novel短編

points and lines-6

 週末になると、真野のスマートフォンに成原からのメッセージが入る。登録してあるアプリに場所と時間、そして食事の有無を聞かれる。それに対してオッケーとだけ返しておくと、いつもの密会が成立する。
 真野は、とにかく今回もいつも通りに行動することにした。
 あれから須佐とは話しておらず、呆れてものが言えないと言っていたので、あれ以上の忠告はないのだろう。
 成原のことに関しては、須佐のせいではなく、もはや真野の意思が入っていることだ。忠告はされたので、これ以上須佐に相談するわけにもいかなかった。
 金曜の夜になると真野はいつも通りに成原の元を訪れた。
 レストランで食事をしたのだが、成原はいつも以上によく喋った。とはいえ、それは食事内容についての蘊蓄のようなものだったが、それでも成原は今までそういうことをあまり言わない方だったと思う。
「本日のデザートでございます」
 デザートが出てくると、それは真野が好きなブルーベリーのタルトだった。
「たしかお前が好きなモノだったな」
「ああ」
 真野の好きなものは一応覚えているらしいと真野は思ったが、成原はそんな真野に、自分の分のデザートも差し出す。
「いいのか? うまいぞ」
「私はいい。食べられるなら食べてくれ」
「そうか、じゃもらう」
 真野は軽々と二個のタルトを平らげる。そんな真野を成原は笑みを浮かべて眺めている。
 何とも真野にとっては居心地が悪い。
 食べ終わって部屋に行く時でも成原は今まで自分が先にさっさと行っていたのだが、今日は何故か並んで部屋に向かっている。
 そうしたことだった。
「あれ、知晃(ともあき)さんじゃん」
 部屋に向かうエレベーターに乗ろうとしていたところ、成原の名前を呼び、近寄ってくる人がいた。その人物は、まだ大学生くらいであろうか、そんな若さのある青年で、成原とは親しそうな雰囲気だった。
 顔も今風にイケメン、鼻も高く顎も細い、そして真野を見た目が、どうにも品定めをしてくるような目で、真野はすっと目をそらした。
「駿人(はやと)か……いたのか」
「ここのデザートが美味しいって褒めてたでしょ、知晃(ともあき)さん。それでね。で、そっちの人は? 何?」
「こっちは気にしなくていい。真野先に行っててくれ」
 成原は面倒くさそうに言い、着いたエレベーターに真野を先に乗せ、鍵を渡してきた。
「え、紹介してくれないの? なんだよ。また隠すのかよ」
「いいから、お前は黙っていろ」
 真野は言われた通りにエレベーターの閉まるボタンを押した。閉まるまで成原の知り合いは真野のことを知りたがってわめいているのだが、成原は関係ないなどと言っている。
 明らかに向こうは関係に気付いている。
 真野が成原の恋人ではなく、ただのセックスフレンドだと。だからこそ真野は面倒くさいと思ったのだ。確実に後で面倒ごとになるタイプだ。
 真野はそのまま部屋に向かい、部屋の前で鍵を開けようとして、別の部屋から人が出てきたのにちょっと驚いた。あまり廊下で人と会わないのだが、今日はとにかく人が出入りしている雰囲気だった。
 鍵を開けて部屋に入ろうとした瞬間、黒服を着た男二人が、真野の部屋に入ってきた。
「な、何…うっ!」
 突如、部屋に侵入され、真野はなんとか対応しようとしたのだが、いきなり腹を殴られた。
 床に倒れそうになるのを男が支え、更に口に何かの液体を付けた布を付けてくる。薬品独特の匂いがして、真野はしまったと思った。だが息を止めてももはや吸い込んでいる薬品は、一分ほど当てられてとうとう息も止められずに吸い込んでしまう。
「う……う……」
 そこで真野の意識は途絶えた。
 男達は真野が薬で眠ってしまうのを確認してから、部屋の外に誰もいないのを確認し、部屋を出た。その時、真野は握っていた鍵を部屋前に落としていたが、男達はそれに気がつかずに通り過ぎた。


「で、あれ、誰なの?」
「お前、しつこいぞ。前こそ興味すらなかったくせに」
「だって、珍しいどころじゃないよ。セフレと食事とか普通しないだろうし」
 駿人はそう言って、成原の気持ちを探ってくる。
 成原はそれが分かっていたから、真野を遠ざけたのだが、駿人のしつこさは変わらない。
「お前こそ、ここで食事してる余裕なんてないだろ? 大事な時期に何をしている」
 成原がそう言うと、駿人のスマートフォンが鳴る。ポンと言う音からして何かのアプリだ。それを駿人は見た後、にやっとして言う。
「セフレが恋人に昇格なんてことはよくあることだけど、知晃(ともあき)さんは、一族のエースなんだから、男と恋愛なんてしてる場合じゃないと思うんだけど」
 成原に対して駿人がそう言うと、成原の鋭い視線が駿人に突き刺さる。それこそ余計なお世話だとばかりの視線。
「セフレだったら、紹介して欲しいな。すっげー好みの顔をしていたし」
 駿人がそう言うと、成原はさすがに駿人の胸ぐらを掴んだ。
「アレに手を出したら、お前でも許さない」
 駿人が壁に押しつけられて、胸ぐらを掴まれると、さすがに驚いた様子だった。
「本気なわけ? 一族は認めないと思うよ」
「認めようが認めまいが、俺が決めることに一族が口出しできる立場だと思ってるのか?」
 成原は本気であるとばかりに駿人を脅した。
 一族が成原の結婚する相手を探していることくらい、成原も知っている。だがそれを成原が受けなければならないという決まりはもはや存在しない。
 成原が選ぶ人間を拒否するなら、成原にも考えがあるというわけだ。
 実際に成原の相手選びを失敗し、無残な一族の争いを招いたのは、他ならぬ一族の者たちなのだ。
「お前もだ。成原一族なんて、お前にくれてやるよ」
 成原はとうとうそれを口にした。
「……は?」
「お前は、一族が大事らしいから、勝手に一族のことを背負って成原一族の当主でもやればいい」
 成原はニヤリとしてそう言っていた。
 ずっと思っていたことだ。一族を背負ってどうこういうものが本当に重荷でどうしょうもないほど愚かだと思っていた。抜け出せるなら、駿人にすべてくれてやってもいいと思うほどに、成原は一族を恨んでいた。
「……いや、それは」
 駿人は今の身分が心地いいことを成原は知っている。決して頂点に立つことをしない人間だ。トップに立てば自分の気楽な生活が一変することを成原の事件を通して知っている。
「くれてやると言っているのに、何を遠慮する」
「いやだって、知晃(ともあき)さんじゃなきゃ、一族はまとまらないんだぞ! それをあんなセフレのことくらいで、目くじら立てて怒ることないじゃん!」
 駿人がやっと本音を口にした。
「私がアレに執着していることがどうして気に入らない?」
「だってあいつだって、どうせ知晃(ともあき)さんの背景が気に入って相手をしてるだけだろ! 成原から出たら着いてくるわけないじゃん!」
「残念だったな。アレは、俺の背景なんて気にもしていないぞ。せいぜい融通が利くセフレでよかった程度の思いしかないんだからな」
「は? なにそれ」
 さすがに自虐っぽく成原が言い出すと、どういうわけか駿人が腹を立てている。
「セフレとは、セックスに都合がいい相手のことだろうが。それ以上でもそれ以外でもないってことだ」
「じゃ、なに? あっちは成原一族に興味もないっていうのか?」
「案外、お前らが一族のだの何だの口に出したら、面倒くさがって次を探す方だ」
 成原がそう言うと、駿人は信じられないというように不審な顔をしている。成原は駿人を放してやり、ふうっとため息を吐いて言った。
「アレを好きなのは私の勝手で、アレはそれを知っていてもセックスフレンドの枠からははみ出たくないと思っている。愛だの恋だのアレには負担なんだ」
 同じく愛から逃げ、都合がいい相手を見つけたと思っていた成原は、その都合がいい相手が心地よくて、知らずにまた恋をした。愛しているとそう思ったくらいには、真野に溺れているのは自覚しているほどだ。
「私ほどにアレもいい具合に歪んでいるからな」
 成原はそう言って笑っている。
 歪んだ同士で、肌を合わせているのも悪くはなかった。恋人なんてことにこだわらなくても、真野が成原から離れることはないことが分かる。
 好きだ愛していると思っていることを知っていても、真野の行動を止めることをしなければ、真野は成原の方が他の誰よりもいいと思っているのだ。そうした執着はある。それだけが救いだった。
 そうした笑みを浮かべる成原がすごく楽しそうであることに駿人は気付いた。
 難攻不落の相手を自分の手の中に収めるために、ありとあらゆるものを駆使しても離れられないようにするのが、成原にとっては楽しいことだ。
 恋をしたくないと愛しているを拒否する人間だが、人肌は恋しくて呼べば必ず来るくらいに寂しがり屋だ。成原は真野をそう解釈している。
 だから成原が裏切らない限り、真野は離れていくことはない。
「……で、ここで私を足止めして時間を稼いで、真野に何をするつもりだ? 駿人」
 成原はそう言いながら駿人を睨み付ける。
 駿人は、バレたとばかりに目をそらした。
「いや……その……いなくなってもらうために、その……」
「いつものやつか。お前もくだらない遊びはそろそろ辞めにしろ。それこそ一族に仇をなす者として狩られたいか」
 成原はそう言いながら、駿人のスマートフォンを取り上げる。そして中を開いて該当のアプリを開くと、会話がそのまま残っていた。
『拉致完了、そのまま計画を実行する』
 とあり、成原はスマートフォンを握っていた手に力が入り、薄いスマートフォンがミシリと音を立てて表面にヒビが入る。
「駿人、場所を吐け」
 成原のものすごく怒った鬼のような形相に、駿人は素直に居場所を吐いた。そうしないとただでは済まないことが分かったからだ。