novel

calling-9

 トーリャから巧く逃げ出した寧野は車を街に向けて走らせた。とにかく人がいるところに出たいと思っての行動だ。電話なんかかけられればいいのだが、それすらこの上着に入っていたわずかなお金しかない。雪道の車は、運転がしにくく、前が見えない。幸い対向車はないようで誰にも出会わなかったが、トーリャの方の人間にも出会わなかった。
 なんとか街まで車出て、その街に唯一あったファーストフード店によって暖を取った。
 だがそこで初めて、自分がロシアにいることを知った。街の標識がそうであるから何となくそっちよりだとは思っていたが、国境を越えているとは思わなかったのだ。
 日本の新潟の港からロシアに運ばれ、監禁されたようだ。
「困ったな……どうやって国境越えたらいいんだ」
 僅かなお金と盗んだ車。外で野宿は死を意味する。そんな環境で逃げ切るには近くにいる誰かを頼らなくてはならない。
 かすかに分かるロシア語で食べ物を頼もうとした時、それが通じなくて困っていると、後ろからロシア語が寧野の頭越しに話してきた。
「それとこれ、で食後にこれを」
 という風にメニューを指さしていく。その腕をたどっていくと、後ろに立っているのが誰なのか分かった。
「……り、俐皇……」
 思わずガタリと物音をたててしまったが、俐皇の方はにこりとして日本語で言った。
「さっき、ロシアの軍隊らしい人間が街に入った。あれは寧野を追ってきたようだが?」
「な……!」
 トーリャが軍隊を呼んで寧野を追ってきたと言われて、寧野は焦った。すぐさま逃げようするのを俐皇は言葉で止めた。
「今出て行くと、確実に捕まる。そうなりたいか」
「……!」
 二度とあんな屈辱は受けたくない。そう思うと自然と体が震えた。
「とりあえず、こっちに来い」
 俐皇はそう言い、寧野の肩を抱いて奥の席へと連れて行く。一番奥は、店のカウンターに隠れて外から見えない。更に入ってきても見えにくい場所だ。探しにきても見つけられないように、寧野の隣に俐皇が座った。
「なんで……」
「こうやると恋人同士に見えるだろ。さすがに人を連れているとは思わないだろうしな」
 最初は冗談でいい、次は本当にその通りだった。一人で逃げ出した寧野が、このロシアで知り合いに会う確率はほぼゼロだ。俐皇に会ったことすら奇跡になるのに、他に助けを求められる人がいない状況で俐皇の提案を蹴るのは愚作だ。
「とにかく、あんまりくっつくな」
「そう言って、逃げる宛なんてないんだろ? ここロシアだしね」
 そう言われてグッと言葉を飲んだ。言い返したいが言い返せない。
「もしかしなくてもパスポートすら持ってないなんてことはないよな」
 更に悟られて言われた言葉にも返す言葉はない。
 テーブルに置いている手が力強く握られているのに俐皇は気づいているはずだ。
「一晩、俺の相手をしてくれたら、パスポートどころか日本に帰れる手はずはつける。どうする?」
「それでお前がその約束を守るという確証がない」
「確証? 入り口で見かけた時に殴って連れて行かなかっただけでも誘拐するつもりすらないわけなのは分かっただろ?」
 俐皇はそう言ってカウンターから渡された料理を受け取ってテーブルに並べていく。どうやらロシア語でやりとりをしていたのは、この料理のことだったらしい。
 ただ食べ物の名前やどういうものかは全然分からない。シチューぽい食べ物と煮込んだらしい肉の塊と野菜の炒めたもの。
「ほら、とりあえず食べな。食べている間に考えてくれたらいい。ただ、合意してくれたらの話であって、合意じゃない方法も採れるとだけ覚えておいて」
 スプーンをとってから寧野はその可能性があると示唆されて、一瞬固まった。
 何も分からない土地で一人でいる勇気はない。なんとしても日本に帰らないといけないのだが、そのための手段がこの隣にいる男にしかない。しかも今は追われている。トーリャに捕まれば当然、地獄のような陵辱やもしくは何かの目的に金糸雀(ジンスーチュエ)として使われることになりそうだった。
 そのすべてを避けるには、何かの屈辱を受けなければならない。
 だが、ここで俐皇を信用していいものかどうか。それが分からない。今回は仕事で来ていて寧野に構っている暇はないのかもしれない。それでも以前に受けた屈辱を忘れたわけではない。あんな思いをまたしなければならないのかと思うと、怒りでおかしくなりそうだった。
 とにかく食べられる物を食べ、体が芯から温まってくるとほっとしてきた。
 覚悟は決まった。
「で、どうする?」
「お前の提案でいく」
 寧野がそう言うと俐皇は少しだけ驚いた様子だった。
「本当に、手段がないのか」
「ああ。だから死ぬわけにはいかない。死なない方法を選んだ」
 寧野がそう真剣に返すと、俐皇がすっと寧野を胸に抱いた。
「ちょ」
「しっ! やつらだ」
 俐皇が抱えた瞬間、店のドアが開いて数人の男が入ってきた。がやがやと騒がしい音がして、ロシア語が飛び交っている。何かを問うた声に、店のおばさんが「コーヒー飲んで出て行った」と答えたら、男たちは店から出ていった。
「どうやらただものではないが、店の人間からは嫌われているようだ」
 店の客も誰も彼も、寧野が店にまだいることは知っているのに知らないふりをしている。それが証拠らしい。
 そんなことを俐皇が言ったが寧野の耳には入ってないようだった。ガタガタと震え、こらえきれない怖さを感じているようだった。
「やつらが街を出るまで、ここにいよう。そうだ、寧野が乗ってきた車、あれ、もう盗まれてたよ」
 そう俐皇が言ったので寧野はやっと顔を上げた。
「へ?」
「日本人が乗ってる車って思ったんだろうね。寧野が降りてすぐ、バール持った奴らが窓割って持って行った」
「え? え?」
「だからやつらこの店を重点的に調べなかったんだ。車がないからな」
 そう言われて寧野はホッとしたやら、これで本当に逃げ道がないんだなと思うと、どのみち俐皇の言う通りにするしかないんだと気づいた。
「約束、守ってくれるのか?」
 寧野は俐皇の服を掴んで必死に聞いた。
 日本に帰るためなら、その屈辱にも耐えて見せると言わんばかりの顔に、俐皇は優しく言った。
「口に出したことは守るよ。前もちゃんと約束は守っただろ?」
 それは耀が俐皇に捕まった時のことだ。耀と寧野を交換するから、俐皇は耀を殺さなかった。まぁその後、命は狙ったけれど、それでもあのおかげで耀が生きていることにはかわりはない。
「分かった一晩、相手する」
 寧野はそう言って俐皇に体を預けた。


 やっていることがむちゃくちゃのは分かっている。
 でも生きてここから帰るのに、俐皇を利用するしか方法がない。きっと耀は分かってくれると思うが、それでも怒り狂うかもしれない。その怒りすべてを寧野は受ける覚悟もできていた。
 自分が招いた失態だ。あんな罠が用意されていて、トーリャの策略にも気づかず放置したのが原因だ。
 そう考えれば、誰かを責めることはできない。自分の責だ。
 そのためにこうして俐皇に自ら抱かれるという事態になった。悔いても悔やみきれないが、トーリャよりはマシだと思えた。
 なぜなのかわからないが、どちらか選ぶとすれば俐皇の方だっただけのことだ。第三の選択肢があり、そちらが条件がよければ変えるだけのこと。
 何度も自分に言い聞かせて、寧野はシャワーを浴びて風呂から出た。
 部屋は、俐皇が取った高級ホテルだ。
 さすがにトーリャも寧野がこんなところに泊まれるとは思ってもないだろうと思った。俐皇も追われている人間が悠長にこんなところに泊まっているとは思いもしないだろうと、それを逆手に取ったと言った。
 風呂を出たとたん、俐皇が立っていた。
 近づいてきた俐皇が、寧野にキスをしようとするのだが、寧野は思わずそれを避けてしまった。
「……これだけは……」
 キスだけは自分の意志でしたくなかった。俐皇との約束ではあるが、それでも譲れない部分はある。
 寧野がそう拒否したことに俐皇はさほど怒りは感じなかった。すぐさま行き場をなくした唇は寧野の首筋を吸った。音を立て、痕が残るほどのキスをし、印を残していく。痕が残るとそこを舐め、首筋すべてをキスと舌で舐めた。
「んっ」
 鼻に抜けるような吐息をする寧野の反応に、俐皇は気をよくした。どうやら一年前ほどの拒否反応を示すことはなさそうだ。
 だがそれは俐皇以外の手であっても寧野は同じ反応をするということだ。
 それに手首や足首にある紐状の拘束痕は、寧野が逃げてきたこととあわせてみると、そういうレイプをされた後だということだ。だから俐皇に付いてきたし、俐皇の方がマシだと判断したわけだ。
 寧野のバスローブをはだけさせ、胸を露わにすると、乳首の周りをキスして回り、そして震える乳首に吸い付いた。
「あっ!」
 散々じらした上でなぶってやると、寧野自身はゆっくりと反応してきた。片方を指で転がし抓(つね)り、押しつぶしてと繰り返すと、乳首が立ってきた。こりこりと固くなり転がしやすくなる。摘んで強く引っ張っても、寧野は。
「いたっ……あっん」
 吐き出してくる言葉は快感そのものだった。
 どうやら一年足らずで、宝生耀は寧野の体を快楽におぼれやすくなるように改造を行ったらしい。何をされても感じるなら、苦痛ではないから、心がついてこないだけだ。そしてその反応は相手を喜ばせ、寧野から危険を遠ざける。
 セックス中に殺される確率は格段に減るどころか、普通に殺される確率も低くなる。愛玩具として保存しようと考える人間の方が多いわけだ。
 寧野を追ってきた人間もそうなのだろうと俐皇は思った。
「あっ……んぁ」
「乳首だけでいけるんだろ? いってみろ」
「え……やっあぁっ」
 強く乳首をこすりつけ、舌で乱暴になぶって噛んで引っ張ると、寧野はいとも簡単に達した。
 残滓は俐皇の膝にたっぷりと垂らし、それでも萎えない寧野自身は、この行為を気持ちがいいと感じていた。
 これはこれで好都合である。
 しかも今は寧野の意志で合意だ。あの時のレイプとは違う。
 そう思うと俐皇は寧野自身を手で掴んでこすった。
「あっぁぁっ……いったばかり……なのに……あぁぁぁ」
 敏感になっている寧野自身はビクビクと震えながらも、与えられる快楽に素直になる。先走りはどんどん溢れ、それで手元が滑りやすくなり、クチュクチュと音を立てて攻めてくると、寧野の体がビクビクと震え、耐えられないとばかりに俐皇にすがりついた。
 俐皇の首筋に抱きつく形になり、その寧野の吐息が俐皇の耳に当たる。ダイレクトに寧野が感じているのを聞くことができ、俐皇は完全に我を忘れて夢中で寧野の肩に噛みついた。
「あぁぁっ!」
 その痛みすらも快楽に変えたのか、寧野が二回目に達した。俐皇は寧野の残滓を尻に擦り付けて指で広げると、レイプされたばかりの寧野の孔はそこまで固くはなく、簡単に広がった。
 そして寧野の両足を抱え、背を壁に押しつけると、抱き抱えたままで、挿入をした。
「いき……なり、あぁあああっ」
 完全に先走りが大量に溢れていた俐皇自身は、それをローション代わりにして張り込んでくる。寧野の中はそれを待ってましたとばかりに受け止めている。
 嫌なのに気持ちがいい。そう思うのは二回目だ。
 だがトーリャの時よりも自分で進んで行う行為だからなのか、罪悪感だけがはっきりと残っている。しかしそれさえも吹き飛んでしまうほど、俐皇との相性はよかった。
 ズルズルと、俐皇の物を根本まで受け止めると、体を揺さぶられ挿入が繰り返された。ニチュニチュと挿入時に音がなり、激しい俐皇の息づかいが聞こえる。
「寧野……寧野」
 何度も優しい声で呼ばれ、寧野は心が痛くなった。
 俐皇が自分の体をも欲しがっていることを知っていた。だからトーリャのような屈辱的なセックスにはならないと分かっていて、俐皇の提案を受けた。
 その通りに俐皇は優しく抱いてくれる。これが俐皇に心があるからで、その心を返すことが寧野にはできない。心苦しいという気持ちがわいてくる。だから、感じられるだけ今は感じて、俐皇に返そうとした。
 この体は、今だけ俐皇のだと。
「あぁぁあっ! あっ!」
 内部を抉るように押し進んでくる俐皇自身が奥で弾けた。熱い物がたたきつけられ、寧野はドライオーガズムで達する。
「あ……あっあ……あぁう」
 ビクビクと体だけ達して、射精をしない寧野を見て、俐皇のタガは外れた。
「お前、なんだそれ、エロいだろ」
 寧野のドライオーガズムが数分続くことを知らない俐皇が、ベッドまで寧野を抱いて運んで、挿入したまま、ベッドに押しつけた。寧野の胸まで足を折り曲げ、上からのしかかるように孔と内部を犯し始める。
 残滓がジャプジャプと音を立てて俐皇自身の出入りをよくしていて、スムーズな挿入に寧野は声も出せずにただひたすら震えた。
「ーー!!」
 はっはっと息を吐いて吸うだけしかできないでいるが、それでも俐皇の腰つきは止まらない。皮膚がぶつかり合う音が、パンパンと大きく鳴って、激しさを伝えてくる。俐皇の先走りはどんどんでていて、射精していても構わずに、挿入を繰り返している。
 もはやセックスマシーンのような、その行為だけに集中していると言っても過言ではないほど、俐皇は好き勝手に寧野の孔の中を楽しんだ。
 挿入を繰り返し、中で出されてもまた挿入を繰り返す。そうするととうとう孔から溢れる残滓は泡を吹いていて、寧野の背中まで流れて垂れてベッドに落ちている。
 ニチャニチャと挿入する音も俐皇の股間周りに付いた精子が糸を引くのも構わずに抜かないまま、俐皇は三回果てた。
 やっと俐皇が出て行くと、シーツにはべったりと残滓が溢れ、寧野の孔からもゴボゴボと精子が溢れた。
 俐皇はすぐさま何度か達した寧野自身を口にくわえ、美味しい蜜を吸うように繰り返す。
 はっはっと激しい息を繰り返す寧野の前に、俐皇の性器がさらされる。大きな性器は黒光りしていると言っていい。耀とは違った大きな形で入り口が大きく、少し長い。
 眺めていたら、それを開いた口に押し込まれた。
「うぅうっ!」
 いきなりなんだと思っていると、俐皇が腰を使い出し、イラマチオされていた。
 喉まで押しつけるようなそれに、更に精子まみれの肉棒。不快なはずなのに、寧野はそれに耐えた。
「んぷっはぷっ」
 口の中で俐皇が弾け、精子を大量に寧野の口の中に吐き出した。
「飲め」
 俐皇はそう言って寧野の口を押さえる。
 飲みたくはないが、吐き出せもしないで、寧野は結局飲むことになってしまった。
 こくりと喉が動くのを見て、俐皇は満足したように微笑む。
 そして仰向けにしたまま寧野をもう一度犯し、様々な体位で寧野を陵辱し尽くした。
 それは夕方から朝方までの間の出来事で、最後の方は寧野にも記憶がないほど激しいものだった。
「おしり……こわれちゃう……」
 もう感覚すらおぼつかない上に、ドライオーガズムで頭までおかしくされた寧野は、俐皇が相手であることすら、よく分からないほど、狂わされていた。
「でもお尻は好きなんだろ」
「うん、好き」
 寧野は笑顔で答えていた。
 それは耀の時と同じ笑顔だ。
 そういう風に耀に躾られたので、そのままの反応で対応していたのだと思う。
 俐皇にはそれがよく分かっていたが、それでも寧野が自分が与えた快楽に酔ってくれていることは間違いなので、それはそれと行為に没頭した。
 全身を俐皇の精子まみれにされて、やっと寧野は俐皇から解放されたのだった。
 寧野はこの行為の半分以上は覚えておらず、俐皇はその行為をすべて記録していた。もちろん脅すわけではなく、個人的な楽しみのためだったが、想像外の結果に俐皇も苦笑したほどだった。
 部屋中にカメラがしかけられ、およそ十時間に及ぶ行為がすべてデータが残っているなど寧野は知る由もなかった。


 寧野が次に目を覚ました時には俐皇はいなくなっていた。
 部屋には俐皇の使いだという人間が待っていて、寧野に服などを用意してくれた。そして着替えをすると、車に乗るようにいい、それが着いた場所は鉄道だった。
 鉄道に乗って大きな港町に着く。ウラジオストクだ。そこから空港へ移動をし、偽造パスポートなどの書類をすべて、俐皇の使いにしてもらい、後は乗っているだけでいいと言われた。
 この日を逃すと、一ヶ月以上ウラジオストクからは飛行機が飛ばない。そんなことを知って驚いた。船はあるが、時間もかかる上に追っ手も乗っている可能性が高いという。飛行機は満席だったが、そこを融通してもらったので追っ手が乗っていることはないという。
「新潟には、あなたのお仲間が待っていると思います」
 そう彼は言って、寧野が飛行機に乗って飛び立つまで空港で見送ってくれた。
 およそ一時間半の時間で寧野は日本に到着した。
 偽造したものはすべて何の問題もなく寧野を日本の地におろしてくれた。


 ウラジオストク空港で、寧野をこっそりと見送った俐皇は、昨夜の熱も冷めやらぬ様相で飛行機が消えるまで見送った。
「そんな未練があるなら、閉じこめておけばよかっただろうに」
 後ろにいたマキシがそう言った。
「それでは意味がないんだ」
 俐皇はそう言った。
「意味がない?」
「昨日は特別だ。寧野が、心を開いてくれていた。返せないけれど、返すって。だから約束は守らないといけない」
 あの時の寧野は約束があるから、心を預けてくれたと俐皇は思っている。相性だって悪くなかった。前のレイプに比べれば天と地ほどの違いがあった。
 あんな幸運は二度とない。それが分かっているから、手放すしかない。
「何度でもつけ込んで、何度でも抱ける機会は作る。だが寧野が合意しなきゃ、あんな天国は味わえない」
 終わった後、寧野を洗ってベッドに寝かせた時、寧野は俐皇の袖を掴んで離さなかった。たぶん、温もりが欲しかったのだろうが、こっそりと唇にキスをすると、すっと手が離れた。
 キスは合意ではない。けれど、そこまでは許してもらえたと思えた。
「相当天国だったようだな。本当にお前は純愛だよな」
 あきれたようにマキシが言うが、それに俐皇は答えない。
 織部寧野を好きだと思うのは、もはや刷り込みのようなものだ。自分のものではないからこそ、欲しいと願ってしまう心もあるし、他人から奪う楽しみもある。だが、絶対に振り向かないと分かっていても、寧野の方にも俐皇に対しての良い記憶があるようで、今回はそれを感じた。相性は抜群に良かったのだ。
「それで、予定はそのままでいいのか?」
「代わりはない。もともと先乗りだったんだ。休暇を取ったと思えば、それで帳尻は合う」
「まあ、朝までセックスコースなんて、休暇じゃなきゃできねぇよな」
「それでどうだった?」
 俐皇がそう聞くと、一部始終を見ていたマキシが言う。
「とんでもねぇな。どんなところの情人になってもトップにはなれるだろうが、腕っ節もハンパない。グリーシャのところのガキが、あれを誘拐して手を出したが、ものの数時間でボディガード四人殴り倒して気絶させて、とっとと出てきたところだったらしい」
 マキシが呆れましたと手を降って言うのだから、俐皇も本当かと眉を歪ませた。
「そりゃまた、派手に」
 見かけた時、車にも乗っていたし、防寒具もちゃんとつけていたから、すべて盗んできたのだろうが、それにしてもちゃっかりしていた。
「聞いたところ、新潟の取り引きで罠にかかったらしい。白鬼(なきり)の坊ちゃんが気が狂いそうなほどだったよ」
「そのガキはなんて名前だ」
 俐皇が真剣に聞いた。
「アナトーリー・アレクセヴィッチ・アレンスキー。グリーシャの孫だ。皆からはトーリャとかトーシャと呼ばれている」
「つまり、アリョーシャは知っていて俺たちをたばかったわけか?」
 出先でこれでは内部でどうなっているか分からない。
「いや、それがトーリャの暴走ってことらしい。金糸雀(ジンスーチュエ)、いやこっちでは金糸雀(カナレイカ)って言っているらしいが、それを捕らえるのがトーリャの役割だったようだ」
「それでいざ捕らえてみたが、手をつけたわけか」
「その通り、だからアリョーシャはトーリャが金糸雀(カナレイカ)を捕らえていたこともまだ知らないし、逃げられたことももちろん知らない」
「ふん。ならこっちの予定も予定通りだ」
「だろうね」
 マキシもそうなるよなと頷いた。
 俐皇はどこかから連絡を受けると、そのままアメリカ行きの飛行機に乗った。