novel

spiralling-4

 宝生組本家。
 東京都にありながら、東京都とは思えない山奥の集落を中心に本家を作り、他のヤクザとは成り立ちや形状が違うとされる。しかし宝生組との距離を取り、重要性はそれほど高くなかったため、どの組織も重要とはしていなかった。その後、有り様は昔のように重要性を無くし、組内の混乱を避けるようになった。
それでも組長に関しての決定権などは残っている部分は多く、組長を育成する組織としては重要性を持っていた。
 ただ今時期は耀が育っていることや、その育成に関して組長代理が行っていたことで暇になっている。口出すことと言えば、どの組織でもある嫁問題などである。
 そこに呼び出された織部寧野(おりべ しずの)は、男である。男でありながら組長候補である宝生耀(ほうしょう あき)と同棲をし、恋人関係と言えた。これに関して幹部から何かを言われたことはなかった。大抵は部下の方が上がホモでは困るというような思いから寧野を嫌っている。
 だが寧野も知らない事情がある故に、寧野を邪険には出来ない。
そういう複雑な事情が解らない寧野は改めて座り直した老院志智(しち)の言葉を待っていた。
「お呼び立ていたしたのは、実は」
 酷く言いにくそうに志智が言い淀みながらも、寧野が静かに待つのを確認してから言葉を続ける。
「実は恥ずかしながら、我ら老院は宝生組を支えるために老院という地位を頂いて、その代償として組長を育てる役目をおっておる。つまり現在の若頭が組長として豊富な知識を持って宝生組をもり立ててくれることを望んでおるわけだ」
 つまり……と寧野は自分の中で言葉を続けた。
 大学も卒業して若頭として一年間順調に仕事をこなしているから、そろそろ新しい跡取りが欲しいというところだろうと。
 けれど言いにくそうにしている志智から出てくる言葉はそんな言葉ではなかった。
「その老院に新しく入ったものが最近いて、その者のことなのだ」
 志智の言った言葉に寧野は一瞬、ポカンとする。
 頭の中を一生懸命整頓するのだが、どうにも理解出来ない。
「……え?」
 思わず素で聞き返してしまったが、志智は気にした様子どころかそんな寧野の態度をまったく気にした様子はなく真剣に首を横に振っていた。
「その者は、萩野谷柾譲(はぎのや まさよし)という元は小樽で西塔組(さいとう)という組織の組長をしていたのだが、どうしても老院に入りたいというので、規定に照らし合わせて迎え入れた。だが、その萩野谷(はぎのや)が老院として飽きたらしく、本家からよく町へと繰り出してしまっておって……」
 そう志智が訥々と語り出すのだが、寧野はまだ衝撃から立ち直れない。それどころか、志智の言葉に頭を殴られている感覚がどんどん強くなる。
「町へ繰り出して遊ぶくらいは、まあ誰でも最初はそんなものだから見逃すのもありなのだが、それが過ぎるのも問題となるわけだ。そこで寧野殿の出番を願ったわけだ」
 志智がそう言うのだが、寧野はどうして「そこで」で寧野が出番になるのか理解出来ない。寧野は自分が馬鹿だから理解出来ないのかと必死に考えるのだが、どう考えても繋がりがまったくない。
「……あの、申し訳ないのですが、そういうことは耀の仕事の範囲なのでは? それに私が口出しすべきことではないと」
 寧野はそう言って返す。
 耀が本家を仕切っているという話は犹塚(いづか)という人間から聞いた。だからこういう問題が起きた場合、犹塚に伝わり、耀の耳に入ってそこから指示が出て犹塚が采配するというのが当然の流れのはずだ。
 だから寧野がここに呼ばれて相談されても解決できるわけがない。
「……おや、ご存じなかったとは。耀殿もお人が悪い」
 寧野が自分が関係ないと返したことに対しての反応がこれだったのには寧野には意外だった。耀は寧野に関係する何かがあった場合、それとなくではあるが気を遣ってくれる。そしてどうしても秘密に出来ない事柄は順を追って説明をしてくれていた。
 こんな大事な話を耀が忘れていたわけはないし、隠していたとしてもいつかバレることでもある。話すつもりだったが遅れたという風でもない。緊急を要していたなら、耀は昨日の段階で説明していたはずだ。
「申し訳ありませんが、耀からは何も聞いておりません。それに耀の許可を得ていないのに、勝手に動くことは出来ません」
 寧野ははっきりとそう返した。
 耀が老院のことを口にする時、大抵は昔の体制の悪さを嘆いていたことを思い出す。なんでも組長代理の恋人は勝手に拉致されたり、婚姻のような儀式をさせられたりと大変な目にあっていたらしい。今でもそれは耀にとって不覚という名の油断で、失敗したことでもあった。
 そんなことを二度と繰り返したくないからこそ、耀は本家の改造に全力を尽くしたはずだ。そうした場所からこうした話があがってくることがおかしいのだと寧野は考えた。
 あの耀が、こんな真似を許すはずはないからだ。
 寧野が強く返した言葉に音羽(おとわ)は驚いて目を見張っていたが、志智はそんな返事は予想していたかのように続けて言った。
「それが現在欧州へ行っている耀殿と連絡が取れず、犹塚もやれることはやった上で判断を仰ごうとしたのだが、いやはや」
 志智が首を振りながら言うと、それにたたみかけるように音羽が続けた。
「もちろん組長代理の方にもお知らせはしたのだが、それほど重要とは考えてはおらず。本家に対して何か口に出来るような人間はそれこそ、代理の相方になるわけですが、さすがに一般人である方を動かすのは心苦しく……そこで耀殿の考えを知ってらっしゃる寧野殿ならば、耀殿が戻るまでの間、萩野谷(はぎのや)の行動を少しは抑制できるのではないかと考えたわけです」
 考える方がどうかしている。そう寧野は思った。
 組長代理が重要視しない問題を耀が重要視することはあるかもしれないが、基本本家が嫌いな組長代理がその問題と組の問題を同じに考えることはないだろう。だから知らせても反応は鈍いというのは有り得る。
 そんな反応の組長代理に内緒で一般人である月時響(とき ひびき)を連れ出せば、当然問題は大きくなりすぎる。そこで耀の一応の相方である寧野にやらせてみようということなのだろう。失敗しても寧野だからという理由が出来るし、一応いろいろ対策してましたという態度も取れる。
 所謂パフォーマンスなのだろう。
 だが、どうかしていると思う一方、耀の役に立つようなことをしてみたいとずっと思ってきた心は一瞬揺らいだ。
 その揺らぎを見逃してくれる相手ではないことを寧野は身を持って知ることになる。
「萩野谷は老院、ひいては宝生組の本家など所詮こんな楽なものなのかとか、宝生組の組長ならもっと楽しく楽に過ごせたんだろうなだとか……とにかく耀殿のことを馬鹿にした様子で。しかし老院に迎え入れた以上、たった一月で西塔組に突き返すにも本家の立場、ひいては耀殿の裁量が悪いと評価される」
「耀殿はやっと若頭としての力を認められ、重要な仕事も任されるようにもなった。それに今回の欧州訪問は、今後の組の動向を決める重大な仕事。そんな時に本家の老院が、町で遊び歩いていて注意しても夜遊びをやめないなどという下らない理由で連絡を取るというのも愚の骨頂」
「耀殿の手を煩わせたくない我々の心も解ってくれるだろうか?」
 そうたたみかけられ、寧野は勢いのままに頷いてしまった。
 確かにこんな下らないことで、耀に連絡を取るのもどうかと思えてきた。
 耀が帰ってくれば一言で済む問題なのも解るが、こんなことで耀の評価が下がるというのは気に入らない。
 それに欧州に行く前に「今回は少しだけやっかいだ」とぼやいていたのが普段と違うところだった記憶がある。
 耀の手を煩わせたくないというのも、今回の事情が重なった上なのかもしれない。
 すると寧野は自然と口に出して聞いていた。
「それで私が何をすれば? 私には権限などありはしないし、そんなことは老院である貴方方が一番よく知っているはずです。もちろん宝生組と関係があるとはいえ、私は宝生組の構成員ではない。そこは向こうも理解していると思うのですが」
 老院になった人間なら宝生組のことは理解していると考えた方が自然だ。
 こんな些細なことを理解していない老院はいないだろうと寧野が訴えたのだが、それに音羽がニヤリとしたのである。
「それは大丈夫です」
 予想に反して音羽の軽い言葉が返ってくる。よもや、重大な身分詐称のようなことなのに大丈夫だと軽く言う幹部がいる。こんなのは想定していない。
「とりあえず、萩野谷に会ってみて、寧野殿が思ったまま萩野谷(はぎのや)に言い聞かせてみてください」
 そうにっこり笑った志智が言い切ると、寧野はすぐに反論していた。
 このまま丸め込まれる気がしたので、志智に食い下がっていたが、それも結局徒労に終わってしまったのだった。



 昼前に家を出て一時間ほど移動し本家に付き、すぐに案内されて老院の二人に会っていたはずなのに、外は真っ暗だった。どれだけ長い時間中にいたのかと思ってしまう。大した話はしていないのだが、大丈夫だと言われた後、強引に萩野谷と対面することになりそうになっていたので、慌てて寧野が切り返していたのだが、そのまま丸め込まれるに至った。この切り返しと丸め込みで時間を食ってしまったわけだ。
 大体、抵抗しようとしても一瞬でも耀のためになればと思った心が弱かったのだろう。ほんの一瞬につけ込まれるとは思わなかったのだが、さすがに見逃してはくれなかった。
「予想外で甘かったか……」
 予想していた話だと身構えていたため、まったく違う展開に頭が付いていかなかったのも敗因だろう。
 結構重大な事柄を任せられたというよりは押しつけられた形になったのだけは理解した。
老院の二人がさっさと去ってしまった後、寧野は犹塚に萩野谷についての情報を聞いていた。犹塚は心得たものですぐに萩野谷という人間の経歴を読み上げた。
 元西塔組組長。西塔組は小樽の繁華街と港を拠点とする宝生組直参と言われる宝生組直系の組。西塔組が出来た経緯も宝生組と関わりが深く、元々札幌にあった。西塔組(さいとう)はロシアマフィアとの取引に使われるナホトカとのやり取りを潤滑に行うためにさらに強化された組織で、西塔組組長ともなれば宝生組の幹部で、若頭補佐に納まるような人物が組長になる。
 若頭補佐とは、若頭が組長候補であるように若頭補佐は若頭候補になる。宝生組は代々血筋でやってきたが、もし血筋が絶えた時はこの若頭補佐から組長が生まれる仕組みでもある。
 それだけ重要な位置であり幹部である人物が宝生組のために働いてきて、その報酬として老院を望んだとしたら邪険に出来るわけがない。その為、耀は迎え入れたところもあるだろう。ただその人物がまったく使えない人物であったとしたら耀は絶対に老院にはいれず、うまいこと誤魔化していたはずだ。
 老院に入れたということはそれなりに使える人物であるはずだ。
「どういうところか解らずに、老院に入ったわけじゃないだろうし……」
 そう呟いて溜息を漏らす。まさか遊んで暮らせる老後が送れると思っていたわけではないだろう。そう信じたい。
 車には行くときは一緒についてきた組員は帰りは同行しておらず、車の運転手とその隣に乗っている人しかいない。この人たちは本家の人間だ。その一人は本家で案内をしてくれた犹塚の息子だという。
 耀のマンションに入れる組員は限られていて、老院からの呼び出しとして同行出来る組員はそれほどいるわけではないようだ。その為、別の用事と併合して寧野を同行させたらしい。用事が済んだのに帰らない訳にはいかないのであの二人は帰したのだろう。
それに寧野は街に繰り出している萩野谷をこれから探しに行って、なんとか話をつけなければいけない。
 行き先は犹塚の息子智明が地元の宝生組の傘下に探させているそうで、智明から紹介して貰わないと情報が入らないので結局本家の人間が連れて行ってくれないといけないわけだが、段々と寧野の顔色が悪くなる。
 向かっている場所は、キャバクラがあるような繁華街である。そこに萩野谷が繰り出しているという情報はとっくに仕入れている。だが、そこが繁華街ということは、当然ヤクザが沢山居るところでもある。宝生組の関係者ならまだなんとかなりそうではあるが、違う組だった場合、もめ事は勘弁である。穏便にしたいが萩野谷がどういう態度でくるかが解らない。
 現在抗争というほどの問題は起こってはいないが、何が発端になるか解らない妙な緊迫感はある。耀の態度を見ていれば何か妙な感じがあるのは伝わってくる。ただそれが何なのかは宝生組と繋がっているわけではない寧野には予想できない。
 だが、この件を無理矢理押しつけられたことで現在の宝生組の状態は何となくではあるが把握しているつもりだった。
 宝生組は直接抗争とは関係ないが、今関西にてあの宝生と少しの接触ですら抗争に発展しそうだった如罪組の内部がおかしいのだそうだ。元々如罪組は九十九朱明という一人の人間によって関西を手に入れられた組である。九十九が30年以上かけて作りあげてきた人脈など侮るわけにはいかない。おかげで関西は如罪組(あいの)と面と向かって抗争を仕掛けるような組織はいないとされてきた。
 だがここにきて台頭してきた京都府を根城にしている嵯峨根会という組織が、関西を制圧するために動き始めているようだとされる。ちょうど去年に会長以下、理事長、副会長と上層部が完全に一新された組織で、これまでは如罪組とにらみ合ってはいたが、直接抗争にまで発展するようなことはなかった。全国にある組織を取り入れてきた如罪組ではあったが、京都で発展し、独自の解釈によって作られてきた嵯峨根会(さがねかい)とは、これまでは互いに干渉しないことで暗黙の了解が成立していた。
 宝生組は滋賀や福井にも組織があるため、嵯峨根会とはニアミスをすることもあるが、どちらかというと嵯峨根会の方が宝生組とは絡みたくないという態度が酷かったそうだ。それもそのはずで、如罪組との抗争の前は、火威会(ひおどし)との抗争でも宝生組が関わっていたことが解っていて、そんな組織と繋がったばかりに関西を統べるような組織に目を付けられたくはないという心理が働いても不思議ではない。
 それに嵯峨根会(さがねかい)は京都中の一家や組を束ねる組織。所謂、外部からの人間を嫌うところが強い。よって、外部に本部があるような組織が京都内部に組を構えようものなら、即座に潰されるか嵯峨根会(さがねかい)に入るしか道はない。そうして周りを固めてきたため、広範囲に組織を展開させ、地元組織を傘下に加えて全国展開をしてくる如罪組や、やはり独特の組織形態を保ち、直参を送り込みその地方を徐々に浸食して組織を固めてきた宝生組ともやり方は違う。
 そうやって関わらずにやってきた組織が若い会長に代わったとたん、やり方が強引になったと言われている。保身よりより強固なってきたというわけだ。
 任侠という言葉とはもはや真逆の位置にあるヤクザの世界で、生き残りたければ他を喰うしかないと考えるのは何か違うと寧野は思う。
 他を喰えば当然反発が起こる。行き違いがあれば抗争に発展する。
 それが起こって上等と考えるのは、それこそ死んでも構わないと安易に考えた結果だと思うのだ。
 寧野はそうした世界で、生き死にというものを間近に見てきた。野心の結果全てを失った人も知っている。それを馬鹿だとは思わないが、生き様として当然とは思えない。 
 宝生組は海外展開をして大きくなっているように見えるが、それは時代の問題なだけで、彼らが組織を大きくしようとは思っていないのを知っている。維持していくことはかなり難しいことで、それが大きな組織になりすぎれば当然下部組織は混乱し、扱いきれなくなっていく。
「組自体はあまり巨大化をしたくはない。宝生というブランドで動くものはこれ以上要らない。俺も組長代理もそういう考えだから、外部に別の組織を作ってみたりしている」
 耀がそんなことを言っていた。宝生というブランドは確かに便利であるが、耀がそこに座ったとしても組織が耀のものになったわけではなく、組織を潤滑に動かすための所謂司令塔として配置されるだけなのだ。
 そこには耀個人の思惑は存在してはならず、組織も耀という人間性を組長という枠以外で求めたりはしない。それなりに見えて、それなりにやってくれればいいというのが組織の流れだ。
「大きすぎる力は、いずれ自分の脚を引っ張るようになる。そして身動きできなくなった時、振り払ったのが自分が守ってきたものだった時、きっと絶望するんだろうな」
 大きすぎる力に飲まれて動けなくなることは本末転倒だ。宝生組が組織を大きくしなかった理由は、皆そう考えたからだ。だが、大きくしたくないけれど、現状を維持出来ないのはプライドが許さない。だから全力で維持に走る。そうして宝生が宝生たるブランドを作りあげてきてしまった。
 耀の場合、組長代理が少々頑張りすぎたため、期待が大きすぎるのだ。
 そんな耀は周りの期待に応えてきている。耀がそのための努力を惜しんだことはない。それを知っているからこそ、萩野谷のことで耀を煩わせることをしたくない。
萩野谷に派手に動かれて、他の組織を刺激することは阻止しなければならない。つけいる隙を与えるわけにはいかない。
 そう思って寧野はまた耀の言葉を思い出す。
「最後に敗北がきたとしても、やれることをやって負けるのとやらないで負けるのではきっと後の方が後味悪くて何度も後悔するんだろうな」
 だから耀はいつでもやれることはやっている。
 寧野もそれは見習いたいと思って、そう過ごしてきた。
 耀が若頭になって忙しくなることは事前に知っていたから、耀を急かすようなことはしたくなくて、組長代理の会社の誘いを受けた。自分のことは後回しでいいと思ったし、耀の負担にはなりたくない。ただ耀が自分に飽きるまでは一番近くにいたいと思った。その為に組長代理の誘いに乗った。そうすれば耀と切れるのは難しくなるし、近くにいる理由も少しは出来る。
 その近くにいる理由をもっと確実な何かにしたい。そう願ってもいいだろうか。最近は凄くそう考えるようになってきた。
 だったら、ここで逃げるわけにはいかない。耀のように出来なくても、耀の望む展開にすることくらい、出来て当然。
 寧野はさっきまでの弱気な心をここで入れ替えた。



 東京都内繁華街。歌舞伎町とは違い、日本人が多い繁華街は、最近中国人が溢れてきている。歌舞伎町では外国人と裏社会の人間が多すぎ、カモになる素人が寄りつかなくなっていて、最近ではそれ以外の場所にヤクザが流れていた。いち早く周囲の繁華街を取り込んでいた宝生組は、用心棒代などその繁華街でのシノギはその地元に組を構えている組の約半数を占める。最近は外国人が増え、日本人経営者とトラブルを起こしている。
 その為宝生組傘下の組はその用心棒として店側から何度も呼び出されることも増えている。
幸い大きなもめ事は起きておらず、問題はないという。そんな場所を選んでいる辺りは一応、萩野谷は宝生組の立場は解っているらしい。無理に他の組やチャイニーズマフィアの縄張りには行っていないようだった。
 本家から情報が欲しいと頼んだところ、その繁華街を拠点にしている宝生組直参、関和(せきわ)組が対応してくれた。関和組は宝生組顧問舎弟の幹部で、繁華街でシノギが多く、更に風間組長になってから組長代理の方針にあわせ、経済にも強くなっている。その為、外国人を使うのも上手いのだと耀が褒めていた。
 寧野は指定された喫茶店に入り、情報を持っている人間が来るのを本家の人間と待った。一般客は一切おらず、人払いしていた。組関係者が経営でもしているようで、組事務所に呼べない客をここでもてなしているらしい。
 寧野が本家の使いとはいえ、さすがに本家と接触をしていることを知られたくないのだろう。
 寧野は周りを一回だけ見回して目の前の頼んだコーヒーに視線を落とした。今時流行の喫茶店ではなく、敢えて少し古くしている店内。テーブルも長期間使った形跡があり、壁紙も古く、喫煙によって黄色く黄ばんでいる。商売繁盛は願ってないのか、改装資金がないのか、このままでよく商売が続いていると感心する。
 そうはっきり言って、よほどのおすすめメニューがなければとっくに潰れているような店だ。
 カウンターにいる店長は老齢の人物であるが、こんなところで長年店をやっているせいか、こういう人物でないとやっていけないのか、四角張った顔や鋭い視線はまるでヤクザのままだ。
 だが店内に二階への階段が露骨に解るようにあったり、無理矢理作り付けたようなカウンターなど、奇妙なところが多い。元は喫茶店ではなかったが、無理矢理喫茶店にしたのだろうか、不自然さが見え隠れする。
 この席からは外は見えず、ちょうど外からも死角になっている。人がそれほど入らないような内装にして、一般客を寄りつかないようにして、暴力団の構成員が出入りする喫茶店と噂が立てば、よほど度胸がある人間くらいしか出入りはしないだろう。それをわざと狙っているようだった。
(解りやすく第二の組事務所にするには、ちょうどいいというところか)
 ここまで露骨にやれば、警察とて気付いているだろうが、踏み込む理由がないのだろう。
時間にして席に座ってから数分、サラリーマン風の男が三人入ってきた。ふと視線を上げると視線がかち合う。見た目はサラリーマンであるが、よく見れば違うことに気付く。着ているものは高級スーツ、付けている時計もブランドもの。匂ってくる香水はいいものだろうなと伺える。年齢は四十前半くらいだろう。宝生組組長代理と年齢的にはそれほど変わらないはずだ。
 何かが違うと気付いた時には、かち合った視線が獲物を見ているような視線であることだと思い当たる。この場合、大抵の人間がただ恐い人だという印象だけで遠ざかってしまうような雰囲気だと言えよう。
 けれど寧野は恐いとは感じなかった。じっと見つめ返したところ、相手は視線を外して目の前にあるソファに座る。第一印象は最悪だろう。危機感のない素人と思われたに違いない。
「関和組の風間組長です」
 本家の人間、犹塚智明(いづか ともあき)が座った人間を紹介してきた。
 風間組長は一人でソファに座り、店の入り口に近い席に座り周りを警戒している。寧野の隣に犹塚(いづか)がいるが彼が警戒をしているのが伝わってくる。
 風間組長は、座った後は寧野を見ずに犹塚(いづか)に話しかけていた。
「で、おたくの爺様はここから二百メートル先に行った場所にある繁華街の中で一番大きいクラブ、朝宮というところに入り浸っている。まあ、派手に飲んでるくらいで大きな問題は起こしてない……が」
 風間組長はそこまで言って言葉を一旦切った。寧野はああこれは嫌みを言われるなと瞬時に察した。
「本家の老院ともなろう人が、毎晩遊び暮らしているだけという実態。悪くは言いたくはないのですけど、うちの構成員に示しが付きません。上納金があんな体調の管理すらままならない老人が毎晩遊び暮らすために収められていると思い込んでしまっては、宝生組の為にもならないと思いますがね」
 つまり高級料理の高カロリーの馬鹿高い値段のものを食って、高い料金払ってクラブに行き、そこで高い酒を飲みながら女を侍らせているだけの老院になってまだ実績がない老人を養うために上納金を納めているわけではないと言いたいわけだ。
 構成員に示しというのは、確かに組長になればそれなりにいい思いは出来るが、組を維持する為に苦労している自分たちまであんな輩と同等に見られたくはないということだ。何もかもを私利私欲だけの為に行っているように見られれば当然頭の足りない連中に、「幹部になればあんな想いだけ出来るのだ」と思い込まれてしまってやっかいである。それで自分はやられるわけではないが、余計な労力を増やしたくないと考えるのはあたりまえのことだ。
 さらに風間組の組長が出てきて言うくらいだから、何かに支障が出そうになっていると受け取れる。
「こちらのしつけがなっていなく、大変申し訳ありません。すぐに当主代理が収拾しますので暫しお待ちを」
 犹塚が無難な回答を返すと風間組長はふうと大げさに溜息を漏らす。
「何か?」
 問題でもと問う犹塚に風間組長はやっと寧野の方を見て言った。
「あんたは何もないのか?」
 口を挟まずにとりあえず状況判断をするために黙っていた寧野は、視線が合った風間組長に一瞬だけ驚いた顔をした。まさか自分を気にして話しかけてくるとは思ってなかったのだ。
 風間組長が気にしているのは本家との間であり、若頭の情人には用はないはずだ。一応本家としての対面的に当たり障り無い寧野を表立ってきているが、それは本家の本音とは違うと誰もが読み取れる。どう考えても寧野はただのおまけだと考える。だから風間組長は寧野を一瞥しただけで話は犹塚に振った。
 それは悪いことではないと寧野は思ったし、この二人の間に暗黙の了解があるのも読み取れた。だから黙っていたのだが、本家の老院萩野谷のやりようはどうやら本家が考えているより、風間組長を苛立たせているらしい。
 寧野に話を振ったのは、嫌みを言うためであり本当に何かないかと聞いたわけではない。ここで寧野が言い淀むのを予想した振りなのだ。
だが寧野はそこまでは読み切れず、問われたのでとりあえず聞いておきたいことを尋ねていた。
「では、とりあえず。萩野谷老人が他に一度でも訪ねたことがある店をリストアップ出来ますか? それとこの辺りの宝生組と他の組の縄張り、外国人組織との関係、現在優先すべき事項などをまとめたものはありますか?」
 尋ねたいことを一気に口にすると、風間組長は一瞬で眉を顰めた。よもや質問が返ってくるとは思わなかったし、尋ねられた質問が意外過ぎたのだ。
 だが尋ねた質問が気に入ったのか風間組長は聞き返してきた。
「どうしてそれが必要なのだ」
 聞き返されるのは予想していた寧野は自分の目的を話す。
「萩野谷老人が逃走した場合の追跡先を先に知っておけば、先回りが出来る可 能性もあるかと思いまして。それから風間組組長として今問題を起こされると困るようなことが存在するなら、それに考慮するのは当然です。本家の評判が悪いことは風間組長が仰る通りで、その評判を更に落とすことなく解決するようにと依頼されたので、こちらも配慮して行動してみようかと考えています」
 そう言い返してみると、風間組長の片眉がつり上がる。
 見た目と態度からして萩野谷が今日いる場所を教えただけでさっさと行動するような甘ちゃんかと思えば、周りを固めた上で確実に成果を上げる戦略を考えているとは思わなかったのだ。
「で、そんなまとめが存在すると思っているわけか?」
 意地悪をしてないという振りをした風間組長だったが、寧野は可愛らしく首を傾げて尋ね返す。
「それが組の連携を強める方法と、まさかの時の対策に使う資料として、宝生組組長代理は 独自の情報をまとめたものを組長代理に提出する義務を課したと思うのですが、まだ実現化していないんですか?」
 え?ないの?と当然のように尋ねられて、風間組長はないとは返せなかった。それは本当に義務としてあるものだからだ。
 だが若頭がそんなことを情人に話しているとは思ってなかった上に、それを利用すれば問題なく解決出来ると判断するような脳みそが情人に存在しているとも思ってなかった。
 風間組長はすっと手を上げて側にいた側近に書類を持ってくるように指示する。それはすでに用意してあったようで、側近が封筒を組長に渡してそれが寧野の前に差し出される。
「お借りします」
 寧野はそう断ってから封筒を開封して中の書類を読み始める。
 その様子を眺めていた風間組長は、満足したように口元に笑みを浮かべた。
 風間組長的には寧野は基本的なことをクリアした人間だったのだろう。それが若頭が大事に抱え込んでいる情人、織部寧野だと知ったからこそ、少々満足したようだった。
 これは風間組長が質問したことで寧野が質問する機会を得られたわけだが、寧野に質問する機会を与えなかった犹塚(いづか)は、こんなことにさえ気付かないような人間に当主代理の権限を与える気がなかったらしく、寧野が黙って座っているのならわざわざ教える必要はないと判断してあえて風間に聞き返さなかったようだ。
なんの戦略もなくそのまま店に付いていくだけなら、情人以下の烙印を押そうとしたのだろう。
 寧野の繊細そうに見える見た目と違い、意外にものを考えていることにそこにいた二人の関係者は、もしかして化けるかもしれないと期待を持った。そんなこととは知らず、寧野は資料を一通り見てしまうとまとめて風間組長に礼を言って返した。

 
「申し訳ありませんが、少しだけご協力願えませんでしょうか?」
 そう提案を持ちかけたのは織部寧野からだった。
 資料などを求めた寧野が資料を返した時に言った言葉だ。
「何をしろと?」
 簡潔に問い返すと寧野は真っ直ぐに風間を見つめていったのである。その台詞を思い出して風間はクスクスと笑った。
「なあ、あれは姐さんと呼んだ方がいいんじゃないか?」
 そう風間が言う隣に座っていた右腕的存在の西里が聞き返す。
「ああ、織部寧野(おりべ しずの)ですか? 確かに情人にしておくには、いささか恐い存在ではありますが」
 西里がそう返すと、風間も同意して頷く。
「あれは外に出すのは危険すぎる。たった数枚にまとめた資料で何処がどうなっているのか把握出来る人間なんて早々いないしな。あれ損得考えて載せてない情報が多くあるが、それは組長代理や若頭は承知の上でのことだ。だが、ただの情人があれをみただけで抜けている部分が何処かなんて瞬時に判断できるわけないんだ。いくら若頭が仕込んでいたとしてもだ」
 風間の言う通り、各資料には穴がある。それは最初から狙ってやっていることだ。集められた資料で全てが把握出来ればもちろん効率はいいだろうが、それによって資料を一度でも見た人間が有利になるうえに、スパイがそれを盗むなりすれば宝生組の傘下が全ていなくなる結果になる。そうした危険があることは最初から解っていたので、あえて重要事項で組長 以下に知らせる必要がないものは記載しなくていいことになっている。
 組のトップである組長代理には知らせてあるので問題にはならない。それに不満を覚える人間が出れば、その人間こそ問題がある人物だと見分けられることにもなる。
 組長以外が知る必要のない情報を知るものは側近のみであり、その側近は他の組から来たものもいたけれど、組長代理の人柄に惹かれて寄ってきたといえ、今や組員よりも組長代理のことを考えているような人間ばかりだ。
 そうした人を見る目が確かな組長代理と若頭が、身近に揃えたような人間がその辺にいそうなただの人間のわけがない。
 そんな単純なことに気付いて、風間は苦笑する。
「噂ってのはアテにならないな」
風間の言葉に西里も頷く。
「ですが、ただの荷物だという噂があるのは当然です」
「何故だ?」
「あの人達が本気になっていないのだから、力の発揮のしようがない。となると普通の人と変わらない生活を送っているだけにしか見えないというわけです。なので、一般人と変わらない情人という噂は正しい。あの人達の側で毎日眺めている人間と、一瞬だけ見た程度の人間の言うことなど違うに決まっているということです」
 西里が言い切ると風間は納得したように笑った。
「そんな常識、知ってるから若頭は言わせておくと言っていたわけか。こりゃあれが化けた時が見物だな」
 風間はヤクザに成り立ての使い走りだった時、組長代理とその情人の話を聞いて最初は「宝生組の代理として恥ずかしい」と思っていた。だがそれはたった数年で全て覆された。ただの一般人は伝説のヤクザと言われた人物の落とし子だっただけではなく、あの九十九朱明に一杯食わせて惚れさせたような人間だった。
 あのままあの情人は諸事情から表舞台からは引っ込んでいたが、今度の得体の知れない情人は、そういう規制がない。若頭はそういうところが解っていて、何かしている可能性がある。
 組長代理が育てた子供が若頭になり、風間は何か起こりそうだと組の変革を予想したが、それは想像以上に違った展開になりそうだった。
「西里、本気で周り気をつけろ。あれに死なれると宝生が終わるかもしれない」
 風間の言いように西里は何か予感があったのだろうと頷く。風間はこうした予感や自らの目を通してみた結果から成果を上げて、組長にまでのし上がった人だ。そういう人が真剣にそういうのだから、何かあるのは確かだ。
 大体、最初からおかしなことだらけなのだ。あの織部寧野に関しては。
 西里が風間の右腕的存在になった時、その事件は起こった。宝生組と対立関係にあった組のいざこざで、一人のヤクザが死んだ。ここでは宝生組は一切関係はなかったのだが、ここに織部寧野という殺されたヤクザの息子が関わっていた。裏ではチャイニーズマフィアと関わっていたらしい。
 噂では若頭の宝生耀と通じていたと言われていたが、調べてみても高校が同じだっただけで繋がりは一切無かった。だが事件現場に耀が現れ、寧野を保護した。寧野の父親が相談していた弁護士とやり取りして、寧野をチャイニーズマフィアから隠すようにした。
 そしてそれから3年経って、事件は更に大きくなり、宝生組はチャイニーズマフィアと織部寧野を奪い合う形になった。
 組内ではもちろん猛反発もあったらしいが、貉(ハオ)という組織が鵺(イエ)という華僑マフィアとの抗争が他のチャイニーズマフィアも巻き込んで起こるかもしれないという危惧を鵺(イエ)と組むことで貉(ハオ)を追い出す方法を取った。鵺(イエ)は基本、日本国内で大きな仕事はしない。というのも、ヨーロッパやアメリカといった巨大なシンジケートを持っているからだ。日本には無理矢理組織を作っておくことは意味がないし、だったらヤクザと手を組んだ方がリスクは少なくて済む。
 そうして鵺は宝生組に貉(ハオ)を潰させるように仕向けたと考える人間は多くいる。だが、よくよく考えれば鵺(イエ)が宝生組を介して貉(ハオ)を潰すという回りくどいことをする必要はないわけだ。同じ国にいるマフィア同士、ちょっとした手を使えば出来た。
 鵺(イエ)が宝生組に貉(ハオ)を潰させるとなると、当然鵺(イエ)には宝生組に借りが出来ることになる。耀や組長代理がそんな絡繰りに気付かずに鵺(イエ)と手を組むはずはなく、鵺(イエ)もそんな簡単ではないことくらい解っていたはずだ。
 それでも手を組むに至ったのは、やはりこの事件の中心人物である織部寧野だった。貉(ハオ)が寧野を欲しがる理由は、噂程度でしか流れてこない。肉親が元々貉(ハオ)にいたという話から、貉(ハオ)の秘密を知ってしまったなど、色々言われているが真実はこれだと言われるようなものはなかった。その後に判明したそれらしい理由は、金糸雀(ジンスーチュエ)と呼ばれる貉(ハオ)が奴隷にしていた一族がいて、その一族からは金運を読む人間が生まれていたという。織部寧野はその一族のたった三代後なだけであるが、祖母は一族で最大の能力を持っていたらしい。
 言われて調べた人間は多くいたのだろうか、寧野の父親に関しては謎の部分が多くあるが、祖母だと言われている愛子(エジャ)については目撃情報も多く、昔語りをしたがっていた老人には思い出話としてよく伝わっていた。
 本当に金運を見る人間はいた。だがそれが寧野の祖母だっただけで寧野にはその兆候はないとされた。
 しかし寧野の父親はその力をもっていて更に使っていたようで、彼の金銭的手助けを借りて立ち直った人間がかなりいた。
 つまり父親まで力を持っていたとなれば、一族で金糸雀(ジンスーチュエ)と呼ばれるほどの力を持って生まれる人間が一人しかおらず、その人物が力を失えば世代交代をしていく仕組みから、寧野の父親が死んだとなれば、金(ジン)一族などに能力者が出なければ、一番可能性があるのが寧野という結論になるわけだ。
 ただのヤクザである西里にでも調べて結論が出せる内容だ。
 だがその後が悪かった。宝生組にはそれほど関わりがあるわけではなく、静かに行動を見るだけだったのだが、若頭にとっては諦めたはずの恋だったというから笑うに笑えない。あの手の人間は諦める時は納得して諦めるだろうが、それが横から手を出された状態で見逃せるはずはない。
 結果は見ての通りで、抗争は圧倒的な勢いで宝生組が勝ち、貉(ハオ)まで解体してしまった。後始末を受けたのは鵺(イエ)だが、彼らにしてみればしてやったりの内容であろうが、蓋を開けてみれば自分たちでもやれたという事実を突きつけられてショックだっただろう。
 貉(ハオ)は金脈はあるが、それに任せた軍事力を持っていたに過ぎず、金糸雀(ジンスーチュエ)が消えて以来、底を突く資金繰りや幹部の着服、総統の暗殺と、組織としては成り立たなくなっていたという。
 そこで全て終わったはずだが、終わっていないものが織部寧野だ。
 貉(ハオ)はいなくなったが、寧野を狙うものは増えたというわけだ。
 西里でも考えたくらいだから、誰もが一度は考えたはずだ。堆く積まれた札束の中に自分が両手に花状態でいる妄想だ。
 だが大抵の人間は、それと現状と今回の貉(ハオ)争闘について思い出したはずだ。あそこまでして手に入れても利益があるのかどうか。宝生組がそれを使っている様子は一切無い様子から、そもそもこの結論は間違っている可能性の方が高い。ハイリスクでノーリターンだった場合、宝生組とそれに関わった鵺(イエ)の恨みを買うだけである。
 鵺(イエ)はそうした危険性を最初から理解していたのか、自分たちで匿うと本当のように見えてしまうと危惧して、宝生組に寧野を預けているという態度である。本来なら鵺(イエ)とて寧野の能力は欲しいところだが、鵺(イエ)には内部事情からなのか、鵺(イエ)の組織と直接関わりがあるような懐には入れようとしない。
 そこまで想像して西里はそれ以上想像したり考えたりするのをやめた。
 恐ろしい一番有り得ない結論が一瞬浮かんでしまったからだ。
 織部寧野が、鵺(イエ)の龍頭(ルンタウ)の直系で、年齢的に寧野の父親が司空(シコーン)龍頭(ルンタウ)の跡取りであり、寧野にこそ鵺(イエ)の龍頭(ルンタウ)になる資格があるということだ。
そうなると鵺(イエ)としては、直系の血筋を殺すわけにはいかないし、司空(シコーン)が認めて無くても可能性があるなら生かしていくしかない。
 その危険を回避させながらも、決してその先に続く血筋を残さないようにもしなければならない。
 寧野が結婚して子供が生まれたとして、その先、鵺(イエ)が内部分裂したとすればその子供を盾にして直系同士の龍頭(ルンタウ)争いなどという不毛なことになりかねないからだ。
 その芽は早いうちに摘んでしまいたいと考える鵺(イエ)、その子供を奴隷として扱おうとした貉(ハオ)。鵺(イエ)の龍頭(ルンタウ)と宝生組の若頭の利害が一致して貉(ハオ)はなくなった。
 たった二人の子供が、この先まで読んでいて織部寧野を大事に囲い込んでいるなら、この推理が外れているわけがない。
 何処かの組織が連れ去ったと解ったらきっとその組織は来年にはなくなっているだろう。
そこまでハイリスクとなると、全員が宝生組が織部寧野を金糸雀(ジンスーチュエ)として使っている痕跡がないのなら、無理に事を荒立てる必要はないと考える。貉(ハオ)のように楽をしようとすればしっぺ返しの方が高くなることはわかり切っているからだ。
 それこそ軍隊を投入してガチンコで政府とやり合うくらいの無法地帯での所行ならやってみる価値はあるだろうが、ここはそういう場所ではない。
 ただのお荷物ならそれらしく言って欲しいが言えない事情があるとすれば、幹部達はこの事情を大体は知っていることになる。
 風間ももちろん知っているだろうが、それと今回のことは別だ。織部寧野がただのお荷物なら本家も本気で何かやらせようとしたわけではないと考えて差し障りない。所謂、飾りとしてもてなしておけ程度だろう。
 だが織部寧野があれくらい出来ると解っていて関わらせているのなら、老院には何か目指すものがあると思われる。織部寧野をただのお荷物にしておきたくない理由。
「なんだろうな、本家……いや老院の妖怪が織部寧野を試そうとしている理由」
 風間の一言に西里はハッとした。風間も同じことを考えたし、織部寧野が特別な理由で宝生組にいることは知っている。だから死なせたら宝生組は終わると言った。だが、試そうとしてその素質を見抜くことは、風間の趣味のようなものだ。素質があるなら磨きたいと思うのが後継者を育てようとする人間の考えである。
 若頭はいずれ組長になる。その時、組長代理以上のものになっていてもらわないと困る。その上で織部寧野の所在が問題になると西里は気付いた。
 明確な、それも公然たる理由があれば、織部寧野が組長の側にいたとしても誰も不審がらずにいられるようになれば、この問題は一気に解決する。
 元々直系が組長になるという形式が古いとされている昨今。宝生組は直系を組長とするのは耀が最後だ。だが、最後だからこそ組長として直系が使えなかったからなくなったと言わせるつもりはないということだろう。
 耀が組長をやめる時が本家が宝生組の組長を育てる機関としての仕事を終える時でもある。最後と解っているなら、最後に老院もあればよかったと言われたい人間がいるはずだ。
最後くらい花火をあげたいと思う人間もいるのかもしれない。
 だが、織部寧野というある意味爆弾になりかねない人物を使って行動するということは、寧野の所在の理由だけではないのかもしれない。
 もっと大きな力によって、何かが起こる。
「もしかしたら、何かあるのかもしれません。私にはまだ予想すらできないのですが」
「まあ俺も予想は出来ないが、確実に黒社会の常識が変わるような何かなのかもしれないな」
 風間の呟きに西里は頷く。
 何が起こるのかは、起こってみなければ解らない。そういう仕組みなのだろう。そう納得するしか今は何も出来ないのだった。