novel

spiralling-36

 真栄城安里(まえしろ あんり)は、嫁いだ娘桜子が実家に帰ってきているところに出くわせた。
「なんだ桜子、もう離婚か」
 そんな本気ともとれるジョークを口にすると桜子はため息を吐いて言い返す。
「お父さん、そのジョーク飽きちゃった。残念だけど壮比(そうひ)さんとはラブラブよ」
 そういう桜子に安里は苦笑する。
 娘の桜子は現在二十歳。まだ大学生であるが、18歳の時、10歳年上の渡真利壮比(とまり そうひ)と結婚した。桜子はずっと壮比のことが好きであったが、祖父の干渉により古我知才門(こがち さいもん)と結婚させられるところだった。その古我知才門は渡真利(とまり)のさらに年上で、現在45歳。それだけでも桜子からみればおじいさんレベルの男であったが、それ以上に才門の女癖の悪さが災いをもたらすことは容易に想像できた。
 思春期の女の子というのは純愛が好きだ。だから女癖が悪い大人は嫌悪の対象にしかならない。その点渡真利にはそうした噂はいっさい無かった。そして優しかったという。
 祖父が干渉を始めてから、桜子の心は完全に渡真利に固まり、古我知(こがち)の干渉にも迷惑していた桜子はとうとう渡真利に泣きついて結婚してもらうことにしたというわけだ。
 渡真利(とまり)は初めこそ断っていたが、古我知(こがち)の執拗な婚約話やらを聞かされているうちに、安里に相談に来た。
 最初は娘を止めてもらえないだろうかという相談だったが、母親である藤子が渡真利を気に入っており、そのまま婚約、結婚と流れるように決まってしまい、書類を出してしまったというわけだ。
 寝耳に水なのは祖父の光藍である。渡真利(とまり)を脅してはみたが、古我知(こがち)にくれてやるのと渡真利にくれてやるのはどっちにしろ同じことであることに気付いて渋々納得したのか、それ以上干渉はなかった。
 しかしそれに怒ったのは古我知才門(こがち さいもん)である。光藍の直系の子供がもらえると思い、意気揚々として高嶺会の会長をやっていたのに、もらえない。桜子は美人であったし、あれを陵辱できる想像でいっぱいだった古我知は結婚してもなお桜子にちょっかいを出してくるほど執着をしていた。
 だが古我知には内縁の妻がいた。それが真境名(まじきな)亜矢子だ。亜矢子はもう故人であるが、二人の子供を設けていた。そのうちの一人は男の子で、跡継ぎには問題はなかった。
 ただ単に箔が付く名前を持つところから若い嫁が欲しかっただけでだだをこねているだけである。
 安里からすれば、古我知(こがち)の所行は知るところである。
 安里は高嶺会の名誉顧問として名前を連ねているが、ほぼ高嶺会のやっていることに関わってはいなかった。
 父親の光藍は安里とは仲違いをしたままである。元々ヤクザになりたくなんかなかった安里はことごとく反発を繰り返し、ヤクザにはならなかった。家を出て独り身で生きていこうとしていた時、光藍から嫁が出来たと、嵯峨根会の一次団体である高岸一家の高岸藤子を紹介された。
 安里が気付いた時にはすでに結婚届が光藍によって出されており、離婚するには藤子の承諾が必要なことになっていた。一度偽造でもなんでもなのだが結婚をしてしまうと、取り消すのには膨大な時間の裁判が必要である。そんな費用もない安里は受けるしかなかったのだが、そこで出会った藤子は聡明な女性であった。
 まず光藍の意志にはことごとく反発するのである。藤子曰く、夫がそう望んでやっているのだから妻が従うのは当然、光藍もそう言っていたと平然と言ってのける。
 一家で育った藤子は、一家を束ねる姐さんのような役目をしていたこともあり、肝っ玉は誰よりもあった。
 そうして桜子を育てたのだから、桜子が似るのは当然のことだった。
 男を見る目は誰よりもあったようで、ヤクザの中からしか選べないならと渡真利(とまり)を選んだ。
  現在の高嶺会は、会長古我知才門(こがち さいもん)、理事長渡真利壮比(とまり そうひ)、名誉会長真栄城(まえしろ)安里。
 ほぼ真栄城家と古我知家、渡真利家の三つが回していると言っていい。
 そもそもの高嶺会は真栄城光藍が作った。アメリカ軍を相手に商売をし、資金を集めて上手く県政よりもアメリカとの繋がりを作った。その上で光藍はロシアのマトカとの取引で東西自在に行き来し、本州のヤクザですらなせないことをなして本土のヤクザを内地に進入させなかった功績がある。
 そのおかげで沖縄には高嶺会以外の組織はない。穏やかであるが、その穏やかさを光藍は望んではいなかった。
 内地の本土への憧れは、無くなることはなく、高嶺会を捨ててでも本土への介入を望んだ。
 光藍には二人の子供がいる。ロシア人の妻から生まれた双子の男女、安里と青良だ。しかしこの子供は双方とも光藍の思い通りになどなりはしなかった。
 先に青良が家を出ていなくなり、安里には小馬鹿にされる始末。与えた嫁の藤子からすらも相手にされない。
 安里家を諦めて青良を探すも、こちらは勝手に結婚離婚を繰り返し、子供は一人。真栄城俐皇である。
 その後青良がイタリアマフィアのデル・グロッソ家の次男ジョルジオと結婚、子供も出来たが火事で死んだ。
 そこで残された俐皇を安里が引き取ろうとするのを邪魔してまでして、嵯峨根会に繋がりがある高岸一家に追いやった。
 名目は乗っ取りであるが、光藍の思惑はまたもや差別からくる嵯峨根会の俐皇迫害によって潰えた。
 何度も内部に潜り込む算段で計画をしても人間思い通りにはならないものである。
 だがそこに一人の孫が嵯峨根会に潜り込めた。
 光藍にはるみ子という妹がいる。親が離婚して妹のるみ子は真境名(まじきな)と名乗っている。二人はとても親密で、とうとうるみ子は光藍との間に子供を作った。それに父親が激怒し、るみ子を母親はやと共に追い出したのが離婚の原因だ。
  るみ子はフランスで光藍の子供である亜矢子を出産し、さらにはロシア人と内縁関係になり茅乃を生んだ。
 だがロシア人が国に帰ってしまった為、日本に戻ることになると、るみ子の父親刀藍(とうらん)が死去しており、光藍がるみ子とはやを引き取った。
 だがその子供たちも自由奔放であり、茅乃は早くに本土に逃げた。だが亜矢子は古我知(こがち)の内縁の妻になり子供を二人産んだ。そのうち男は古我知が認知して引き取ったが、女の子供は認知すらされずに残された。それが真境名(まじきな)弓弦(ゆづる)だ。
 弓弦は東京の大学を卒業した後、就職をせずにキャバクラに働きに出て、そこで都寺冬哩(つうす とうり)と出会った。冬哩は頭がよく便利で都合がいい弓弦を気に入って愛人にした。その時、弓弦は西野亜矢子と名乗っていたため、情報を聞きつけた光藍は弓弦に西野亜矢子名義の偽名の身分証明出来るものをいくつか作り送った。
 そこで弓弦は光藍の手先となって冬哩を操ることに同意した。
 どういう理由で弓弦が光藍の思惑に乗ったのか光藍にも分からないが、弓弦(ゆづる)は冬哩を騙すことにはなんの躊躇もないらしい。
 そして光藍は弓弦を使い、冬哩を操り、嵯峨根会を乗っ取るための準備を開始した。
 まずは嵯峨根会の内部を混乱させるために、光藍の知らないところで実行された都寺会長事故死を調べる冬哩に調べた情報を与え続けた。
 ただ渡すだけで冬哩は勝手に勘違いをしていき、自滅しそうではあるが、弓弦が上手く調整していた。
 だが冬哩が捕まっては元も子もないため、工作は怠らない。さらには送り込んだはずの俐皇が破門された後、煌和会を刺激し、嵯峨根会はさらに窮地になっていたのには、光藍も自分に好機が舞い込んできたと錯覚できただろう。
 だが弓弦(ゆづる)が冬哩に肩入れしている理由は誰にも分からない。
 高嶺会は内地での抗争などないまま、暇を持て余した集団となり、女狂いの古我知(こがち)でも会長がつとまるほどだ。それも渡真利(とまり)という理事長がいるから成り立っているようなものであるが、その渡真利とも古我知の仲が桜子と結婚後悪化している。
 その渡真利には父親壮士(そうし)の兄妹に枝那(えな)沙那(さな)という双子がいる。枝那は嵯峨根会の一家である秋篠一家に嫁ぎ、妹沙那は会長の都寺家に嫁に行った。
 そう光藍の思惑以上に、渡真利家の血筋は今まさに嵯峨根会のトップにいるわけだ。
 光藍が嵯峨根会の乗っ取りを考えた時、渡真利家の二人がすでに入り込んでいることに目を付けたのもある。そのおかげなのか、現嵯峨根会には元高嶺会顧問だった男、道伏信葉(みちふし しんよう)が最高顧問として入り込んでいる。
 下地はしっかり出来た形であり、俐皇の布石は蛇足だった。光藍が渡真利(とまり)と桜子の結婚に納得したのは、渡真利との繋がりを作っておくことが重要だと気付いたからだ。
 古我知(こがち)との繋がりはロシアに嫁いだ古我知の妹との繋がりからの融通であり、妥協でもある。
 しかし渡真利の方を重要視しなかった結果、現会長や理事になった子供たちと接触が出来ないままである。
 ここは弓弦を使っていくしかないだろうが、冬哩が何処までバカなのかが問題である。
 安里は光藍が狙っている嵯峨根会に興味はない。
 嵯峨根会がどうなろうと藤子の実家は変わらないからだ。その一つに、総長に押されてなった俐皇が破門された。元々高岸家に必要な人間ではないから、俐皇からすれば願ったり叶ったりというところだろう。
 光藍からすれば俐皇の行いは裏切りになるのだろうが、まさか俐皇と九十九朱明が連んでいたなんて想像だにしなかったのだろう。しばらく呆然としていたらしい。らしいというのは、光藍についているはやが愚痴でるみ子に漏らしているのを召使いが聞いたのをさらに愚痴って安里の家の召使いが聞いたという流れだ。
「枝那(えな)と沙那(さな)が争っていたと思ったら冬哩と啓悟の争いになってるわけか。神はずいぶんと争いがお好きと見える」
 とうとう光藍ではなく渡真利が嵯峨根会を制覇したわけだが、これが光藍は気に入らない。自分が出来なかったことを何も考えずに渡真利壮士(とまり そうし)が成し遂げてしまっていたからだ。壮士はすでに亡くなっているが、そんな思惑などいっさい無かっただろうに。
 その渡真利枝那の死に関して、問題が残ったままだったことを思い出す。
 都寺沙那(つうす さな)が死んだのは病死だった。元々身体はそこまで丈夫ではなかったが、子供は二人生まれた。
 そのうち一人は争いの元になるという理由で秋篠一家に預けられることになる。
 枝那が都寺と結婚したがっていたことは最初から見え見えだったが、都寺は沙那を選んだ。枝那は秋篠の子供を妊娠し、そのまま結婚となる。
 これは枝那を欲しがった秋篠がしくんだことだったのだろうと今なら分かるが、枝那は好きでもないのに寝てしまったため、一方的に責めることは出来なかったのだろう。
  しかしそれが枝那を追いつめる。息子啓悟を嵯峨根会の会長にするべく英才教育をほどこし始める。沙那は自由奔放に冬哩を育てていた。おまけにもう一人の子供である朋詩を捨てても平然としていたことを枝那は腹立たしく思ったのか、沙那の子であるけれど、沙那が育てたのではないけど優秀な子にして見返してやろうとしたのか、朋詩にも同様に教育をしていた。
 中学を過ぎれば、その啓悟も母親の干渉をうるさいと感じるようになったのか、些細なことで喧嘩をしていたという。秋篠は男の子が母親を嫌がるのは思春期のものだから仕方ないと笑っていたという。
 そして交通事故だ。枝那が運転していた車が対向車と正面衝突した。その車には啓悟が乗っていて巻き込まれた。
 幸い啓悟は後部座席にいたため怪我なく助かったが、枝那は即死だった。相手の証言で枝那が急にハンドルを切って衝突したことやブレーキをした痕がないことなどから枝那の不注意による事故として片づけられた。
 しかし枝那は普段は運転はしないのだという。その日、運転手が二人、食中毒で寝込み、仕方なく枝那が運転をしたというから、慣れない運転でしかも急いでいたための事故だと言われているのは少しおかしいと安里が思って調べると、母親の死を喜んでいる啓悟をみた。
 安里は一応は知り合いなので葬式に行った。その時、冬哩が啓悟に言ったのだ。
「とうとうやっちゃったの?」
「なんの話だ」
「そこまでの覚悟、すごいけどね。オレに比べたら」
 そんな話を聞いてしまった。
 秘密の会話を部屋でしているのは不注意だが、所詮子供のやっていることだ。隣に客室があって、そこに関係者がいるとは思ってもみなかったのだろう。
 安里はその時、冬哩のオレに比べたらということばから冬哩の周りを調べてみて、なるほどと思う。
 中学時代にいじめられていてその仕返しをした。それが相手の手の骨を折るや足の骨を折るなど、残虐なことをして問題になった事件だが、その被害者が冬哩の名前を誰も出さずに喧嘩に巻き込まれたとだけ証言して逃げたという。冬哩のやり方がヤクザそのもので親たちも関わり合いになりたくないのか、子供を京都以外の病院に転院させてまでして逃げた。
 警察も冬哩の復讐であろうと予想はしたが、いじめっ子がやっていたいじめをまず立証しないことには冬哩の犯行だという理由が見つからなくなるが、当の学校がそんなのはないと言い張り、卒業した生徒のことなどで評判を落とされたくなかったのだろう。
  さらに都寺冬哩(つうす とうり)は事件の翌日に東京の進学校の寮に入っていたため、事情聴取すら都寺冬基が認めなかった。さらにいじめられていて、同じ高校に行きたくなくて、東京へ行った息子に追い打ちをかけるのかと弁護士を出されて牽制されると警察も冬哩に話を聞くことは出来なかった。
  訴えなど出さないままであったため、警察は捜査をやめた。
  そんな経緯があった上での冬哩の言葉がそのままなら、冬哩が犯人であるとにらんでいた警察はあたっていたわけだ。ただ証言が得られないことやさらなる報復を恐れて皆黙ったということは、冬哩はあれ以上に恐ろしい復讐を用意していたのかもしれない。
 そんな冬哩の言葉に啓悟は。
「冬哩は、嵯峨根会の会長になりたいか?」
 と尋ねていた。冬哩は少し驚いたようで黙ってから。
「そうなるのがオレの生まれたわけじゃない?」
 と答えていた。
 そこからの話し合いは、安里を呼びに来た舎弟に邪魔されて聞けなかったが、安里はあの二人は化け物になるんだろうなと思っていた。
 たった10年で彼らは嵯峨根会を乗っ取った。それも合法的に選ばれた上でだ。
 しかし一度人を殺してしまうと、人間簡単に人を殺して始末しようとしてしまう。
 どちらの提案か言わなくても分かるように、都寺冬基は事故死した。だが今回も上手く事故死として扱われかけた。だが、一人でやったときと違い打算や余裕が隙を生む。
「お父さん、俐皇はもう日本にはいられないの?」
 桜子が珍しく俐皇の心配をしている。俐皇が両親を亡くした後、引き取ることを何よりも嫌がったのが桜子だった。知らない子が来ることが怖かったのだと後に言っていたが今更心配とはどういう心境の変化か。
「さあ、本当に殺していたらいられないだろうし、殺してなくてもいたくもないんじゃないか」
 的確に俐皇の分析をしてやると桜子は困ったように落ち込む。
「今更、あの時引き取ってやればよかったなんて愁傷なこと思ってるわけではないだろうな?」
「……あの時は……悪かったかなって」
「お前の罪悪感など俐皇にとってうっとうしい蠅レベルのことだ。俐皇を可哀想扱いして自分をあげようとするな」
 安里がそう言うと、桜子はどうやら図星だったらしく口をアヒルの様に尖らせている。
「どうせ俐皇がいれば、どこかの組から嫁を貰ってただろうし、自分に子供子供とじいさまから言われなくなるのにくらいの程度なんだろう」
 さらに図星だったらしい。じいさまこと光藍から子供を早く産めという命令がうっとうしくて安里のところに逃げてきたらしい。光藍が安里と仲違いしたままで、光藍から安里に何かを言うことはあっても、安里は従わないし、安里から何かすることはない。
 よって避難所として利用できると思って実家に戻ってきているだけに過ぎない。
「渡真利(とまり)の姐さんに進んでなっておきながら役目も果たせないならさっさと離婚しろ。所詮渡真利もヤクザだぞ」
 一般人として生きていける可能性を自分で潰して置きながら、姐さんとしてはあまりにも幼い。こんなのを押しつけられた渡真利は苦労しているだろうなと安里は壮比(そうひ)に同情する。自分の時は押しつけられたにしても藤子があまりにも出来た姐さんだったからだ。比較すれば天と地、冗談抜きでそれくらい違う。
「だからお父さん嫌い」
 基本的に娘を守るためにはバカ正直なほどストレートにモノをいってやるのがきく。特に桜子はそういうタイプだ。
「そういえば、お父さん。真境名(まじきな)の弓弦ちゃん、なんかトラぶってるの?」
 嫌いと言ったのを忘れたのか、桜子が話を変えてくる。
 桜子は弓弦とは小さい頃からの友達だ。親がヤクザなんてやっていると友人なんてそうそう出来ない。弓弦も同じ様で、自然と桜子といるようになったという。
 現在弓弦は京都の都寺冬哩の愛人をしている。密偵のような扱いだからなのか、実家には戻ってなかったし、連絡もとってないようだった。なのに、桜子が知っているのは友達だからであろうか。
「さあ、東京に行ってからとんと話は聞かないな」
 そう安里が答えると桜子は。
「あのね、弓弦ちゃんから連絡があってね。うちの家系図見たいって言ってね」
「ほう」
「それで弓弦ちゃんの家もうちも親戚だからさ、持ってる資料渡したんだけど。何やってるのかな?」
「自分の生まれに疑問を持ったんじゃないか? 自分探しとかいうやつはやってるんだろう?」
「えー、弓弦ちゃん、そんなタイプだっけ?」
 桜子は納得していないようだったが、安里はこれは弓弦が下手をしたなと思った。よりにもよって真栄城(まえしろ)家の家系図みたいな資料を手っ取り早く桜子から仕入れたのだろうが、調べれば桜子が渡真利(とまり)の人間だとバレる。さらに真栄城家の人間と繋がっているなど知られれば、弓弦もそれこそとらぶっている状態だろう。
「家を出て行って連絡もよこさない子がどうなろうと私の知ったことではないよ」
  素っ気ない返事をして桜子から顰蹙を買う。本当に弓弦がどうなろうがどうでもいいのだ。桜子は幸せであるし、藤子との仲もいい。俐皇はとうとう独り立ちをしたし、光藍が困っているだろうと思うと笑いが止まらない。
 ヤクザの世界なんてくだらない。仁義に生きるの死ぬのなんて、本土の人間のバカな連中がやることだ。高嶺会だけがある沖縄でそんな抗争なんて起こさせやしない。
  会長になりたいだけの見栄男は会長にしてやったし、見栄男に口やかましく言われる立場には渡真利をつけてやった。光藍に嫌われている自分は、案の定なんの権限もないような名誉顧問で悠々自適だ。
  ここまで計画通り、あとは光藍が自滅してくれることだけが安里の計画の残りだ。
「早く死んでくれよ、妖怪ども」
  時代はもう変わっているのだ。老いたものたちはすぐに去るべきだ。安里は常にそう思っていた。


  その老いを象徴するかのような存在の一つである、チャイニーズマフィア鵺(イエ)の元龍頭(ルンタウ)蔡(ツァイ)司空(シコーン)が老衰で死去した。
 そのから間を空けず、長らく逃亡生活を続けていたイタリアンマフィアのデル・グロッソのボスであるロレンツォ・デル・グロッソがイタリア当局に逮捕され、そのロレンツォの次男ジョルジオと妻青良を殺した事件でロレンツォの長女ダニエラと夫ライモンド・エルコラーニーが放火を指揮したとして逮捕される事件が舞い込んできた。
  ロレンツォは逃走先のスイスの別荘にいるところをイタリア当局とスイス当局によって逮捕。通報があり、確認作業をした後の逮捕。
  そして放火犯として当時調理師の失火が原因とされていたがその調理師の妻がダニエラに多額の報酬を貰っていることが判明し、そのダニエラが事情聴取された。夫も関与を疑われ聴取されたところ、二人は長男アレッシオの命令で殺害を決行したと自白し、司法取引に応じた。
  実行犯の調理師は死んでいるが、もう一人放火の準備を手伝った人間が行方不明のままであることが分かった。
  長男アレッシオは、ダニエラが事情聴取された時に密かに逃亡し、行方不明になった。その翌日、アレッシオの部下であるニーノ・ボルガッティーが殺害され海に浮かんでいるところを発見される。
 側近であったニーノの死に当局は長男アレッシオの犯行ではなく、マフィア同士の抗争でアレッシオが殺されたのではないかと予想した。
  同じ時期、一ヶ月前に起こった病院襲撃事件の主犯として煌和会の操武藍(ツァオ ウーラン)と幹部数名が指名手配された。
  なお武藍(ウーラン)と戦っていたであろう抗争相手はついに判明せずに終わった。
  これらすべてに真栄城俐皇(まえしろ りおう)が関わっていると予想出来る人間はほぼいないに等しかった。
  これで黒川の報告書にあった真栄城俐皇が放火犯という情報を当局が信用しないことになってしまった。耀が必死になって手に入れた情報を俐皇は無にして見せた。しかし、料理長が放火より先に殺されていた事実を当局もおかしいとは思っている。
  放火の下準備を手伝った人間、その人物が生きている限り、俐皇からの疑いは消えない。当局はまだ闇があるとしてその証人を探している。
 ここ数日に起こったデル・グロッソ家への呪いのような報復は何かから目をそらせる目的で行われたのではないかと慎重に捜査を続けている。