novel

calling-7

 胡蝶(フーディエ)と龍頭(ルンタウ)の嫁騒動が片づいた後に、問題が一つ残っていた。
 問題になっていた金糸雀(カナレイカ)と発言した真紅(マリーノヴィ・ツヴェート)からの使い、トーリャの問題だ。
 彼は前の騒動が終わった後に連れてこられたが、本来アポイントメントは取ってない。つまり勝手に潜り込んだというよりは、胡蝶(フーディエ)が勝手に連れ込んだ部外者だった。
 幸いにもトーリャは危機を察知して別の組織の人間だと名乗ったのだが、それが問題だ。真紅(マリーノヴィ・ツヴェート)のボス、ジヤヴォールが金糸雀(カナレイカ)と言ったことで、これから注意していこうと話していた矢先の出来事だからだ。その関係者が堂々とやってきたとなれば、警戒も強くなる。
「使いって何の使いですか?」
 寧野がトーリャに聞く。
 そもそもそこまで親しくはない。だから親しいようにされても困る。こっちは警戒していこうと決めたばかりなのだ。
 真紅のボス、ジヤヴォールから無理矢理に送られてきた人間などに用もなかった。
「俺、個人のことなんですが……仕事がなくて、それでボスに仕事くださいって言ったら、白鬼(なきり)さんの副会長さん、寧野さんのところで御用聞きしてこいって」
 どうやら仕事がないことを理由に無理難題を押しつけられたようだ。
 この様子からみて、普通に仕事ができる人間ではなさそうである。言われたままを行動して、言われたまま言う。こんな人にスパイ活動ができるとは思えないほど、酷く頭が弱そうだった。
「困ります」
 寧野がそうはっきりと言うと、トーリャが盛大にしょげて見せた。
「あーあーこれで俺、クビかなぁ」
 悲しそうに言うが、それを寧野がどうこうするのは話が違ってくる。
「申し訳ないが、こちらは必要としていないので帰ってください」
 寧野がまたはっきりと言って、櫂谷(かいたに)や香椎(かしい)が出てきてトーリャを追い出した。
「もうなんなんだ……」
 寧野がぐったりとしてソファに深く腰をかけた。
「さあ、なんでしょうね。真紅(マリーノヴィ・ツヴェート)は何か寧野様にしたいのではないでしょうか」
「じゃあ金糸雀(カナレイカ)って呼んだことと関係があるってことか」
 寧野がそう言うと犹塚が不振な顔をした。まだ報告はしてなかったと昨日耀と話したことを伝えた。
「そうでしたか……といいますか、寧野様。その場で私に言っていただけないでしょうか?」
 犹塚が真剣に頼み込んできた。
 頼りにされていると思っていたのに、そうではなかったとがっかりしていた。犹塚は寧野のことに関しては耀よりも先に何かを聞く権利があると思っているところがある。
「あ、ごめん。なんか動揺して」
 思わず耀を頼ってしまったのは、本当にせっぱ詰まっていたからだ。混乱して、早く報告しなければと焦ったのだ。
 寧野が耀を頼るのは当然であるが、犹塚はまだ納得がいかないように溜め息を吐いて言った。
「しかし今更ですか……」
「うん、収まったと思ってたんだけどね」
「それでさっきの女性のことを早急にどうにかしようとしたわけですか」
「そう、これ以上問題を抱えてられないし、鵺(イエ)関係なら、まあ本体が出てくれるだろうしと思って。最初に銀(イン)の名前を出してくれたのが大きいかな」
 報告を受けたのは早かったが、本人に確認を取るのに少々手間がかかった。本人に連絡する方法がない上に、零頼理(リン ライリー)を使っていいものか悩んだのだ。
 偽物なら放置でもよかったが、通ってきていたので本物だろうと思い、零頼理(リン ライリー)を呼んで銀道伏(イン ダオフー)と連絡を取った。
 その結果がさっきの出来事だ。
 当の騒動の元である蔡宗蒼(ツァイ ゾンツァン)とは話もしていないが、相当忙しいようだ。
「ですが、これでは寧野様が恨まれる結果になっただけで……」
「それも折り込み済みなんだと思うよ」
 寧野がそう言うので犹塚が首を傾げた。
「明確に俺を狙うってことは、俺を守るためにたとえ道伏(ダオフー)さんの妹であろうとも抹殺する理由ができるってことだもん」
 寧野がそう言うので犹塚はハッとする。
「まさか宗蒼(ゾンツァン)は、胡蝶(フーディエ)に寧野様を襲わせて、はっきりと敵対者にして抹殺したかったってことになりますけど」
「そうなんじゃない? むしろ、道伏(ダオフー)の妹というのが枷になっててできないで困ってるってことじゃない? なまじ道伏(ダオフー)さんが優秀すぎるから手放したくもないだろうし、もめたくもなかっただろうから」
 つまり、道伏(ダオフー)が優秀でなかった場合、胡蝶(フーディエ)は寧野を狙ったという理由で何処かで抹殺されて遺体も見つかったかどうか分からなかっただろう。
 それは道伏(ダオフー)も感じたことで、妹が殺されないことが不思議だったと言っていた。
「あと、俺が龍頭(ルンタウ)の血筋だっていう根拠がない噂が出回りだしたんだと思う」
 寧野はそう言った。
 実際はそうだとしても、噂として出回るのはおかしな話だった。
 こんな突拍子もない噂が本気で出回り始めるということは、誰かが確信を持ってやっていることになる。だが、それを証明する方法がまずない。司空(シコーン)の遺体などは鵺(イエ)が完全に隠してしまっているため、そこからのDNA検査による司空(シコーン)の血筋である証明ができないからだ。
 鵺(イエ)が寧野に親切にしているからという理由だけでは弱い噂だ。
「あ、それでそれを否定する意味を込めて」
「それを利用して花嫁候補を選んでたんだと思うよ。だから俺は思いっきり否定しておいたわけ」
 連携はとれてないけれど、友人だった犬束知有(いぬつか ちあり)としての蔡宗蒼(ツァイ ゾンツァン)のことなら、何となくやりたいことは予想が付いた。
「だいたい、こんな滑稽無糖な話を信じる方がおかしいけどね」
 それだけ宗蒼(ゾンツァン)の花嫁候補だった胡蝶(フーディエ)には絶対的な存在だったらしい。道伏(ダオフー)が長く一緒にいるから、たぶん幼なじみのような関係だったのだろう。だから彼が言うことに嘘はないと信じた。信じた上で、今回のような行動に出た。
「はた迷惑な」
 犹塚が憤慨したようにそう言った。
「本当にね」
 寧野がそう言って、乗せていたコップをわざと転がした。
 ガシャンと音がして、一口も飲んでいないコーヒーが滴って落ちる。
「あー寧野様……」
「ごめんねー」
 寧野はそう言って片づけようとした犹塚を制してテーブルの下に手を突っ込んだ。その寧野が掴んでいたのは、小さな粒のようなもの。それを目の前にやはり一口も飲まれていない、胡蝶(フーディエ)たちに出したコーヒーの中にポチャリと落とした。
「……寧野様……」
 犹塚が驚愕していたが、寧野は。
「結構手慣れた手つきで、すっとテーブルの下に手を突っ込んだから、何かあるとは思ったよ」
 寧野の見ている前で堂々と盗聴器を仕掛けたのは、トーリャだった。何の用だと聞いた時にうまく頭を下げながら仕掛けていた。その手慣れた様子から、彼は常にこういう役割で相手の手の内を知ろうとする役目のようだった。
 頭の方は弱そうだが、手癖は悪いという感じであろうか。
「ジヤヴォールですか?」
「さあ、それはどうだろう? トーリャとかいうやつの勝手な行動なのか、命令されてしたことなのか。それは分からないけど」
 トーリャの不気味な行動に寧野はなんともいえない顔をしていた。判断を迷ったのだ。見た目と中身が違い過ぎる印象を受けたからなのだが、何処までがトーリャの意思だったのかが分からない。
「さっきの会話は聞かれたってことですよね」
 犹塚が不味かったかと思っていると、寧野は手を振って言った。
「俺が鵺(イエ)の龍頭(ルンタウ)の花嫁候補の試験に巻き込まれて命を狙われたことと、ジヤヴォールが金糸雀(カナレイカ)と言った言葉を俺が聞き取れていたということくらいしか漏らしてないよ。せいぜい零頼理(リン ライリー)が令狐(リンフー)ってことと、それが常に俺についていることくらいだろうね、新しい情報としてはだけど」
 寧野がそう言うと、犹塚は確かにそんな話しかしてない上に、龍頭(ルンタウ)の血筋の話は寧野が否定しまくっていたばかりだ。
 微妙に新しい情報を与えてやったが、相手にとっては寧野の周りのガードが堅いことだけしか分からなかったというところだろう。
「今日のところはこれで終わり?」
「本当は出社してまでの仕事はなかったんですけどね」
 犹塚がそう言って書類をいくつか見せてくれた。確かにこれなら家で見てサインして、そのまま配達してもらえば終わった仕事である。
 大きな取り引きの翌日は基本休みである寧野だが、たまたま会社に泊まったのもあって、胡蝶(フーディエ)に会ったわけだが、まさか真紅(マリーノヴィ・ツヴェート)からのこういう接触があるとは思わなかった。
 朝に起きた時は耀はいなかったので、既に国内の取り引きに向かったのだが、これは怒られそうだ。


「はい、寧野!」
 寧野たちが外へ出たとたん、トーリャが現れて寧野の前に現れた。陽気な挨拶と笑顔に寧野は呆れた顔になる。
「なんだまだいたのか」
 そう言われてトーリャは。
「だって、そうするのが俺の仕事なんで」
 と寧野に張り付くのが仕事なのだとはっきりとそう言った。正直にそう言われて、寧野はあきれ果てた。
「盗聴器」
 寧野が恨めしそうに言うと、トーリャはにこりとして言った。
「あ、やっぱ見つかっちゃいましたか! 俺仕掛けるの下手だから、やっぱ駄目だね」
 などとあっけらかんに言ったのである。
 あまりの危機感のなさにはっきり言って、馬鹿じゃないかと思えた。スパイ活動をしていると平然と言ってきて、平然と述べるのは有り得ないことだ。
「あのね、スパイ活動を堂々と行われても困るんですよ。そういう使いはいらないんです」
 寧野がそう言うと、トーリャは大きな体、百九十センチはある体を小さくして謝ってくる。
「すみません……俺、そういうの分からなくて」
 どうやらどうしようもないほど教養がないようだった。ボスに言われたまま行動し、それを隠すこともしない。
「とにかく、今回は帰ってください。そしてボスに失敗したと言ってください」
 寧野が一々指示を出すと、トーリャはホッとしたように微笑むと、寧野の手を取り、ギュッと握って言った。
「ありがとう、これで帰っても怒られない」
 踊り出しそうな動きでトーリャは寧野の前から去っていった。
「あれで本当に本気なんですかね?」
 あまりの馬鹿さ加減に、犹塚すら寧野に触れるのを許してしまった。危険は十分にあったというのに、人を脱力させる能力だけは人一倍高いようだった。
 それから暫くトーリャは寧野の前に現れ続け、奇しくも一緒に行動してしまう羽目になっていた。何処にいっても目立つため、さすがに寧野も困ったものだと思っていたが、被害があるわけではなかった。ただ行動を見られている以上、重要なことには出かけられなくなった。
 幸い、耀が日本に帰ってきていたため、取り引きはすべて耀に回ってしまう羽目になったが、耀もトーリャの件で真紅(マリーノヴィ・ツヴェート)に苦情を出したところ、次の取り引きで収容するからそのまま放置でいいとまで言われた。
「うちも扱い兼ねてるんですよ」
 どうやらトーリャは別のボスに無理矢理に押しつけられた客人らしく、真紅(マリーノヴィ・ツヴェート)のボスすら扱いかねているのだと正直に言われた。
 そんな中、新潟で真紅(マリーノヴィ・ツヴェート)との取り引きがあった。
 寧野はその取り引きに行くしかなく、トーリャを預けてしまえば終わりだと思っていた。警戒を十分にしての行動であったし、日本とはいえ、今回の寧野は取り引きの見学のようなものだった。
 真紅は別の組織との取り引き現場に寧野を呼び、少額の取り引きを済ませた。
「すまない、こちらも急いでいたので」
 ジヤヴォールがそう言って、トーリャを引き受けた。
「寧野ー」
 トーリャが名残惜しそうに寧野の名前を呼ぶ。
「どうやら彼は貴方に気があるようだ」
「妙なのに懐かれるのは慣れている」
 ジヤヴォールの軽口に寧野は真顔で帰した。
 耀を筆頭に、ややこしい相手に好かれるのは本当に慣れていた。
 ただでさえ金糸雀(ジンスーチュエ)と呼ばれ、さんざんな目にあってきたのだ。
「これは失礼」
 さすがに寧野の現状を知っているはずのジヤヴォールも、この軽口は軽口で済まないことだと思って謝ってきた。
 そんなジヤヴォールは寧野の手を取り、その手の甲にキスをして膝を折って謝罪したのだ。
「なっ! 何をしてるんですか」
 慌ててジヤヴォールを立たせると、周りの雰囲気が一気に緊張した。彼の部下が、寧野がジヤヴォールを粗雑に扱い、家臣扱いしたと思ったらしい。
 ざわりとした状況で寧野は困ったようにジヤヴォールを見た。
「そういうことをされると困ります」
 本当に困り果てて言うと、ジヤヴォールは言う。
「美しい貴方がいけない」
ジヤヴォールの言葉に寧野は白々しさを感じた。
 確かにそう思っているのだろうが、演技懸かっているように感じる。
どういう理由でそうしてくるのか分からないが、魂胆があると思った方がいいだろう。
「寧野様」
「うん、分かってる」
 寧野をどうにかしようとしての行動なのだろうが、仲違いをさせようとする気なのか。
 そう思っていると寧野は自分たちが囲まれていることに気付いた。
 ジヤヴォールが跪くのが合図だったのか、完全に囲まれていた。
「どういうつもりだ?」
 寧野がそうジヤヴォールに問いただす。
「いや、あなたの身柄をもらい受けるつもりの取り引きですよ」
 寧野たちとの取り引きを先にしたのは親切心からではない。ジヤヴォールは、寧野を捕らえるために部隊を配置していたというのだ。
「たった十人の部下で、どうにかできるとでも?」
 ジヤヴォールがそう言った瞬間、寧野の足が綺麗に弧を描いてジヤヴォールの側頭部にヒットする。それはほんのわずかに動いただけの動作で、ジヤヴォールも寧野が少し動いたという程度の認識しかなかったと思われる。そしてジヤヴォールは脳しんとうのようになり、その場に膝から崩れ落ちて倒れた。
 一撃で気絶したのだ。
「うるさいよ」
 寧野がそう言ったのが合図だった。
 ジヤヴォールの部下たちが一斉に襲いかかってきた。
 全員が寧野を守りながらの作戦になるはずが、寧野が先頭に立って相手を沈めていく。圧倒的に数が足りないのだが、それでも武器を使うことを躊躇ったジヤヴォールの部下たちは、寧野の背後に常に倒れたジヤヴォールがいることに気付いた。
「あいつ! ジヤヴォール様を背にしてる!」
「くそっ! 撃てねぇ」
 寧野達に素手で敵う人間はそう多くない。武闘派と言っても過言ではない白鬼(なきり)の先鋭に勝つには銃を乱射くらいしかない。それを防ぐために寧野は真っ先に目の前にいるジヤヴォールを倒した。過剰反応かと思ったが、誘拐を示唆する言葉を吐いた人間を信じるわけにはいかない。
「まさか本気で狙ってくるとは」
 金糸雀(カナレイカ)と呼ばれた時からおかしかったのだ。
 赤い雪(クラースヌィ・スニイェク)のヴァルカと知り合いだからと油断していた。取り引き相手を簡単に裏切って、その相手を誘拐しようとする人間は、絶対に赤い雪すら裏切っているのではないかと思えた。ヴァルカが寧野を裏切ることはないと確信を持っているだけに、赤い雪の内部もボスの弱体化を理由に、幹部のボスの座の争奪戦が始まっているのかもしれない。
 そういう考えが瞬時に浮かんだ。
 寧野達が優勢にことを納めようとした時だった。
 ボンッボンっと大きな爆発音がした。
「なっ」
 目の前に突然大きな煙が広がり、一瞬で仲間の姿が見えなくなった。
「寧野様っげほっ」
 割と近くで犹塚の声がした。他にも櫂谷や香椎の声もする。だが姿が見えないどころか、催涙ガスだったらしく、目は痛いし、声も出せない。
「犹塚……げほっ」
 煙をかき分けて、声が聞こえた方へ進んでいくと、突然何かに足を捕まれた。ガシリと足首をつかまれ寧野はバランスを崩した。
「!」
 捕まれていない足でその掴んだ何かを蹴ろうとした瞬間だった。後ろに気配を感じた。
「……!」
 後ろを振り向こうとした寧野の首筋に何かが刺さった。最近のインスリンの注射で、簡単にそのものを指すだけで薬が注入できるような注射器ノボラビットのようなものだった。
 素早く足にからまったものを払いのけ、後ろにいる人間を払いのけた。しっかりと相手を見ようと寧野が目を開くと、相手は防護マスクをしたトーリャだった。
「おま……え……」
 グラリと寧野の体倒れる。足の力が急になくなって自分の体重を支えられくなったのだ。それをトーリャが抱き留める。
(くそっさっきの何かのクスリか!)
 そう思ったが後の祭りだ。内部に入り込んだクスリはあっという間に寧野の動きを止めてくる。
「……トーリャ……」
 トーリャは何も言わず、寧野を抱えてそのまま歩き出す。道中に誰もいなかったので、全員が煙に巻かれたのだろう。煙は港一体に広がり、遠くからサイレンが聞こえる。騒ぎを大きくした上に、こんな煙が噴き上がったのだ。誰かが消防などを呼んだのだろう。
(……サイレン、誰が?)
 寧野がそう意識をしっかりと保とうとして耳を澄ませると、桟橋から接岸されているタラップを歩いているのが見えた。
(……船だと?)
 段々となくなる意識の中、自分が港から船に乗ったことまでは理解できたが、それ以上、意識を保っていることはできず、寧野は意識を手放した。



 港から撤収した犹塚達は意気消沈していった。
全員待避ができたと思っていたが、肝心の寧野だけが見つからないのだ。警察か消防に確保されたのかと思っていたが、捕まったのは赤い雪(クラースヌィ・スニイェク)の人間だけで、寧野の姿は見えなかった。
 近くの隠れ家に逃げ込み、警察の無線を聞いていたが、それでも日本人が確保された情報はなかった。
「寧野だけ誘拐された……あの場に第三の勢力がいたはずだ」
 櫂谷(かいたに)がそう言った。 
「そうだ、あの煙の爆発は、真紅(マリーノヴィ・ツヴェート)の奴らじゃない。あいつら、何の装備も持たずに食らってたからな」
 香椎(かしい)がそう言うので犹塚も頷く。
 だがその第三の勢力がなんなのか分からない。あの場を支配できるほどの何かがいたとしたら、それは誰なのか。
「金糸雀(カナレイカ)の話は、思った以上にロシアで話題になっているようですね」
 犹塚がそう言う。金糸雀(カナレイカ)である寧野なら殺されずに誘拐される可能は高い。日本から手間暇かけてとなると、赤い雪から情報が漏れていたことになる。そして真紅が寧野を誘拐しようとしていたことを知っていた人間だ。
「耀様に連絡を……」
「とにかく寧野の行方は探しているから、耀様には動かないように」 香椎(かしい)がそう言う。
 ここまで騒ぎが大きくなったのなら、テレビニュースになる。警察も動いているし、消防等もいて現地で探すのは不可能だ。
 耀が動けば警察も察してしまう。それだけは避けなければならなかった。


 取り引きの失敗と寧野の誘拐の話を電話で聞いた耀は、飛び出しそうになる体を押さえて、目の前にある現状を納めることにした。
「寧野の情報は逐一集めろ。真紅(マリーノヴィ・ツヴェート)のことは、赤い雪(クラースヌィ・スニイェク)に通達しろ。取り引きを寧野の誘拐に使ったという契約違反と、日本警察の介入、当面の間、日本間の取り引きの閉鎖」
 その他、警察が来る前に対策を立てるように赤い雪(クラースヌィ・スニイェク)に知らせるように言った。
 白鬼(なきり)が関わっていることは今の所、警察にも知られてはいない。
 元々今日の取り引きは寧野に纏わり付いた真紅のトーリャを送り届けることと、小さな取り引きだった。鞄一つで済むそれだが、まさかそれがダミーだとは気付けなかった。
 相手が日本側で誘拐を企むような行動力があるとは思わなかったし、ヴァルカと知り合いだということまで知っておきながら、本当に堂々と誘拐を企むようなボスには見えなかったのだ。
「赤い雪(クラースヌィ・スニイェク)は思った以上に弱体化しているってことか?」
 耀の言葉は独り言だったが、側にいた九猪(くい)が言った。
「今回のことはその混乱を浮き彫りにしたのではないでしょうか?」
 つまり、組織としての結束が解れ始めた決定打のような事件だ。
「だがボスが捕まった今の真紅がどう言い訳しても赤い雪の責がないわけじゃない。さすがに日本の警察に捕まるとは思わなかっただろうが、ペラペラと白鬼(なきり)のことを喋るような相手ではないはずだ。そのくらいのプライドや恐怖が持っているはず」
 耀がそう言うように、捕まった真紅(マリーノヴィ・ツヴェート)のボスは、救急車で警察病院に運ばれるも、その次の日には病院から脱走し、日本を脱出したという。
 それでも寧野の行方は本当に知らないこと。寧野を誘拐したかったのは、他の組織に頼まれたことだということをヴァルカに喋ったという。
 それから寧野の行方は、一週間分からないままであった。