novel短編

Blue on pink-8

 事件も裁判が始まり、地方裁判では折原(おりはら)を主犯、その部下である加地雄飛(かじ ゆうひ)とヤクザの友野猛(ともの たける)には誘拐未遂や詐欺などの実刑が降りた。
 共犯関係であることは二人が認め、折原(おりはら)の携帯やメールなどから計画書が見つかったことや、折原(おりはら)だけが無罪を主張し反省がないことや余罪があることから十二年以上の実刑となるそうだ。
 共犯の二人は、四年ほどの実刑。
 折原(おりはら)が雇っていた久松和宏(ひさまつ かずひろ)を殺害した実行犯は見つかってはいないが、殺害を依頼したメールや振り込んだお金が引き出されていたことなどから、殺害を依頼したのは折原(おりはら)であることは間違いなかった。
 依頼殺人であることが証明され、折原(おりはら)の実刑は伸びて十二年となった。だが実行犯は見つからず、警察は捜し続けているが、実行犯は多分見つからないだとうと思われていた。

 テレビで少し触れた程度のニュースが流れ、上告した折原(おりはら)だけが裁判を続けることになる。だがそれが却下されるのは数ヶ月後のことになる。


 そんなある日の会話だった。
「千雅(ちか)ちゃん、本当にアレでいいの?」
 そう言ったのは雨宮(あまみや)だった。
 クラブの店長室にお邪魔してさっきまで玻璃(はり)とゲームをして遊んでいた。玻璃(はり)は夕食を作ると言って、クラブの上にある雨宮(あまみや)が根城にしている部屋に戻り、千雅(ちか)はそのまま帰ろうとしていたところだった。
「何のこと?」
 千雅(ちか)はそう言って雨宮(あまみや)を見た。
 ドアを開けかけたのだが、すぐに閉め、雨宮(あまみや)に向き合う。
「緒方(おがた)のこと」
「ああ、いいですけど?」
 緒方(おがた)と付き合っていくのはいいけれどと答えたが、どうやら雨宮(あまみや)が言いたいことはそれではないようだった。
「雨宮(あまみや)さん、何がいいたの?」
 千雅(ちか)がスッと目を細めて雨宮(あまみや)に問う。
「緒方(おがた)は、あれでも単純だ。馬鹿だから後先も考えずに思ったまま行動してしまうこともある。昔、恋人の会社を潰そうとしていたこともあった」
「ああ、海外に逃げたあの男か」
 千雅(ちか)が吐き捨てるように言った。あの男は嫌いなのだ。未だに緒方(おがた)を自分のモノと勘違いして言い寄ってきた。看破してやったらさっさと逃げた男。
「緒方(おがた)は馬鹿だから、千雅(ちか)ちゃんのためを思ってしたことがある。それ知ってて、それでいいのかってこと」
 雨宮(あまみや)がそう言ったので、千雅(ちか)はふうっと息を吐いた。どうしてこの人は根掘り葉掘りするのだろうか。そう思った。
「いいよ。緒方さんが裏の手を使って叔父さんを殺したことなんて、叔父さんが死んだと聞いた時にすぐに察したから」
 千雅(ちか)はそう言って雨宮(あまみや)を睨む。
「後悔なんて一瞬だ。緒方(おがた)さんの手を汚してしまったって思って泣いたよ。だけど、あの人にとって大事なのは今は俺で、俺が側にいないと駄目になっちゃうって思った」
 緒方(おがた)が千雅(ちか)のために叔父を殺したのは、あの言葉を聞けば分かった。未(いま)だ実行犯が見つからないのも、緒方(おがた)が門井(かどい)を頼った結果だからだ。しかし遺体がいつまでも見つからないと、千雅(ちか)が不安で仕方ないので、完全には隠さなかった。だから遺体は見つかって、実行犯だけ綺麗に消えている。
「緒方(おがた)に同情した?」
 雨宮(あまみや)はそう言うのだが、それは違うと千雅(ちか)は言う。
「それ以上に俺が緒方(おがた)さんが必要だった。俺があの人がいないと、きっと駄目になるし、この世界に意味が持てなくなる」
 千雅(ちか)がそう言ったことで初めて雨宮(あまみや)は気付いた。
 緒方(おがた)が叔父、久松和宏(ひさまつ かずひろ)を消したのは、千雅(ちか)の安全のためではない。千雅(ちか)がどうしようもない叔父でも、身内だからと気に病んでいるのが許せなかったのだ。千雅(ちか)のすべてを手に入れるためには、千雅(ちか)が気にする何かを奪ってしまうに限る。
 千雅(ちか)は叔父をどうにかしなければ、戦わないとと思って生きていた。その矛先が消えた今、執着の対象は緒方(おがた)だ。緒方(おがた)に気に入ってもらうために今は様々なことをしている。
「出会ってたった数ヶ月で?」
「時間は関係ないよ。それに先のことなんて分からない。だけど、俺が緒方(おがた)さんを嫌いになるのに、今回のことはきっと関係ない。だから緒方(おがた)さんには俺が気付いているって言わないで」
 千雅(ちか)はそう言って雨宮(あまみや)をしっかりと見て言った。
「緒方(おがた)さんは俺が知らない、気付いてないって思って安心してる。だから」
 緒方(おがた)さんを苦しめる結果になるようなことをしたら、雨宮(あまみや)でも許さないというように千雅(ちか)は雨宮(あまみや)に言った。
「雨宮(あまみや)さんだって、玻璃(はり)のために」
 千雅(ちか)がそう切り出すと、雨宮(あまみや)はダンとテーブルを叩いた。
「玻璃(はり)に何かしたら、殺すぞ」
「そっちこそ、余計なことに首突っ込まないで。馬に蹴られて死ぬよ」
 千雅(ちか)は真面目にそう言った。
「雨宮(あまみや)さん、緒方(おがた)さんか玻璃(はり)か選ぶならどっち?」
 千雅(ちか)の言葉に雨宮(あまみや)は苦笑して、それ以上千雅(ちか)を責めるのをやめた。
 一応、千雅(ちか)のことを思って千雅(ちか)に手を引いてもらおうとしたのだが、それ以上に千雅(ちか)の緒方(おがた)への執着が生か死かというレベルのものだったのが誤算だ。
 挙げ句、玻璃(はり)と緒方(おがた)を両天秤にかけた。
 お互い大事な方を取ることにしようという案には、雨宮(あまみや)も賛成である。所詮、緒方(おがた)は雇い主であり、当面の経済を豊かにしてくれる相手なだけだ。それ以上でもそれ以下でもない。
 千雅(ちか)の言い分は、そういうことだ。
「玻璃(はり)のことは友達として好きだから、余計なことしないでね」
 千雅(ちか)ははっきりと言ってから部屋を出た。去っていくのを見送った雨宮(あまみや)はフーッ息を吐いて椅子の背に背中を預けた。
「千雅(ちか)、こわー」
 そう言って部屋に入ってきたのは玻璃(はり)だ。
「聞いてたのか」
「聞こえてたの。千雅(ちか)に忘れ物を渡そうとしてきたら、怖い話してるんだもん。駄目じゃん壮(そう)さん、千雅(ちか)の恋愛に口を挟んだら、そりゃ怒るよ」
 玻璃(はり)は平然としたようにそう言う。
 雨宮(あまみや)は玻璃(はり)に知られてもいいと思っていたし、実際、玻璃(はり)も気付いていた。緒方(おがた)は雨宮(あまみや)よりも怖いのだ。雨宮(あまみや)より年下なのに、こういった店をたくさん持っている人がただの人であるわけがない。そういうことだ。
「千雅(ちか)は素直だからはっきり言ってくれたけど、腹黒かったら、壮(そう)さん、今日中にここにいられないようにされるかもしれないでしょ」
「まあ、馬に蹴られたってことで」
 雨宮(あまみや)はそう言って苦笑する。
 千雅(ちか)の態度の変化は、確実に緒方(おがた)の影響だ。悪くはないのだが、人から見れば悪い印象を受けかねないほどの変貌だ。
「割れ鍋に綴じ蓋ってことじゃないの。俺と壮(そう)さんみたいに」
 そう言われて雨宮(あまみや)はそれもそうかと思い直した。
 千雅(ちか)にとって緒方(おがた)と離れている方がきっと生きていく上で生きやすいのだろうが、それでも千雅(ちか)はこちら側に来ることを選んだ。


 そんな千雅(ちか)は部屋を出て、すぐに緒方(おがた)のマンションに向かった。
 千雅(ちか)はあの騒動の後、また引っ越しをした。今度は緒方(おがた)の隣の部屋に引っ越しをした。緒方(おがた)はその千雅(ちか)の部屋の方にに入り浸り、軽い着替えを置くほどである。
 だが荷物の多さと元々このマンションすら緒方(おがた)の持ち物であることから、部屋はそのままにしてある。
 そんな千雅(ちか)が自分の家に戻ると、緒方(おがた)はまだ出かけたままだ。最近になって忙しく働くようになった緒方(おがた)と、大学を卒業する予定で、始平堂(しへいどう)弁護士事務所に就職が決まった千雅(ちか)。時間は前ほど合わなくなったが、それでも夜には二人揃っていることができるようになった。
 千雅(ちか)が弁護士事務所に本格的に顔を出し始めれば、時間はもっとなくなるが、それにも慣れようとして緒方(おがた)は仕事を普通にやることにしている。
 千雅(ちか)はその間に、税理士の免許を取るために仕事を始めた。
 弁護士自体になる気はなくなっていたため、弁護士事務所で扱う書類や軽い相談を受けられるような事務員として雇われるので、その方面の勉強も始めたばかりだ。来年になって人手が足りなくなる前に、年末から通って引き継ぎが始まる。
 すっかり冬になって寒くなった部屋をエアコンで暖め、千雅(ちか)は食事を用意する。野菜を切って入れるだけの簡単な鍋だが、寒い時期にはこれがいい。毎回味を変えてバリエーションを増やしたりしているが、緒方(おがた)も鍋は好きだと言って様々な味を試したがるようになった。
「ただいまー、千雅(ちか)ー」
 玄関が開いたと同時に、緒方(おがた)が千雅(ちか)に声を掛けてくる。
「おかえりー、緒方(おがた)さん」
 千雅(ちか)が玄関まで迎えに行くと、緒方(おがた)が千雅(ちか)を捕まえて唇にキスをする。チュッとして離れると緒方(おがた)が言う。
「んー今日はキムチ味か、暖まりそうだな」
 朝から鍋にすると約束はしていたが、味までは決めてなかったので、味見した千雅(ちか)の口から確かめたのだ。
「そーいや、明日休みになった」
「へぇ、珍しいね。オーナーに休みって」
「最近よく働いてるから、休んでくださいってさ」
「お疲れ様です」
「千雅(ちか)は明日は?」
「玻璃(はり)とゲームしようって話してたけど、お昼からだし」
「んじゃ、今日は」
「ご飯を食べてからね−」
 さっそくと千雅(ちか)を食べようとしたところを制して、千雅(ちか)はご飯が食べたいと言った。大食漢であるが、栄養がなかなかとれなく結果大食漢になるしかなかった千雅(ちか)にとって、食事を取らないことは命に関わるかもしれないことなのだ。
「分かってるよー。せっかくだし暖まろうね」
 緒方(おがた)はそう言って玄関から出て行った。スーツなどの着替えは自分の部屋に置いてあるので、そっちに戻る必要があるのだ。
 

 部屋に戻った緒方(おがた)はすぐに雨宮(あまみや)に電話をした。
「お前なんか千雅(ちか)に言った?」
 千雅(ちか)の様子は何も変わっていないのだが、何かぴりぴりしたものを感じた緒方(おがた)は雨宮(あまみや)が原因だとすぐに見抜いた。
『なんでそう勘だけはいいんですか』
「で、何を言った?」
『そんな緒方(おがた)でいいんですかって確認しただけですよ。結果、余計なこと言うなって馬に蹴られたって感じです』
 緒方(おがた)のしたことを話した結果とは言わない。緒方(おがた)は雨宮(あまみや)が千雅(ちか)の叔父を殺したことを話したのではないかと不安になっていた。
「言っておくけど、何があっても千雅(ちか)は離さないよ、絶対に」
 千雅(ちか)への執着は日増しにきつくなってくる。だが、それでも千雅(ちか)は笑って側にいてくれる。緒方(おがた)を求めてくれる。それが嬉しくて緒方(おがた)は変わったのだ。
 素直に愛していると言葉にだして伝え、そして答えてもらうように。
 前のような何もしないで付いていくなんてしない。
 千雅(ちか)を得るためなら、何を利用しても手に入れると決めた時から計画してきたことだ。
 だから今更、あのろくでなしの叔父を殺したからと言って、千雅(ちか)に軽蔑なんてされたくないのだ。やったことが最低だと分かっているからこそ、千雅(ちか)には知らないでいてほしい。
 雨宮(あまみや)はきっと気付いている。そして千雅(ちか)を日常に戻そうとしていた。玻璃(はり)を一般社会に戻すことができなかったからと、こっち側に来ようとする千雅(ちか)に、一般社会へ戻れとことあるごとに口添えをしていた。
 狂った緒方(おがた)に完全に捕まる前に逃げてくれと。
『千雅(ちか)ちゃんにも同じことを言われましたよ。もうしません』
 雨宮(あまみや)はこれ以上、千雅(ちか)にそう言ったことは言わないと言った。
「約束だよ、破ったら絶対に許さないから。玻璃(はり)のことは人質だと思っておいて」
 緒方(おがた)はそう言って電話を切ると、スマートフォン片手に千雅(ちか)の部屋へと歩いていった。