novel

spiralling-30

 寧野は自分が今何のために生きているのか、そんなことを本気で考える時が来たのかと思うような状況に立っていた。煌和会に誘拐され、ガラス部屋に監禁されている寧野の日常生活は、実際のところ俐皇のところにいた時と、さほど変わっていない。
 起きたら食事をして、休憩を取りながらストレッチをし、後は飛んだりはねたりと榧(かや)流の武術の形の練習だ。それも汗をかくほどやっていると昼食、少し休憩してまた形の練習。夜は筋トレとストレッチをする。
 一日中、武術の練習で実際のところ充実しているなと思うのが本音だ。しかし監視される生活に慣れてきた自分に違和感がある。このままでいいわけがないから逃げるための行動もしたいけれど、入り口が一つしかないガラス部屋では、どんな行動も見られていると思っていい。
 さらに召使いにと一人室内にいるわけだ。これが監視も兼ねていて、ガラス部屋とはいえ、トイレや風呂まですべてガラスではなかったので、その監視がついているわけだ。
 塔智(ターヂー)はひどくいい人だった。敵であることを忘れて仲よくなってしまうような、ほんわかとした人物。日本語を話してくれ、リラックスもさせてくれる。
 なので不自由がない。
 それでもそろそろ耀不足が本格化して泣きたい精神状態に追い込まれる。夜な夜な耀を思って泣いてるなんて寧野らしくないのだが、それでも耀がいないことが辛くて仕方ない。
 もちろん泣いていることなんて塔智(ターヂー)も知っていることだ。だが突っ込んで聞かないから寧野も何も言わない。言わなくても寧野が耀のところに帰りたがっているなんて、わかりきったことだ。
 その寧野を毎日観賞に来るのが煌和会の龍頭(ルンタウ)武藍(ウーラン)だ。武藍(ウーラン)は自分の仕事を持ち込んでまでして寧野の武術の練習を見に来るまでになってしまった。
 最初は普通に観賞しているだけだったのに、次第に熱心に通うようになり、ついには仕事を持ち込んでまで居座るようになった。
 武藍(ウーラン)は寧野が舞っている姿を見て、子供のようにはしゃいでいるが、それが本気なのか馬鹿にしているのか寧野にはわからない。
 最初に出会った時に見事な二回足払いをされた。あの印象から武藍(ウーラン)も相当な武術使いであることがわかっている。それなのに、他人の武術を見て目を輝かせるなんて、術を盗む時くらいのものだ。
 なので寧野は奥義になる練習は武藍(ウーラン)が消えた時にだけやっている。ビデオを撮られている可能性もあるだろうが、直接見ない限り理解出来ない動きであるのは間違いないので、それは心配していない。
 武藍(ウーラン)はとにかく変な人間だ。
 気に入った人間を眺めるだけでいいなんて、どういうことなのだ。触れることも抱くこともしない。ただ眺めて微笑むだけだ。
 きっとその人物が老いていくのは見るに堪えられなくなるような気がして、ここに入る人は若い人だけだろうと思った。
 今現在同じ状況になっている人がいるのかどうかわからないが、武藍(ウーラン)が仕事を持ってまでくるからには、他にはここにいないのだろう。
 いろんなことを考えていると、武藍(ウーラン)が話しかけてきた。
「寧野は自分の生まれを呪ったことはないか?」
 いきなりな質問に寧野は体の動きを止めて武藍(ウーラン)を見た。
「いきなりなんだ?」
 そんなつまらないことに何故興味があるのかわからなくて、問い返していた。
「寧野みたいに金糸雀(ジンスーチュエ)として生まれ、マフィアに狙われる人生。父親もそれで死んだわけだろ?」
 そう言われて寧野は正直に答えた。
「確かにそう言われるだけで狙われるのは、正直な感想としてはほっといてくれという気持ちだ。父さんのことはもう復讐もしたから引きずらないことにした」
 ズルズルといつまでも恨みだけでいきていけるほど、寧野は恨みだけで出来ていない。辛かった恨みは貉(ハオ)を潰したことと、主犯が死んだこと、直接手を下した犯人も死んでいることから、これ以上恨んでもどうしようもないことだ。
 もし犯人が生きていて、のうのうと暮らしているというのなら結果は違っただろう。でも結果は今の通りだ。寧野は未来を選んで耀の手を取った。
「生まれを呪ってもなぁ。俺が俺として生まれたことを否定するなら、死ぬしかないだろう? でも俺は生きて、一緒に手を取って歩いてくれる相手を見つけたから、一緒に生きるだけだ」
「だが金糸雀(ジンスーチュエ)である限り平穏ではいられない」
「おまえたちがそう言っているだけで、俺は世間で言われているような力を発揮したこともなければ、現在もない。つまり外れだってことだ」
 金糸雀にだって当たり外れがあるはずだ。だから寧野が知らないところで、別の金糸雀がいて、その人物に力が移ったのだと寧野は思っている。
 実際、父親が亡くなったから金糸雀(ジンスーチュエ)になると言われ続けたが、結局力は現れなかった。あれほど必要がないと必死に願ったことはかなえられたわけだ。
「俺が外れであることなんて、とうの昔にわかってることなんだが。最近、どういうわけか、その金糸雀(ジンスーチュエ)の話が蒸し返されてる気がする。もちろん、俺が言って回っているわけでもないから、誰かがわざとそう言っているのだろうけど、何の思惑があってのことなんだろうな?」
 寧野はそう言って逆に武藍(ウーラン)に問う。その話誰に聞いた?どこから仕入れた情報?というような聞き方だった。
「自分がわざとさらされているとでも?」
 武藍(ウーラン)は自分が誰かに釣られたなど信じられないと思っているのか、真剣に聞いてきた。
「そうじゃないのか? 急にだからな」
 寧野がそういいながらストレッチを始める。
 屈伸をしてアキレス腱を伸ばしていると武藍(ウーラン)がまた開き直ったように尋ねてきた。
「寧野は母親の生まれを知っているか?」
「いや、知らないな。特に知ってもどうにもならないし、向こうはこっちとは何の接触も取りたくないと言っていたようだから知らなくてもいいだろうってことだろ?」
 寧野は父親が死んだ事件の時に、弁護士が母親茅乃の母親に連絡を取ったところ、引き取ることは出来ないときっぱり断られたのだという。ヤクザの子供で、事件の渦中にいるからなのかと思っていたが、武藍(ウーラン)がそれを出してくると言うことはそうではないらしい。
「真境名(まじきな)というのがお前の母親の旧姓。真境名(まじきな)茅乃の母親るみ子は、沖縄のヤクザ高嶺会元会長の真栄城光藍(まえしろ こうらん)と兄妹だ」
 そう言われて寧野はなるほどと手を打った。
「どうして過去に俐皇にあったことがあるのかと思ってたら、あいつと親戚だったのか」
 やっと謎が解明されたとばかりに寧野が言うと武藍(ウーラン)は驚くところはそこなのかと呆れる。
「だって母親の実家がそれなりに問題がありそうだったのはわかってたことだからな。他のヤクザともめて殺されるような男の子供なんて押しつけられてもはた迷惑なんだろうな」
 あのときは恨んだけれど、仕方が無いのだろうなと今ならわかる。北海道の父親の親戚のことを考えると、潔さはあったほうだろう。
 さすがにこのあっさりな考え方には塔智(ターヂー)も驚く。
 深いことはそこまで気にしている様子はなさそうだったから、性格的にシリアスは苦手なのかと思っていたら、あれ以上の悲劇はないと思っていただけのようだ。驚くほどでもないとさっき言っていたように、両親の血族についていっさい興味がわかないらしい。
 それもそのはずで、誰が何であれ寧野の立場は変わらない。
 一族を大事にしているマフィアでは重要なことらしいが、その何処も自分が大変な時に助けてなんてくれなかったという記憶がある限り、寧野はなんと言われようと揺らぐことがない。
 そんなものを頼らないということだ。
 唯一延ばした手を取ってくれたのは耀だけだ。だからどんなことがあってもその手を放すことはない。
 その確信があるから強い。塔智(ターヂー)は寧野の強さを見た気がした。
「まあ、一応聞くけど」
 寧野が興味なさそうにしたため、話が空中分解しそうだったので、寧野が話を進める。聞いても何かが変わるわけではないが、今暇である。することがない上に話し相手もまともではない中の話題だから仕方ない。

  母親の茅乃は沖縄出身。旧姓は真境名(まじきな)で、寧野も一時的にこの名前だった。茅乃は二人姉妹で、姉に亜矢子がいる。二人ともフランス生まれで父親は不明。しかし武藍(ウーラン)が調べたところによると、るみ子はロシア人と暮らしていたようだった。その後ロシア人が帰国し、るみ子も帰国。沖縄に戻った。
 るみ子の母親はやは、真栄城(まえしろ)刀藍(とうらん)と結婚、光藍とるみ子を生むと離婚。るみ子を連れての離婚だった。
 しかし、光藍が高嶺会の会長になると、光藍がはやとるみ子の面倒をみるようになる。
 なのでるみ子は寧野を引き取ることが出来なかった。
 るみ子の内縁の夫だったロシア人は、名前がグリーシャと呼ばれていたことくらしかわかっていない。
「この男が何者だったのか。気になるところだが」
 武藍(ウーラン)が調べたところでもグリーシャという人物を探し出すことは出来なかったらしい。
「そういや沖縄なのに、ロシアの人との繋がりが強いよね」
 その光藍はロシアから嫁をもらっている。アナスタシアという名の女性で、双子を産んだ。青良と安里の二人。この青良は真栄城(まえしろ)俐皇の母親だ。
「俺までロシアの血を引いてるとは思わなかったけどな」
 光藍がロシア人の嫁をもらい、るみ子もまた違う土地でロシア人の子供を産んでいる。何かの繋がりがあってロシアとの交流があったのだろうが、沖縄のヤクザが本州のヤクザの影響を受けていない理由でもあるような気がした。そうすれば寧野と関わりたくないという理由の一つとして納得が出来る。
「そのアナスタシアは、ロシアのマフィア、マトカの娘だという話がある。本当か嘘か知らないが、そうだとすると」
「まーた俺の血族がマフィアとどうこうという話にあるわけか?」
 正直、貉(ハオ)や鵺(イエ)の騒動でその辺のことは懲りている。
「何を言う、鵺(イエ)の龍頭(ルンタウ)が死ねば次は寧野がその龍頭(ルンタウ)の資格を持つ唯一の存在となるのに」
「そんなあやふやなもので、煌和会は回ってるのか」
 その鍵を握っているのだと武藍(ウーラン)が言うのだが、寧野はすぐにそう返した。
「一族であろうが、その組織と関わったことすらない人間が頂点に立つことを許すような緩い組織なのか? 煌和会も鵺(イエ)も」
 しっかりとした口調で、どうなのだと強く尋ねる寧野に武藍(ウーラン)はびくりとした。威圧されるとは思ってなかったらしく、挑発したことを恥じた。
 今ものすごく馬鹿な質問をして脅したのだ。それを寧野が叱責した。お前の組織はそんな簡単なのかと。龍頭(ルンタウ)になるまでの武藍(ウーラン)は苦労すらしなかったのかと。
「俺ならそんなことを言うような身内と心中なんてごめんだ」
 寧野を使って鵺(イエ)を乗っ取るなんてことを考える輩はたくさん居るだろう。しかし、寧野がその組織に入ることはない。寧野にはわかっていることだ。自分がただの飾りでしかないことなど。
  きっぱりと言い切ると寧野は思い出したように武藍(ウーラン)に尋ねた。
「真境名(まじきな)茅乃が死んだ本当の理由。あんたのメモには載ってるか?」
 寧野の意外な言葉に武藍(ウーラン)は持っていた書類を開く。交通事故で死んだことは知っているが、その原因は寧樹のヤクザ関係だったような気がした。
  だが、そこに司空(シコーン)の名があった。
「寧樹に司空(シコーン)が会いに行った時に、司空(シコーン)を追ってきた人間に殺されたとあるが、不審な点がある。司空(シコーン)が寧樹を自分の組織に迎え入れるために邪魔な妻を殺した可能性も高いとある」 
 寧野が初めて興味を示したのは母親の死の謎だ。
 当時4歳ほどの子供がその原因を覚えているはずはなく、父親がその原因を話すはずもない。
「跡取りが居ないから迎えようとしたか……さっきの話からしてありそうな話だな」
 寧野がさっききっぱりと否定し、武藍(ウーラン)もそれはごめんだと判断した内容「血族が龍頭(ルンタウ)になる資格があるしきたり」があり、20年前は当たり前とされていたかもしれない。それくらい昔のことだ。
(蔡(ツァイ)はこのことを知っていたから、あんな風にいつも申し訳ないという態度だったのだろうか)
 思い当たる節はある。蔡(ツァイ)は自分たちが早く名乗り出ていたら、寧野の母親が殺されることはなかったと思っていたのだろう。司空(シコーン)は蔡(ツァイ)が生まれていることを知って、寧樹から手を引いた。
 けれど、寧樹が殺された時は、蔡(ツァイ)が協力して復讐に手を貸してくれた。それは事実だ。恨むなら蔡宗蒼(ツァイ ゾンツァン)ではなく、蔡(ツァイ)司空(シコーン)なのだろう。
「わかった、ありがとう」
  寧野は母親の死の真相の可能性を一つ示した武藍(ウーラン)に礼を言う。それが確定ではないが、そう考えると少しはわかる。沖縄のるみ子が寧野を引き取らない理由。鵺(イエ)の関係者に娘を殺されたら、その血を引く息子など憎らしくて引き取れないだろう。さらに光藍も鵺(イエ)の関係者を身内として迎えるわけにもいかなかった。ロシアのマフィアと繋がっているなら、名目上でも引き取れない。たとえロシア人の血を引いていると分かっていてもだ。
(なるほど)
 わからなかったことがわかってきて寧野はほっとため息を吐く。こうして捕まっていなければわからなかったことかもしれない。自分で調べようとは思ったこともなかったが、俐皇に会ってから昔のことが気になって仕方がなかった。自分が封印した昔のことを思い出すきっかけになればいいのだが、寧野はなんとなく楽しかった記憶しか残ってなかった。
 それは母親が思い出すことはないと言っているかのような気がした。

  織部寧野の冷静な態度に驚いたのは武藍(ウーラン)だ。
 普通の一般人なら取り乱してしまうような内容を寧野は一蹴してみせた。そう言われるのは慣れているとばかりな態度は、本当に言われ慣れていたのであろう。
 そうした世界で暮らしてきて、寧野は正常な判断が出来る精神を持っていた。
「意外に動揺もしないとは」
 武藍(ウーラン)がそう感想を漏らすと、月英(ユエイン)も驚いている。
「慣れているとは言っても、 裏社会になれているとは思ってなかったのですが」
 堂々としたもので武藍(ウーラン)相手にも動揺しない。
  最初こそ混乱は見えたが、それも自分がどこに居るのかわかった時くらいだ。それからは警戒はしていたが、それも慣れているのか、自分のペースで行動し始めた。監禁されているとはいえ、無理強いを強いられた時よりは精神的に辛くないのか、毎日トレーニングに明け暮れている始末だ。
 もしかしなくても、武藍(ウーラン)が囲った相手の中で一番元気のいい被害者ではないだろうか。
 そのせいか、武藍(ウーラン)の機嫌もここ最近いい。寧野を見ているだけでいいと言っていたが、最近は話しかけている。言うことは嫌がらせではあるが、それでも寧野は何でも答える。自分の意見を持っていてはっきりと述べてくる。
 情人にありがちな遠慮は一切ない。それでいて、迷惑になるようなことは一切言わない。必要最低限の中ですべて行っている。
「宝生耀は甘やかして育てていると思っていたのですが、実際は違ったようですね」
 月英(ユエイン)が報告されていた内容を一瞥して投げ捨てる。
 織部寧野に関しての宝生耀のことの報告であるが、内容が今の寧野と合わない。
  というのも、宝生耀は情人を囲いに囲っていて、人前に出すことはしない。男だからという遠慮があるのかと書いてある。しかし情人として扱うのは気が引けたのか、本家に連れて行き儀式をしたという。
  織部寧野を正式な妻という立場として扱うのだという。その一ヶ月ほど織部寧野は本家に通っていて、花嫁修行のようなことをしていたとある。
 あれが大人しく花嫁修業なんてするわけがないだろうと突っ込みたい気分だ。
 外から見るとそう見えたのかもしれないが、空港で織部寧野を見た時から感じた違和感は間違っていなかった。
 どう考えても相棒として隣に経つために得た立場なのだろう。
 妻と同等ということは、夫がいない時に姐さんとして活躍するヤクザの仕来りを使う。実際それを使ったのがあの空港での出来事なのだろう。
 あの時、寧野は酷く不安そうではあったが、それでも立ち向かっていく姿。あれが印象的だったから、報告書の様子にはがっかりしたものだった。
  しかし空港での印象以上に強烈な強さを持つ彼が、武藍(ウーラン)には眩しいらしい。
  武藍(ウーラン)が命を握っているというのに、彼は命乞いは一切しなかった。煌和会にとって武藍(ウーラン)は前龍頭(ルンタウ)がいる時から恐怖を与える存在だった。
 その恐怖が伝わらないなんて、武藍(ウーラン)も予想外だったのだろう。たぶん武術で戦っても武藍(ウーラン)が強い。けれどそれに匹敵するほど寧野は強い。だからなのか、武藍(ウーラン)は恐怖の対象にならないらしい。
 寧野にこの世に震えるほど恐ろしい人間なんて存在するのかと疑うほど堂々としている。
  これが傲慢な強さであるなら武藍(ウーラン)も見抜ける上に、そういう強さは鼻っ柱をへし折るのも簡単だ。だがそうした強さではないのは、見ていればわかる。
  情人らしさの賢さは持っていると思っていたが、それ以上だった。
 生まれは特殊であるが本人はもう気にしていないというし、時期龍頭(ルンタウ)ではないかと言われたら本気で嫌がっていた上に、的確な指摘で有り得ないことを証明する。
 自分の中に確かな未来がなければ、あそこまで断言は出来ないし、時期龍頭(ルンタウ)である可能性を「最初から知っていなければ、否定の言葉を即座に用意するなんてことは出来ない」から、寧野は最初から龍頭(ルンタウ)になる資格がある可能性は知っていたことになる。
 ならば、司空(シコーン)の孫であるという事実は、かなり昔から知っていて、鵺(イエ)の龍頭(ルンタウ)とも何かしら取引が出来ていると考えるのが順当な流れだろう。
 それ故に、あの即答なのだ。
 それを月英(ユエイン)が言うと、武藍(ウーラン)も頷くのだ。
「知っていて知らない振りをしてるわけか。鵺(イエ)が未だに関わっていたのは、寧野の意見を尊重しているという理由にして、実は龍頭(ルンタウ)候補に寧野を担ぎだしても無駄だという、鵺(イエ)内部の反乱者に対する警告でもあるわけだ」
 寧野を使った反乱者がいるなら、やってみろと。もちろん寧野も龍頭(ルンタウ)側になって反乱者を潰すことになるわけだから、最高のスパイを龍頭(ルンタウ)候補として扱わなければならない。こんな馬鹿げた茶番、誰が乗ってくれるというのか。
 もちろん、他の組織が寧野を使ってとなれば、龍頭(ルンタウ)が寧野を殺すことになる。躊躇なくそれをするのが現在の鵺(イエ)だ。
 新しい鵺(イエ)の龍頭(ルンタウ)が誕生した時、過去の仕来りの不必要な部分は捨てたと聞いている。何を残して何を捨てたのかはわからないし、何を仕来りとしているのかも知らないが、龍頭(ルンタウ)になる条件として寧野を除外出来る何かを画策して作ったと思われる。
 それが寧野が宝生組にいられる理由となる。
 取引相手とはいえ、敵になるかもしれない組織の情人など、龍頭(ルンタウ)にすると言われても組織が納得するわけがない。それこそ宝生組による鵺(イエ)乗っ取りと思われても不思議ではない。
 巨大な日本のヤクザである宝生組の若頭の情人であるなら、まず反乱者が寧野を使うことはないだろう。
 そこまで読めていたから、鵺(イエ)は宝生組の情人として寧野を送り出したと言っていい。織部寧野が貉(ハオ)に狙われ、普通の生活がかなわなくなった時、この計画がスタートしたとしたら、宝生組若頭も鵺(イエ)の龍頭(ルンタウ)も相当な予見者である。
 龍頭(ルンタウ)になる道をすべて潰すために、情人として囲っていると思わせる。寧野のイメージが悪ければ悪いだけ、頂点にしようなんて考える輩が減る。さらに情人として優秀であれば、宝生組での地位は安泰だ。
 一石二鳥とはこのことだったのだ。
 寧野はそれを理解して忠実に守っていた。情人としての地位を確実にしていくには、もちろん屈辱にも耐える。そうしてできあがったのが今の寧野だ。誰かを盲目的に信じていれば、危機的状況でも信じて待つことが出来るようになるのか。
 それでも寧野は自分でも行動する。その地位を確実にするためにも。そうした強さに惹かれたはずの武藍(ウーラン)は、彼がもっと弱いものだと信じていた。
 そう、あの陽妃(ヤンフェイ)のように、ただ泣き暮らすのだと思っていた。
 寧野と陽妃(ヤンフェイ)は違う。
 そうした弱さを見せようとしない。
 殺されないからああいう態度を取っているのではなく、監禁されたからと言ってもすることが泣き暮らすのは諦めと同じだと思っている。諦めたわけじゃないことを体を動かすことで示す。
 それはわかる常に逃げるための観察を行っていない。
 生きるために何かをしないといてもたってもいられないのだろう。
 やはり陽妃(ヤンフェイ)と違う。
 寧野はどんどんきらきらとしてくるのに、陽妃(ヤンフェイ)はどんどん暗くじめじめとした。そして最後まで泣いていた。
 陽妃(ヤンフェイ)の代わりにと思って強い人間を選んだ部分もあったが、織部寧野は十分、武藍(ウーラン)の期待には応えていた。
 正直男なのが悔やまれる。
「寧野の子供なら欲しかったけど、相手が俺ではないのが残念だな」
 武藍(ウーラン)がそう言うと、月英(ユエイン)が思い出したと報告書をだした。
「それが問題なのですが、織部寧野のことで……」
 月英(ユエイン)がその問題を報告すると、武藍(ウーラン)は言った。
「寧野はそれを知っているのか?」
「知っているのではないですかね。本人がその心配を一切していないのが……その、それが起こるわけがないと思っているのではと」
 織部寧野は自分の体の異変を最初から知っていた。
「なんだそれは。すべて織部寧野に都合のいいようになっているではないか!」
 織部寧野は体に欠陥があるため、子供を作る能力がない。それが検査結果だった。まさかと思って何度も調べたが、やはりそうだった。本人はもちろんそれは知っていたようで、金糸雀(ジンスーチュエ)のために子供を作る人間の思惑があっても出来るわけがないと知っていた。 
「俐皇に捕まって見せたのも、その心配がないとわかっていたからとでも……」
 自分の体の異常までも計算次ぐで人質交換をした。
 欠損があると大きな声で言っても誰も信じないが、欲しい人間は必ず検査をする。そこで異常が伝われば言わなくても信じられる。
 自分の体の異常を使ってまで、織部寧野は宝生耀を解放させた。
 それは大それた計画だ。
 織部寧野が金糸雀(ジンスーチュエ)ではなく、さらに子供を作れないとなれば、利用価値は一切ない。それを知れば、利用価値があったのは宝生耀の方だ。
 ただ真栄城(まえしろ)俐皇は、織部寧野そのものに用があった。金糸雀(ジンスーチュエ)でもなく、子供でもない、織部寧野という人間にだ。
 そこが寧野の計算外で、本人もまさかと思っていたはずだ。あそこまで複雑な場所を用意して監禁するなんて思いもしなかったということなのだろう。
 さらに宝生耀の怪我が完治するまで動きようがない。だから耐えた。そこに武藍(ウーラン)が割り込んだために、寧野の計画は武藍(ウーラン)に用いられた。
 だが、計算外が一つ。
 武藍(ウーラン)もまた金糸雀(ジンスーチュエ)にも子供にもそこまで興味があったわけではないということだ。
「ふふ、面白い。だが残念なことに、俺は俐皇と同じく、織部寧野に興味があるんだ」
  武藍(ウーラン)が笑いながらそう言った。
  興味は最初にわいていた。
  付属していた価値が消えただけで、最初から本人だけに用があった。
  籠の鳥にしてしまえば、あの美しい鳥が逃げることはないのだと思った。強く誇らしげに鳴く、たくましさまで備わっている。
  それだけで十分だと武藍(ウーラン)は思った。