novel

calling-13

 北の国の人間だからか、夏は涼しいところにいるからなのか。とにかく暑いところは苦手だった。
 アメリカ、ロサンゼルス。
 ヴァルカは、赤い雪(クラースヌィ・スニイェク)の不始末を片付けるために、イタリアのデル・グロッソに警告を出した後、アメリカに渡った。
 その事件で真紅(マリーノヴィ・ツヴェート)のボスは日本で捕まった後に逃亡に成功したが、真紅のアジトには戻ってこなかった。
 白鬼(なきり)の情報から赤い雪への裏切りが発覚し、真紅のボスは戻ったところで懲罰か、殺されるだけだ。
 だが逃げ延びても惨めな逃亡生活に疲れ果て、死ぬだけになる。そんなことも予想できないほど、ジヤヴォールは自信を持っていたのか。
 それとも逃走に関して、準瓶万端だったとでも言うのだろうか。
「ジヤヴォールは見つかったか?」
 ヴァルカは待ち合わせしていたイーヴァにあった瞬間聞いた。
「いや、何処にいるかさっぱりだ」
 イーヴァが立ち寄りそうなところをすべて回ったが、何処にもジヤヴォールは立ち寄っていなかった。アメリカのロシアンマフィアから追われる身でありながら、逃げられている理由で思い当たるのは一つしかない。
 ジヤヴォールには手助けをする人間がついているということなのだ。
「そもそも、日本であいつに手を貸したのは誰だったのかというのも」
 ヴァルカがそう言うとイーヴァも頷く。
「その辺から調べないと無理なのかもな」
 そもそもジヤヴォールが裏切るにしてもこうも手際が悪いのに逃げられているのは謎だ。
「まさか、マトカのトーリャという男にいいようにされただけなのか?」
 ヴァルカは耀からジヤヴォール関係の情報を売ってもらった中で、ジヤヴォールが連れていたトーリャという青年が、実はマトカのボスの孫だろうということを聞いた。
 トーリャこと、アナトーリーは、グリーシャの孫で父親はアレクセイ。アレクセイはアリョーシャと呼ばれ、ボスの仕事をするようになっているとは聞いた。だがその子供であるアナトーリーの話はとんと聞かなかった。
 そろそろ大学を出る頃だと思っていたが、実のところは潜入スパイまでするほどの達人である。侮れない存在だ。
「そのトーリャも同じ目的で動いていたというから、金糸雀(カナレイカ)のことなんだろうが……」
「そもそもそれはお前が見定めてきたんじゃないか?」
 イーヴァが再度確認するように尋ねる。
「織部寧野に金糸雀(カナレイカ)の本来の力はないよ。本人がそうはっきり言ったからな。危機に関するカウントダウンみたいなものだけだと。それを察知する以外のものは何も使えない」
 寧野がそう言ったのだ。金の流れは読めない。嘘を吐く必要は一切ない環境であるのはヴァルカも分かっている。寧野はそんな力を欲しがってなかったからだ。
 否定するあまりに、シーニィに力を移してしまうほどに寧野は力を欲しがってなかった。シーニィもそう言っていた。あれは嘘を言う言わないの問題ではない。金糸雀(ジンスーチュエ)同士だけが感じられる独特のものだ。それを嘘だと思えない。
 シーニィがヴァルカに嘘を吐くことなどない以上、シーニィから出た言葉は本当以外のものはない。
 それでもヴァルカの感想になってしまう以上は。
「だが誰もそんな話は信じないよな」
 イーヴァの言葉はもっともなことである。
 金糸雀(ジンスーチュエ)の伝説を信じる人間は噂の部分である「金を呼び込む」という部分は盲目的に信じるくせに、その力が別のことに発動されるときくと、どういうわけか信じないのだ。
「人は都合のいいことしか信じない」
 ヴァルカがそう言うとイーヴァはまあなと頷く。
 その話を変えるようにヴァルカが言った。
「そのトーリャという人間の紹介をした組織の人間が消えた」
「消されたか」
 さすがに証人を残しておくほど優しい相手ではない。どこかに繋がりが残っていたら、そんな人間は危ないだけの存在だ。
「たぶんな。相当手の込んだことをしてきたようだが、一番の仲介者が死ねば……」
「後のヤツも黙り込む。本当にトーリャというやつはやり手だな」
 そうイーヴァが言うがそれにはヴァルカは賛同しなかった。
「どうもトーリャは命令で寧野を確保したらしいのだが、寧野は自力で脱出し、日本に戻ってきたという」
「へぇー……すげぇな。どんな手品を使ったんだ、織部寧野は」
 さすがに金糸雀(ジンスーチュエ)には関心がなかったイーヴァが初めて関心を示した。ロシアまで連れて行かれたというのに、本人はとっくに戻ってきているとなるとどういうことだと誰もが思うことであろう。
「さぁ分からないが、一週間くらいで戻ってきたと白鬼(なきり)のボスが言っていた」
 イーヴァは寧野をただの情夫で金糸雀(ジンスーチュエ)の血筋の人間だと思っているようだ。本当は見た目とは裏腹に圧倒的に強く、そして賢いことをヴァルカは知っている。この認識の違いが、寧野の評価の高い人と低い人の両極端しかいない理由だ。
「ロシアから脱出ねぇ。そりゃ例の鵺(イエ)じゃないか?」
「さあ、そこまでは俺も分からない。さすがに織部寧野と鵺(イエ)関係を白鬼(なきり)のボスがペラペラ喋るわけがない」
 実際にどういう関係なのかはヴァルカも知らないし知らなくてもいいと思っている。通常の付き合いで鵺(イエ)がしゃしゃり出てくることはないし、そもそも寧野の危機に鵺(イエ)が出てきた素振りすらなかったではないかと。
「だが、そのトーリャが現れる前に、寧野の側に中国人の娘が現れてちょっともめていたと聞いたぞ」
 イーヴァがそんなことを言い出した。
「なんだそれは?」
 聞いたことがない情報でヴァルカは驚いたようにイーヴァに問う。
「真紅(マリーノヴィ・ツヴェート)の中にいたヤツで、今回の取り引きに参加できなかったが事前の情報を吐いたやつが言っていた。トーリャを疎ましく思って寧野に押しつけて、上手く寧野の包囲網を突破できないかというボスの命令に従って見張っていたやつが言った情報だから確かだろう」
「その娘だけなのか?」
「いや、その後、どうも白鬼(なきり)ではない人間がぞろぞろ現れて、その娘を連れて香港行きの飛行機に乗ったところまで聞いた」
「香港……鵺(イエ)の本拠地だな……だが今まで関係ないとしてきた鵺(イエ)と急に繋がるのはどういうことだ?」
 ヴァルカがそう不審がる。寧野たちは鵺(イエ)との関係をただの取り引き相手として認識しているという程度だ。宝生組にいた時は組との関係で、お互いが干渉しないようにしていた。例えば宝生組は香港に手を出さない代わりに、鵺(イエ)も日本の宝生組の関係場所には手を出さないというような間柄だった。
 当時の宝生組や鵺(イエ)の活動の意欲的な行動からすれば、おかしくはない契約の内容だった。だから他の組織もそれ以上勘ぐりはしなかった。
 だが織部寧野を間に挟んで取りなされた契約であることは、ヴァルカも気づいていた。
 鵺(イエ)の関係者が異様に織部寧野に気を遣い、彼の望むような行動を取っていたからだ。織部寧野は宝生耀と一緒にいることを望み、鵺(イエ)はそれを叶えた。寧野に危害を加えようとした貉(ハオ)はとうとう鵺(イエ)と宝生組によって解体されるまでに至った。
 当時は双方ともに貉(ハオ)の侵略によりテリトリーを荒らされていたから協定を結んでした行動だと思われていたが、その協定が宝生組を宝生耀(ほうしょう あき)が出てしまった今でも白鬼(なきり)と関係が続いているとすれば、話が違ってくる。
 寧野が宝生組との関係が切れた辺りから、鵺(イエ)は宝生組との契約を破っている。それまで鵺(イエ)の関係者が東京などに現れることはなかったのだが、最近はそれを見かけることがあるというのだ。
 鵺(イエ)の関係者が宝生組と別の契約を執り行っているという話も聞いた。つまり前の契約内容では宝生組との関係に支障が出てきたということなのだ。
 一方、新たに生まれたはずの白鬼(なきり)は、鵺(イエ)との関係が随分と上手くいっている。鵺(イエ)との取り引きが頻繁に行われ、これまで日本に関わってこなかった鵺(イエ)の窓口と言っていいほど、白鬼(なきり)はその取り引きを一手に引き受けているのだ。
 これには日本のヤクザは上を下への大騒ぎだったらしい。鵺(イエ)の日本参入が大々的に行われたわけだから、これまでのチャイニーズとは訳が違う。
 宝生組を追われたはずの宝生耀が、大きな取引先を引っさげて日本の裏社会に堂々と降り立ったことになる。破門されるように宝生組を放り出されたはずなのにおかしな話だが、最初から宝生組を抜けるための準備をしていたとすれば、破門自体が茶番だったことは明白だ。
 大きすぎる組織に二人のボスはいらない。そう判断した結果、分裂するしかなかったと考えれば話は早かった。
 ヤクザという組織を掲げる宝生楸と、白鬼(なきり)と名乗りながらも、フロント企業を上手く扱って裏社会に君臨する宝生耀の存在の在り方がそもそも違うことになる。
 宝生楸よりももっと裏社会に溶け込んでいる耀が、深いところまで潜り込んで、何かをなそうとしている。
 まさに表と裏のような関係を築き上げている事実に誰が気づいただろうか?
 分裂した力に安堵した奴らは素人だ。分裂した力に恐怖するのが正しい。
 織部寧野はきっかけだが、その存在自体が鵺(イエ)の行動すら左右する。
 娘が織部寧野に危害を加えるものと判断するなら、鵺(イエ)の関係者がそれを排除するのはあるかもしれない。香港に堂々と連れ帰ったとなれば、娘は鵺(イエ)の関係者であり、重要人物の身内かもしれない。そんな人物が織部寧野に直接会ったとすれば、鵺(イエ)の中で織部寧野が重大な存在である認識があることになる。
 今回のことはそれを裏付けるような小さな事件だ。
「最近、鵺(イエ)の龍頭(ルンタウ)が花嫁をもらったと聞いた」
 ヴァルカがそう言うと、イーヴァがあっと声を上げて言った。
「花嫁が織部寧野を品定めにきたってことか?」
「可能性はある。つまり、織部寧野の何かの秘密は鵺(イエ)の中では公然の秘密として扱われていたか、花嫁か許嫁だったから話が漏れたか」
「なるほど、品定めというよりは……囲い込むために織部寧野を連れ帰りにきたと考えた方が、それらしいな」
「金糸雀(ジンスーチュエ)のこともある」
「ああ、金糸雀なら囲い込む方が正しいってわけか……だが、それなら最初から織部寧野を金糸雀として連れ去っていれば話が早かったはずだが」
「そうしなかったのは、織部寧野がそうできない、いや奴隷同然のことにはできない生まれだったという方がしっくりくる」
「つまり……織部寧野は、鵺(イエ)の身内、それも鵺(イエ)の幹部すら金糸雀(ジンスーチュエ)として扱えないと判断したとすれば、龍頭(ルンタウ)の血筋しかあり得ないことになるぞ」
 イーヴァがそう口にして、ハッとして自分の口を押さえた。
 考えもしなかったことだったから思考が追いつく前に口に出てしまった。だがその言葉はあり得ないと言えない。だが恐ろしいことだ。
 マトカにとって魅力的な中国のエリアを鵺(イエ)に完全に支配されて踏み込めないまま一世紀あまり、崩れることを知らない鵺(イエ)は何世紀もその黒社会で生きてきた組織だ。結束は強く、踏み込めないままであったが、いざ踏み込める素材が目の前に転がっている事実に奇妙さを感じないわけもなかった。
「そうさ、織部寧野が鵺(イエ)の龍頭(ルンタウ)の血筋であるなら、それを餌にして内部や外部の行動をあぶり出しているのが、今の鵺(イエ)の龍頭(ルンタウ)ということになる。織部寧野がそれを分かってないとは思えないから、分かっていてそうしていることになる。そうなると、宝生耀もそれを承知で鵺(イエ)との関係を続けている」
 ヴァルカの言葉にイーヴァも理解した。
「あいつら……世界中の裏組織相手に、餌で敵味方を分けてやがるのか」
 自分たちより大きな組織のマトカや赤い雪(クラースヌィ・スニイェク)、そしてクトータを相手取って、金糸雀(ジンスーチュエ)に釣られて動く組織を見極め、上手く釣られれば喧嘩を売る体制を作っていることになる。
 そう考えれば、煌和会(ファンフォフゥイ)が中国から追い出されるほどに追い詰められた理由も察しが付く。金糸雀(ジンスーチュエ)伝説に惑わされ、分裂した上に弱体化したところを鵺(イエ)が叩いた。もちろん白鬼(なきり)の前身である宝生耀(ほうしょう あき)の組織がその内部に杭を打ったこともあり、弱体化した煌和会はイタリアから撤退した上に、中国を失い、東南アジアの拠点も減った。唯一残っているシンガポールなどに逃げる羽目になった。
 アメリカのチャイニーズマフィアから煌和会の陰が消え、鵺(イエ)が深く食い込むほどになった。
「俺らも、危なかったってことか……?」
 イーヴァがそう呟く。赤い雪(クラースヌィ・スニイェク)が裏切ったわけではなかったが、今回真紅(マリーノヴィ・ツヴェート)の行いは裏切りに等しい。
「ヴァルカ、お前がいなかったら……俺らの組織も鵺(イエ)の進行を許していたかもしれないのか?」
 イーヴァがそう言うのは仕方なかった。赤い雪と鵺(イエ)のテリトリーが接近している国境付近の鵺(イエ)の動きが最近活発だったという。取り引きをしている他の組織が鵺(イエ)の組織をよく見ると言っていた。
 鵺(イエ)は命令さえ出せば、その取り引きを潰す行動に出ていたかもしれないのだ。
 縄張りが重要な地帯にいるイーヴァはそれに気づいてゾッとした。
「ちょうどマトカと鵺(イエ)と接近している地帯だ。おいそれと行動ができるとは思えないが、もし織部寧野が無事戻ってなかったとしたら、可能性はあったとしか思えない。俺のおかげとは言わないが、言い訳に筋が通っていたことが命拾いした理由かもしれない」
 それを聞いてイーヴァが息を飲む。
 ヴァルカもイーヴァも自分たちの組織、赤い雪の力を侮っているわけではない。けれど世界最強とは思ってはいない。というのも同じ地域に存在するマトカというマフィアの大きさを知っているからだ。
 だがそのマトカをして侵略をさせないのが鵺(イエ)なのだ。マトカが東南アジアに進出できないのは、この鵺(イエ)がいるからだ。更に鵺(イエ)が抱える末端組織は、全世界の中華街に存在する。その力は年々増し、取り締まりで消えゆくアメリカのマフィアやイタリアンマフィアと違い、鵺(イエ)のチャイニーズマフィアとは立場が逆転しているかもしれないのだ。
 強大になる鵺(イエ)の不気味なほどに内部が見えない組織による恐怖は、接近している地帯を持つマフィアだからこそ分かる闇だった。
 イーヴァが持ち込んだ情報もやっと仕入れたものだが、鵺(イエ)という組織が動けば、それに注視している組織には気づかれるほどの行動だったのかもしれない。
「織部寧野に手を出すということは、鵺(イエ)を敵に回すことでもある。もちろん、そのパートナーである白鬼(なきり)もだ。そして厄介なことに、あの真栄城俐皇(まえしろ りおう)も出てくる」
 そうヴァルカが言うとイーヴァもうなる。
「真栄城俐皇は、織部寧野に思いを寄せているんだったな……だが、寧野をおとりに使えば俐皇は釣れるだろうが、その前に鵺(イエ)や白鬼(なきり)が釣れる。さすがにその二者と全面戦争してまで、寧野を手に入れることは赤い雪(クラースヌィ・スニイェク)を持ってしてもできはしないってことだな」
「そういうことなんだ。俺が個人的に白鬼(なきり)の二人と知り合いだからという理由も囮に使いたくない気持ちの一つだが、それ以前にできないってことだ。真紅(マリーノヴィ・ツヴェート)がそれを証明しかけたところだが……」
 そうしたところに仲間から連絡が入る。
 最近のジヤヴォールがカナダに渡っていたことが分かった。
 旅行という名目で避暑地を転々としていたが、その一つの場所で殺人事件があったという。
「なんでも中国人が数人住んでいて、その中の一人がどうも軟禁されているようだった。名前は吉(ジー)高新(ガオシン)。そこが襲撃されて五人ほど死者が出たのだが、そのうち高新(ガオシン)だけが見つからなかったらしい」
 ジヤヴォールが滞在している間に、中国人の怪しい隠れ家が襲われ、一人行方不明になった。だがそれがジヤヴォールがやったことではないらしい。
「問題はジヤヴォールがその逃げた中国人を拾ったことなんだ」
 吉(ジー)高新(ガオシン)を拾ってジヤヴォールはアラスカ経由でロシアに戻ったというのだ。その後、ジヤヴォールが狂ったように金糸雀(カナレイカ)と口にするようになったのだという。
「その中国人、高新(ガオシン)だったか。そいつはジヤヴォールが逃げた後、どうなったんだ?」
 ヴァルカが問う。イーヴァは電話で聞いた話を続ける。
「話では、ジヤヴォールが日本に向かうのを見送った後にアラスカに向かったらしいのだが、途中で襲われたらしい。生き残った人間がいなかったんだが、それに関連した事件を見つけた」
 アラスカに渡るためにロシアのマガダンに渡りソコル空港に向かう予定だった。飛行機には間に合い、アメリカのアラスカ州アンカレッジに渡ったのだが、そのアラスカにて一行が襲われたのだという。
 ロシア人数名と中国人らしき人間が一人。
「それが吉(ジー)高新(ガオシン)なのか?」
「人相は一致したようだ。誰かがカナダで高新(ガオシン)を襲い、失敗したので追いかけてロシアに渡り、そこから更に追ってアラスカで殺したってことか?」
「執念なのだが。その高新(ガオシン)は何者だったんだ?」
 そうヴァルカが言うと、イーヴァはその高新(ガオシン)一行の遺体を引き取り手として自分の組織の人間を使ったという。もしかしたらその一行の中にジヤヴォールが混ざっているかもしれないと思ったからだ。
 それを確認するためにヴァルカたちはアラスカに向かった。
 アラスカのアンカレッジにて遺体を確認したところ、真紅(マリーノヴィ・ツヴェート)のボスであるジヤヴォールがその遺体の中に混ざっていた。
「どうやらアメリカ経由でアラスカで落ち合う予定だったんだな」
「ああ、どうやら組織の人間の一部しか信用してなかったようだが、なぜ拾ったはずの中国人を信用したんだろうか?」
 ヴァルカがそう呟く。イーヴァも思い当たることがなくて首を傾げるのだが、その中国人である吉(ジー)高新(ガオシン)の身元が突然判明することになった。
「組織のシステムに指紋をかけたら、胡高黒(ホゥ ガオヘイ)と一致した。高新(ガオシン)は高黒(ガオヘイ)だ。貉(ハオ)の最後のボスで、行方が唯一不明だった人間だ」
 イーヴァが信じられないようにそうヴァルカに報告をすると、ヴァルカもまさかと息を飲んだ。
「恨みを買ってはいただろうが、誰がこんな……」
 そこまで言ってヴァルカは思い当たることがあった。
 頭の中に浮かんだのは、まず織部寧野だった。
 そして貉(ハオ)の元ボスが狙われる理由は、金糸雀(ジンスーチュエ)の関係者であるからだろう。そしてその二つが合わさって、寧野が助かり、高黒(ガオヘイ)が死ぬ結果になる事態を想定すると、一人の男の名前が浮かび上がる。
「……真栄城俐皇……」
 心の底から憎んでいる男の名前だ。
 その言葉にイーヴァが驚く。
「まさか、この事件の犯人が俐皇だと言うのか!」
 イーヴァもまさかと思ったが、ヴァルカの説明を聞いて頷くしかなかった。
「高黒(ガオヘイ)を殺したいほど憎んでいる人間がいるとしたら、金糸雀(ジンスーチュエ)関係で花(ツェピトーク)まで殺した俐皇だけだ。他の組織なら、ジヤヴォールのようにかくまったり隠したりするはずだ。なのに殺した」
 金糸雀(ジンスーチュエ)の話を知っているなら高黒(ガオヘイ)はまさにその金糸雀(ジンスーチュエ)になり損ねてはいるが、金糸雀(ジンスーチュエ)の一族の末裔でもある。どこで血が混ざっているのかは分からないが、それでもあんな狭い組織の中で全くもって血が混ざらなかったとは言えない。だから金糸雀(ジンスーチュエ)になり損ねている寧野を殺した場合、一族が死に絶えている金糸雀一族の流れを、汲んでいるはずの高黒(ガオヘイ)が金糸雀になる可能性もあったわけだ。
 ジヤヴォールはその可能性をかけて、高黒(ガオヘイ)を助ける振りをして手に入れていたはずだ。
 その高黒(ガオヘイ)を探していた俐皇が、カナダで殺し損ねたとすれば、高黒(ガオヘイ)はジヤヴォールの手助けを受けるしかない。
 ジヤヴォールを追って俐皇がロシアに渡り、高黒(ガオヘイ)を捜し当てていたとしよう。その居場所へ向かう途中で、織部寧野に偶然であったとすれば、俐皇は寧野を助けたはずだ。
 トーリャに連れ去られ、やっと逃げ延びてもロシアで逃げ道のない寧野が俐皇を頼ったとしてもおかしくはない。そこに寧野が信用するだけの提案を俐皇がしたのなら、寧野は間違いなく付いていくはずだ。
「だが高黒(ガオヘイ)をここで逃せば、面倒なことになることも知っている。だから寧野を連れて行くことはできず日本に戻した。その方が安全だからな」
 織部寧野がロシアのウラジオストックから戻ったことは分かっているから、俐皇がウラジオストックからアンカレッジに飛んだことは間違いない。そこでヴァルカが唸る。
 これが本当だとすれば、真紅(マリーノヴィ・ツヴェート)の情報が俐皇に筒抜けだったことを意味する。
「真紅の中に俐皇のスパイがいることが分かった以上、赤い雪(クラースヌィ・スニイェク)の中にもそれがいると思った方がいい」
 その言葉にイーヴァがハッとする。
「このところの俐皇への報復が失敗した理由もそれだ。誰かが俐皇に情報を漏らしている」
 ヴァルカがそうはっきりと確信を持って言うとイーヴァも頷いた。
「そうだな。それしか考えられないこともあった。元幹部殺しなど、それこそ俺たちですら知らない居場所を知っていたりするのも集めた情報を見られたヤツにしか」
「大体、俐皇の行動を一向に読めないのもおかしいことだった。誰かが情報を隠蔽している可能性もある」
「それができるのは幹部の中でも限られた人間だけだぞ」
「そうだ。だから問題だ。これからそれを調べる。ジヤヴォールも遺体で見つかった以上、これ以上の追求も白鬼(なきり)はできないだろう。それよりも俐皇が高黒(ガオヘイ)を殺したという情報をくれてやれば、一応の納得はするはずだ」
「……お前、ボスらしくなってきたな」
 少し前まで白鬼(なきり)には借りがあるというような態度で及び腰だったヴァルカが、ボスらしく上から物を言い出したことにイーヴァは感動したように言った。
「そろそろその覚悟も必要だってことだろう? イーヴァ」
「その通りだよ、ボス」
 イーヴァがそう言うとヴァルカは少しだけ笑って覚悟を新たにした。