなく、三人が部屋に上がり込んでくる。
 千雅は慌てて部屋まで逃げ、携帯を片手にして警察に電話を掛けた。だが発信音が鳴る瞬間に電話を取り上げられ切られた。
「千雅ちゃーん、何処へかけても駄目だぜ」
「はなせっ!」
 千雅が暴れて一人の男に蹴りを入れる。
「ぐふっ」
 上手い具合に腹に入ったのだが、次の瞬間、別の男に頬を何度も殴られた。
「っ!」
 必死の抵抗でも暴力を振るわれると怖い。体がこわばり抵抗をする力が抜ける。
 三度ほど叩かれたところで、折原が言った。
「だめだめ、顔は気に入ってるんだから」
 折原がそう言って止めたところ、腹を殴れた。
「ぐ!」
 空気が抜けるように千雅の口から呻きが漏れた。胃の中がひっくり返ったように痛くて熱い。痛みにもんどり打つと、男がそんな千雅の胸ぐらを掴んだ。
「最初から大人しくしてればいいんだよ」
 一人がそう言って千雅の来ているパジャマを脱がせてしまう。ボタンははじけ飛び、ズボンと下着は一緒に脱がされた。
 それに気付いてまた千雅が逃げようとするも、二人の男が千雅の体を押さえ、腕を床に縫い付けるように押さえてくる。折原と向き合った状態で裸にされ、千雅は焦った。
「なんで……」
「千雅を買ったんだ。最初から千雅は俺のものなんだ」
 折原はそう言うと、千雅の口に無理矢理に何かの錠剤を突っ込んだ。
「んんんっ!」
 千雅がはき出そうとするのを口を押さえて飲み込ませようとする。千雅は一生懸命はき出そうとしたのだが、その錠剤はアメのようにすーっと口の中で溶けてしまい、その薬を含んだ唾液が喉を通って入っていく。
「んんん――――――んぁ」
 口を解放された時には、薬は液状になり飲み込んだ後になった。
「何……のませて……ごほ」
 はき出そうとするのだが、そう簡単に液体は出てこない。
「Bug punk(バグ・パンク)っていう、気持ちよくなるクスリだよ。最近出回ってて、本当に気持ちよくなれるから大丈夫」
 折原はそう言った。
 脱法ドラッグとして何年か前から出回り、学生を中心にして流行っているものだ。千雅もその存在は友人が持っていたので知っている。だが使ったことはないが、世間の話だとセックスをするときに使用すると、有り得ないほどの高揚感を得て、痛みも快楽になるものらしい。
 依存性はほとんどないが、一回に五十錠も使い、使いすぎによる死亡者も出ている。
 緒方がオーナーをしているクラブ周辺で簡単に手に入る上に、値段も他のドラッグに比べて安いことで、低価格な上にセックスドラッグであるため、レイプ用としても流行っているのだという。
 折原はそれを使って千雅の感覚をおかしくさせようとしているのだ。
「いやだっ! はなせっ!」
 千雅は必死で逃れようとするのだが、三人の男に体を押さえつけられると思ったように動けない。まして立っていたなら逃げられたのだが、床に押しつけられているとそれ以上に逃げられないのだ。
「助けて! 誰か!」
「無駄だよ、お隣はさっき出かけたし、この階の住人どころか、他の部屋の住人もみんな出払ってるよ」
「!」
 千雅は絶望しそうになった。
 それを知っているということは、この機会をずっと折原は狙っていたことになる。住人の動向を探り、千雅が一人になるのを待っていたというわけだ。
「ずっと見張ってたんだ。マンションが見渡せるところからずーっと。千雅が一人になるのを……なのにっ!」
 折原は急に激高した。
「なのにっ千雅は何処の誰とも知らない男に、初めてをくれてやった!」
 そう言うと折原は千雅の太ももを叩く。パチンと音が鳴って千雅が悲鳴を上げる。
「痛いっ! やめて!」
 折原は千雅の太ももを十度殴ると、そこを何度も手で擦った。殴ったところは見た目にも赤くなり、痛みもあり千雅の体が震える。
「私が初めてをもらう予定だったのに……千雅、ああ千雅」
 折原はそう言いながら千雅の足を舐め始めた。
「いやだっ!」
 千雅が暴れると、腕を押さえていた二人の男が今度は千雅の足を大きく開いた状態にして固定をする。
 そして折原が千雅自身に触れてそれを扱き始める。
「……ぐ……うぅ……」
 乱暴な扱き方でとても気持ちがいいようにしようとする気がない方法に、千雅は苦痛の顔を浮かべる。 
「いたい……やだっ」
 千雅が抵抗をするので、折原は何かをまた取り出した。
「錠剤は効き時間が遅かったよね、じゃあこれなら大丈夫だ」
 折原は言って、スプレー状になったものを千雅の体に吹きかける。女性がよく旅行用などに小分けにして使う小さなスプレー瓶なのだが、それを使い切るような勢いで千雅の体中にかけた。そして掛けた液体を塗り込むように千雅の体に触れる。
「やめっ! やめろっ!」
 千雅は可能な限り大きな声を上げた。もし誰か住人が戻ってきたら異変に気付いてもらえる。大家には話を通してあるから、もしかしたら警察に駆け込んでもらえる。何なら、巡回中の警察官でもいい。とにかく誰かに気付いてもらえるように叫んだ。
 だがそれを鬱陶しがった男の一人に、口の中にパンツを丸めたものを突っ込まれた。そして口をその上から塞がれる。
「うるせぇよ……」
 男は面倒くさそうにいい、千雅をにらみ付けたが、もう一人の男は千雅の体をなめ回すように見ている。
「うっ……んぅ……ううっ」
 暫くして折原が乳首を捏(こ)ね回し始めると千雅の体が急に変化をし始めた。
「うふっうっうっんうぅっ!」
 急に体が熱くなり、触られたところが信じられないことに気持ちがよくなってきているのだ。不快だと思っていたものが急になんでと思うが、さっき千雅に振りかけたモノも同じBug punkというクスリの一種だったのだろう。
 効き目はこっちの方が早いのか、それともさっきの錠剤が効いたのか分からないが、有り得ないほどの快楽が強引に押し寄せてきて、千雅はパニックに陥る。
「効いてきたようだね、ほら」
 そう言われて晒された千雅の性器がしっかりと勃起している。それを折原は口に含んで扱き始める。
「ウ゛……ウ゛ぅぅん゛っ!」
 嫌だと全身で拒否しているのだが、与えられる感覚が快楽のそれだ。たまらなく気持ちがいいのだと認める方が絶対に楽なのに、千雅はそれを認めない。
 必死で抵抗して握りしめた拳から血が出るほど痛みで耐えた。
 それでも思考よりも先に体が薬の効果に負ける。
「う゛う゛……う゛う゛――――――っ!」
 我慢した分、体が跳ね上がり、折原の口の中に精を吐き出してしまう。
 望んだことではないから、千雅の瞳から涙が溢れる。悔しいのだ。クスリとはいえ、そんなものに自分の体が支配されるなんてあってはならないのに、体が言うことを利いてくれない。
 思い通りにならないことに腹が立っているのに、体は快楽を味わいたくてウズウズしている。矛盾することに耐えられず、千雅は壊れそうだった。
「千雅……ああ、千雅」
 折原はそう言ってズボンを脱ぎ出す。千雅は何としても挿入だけは阻止したくて、必死で暴れた。快楽がなんだ、そんなモノに支配されるもんかとばかりの抵抗には、さすがの男達も抑えきれなくなってきた。
 千雅はまず折原の股間を蹴った。
「うぉおっ!」
 折原がもんどり打って倒れた。男がびっくりして緩んだ手を千雅は引っ張って拘束を逃れた。
「くそっ」
 一人の男が千雅に飛びつこうとした瞬間だった。
「警察だ! 全員手を上げろ!」
 玄関のドアが開いて、スーツを着た男達が五人ほど突入してきた。拳銃を構えているのが見えたので、千雅はその場に座り込んだ。
「千雅っ!」
 緒方がそのスーツの男達の後ろから入ってきて、床にしゃがんでいる千雅を手招いた。その手には毛布があったので、千雅は上着を肩に掛けたままで緒方の胸に飛び込むようにして走り出した。
 千雅がまんまと逃げたために男達は、ベランダに逃げようとしたが、そこには機動隊が待ち構えていて、逃げることは不可能だった。
 どうやら千雅の悲鳴は響いていて、通報が相次いだらしい。
 更に緒方も近くまで来ていたため、警察をすんなり呼べた。
「緒方さん……」
「千雅、ごめんね、間に合った?」
「……うん、大丈夫だよ」
 千雅を抱きしめる緒方の手が優しくて、千雅はそのまま緒方に抱きついて廊下の端まで避難した。部屋からは男達は次々に拘束されて連れ出され、警察も引き上げていく。
 周りからは拍手が起こり、犯人逮捕を喜んでいるようだった。
 千雅はその場で部屋から持ってきてもらった服を着て、緒方に連れられてマンションを出た。部屋は現場検証のために警官が何人も入り込んでおり、半日は戻れないだろうと言われた。
 警察署でクスリを使われたことで強姦の被害であるとして、様々な検体を取ってもらい、千雅は一時間ほどでやっと解放された。
 事情聴取は取るまでもなく、折原の共犯の男が洗いざらい喋っているのだというから、そのつじつま合わせに明日また警察署に来るようにと言われた。
 解放された千雅は、ずっと付き合ってくれていた緒方がタクシーで緒方の自宅に連れて来られた。
 その間も緒方は千雅の手を握って離さなかった。
 二度とその手を離さないと決めたかのように。