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switch2

「もう……や……だ……」
 透耶は息を荒く吐きながら、やっとその言葉を言った。
 しかし、その透耶を見て、鬼柳がにやっと笑う。
 口には透耶自身を含み、舌を巧みに使って、張り詰めて濡れた透耶を追い詰めていく。
 指は透耶の孔の中で艶かしく動き回り、一本、二本と指を増やしていく。透耶の腰が揺れ、もうすぐイキそうな事を報せている。
 透耶自身から口を外すと、掌でぎゅっと強く握り締める。
「いきたい?」
 バリトンが透耶の耳で囁く。
「あ……ん……」
 低い声が全身を犯す様に快感になり駆け巡る。
 鬼柳は透耶の耳を軽く噛み、舌で舐める。
「んん……」
「何でそんなに強情なんだ? いきたいんだろ?」
「あ、ん……やあ……」
 眉を顰めて必死で堪えている透耶の顔を見ていると、鬼柳は我慢出来なくなってしまった。
「ごめん、俺、もう我慢出来ない。入れさせて」
 鬼柳は、孔に埋めた指を引き抜いて、自分の熱い物を孔に押し詰める。
 くっと腰を進めると、すんなりと抵抗なく、透耶の中に治まった。
「ああ……!」
 押し入ってきた鬼柳の大きさ、熱さに、透耶は高い声を上げる。それと同時に鬼柳を締め付けてくる。
「あ、んー。透耶、まだ狭いなあー。俺はいいけど、透耶は気持ちいい?」
「……い……や……」
「んー? いや? だったらなんでこんなに締め付けるんだ? 身体は素直なのに」
 二三回、鬼柳が腰を揺らすと、透耶は身体を震わせて、鬼柳にしがみつてきた。
「ああ……あん……」
 腕を背中に回し、爪を立てる。
「……つっ!」
 背中に爪を立てられたというのに、鬼柳はふっと優しく笑って、透耶の顔中にキスを降らせる。最後に唇を激しく吸い上げて名前を呼ぶ。
「透耶」
 その声はすごく優しい声だった。意地悪をする、悪戯をする時の笑いを含めた声ではなく、愛おしくて名を呼ぶ、という本当に透耶を安心させる声。
「ん……」
 透耶が薄らと目を開けると、目尻に口付けてくる。
「好きだ」
 鬼柳は繰り返し、繰り返し、まるで透耶を洗脳するように、「好きだ」と言い続ける。
 だけど、透耶はそれに答える事は出来ない。
 困った顔をする透耶、それでも鬼柳は笑って繰り返す。
「透耶、好きだよ」
 それがいつもの合図。
 激しく揺さぶられ、前後左右も解らなくなる程、鬼柳は透耶をかき乱す。擦り付けられる内部は、熱く、ポイントを覚えた鬼柳に追い詰められる。
 激動に翻弄され、透耶は高みへ上り詰める。
「あああん!」
「とおや……ん!」
 二人は同時に己を放った。


 
「透耶〜」
 毛布を被ってベッドの中に潜り込んだ透耶は、鬼柳の呼び声に聞く耳を持たないで、寝たふりを続ける。
 あの馬鹿!毎度、毎度!
 怒りを露にして、無視を決め込む。
「悪かったって。でも、仕方ないだろう」
 続けて言う鬼柳。声は丁度頭の上辺りから降ってくる。
 何が仕方ないんだ!
 透耶の心の叫びが聴こえたように、鬼柳が言い放つ。
「可愛い顔をして寝てる透耶が悪い」
 言い訳が言い訳として成り立ってないので、透耶は怒鳴る。
「アホか! 寝起き襲って、俺が悪いだって! 冗談じゃない。こっちの身になってみろ! 散々やりまくったくせに!」
 透耶の怒り声を聞いても、気分を悪くする事もなく、どんなに罵られても、にやりとして言い訳、いや意地悪を言う。
「そう言っても、いつも透耶、いい顔してる。あんな声だして感じてない訳ないし。良かっただろ?」
「………」(怒)
「俺だって、透耶の中に入らないと、死にそうだし。これでもずっと一日中やりたいの我慢してんだぞ」
「………」(激怒)
 はっきり言って、勝手に死んでくれ!と思う透耶。
 ここ一週間。透耶は鬼柳のいいようにされまくっていた。
 とにかく、風呂に入れば隙を狙って一緒に入ろうとするし、居間で寛いでいても襲い掛かってくる。ご飯を食べていても、前触れなくキスをかます。
 だったらベッドを別にすればいい話だが、それも用意周到な鬼柳によって、この別 荘でベッドある部屋は、この一室を除いて、全てに鍵が掛けられている始末。
 他の部屋に逃げ込んでも、バリケードを作っても、この馬鹿力の男の前には何の意味も持たない。
 最後には、そうした物資さえ全て片付けてしまっている。
 隠れても結局ベッドへ引きずり戻される。
 じゃあ、逃げ出せばいいじゃないか、と思うが、まず最初に持ってたリュックを何処かに隠されてしまい、一番要の財布が手元にない。
 金がなければ、交通手段が一切使えない。
 車で無謀に、という方法もあるが、もちろん鍵はない。
 そして、ここまで着てきたコートさえも、何処にあるのか解らない状態。最初の隠し場所にはもちろんない。
 助けを求めるのに電話を掛けようにも、鬼柳が唯一鍵を持っている部屋にしか置かれてなく、他の電話はジャックから全部取り払われている。
 捨て身で逃げても、この別荘の門を出るまでに捕まる始末。
 今じゃ、家を出ようとするだけで、いつの間にか鬼柳が後ろにいるという、事態になっている。
 ここ二日は、もう側から離れない程の密着ぶり。
 ここまでされて、もし無事に逃げ帰ったとしても、また連れ戻されるのは目に見えて明らかだ。
 逃げようという素振りを見せれば、洋服一式を取り上げ、バスローブだけの状態にしてしまう。この一週間に二日程、買い出しに出かけられてチャンスはあったが、やはり洋服一式を取り上げられ、寝室に閉じ込められた。
 そのうち、鎖とか首輪とか、そういう物が出てきそうで、恐ろしくて、とても逃げ出せそうにない。
 こういう密着さえ無視すれば、鬼柳は至って優しいものだ。
 ご飯、洗濯、買い物、掃除と、オールマイティーにこなして見せる。非の打ち所がない。完璧だ。
 一週間、こういう状況になれば逃げ出す事も半ば諦めてしまう。
 ただ嫌なのは、セックス。
 これだけは、許容範囲を越えている。
 許せないのに、翻弄されると、結局犯されている。
 透耶は自分でも情けないと思っている。結局、自分は鬼柳の要求に答えている事になっているからだ。それに段々と慣れてきてしまっている。恐ろしい事に。
「とーにかく! こういうのはやめてくれって言っているでしょ。何で解ってくれないの?」
 起き上がって、鬼柳を睨み付け、諭す様な口調で透耶は言った。睨み付けた時は、物凄い形相をしていた。
 だが、その顔を見て怯む鬼柳ではない。
 ニヤリとイヤラシイ顔をして言い放つ。
「んー? いきたいって言わせようとすること? フェラして中々いかせないこと? 一日中やりたいって思ってること? ん? 何?」
「全部だ!ドアホ!」
 このまま喋らせたら、もっと卑猥な言葉が出てきそうだったので、透耶は叫んで止めさせた。
 透耶は真っ赤な顔をして、バスローブをひったくると、縋り付いてくる鬼柳を無視して寝室を急ぎ足で出て行く。
 それを追って鬼柳も出てくる。
「風呂沸いてるよ」
 バスローブ姿の透耶に対して、鬼柳はちゃんと服を着ている。これは透耶が拗ねている間に、食事やら風呂など支度をしに一度起きてきていた証拠だ。
 マメ男の鬼柳は、透耶の手を煩わす事は全てやってしまう。
 こういう所は、透耶も凄いとは思っている。言う前に全て何もかもが出来ているのだから、監禁やら、こういう事がなければ、もっと感謝していたかもしれない。
 そろそろ三月も下旬になっている。
 透耶は風呂に入りながら、出版社の担当の話を思い出していた。
「そろそろ連絡入れないと、マズイよなあ」
 四月の下旬には、自分の本が出る予定になっている。
 それに新しい本の打ち合わせもする予定だった。
「まず、電話だ。よし!」
 透耶は決心して風呂を出た。
 脱衣所には、新しい着替えが置かれている。
 透耶は服を一着しか持ってなかったから、この服は鬼柳が透耶の為に買ってきた服。何故か透耶の持っている服に似ている感じのものばかり買ってきている。
 センスはいいんだよなあ。が感想。
 というか、俺、貢いで貰ってるし……。
 服資金から食費に至まで、鬼柳は透耶から一銭も受け取らない。まあ、監禁しているのは鬼柳なのだから。
 ん、まあ、鬼柳が仕事を再開したら、彼はここを出るだろうし、そうなる頃には飽きるだろう。
 透耶は、鬼柳がさっさと自分に飽きてくれる事を祈っていた。


 ダイニングに行くと、鬼柳が食事を準備して待っていた。
「食べてればいいのに」
「んー、一緒に食べる方が楽しいだろ」
 吹かしていた煙草を消して、お茶碗にご飯を装い、味噌汁を入れる。
 うーん、お母さんだあ。
 確かに一人で食べるよりは、こんな阿呆でも一緒に食べる方が、気分的に楽しいのは確かだった。
 悔しいが、鬼柳の料理はどれも美味しい。
「いただきます」
 手を合わせて食べ始めると、目の前でご飯にがっつく鬼柳の姿。はっきりいって、この男は自分の料理を味わって食べているとは、到底思えない。
 ご飯をかき込む様に物凄い勢いで食べる鬼柳。
 透耶が半分食べる間に、鬼柳は全て食べ終わって、食後のコーヒーを入れて、煙草を吹かす。
「あのさ、鬼柳さん」
「ん?」
「ちょっと、電話を掛けたいんだけど」
「何処へ」
「出版社の担当さんに、仕事の事で用事があって」
「今しなきゃいけないのか」
「うん、来月の事とか、これからの仕事とか、話さなきゃいけない事だし。ここ一週間くらい音信不通 だから、マズイ」
 透耶は真剣に考え込んで言っていた。
 ここで駄目だと言われたら、もう手の打ち様がない。
 ハンガーストライキでもするしかないだろうなあ。
 などと思っていたら、鬼柳はいとも簡単に答えたのだ。
「解った。飯食ったらな」
 ニッと笑って言われたので、透耶の方が驚いてしまった。
「いいの?」
「逃げる訳じゃないし、仕事ならここでも出来るだろ?」
「はあ、まあ」
 そうなんだけど、何だか問題が、そこなのかなあ? 何かもう解らないや。
 取り合えず、電話はさせてくれるというのだから、この問題はこれでいいとしよう。
 妥協の妥協で、納得して、透耶はご飯を片付けた。
 
 
 食後のコーヒーを飲み終わった後、何処からか鬼柳が透耶のリュックに入っていたシステム帳を持ってやってきた。
 それがなければ、出版社の電話番号すら解らない。
「ほら」
「ありがとう」
 透耶がそれを受け取って、出版社の電話番号を確認しながら、鬼柳の後を追った。
 執務室は、鬼柳の持っている鍵で閉められている。鬼柳が鍵を開けて、透耶を中へ通 す。
 中は、応接室なのだろうが鬼柳は執務室と呼んでいる。
 そこには、ソファやテーブルがあるだけで、電話は奥のテーブルに置かれていた。
 透耶がここへ入るのは二回目だ。
 一回目は洋服を探しに来た時。
 その時は、まさか電話をかけるのにこんな手間がかかるとは思いもしなかった。
 受話器を取って、出版社の番号を押す。そしてちらっと鬼柳の方を振り返ると、閉めたドアに凭れかかって透耶をじっと見ていた。
 監視しているんだろうか?
 何度か呼び出し音が鳴って、相手が出た。
『はい、Q3出版社、書籍部門です』
「すみません、榎木津透耶と申します。担当の手塚さんをお願いします」
『はい、手塚ですね。―手塚さーん、榎木津透耶さんという方からですー』
 たぶん、近くにいたのだろう。すぐそこで、手塚の「嘘! こっち回して!」という大きな声が聴こえた。
 保留の音がして、すぐに手塚が出た。
『え、榎木津君! 本当に!? 大変だよ! 捜索願が出てるよぉ!』
「はい?」
 何だろう? 心配かけてすみませんと素直に言おうとしたのだが、手塚の意外な言葉に、透耶は?マークが頭に沢山浮かんでいた。
『だ、大丈夫なの?』
「えっと、まあ生きてます。心配かけてすみません」
『無事ならいいんだけど。何で連絡くれなかったの?』
 透耶の少し笑った声に、無事である事を確認した手塚は、ホッとして聞いてきた。
 この状況をなんて説明していいのか。とほほ、嘘つくしかないわけで。まさか、監禁されてます、と笑っても言えない。
 それに、男に抱かれてるなどとは、口が裂けても言えない。
「えっと、ちょっと寝込んでて。知り合いの世話になってたんです」
 うーん、怪しい説明だ。
『知り合い? でも弟さん、八方尽くして探してたよ? 弟さん、正気じゃないんだけど』
「えーと、最近のなんで、彼は知らないんです。光琉、何かしました? 仕事は行ってます? あ、当麻は?」
『当麻さんが何とか押さえているみたいだけど、同級生やら、知り合いやら、総動員して捜索してるよ。びっくりだね、あの機動力は……。で、荒れちゃってて、皆で宥めて仕事は何とかしているよ』
「……」
 ある意味、帰りたくないかも。
 光琉の荒れっぷりは、ハッキリ言って怖い。
 しかも監禁されているなんて知れたら、機動隊でも呼んで乗り込んできそうだ。それくらいの事は光琉ならする。
 光琉は、透耶の弟だ。かなりのブラコンで、兄の為なら、通常無理だと思われる事でも、可能にしてしまう強引さがある。
 今回の場合、鬼柳を殺してしまうかもしれない。
 たぶん、それくらい狂っていると思う。
 幼馴染みの当麻がいるなら、何とか暴走するのを押さえて、光琉をコントロールしているのだろう。そうでなければ、仕事をこなしているはずはない。
『とにかく無事でよかった。あれ? 弟さんには連絡してないの?』
「えーと、連絡しづらいといいますか……何というか」
 考えてチラリと鬼柳を見ると、しかめっ面で透耶を見ている。
 駄目だ、連絡はさせてくれない……。
『うーん、あの剣幕じゃ怖いよね。でも帰ってくるんでしょ?』
「えーと、それも何というか……」
 鬼柳を見たままで、そう答えを濁してると、鬼柳は電話の内容が聴こえているかのように、「帰さない」と、声には出さず、唇だけ動かしていた。
『ははあ、帰りにくくなってるね。僕が迎えに行くから、取り合えず、僕にでいいんで、その場所教えてくれるかな?』
 ははーん、これに答えられたら、とっくに帰ってるって。
 って言いたかった透耶。
「あの、教えられないんです」
『え? もしかして、恋人といるとか?』
「違うんですけど、詳しくは説明出来ないんです。ごめんさない」
 恋人だったら、そりゃ良かったよな。
 それなら、喜んで報告してると思う。
 この状況を明確に説明できたら、そりゃ素晴らしい。
『ええ? どういうことなの?』
「すみません、御迷惑掛けているのは解っているんです。ですけど、詳しい事は聞かないで下さい。光琉には、俺は無事だからとだけ言っておいてくれますか? いや、当麻の方へお願いします。本当にごめんなさい」
 本当に謝るしかなかった。
 ただ、無事だから、帰りたいけど帰れないから、謝るしかない。
『よく解らないけど、無事ってことだよね?』
「はい」
『解った。無事ならいいんだよ。どっかで死体で発見なんて事じゃないなら、僕は榎木津君を信用する事にする』
「ありがとうございます」
 本当に何度頭を下げたのか解らないほど、透耶は手塚に頭を下げていた。
 まったく関係ない手塚にまで、迷惑をかけている。
 本当に情けなかった。
 正直、死体で見つかった方が良かったかもしれない。光琉はそれを一番心配しているから。もしそうだとしても、彼はそれで納得したはずだ。そう、あの意味で。
 ふと、そう思ってしまう透耶。
『僕に電話をくれたってことは、仕事の事は考えてくれているって事だよね?』
「そうなんです。気になってて。少し悩んでたんですけど」
『うん、解ってる。でも決心はついたんだね?』
「一人になって、何もしないでいようとしてたんです。けど、やっぱり俺、好きなんですよ。次の事、考えちゃって」
 そう、ここが何処だか解らないのは、東京を出て、ふらりと乗った電車の中で、ストーリーが浮かんでしまったから、どこでどの電車を乗り継いだのかも、何処へ降りて、何で海までやってきたかのかさえ覚えてないほど、没頭していたからだ。
 本当は少し旅行に出ようと思って、部屋を出たのだ。
 物語を商売にする。それでやっていけるのか。それが不安だった。それで少し悩んでいたのは確か。
 結局、物語を書くのはやめられない。そう思った。
『次回作? いいねえ。編集じゃ、デビュー作は評判だよ。次も出来たら早々に出ると思うけど。えっと電話だけど打ち合わせしとくか』
「お願いします」
『まず、デビュー作。本当なら、受賞パーティーがあるんだけど、榎木津君の場合、写 真はちょっとまずいよね?』
「はああ、マズイですねえ。俺、あまり人前には出たくないんですけど、駄 目ですかね?」
『受賞パーティーの方は、体調が悪いとかで通せるけどね。あとは謎の作家でいけると思うよ。あまり、顔を出さない作家ってのも多いからね。で、あとがき、なんだけど』
「あとがき、ですか……。物語以外は……」
『じゃ、作家さんの推薦書でいこうか。まだ、それが決まらなかったんで、もしあとがきを書きたいって言ったらあれなんで、印刷止めてたんだよ』
「うわ、すいません。そっちでお願いします」
『イラスト、とかは、もうこっちで決めちゃったけど、良かったかな?』
「ええ、全然構いません。ありがとうございます」
『書店に並ぶのは、4月中旬になったから。ただね、榎木津君が、光琉君のお兄さんだってこと、編集長が知っちゃって、光琉君に宣伝させるかもしれないよ』
「ははー、喜んでやるでしょうねえ……」
 笑うしかない。
 なんたって、このデビューの切っ掛けは、光琉だからだ。
 光琉が、勝手に透耶の作品を読んで、面白いからと作品を勝手に投稿してしまったのだ。透耶は、苦笑して、どうせ落ちると思っていたものだから、まさかデビューできるとは思ってもいなかった。
 それだけに、趣味を商売にしてやっていけるのか、それが悩みだった。
 だが、今は吹っ切れている。
 創作意欲は枯れることなく、透耶の頭を満たしているからだ。
『光琉君は乗り気でいるから、榎木津君は、何のコメントもしない方がいいかもしれないと僕は思うんだ。新人だけに、色々と言う人がいるからねえ』
 つまり、高校出立ての若造が、デビュー作を、弟の名誉にかけて、宣伝して、大して面 白くもないのに、弟の名前に便乗して売れてしまう、という現象を快く思わない作家さん、批評家の辛口が出るという事だ。
「俺は何言われてもいいんですけど……」
 大して自分の作品を面白いとは思っていない透耶は、デビュー出来ただけでも良かった。
 欲はない。売れるとか売れないとかにも興味はない。ただ、物語が書ければそれでよかったのだ。
 しかし、それで光琉が何か言われる方が嫌だった。
 光琉はそれすら跳ね飛ばすだろうが。
「光琉の好きにさせてください。ただ過剰にさせないで駄目だと思ったら、手塚さんの判断で止めて下さい」
『うーん、なんて止めればいい?』
「そうですね。二度と帰ってこないとか、そういうのでいいと思います」
『あははははは、それは効くねえ。了解。睨まれない程度にやっておくよ。えっと次回作だけど、出来はどう? もしかして、他にも作品出来てる? 今まで溜めてたのとかでもいいんだけど。光琉君に聞いたら月一本ペースで書いてるって言ってたから』
「構想は出来てます。溜めてるのは何本かあるので、光琉に言って部屋からフロッピー持ち出してもいいです」
『ペース早いなら、隔月くらいで出版ってのも作戦であってね』
「はあー、それはいいんですけど」
『本当に、榎木津君って、そういう方面には興味ないね』
「俺は、ただ物語を書ければ、それでいいんです。そりゃ、認められなきゃ、仕事として成り立たないと思うけど」
『いいんだよ。じゃあ、デビュー作の事は片が付いた。次回作は新しいのか、それとも出来上がっているのかは、作品を見てからにしよう。で、こっちから連絡する時はどうしたらいいかなあ?』
「えーと、それはちょっと」
 その前に、ここの電話番号なんて知らないし、電話番号が解れば、ここの場所も解るわけで、そうなると鬼柳は教えてはくれない。
 透耶ははあっと溜息を吐いた。
『解った。そっちからは連絡出来るんだよね。じゃあ、発売日にでも一回電話くれるかな? 作品が出来たら郵送でもいいんで。まさか、郵便局とか宅急便がない所にいるわけじゃないよね?』
「はあ、それはあると思います。じゃ、発売日にでも電話します。宜しくお願いします。ありがとうございました」
 凄く迷惑をかけているは解っているが、今、自分の無事を知らせる事が出来るのは、この手段しかなかった。
 透耶がやっと話が終わって電話を切った時、すっと鬼柳の腕が透耶を羽交い締めにした。
「え? な、何?」
 仕事の事を考えていた透耶は、びっくりして逃げ出す事が出来なかった。
 肩に鬼柳の頭が乗っている。
「鬼柳さん?」
 何が何だか解らない行動をする鬼柳だが、ただ抱き締めるだけというのは珍しいかもしれない。
 俺、なんかやったかな?
 ふと、そう思っていた透耶に、鬼柳の低い声が問うてきた。
「みつるって誰だ」
 怖いくらいに真剣な声。
 そして、何故か不安な響きがあった。
 何だ、そんな事かと、透耶は吹き出してしまう。
「光琉は弟だよ」
「弟?」
「そう、弟」
「離れて暮らしているとか言ってた? 仕事してる? 何でだ?」
「うーん、離れて暮らしているのは、ちょっと事情があってだけど。光琉は芸能人なんだ。アイドルとかやってる。売れっ子らしいよ。歌とかも歌ってるし。知らない? 榎木津光琉って」
「知らん」
 はっきりと言われた。
 確かに鬼柳はそういうのに疎い。
 しかし、幾ら疎い人間でもテレビを見ていれば、一度は何かで見かける程、光琉はメジャーなアイドルだ。
 街を歩けば看板や、ポスターがあり、歌も流れている。
 名前を聞けば、おじさんやお年寄りまでが、ああ、あの子ねと言う程の人気がある。
 それを知らないとなると、余程の物だ。
 まあ、この別荘の居間にはテレビないしな。
「はあ、なるほど、道理で」
 透耶は思わず納得してしまう。
「道理で?」
「だって、鬼柳さん、俺の顔見ても何も言わなかったから」
「可愛いって言った」
「ちーがーう!」
 ああもう!そういう事じゃないくってさ! どうしてこうも脱力すること言うかなあ。溜息が盛大に出る透耶。
「何が?」
「俺と光琉。双子なんだよ。顔なんかそっくり。体格とかも似てるし、一緒にいるとどっちがどっちだか解らないらしいよ。俺は似てないと思うけど。周りが間違う」
 透耶と光琉は一卵生の双子。顔かたちが似ているが、良く見れば違うものである。しかし、身近な友人すら、二人が黙っていると必ず間違う程に良く似ていた。
 唯一、間違わなかったのは両親だけだった。
「俺は間違えない」
「はいはい、どうも」
「……信じてないな」
「だって、光琉を知らないんでしょ?」
「知らん」
「見れば間違う。だから俺まで変装しなきゃなんないくらいだもん」
「変装? こんなに可愛い顔を隠すのか?」
 不思議そうな口調で言われた時には、既に顎を掴まれ、首を反らせて上から鬼柳の強烈なキスがやってきた。
 全てを狂わせる様な、何も考えられない様にする為に、鬼柳は、透耶の口内を犯していく。
 頭の中は、官能の記憶が蘇ってくる。
 舌を吸って、舐め回し、絡み付ける。高度なテクニックに透耶は翻弄される。
「……あ、ふ……」
 やっと離れた口から息が漏れる。
 鬼柳は、透耶の唇を、上、下を甘く噛み、溢れた液を舐め取っていく。顔中をキスしまくり、首筋へと唇が降りていく。
 その時、電話が鳴った。
 だが、鬼柳はやめようとはしない。
「き、鬼柳さん……電話」
 透耶は鬼柳の攻撃をやめさせとうと、忍んでくる手を剥がそうとする。
「電話!」
「出なくていい」
「駄目だ!電話!」
「すぐ鳴りやむ」
 鬼柳がそう言ったものの、電話は鳴り止まない。
 さすがにうるさいと思ったのだろう、鬼柳が渋々顔を上げて叫んだ。
「……だああ! ちくしょー! イイ所で邪魔しやがって!」
 誰だか知らないけど、電話、ナイス!
 心の中で叫んだはいいが、鬼柳は抱き締めた透耶を離そうとはせずに、脇に腕を絡ませて逃がさないようにしてから、開いた手で受話器を取った。
「Hello? Pardon? Ed? Don’t come over. I don’t need you here.」(はい、鬼柳。え? エド? 来るな、用事はない。)
 電話に出たとたん、鬼柳は流暢に英語で応対しはじめた。
 もちろん、透耶には何を言っているのか解らない。
 捕まえられてはいるものの、気になって聞き入ってしまう。
「Didn’t I tell you that I was on vacation? How did you find me? Did he spill it out to you? 」(俺は休暇中と言わなかったか? 何でここが分った? あいつが喋ったのか。)
 低い声で、何だが冷淡に会話をしている。
 相手はあまり好きではない人物らしい。
「 Listen. never ever come over here. This is none of your business. If you walk into my way. I’m gonna kill you. Understood?」(いいか、絶対に来るな。用事はない。邪魔したら殺す。聞け!)
 何とか説得している感じにとれる言い方。
「Hey.Hey! You. son of a b*tch! He hung up!  」(おい待て! あの野郎! 切りやがった!)
 鬼柳は舌打ちをすると、受話器を電話に叩き付けた。
 あまりの怒鳴り声と怒りの英語に、透耶は怯えた。
 良かった、ただの外国人さんじゃなくて……。と思ってしまった。鬼柳とは意志が伝わりにくいが、それでも日本語を喋っているから、透耶も意味は解るし、会話にはなる。だが、鬼柳がただの外国人だったら。言葉が通 じなかったら。透耶はどうなっていただろうか?
 状況が変わらないにしても、言葉が解らないだけで、もっと恐ろしいものになっていたに違いない。
「Is he gonna come? Shoot. what should I do」(奴は来るつもりか? どうしよう。)
 まだ、電話の衝撃が抜けないのか、鬼柳は英語で呟いている。
 まったく違う事で、二人は悩んでいた。
 が、悩みを切り上げるのが早かったのは、鬼柳の方だった。
「ち、あいつが来る前に一回やろうぜ」
 悩み中の鬼柳からなら逃げられただろうに、そいうところが抜けている透耶は、逃げ出す事を忘れてしまっていた。
 もしかしなくても、俺って馬鹿?
 透耶は、押し倒されながら、そう思っていた。
 

 次に透耶が気が付いた時、はっきり言って言葉を失っていた。
 執務室のソファで、そのまま襲われ、ぐったりとして寝転がっている鬼柳の上に覆いかぶさるようにしていた透耶の所へ、ドアが開き、そこに金髪碧眼の美しい男の外国人が立っていたのだ。
 普通なら唖然とするか、気後れするか、それとも嫌な顔をするとか、とにかく人として、この状況に反応しそうなものなのだが、この外国人は違った。
「Hello.」
 と、何とも爽快に挨拶をしたのだった。
 鬼柳は渋々上半身を起こし、そのズレで落ちそうになる透耶を膝に乗せて、抱き寄せてから返事をした。
 透耶はもう顔を見せるのも恥ずかしくて、鬼柳にしがみついていた。
 が、外国じゃ普通なのかあ!?
 とか、悩む透耶を置いて、英会話は始まった。
「I told you not to come!」 (お前、来たな!)
「What have you been doing? 」(恭、元気だったか?)
 この後、訳も解らない英会話が続き、鬼柳が怒鳴った。
「You. shut up!」(うるさい、黙れ)
 その言葉に一瞬黙ったのだが、外国人は続けて話し出した。
 今度の興味は、透耶の方に移ってしまった。
「Who is this boy?」(この子は?)
 ボーイ、という言葉に透耶は思わず、外国人の方を見てしまう。見ると、ニヒルな笑みを浮かべた外国人が透耶を見つめていた。
「It is none of your business. 」(お前には関係ない)
「Don’t be so……hard on me. 」(そんなつれない)
「Forget about this all and get lost ! Now!」(いいから、今すぐ帰れ!)
 真剣に鬼柳が言うのだが、外国人は無視。
 外国人は、恥ずかしくて、更に怯えている透耶に向かって自己紹介をした。
「I am a friend of Kiryu. My name is Edward Lancaster. May I ask your name?」 (私は鬼柳の友人、エドワード・ランカスター。君の名前は?)
 エドワード・ランカスターと外国人は名乗り、透耶に名前を聞いてきた。
 さて、どう答えようと思って、鬼柳を見つめてしまう。
「自己紹介。どうしよう。うーん、えっと」
「透耶、しなくていい」
「駄目だよー。俺は、榎木津透耶です。こんにちは、初めまして。ってどういうの?」
 しなくていい自己紹介と言った鬼柳だが、透耶に真剣にしかも小首を傾げて聞いてこられて、答えない訳にはいかない。仕方がないのだが、答えてしまう鬼柳。
「I am Toya Enokizu. How do you do. 」
「ゆっくり!」
 透耶は鬼柳の顔を押さえると、早口の英語に不満を言った。近くで向き合う形になって、思わず笑みが零れる鬼柳。
「I am Toya Enokizu. How do you do.」
 一言一句を区切って言うと、透耶はにこりと微笑んで解ったと言い、振り返って自己紹介をした。
「I am Toya Enokizu. How do you do. 」
 取り合えず、ちゃんとした英語として自己紹介をして挨拶も出来た。
 エドワードはニコリと微笑んでそれを受けた。
 まあ、ここで透耶の英語が通じなくても、先に鬼柳が言っているので問題はない。
「How cute!」(キュートだね!)
 エドワードはそう言って透耶に手を伸ばしたが、その手を鬼柳が叩き落として言った。
「Do you want me to kill you now? 」(今すぐ殺して欲しいか?)
  kill?殺す?何で?
 透耶はキョトンとしている。
 エドワードは苦笑して、肩を竦めた。
「You’ve never been loyal to anyone before. 」(お前も節操がない)
 エドワードは溜息を洩らして言った。
 鬼柳という男をよく知っているだけに、この状況はエドワードにとっては珍しいものでもなかった。
 鬼柳が休暇をしていて、更に強い口調で来るなと言う時は、必ず誰かを連れ込んでいる。
 ただ、珍しいのは、自宅で(この場合は借り別荘だが)セックスの相手をベッド以外で抱いている事だ。
 嗜好が変わったか? と思った。
「Not this time. 」(これは違う)
 エドワードが透耶の事をどう思っているか解っている鬼柳は、いつになく真剣に違うと答えていた。
 その言葉に、エドワードは真剣な顔になる。
 そんな言葉が返って来るとは思わなかった。
「Are you serious? 」(え? まさか本気なのか?)
「Sure I am. 」(そうだ)
 即答で答えが返ってきた。
 鬼柳がそういう冗談を言って自分をからかっているのだと、エドワードは思った。
 鬼柳にとっては、セックスはただの運動。
 溜ったものを吐き出す道具。
 そうでしかないはずだ。
 たった数カ月で、本気になるとは思えない。
 この男は、人を本気で愛せない。
 愛する事を知らない男だ。
 エドワードは、大笑いをして言った。
「Oh. man. you crack me up. 」(冗談が上手くなったな)
「Whatever you say. idiot. He doesn’t understand English. If you wanna say something stupid. do it in English.」(言ってろ、馬鹿。透耶は英語が解らない。変な事を言うなら、英語にしろ)
「If you insist.」(解った、そうしよう)
 ジョークという言葉を無視して、鬼柳はとにかく変な事を透耶に言わないようにと忠告してきた。
 エドワードは何となく釈然とはしなかったが、取り合えずいつもの鬼柳の対応だったので、それ以上はツッコまなかった。
「Once you get the situation. get lost. 」(解ったら、さっさと帰れ)
「Hey. can’t you even feed me dinner?」(おいおい、夕食くらいはいいだろう?)
「Only dinner. OK?」(夕飯だけだぞ)
 仕方ないという風に、鬼柳は返事した。
「じゃあ、居間で待っている。Toya、後でね」
 エドワードは流暢に日本語を使って言うと、悠然と執務室を出ていった。
「へ?」
 茫然としたのは透耶。エドワードの出ていった後を見つめて、それから鬼柳を見た。
 鬼柳は溜息をついて。
「あいつは、日本語出来るよ。5ヵ国語マスターしてる」
「ええ!? な、なんでそう言ってくれないの!」
「言う暇、あったか?」
「だったら俺が聞いた時に日本語でいいって言えばいいじゃないか!」
 透耶が怒鳴ると、鬼柳は頭を掻いた。
「……透耶が、英語でって言って、可愛かったから、つい」
「ドアホ!」
 透耶は鬼柳を突き飛ばした。
 鬼柳は後ろにひっくり返って、ソファに完全に寝転がった。 
 そこで透耶ははっとした。
「っていうか、俺裸だった! ぎゃあ!しかもこの体制! いかにもじゃないか!」
「いかにもじゃなくて、そうだろ?」
 透耶の下になっている鬼柳が、クスクス笑いながら言うものだから、透耶は鬼柳の顔を引っぱたいた。
「こんのぉ!変態!強姦魔!色情魔!年中発情期の馬鹿男!」 
  言うだけ言って、透耶は鬼柳の膝から降りようとしたのだが、その腰をがっしり掴まれた。
「発情期はよかったな」
 この言葉に、透耶の拳骨が飛んだのは言うまでもない。
 
 透耶が着替えて居間へ行くと、エドワードはソファに座っていた。
 足を組み、優雅に座っている姿は、まるで王者の貫禄だ。
 金髪に、青い瞳、白い肌。
 着こなした高級スーツ。磨かれた洗練さ。
 どう表現していいのか解らないくらいに、綺麗な人。
 鬼柳と並べば、それは人目を引くだろう。
 綺麗に伏せられた瞳が、すっと透耶を見上げた。
 真剣な眼差し。見つめていると吸い込まれそうなほど、瞳の奥は、見えない闇がある。
 瞬間、透耶はエドワードが怖くなった。
 この人は怖い人だ。
「君は」
 細く形のいい口が動いて言葉を紡いだ。
「え?」
 透耶はそこで我に返った。
「君は、鬼柳の新しい恋人?」
「は?」
「恋人かと聞いている」
「……そんなのじゃありません」
「ふむ、ではゲイか」
 エドワードの言葉に、透耶は即答した。
「違います!」
 エドワードは少し首を傾げた。
 恋人ではないといい、更にゲイではないという。
 じゃあ、何で鬼柳と寝ているのか。
「? じゃあ、何なんだ?」
「さあ、俺にもよく解りません」
 透耶は真剣に首を傾げた。
 本当に自分が何なのか、それは解らない。
 鬼柳に対しての自分はたぶん、意味はないのだと思う。
 透耶に対しての鬼柳ならば、はっきりと答えられるが、今エドワードが質問しているのは、鬼柳に対しての自分の意味なのだろう。透耶はそう判断して答えていた。
「要領を得ない解答だな。では、質問を変えよう。何故ここにいる」
 エドワードがそう聞いてきた。
 それならば透耶は答えられる。
 答えは一つしかない。
「それは……鬼柳さんが……」
「ん? 恭がどうした?」
「……俺を監禁してるんです」
 困った顔で言う透耶。
 それを聞いたエドワードは、一瞬唖然とした顔をした。
 まさか、そんな解答が返ってくるとは思わなかったのだ。
 そして、エドワードの美しい顔が、変な風に歪み、ぶっと吹き出したかと思うと、大爆笑したのである。
「あはははははははははは! か、監禁! 恭が、恭が!? はははははは! 最高のジョークだ!」
 身体を折って、ソファに沈んで、バンバンとソファを叩いている。
 はい? 何で?
 あまりにウケているエドワード。
 それを見て、茫然としてしまう透耶。
 この大爆笑を聞き付けた鬼柳が、慌てて駆けてきた。
「どうした、エド? 透耶?」
 鬼柳が居間を見た時、エドワードはソファで撃沈して腹を抱えて笑っているし、透耶は茫然として鬼柳を振り返り、どうしたんだろう?という、不安の顔で見ている。
 エドワードは、鬼柳の声を聞き付けて、起き上がると、鬼柳を指差して尚笑った。
「こ、これが笑わずに、いられるか! お前、この子を監禁、してる、んだって!?」
「ちっ! どうだっていいだろうが!」
 エドワードが何で笑っているのかが解って、鬼柳は憮然として怒鳴った。
 どうでもいいことなのか?
 何かおかしいぞ。と透耶は考え込んでしまった。
 透耶が考え込んでしまった後も、鬼柳とエドワードの言い合いは続いていた。
「どうした! 嗜好替えか!?」
「嗜好って言うな!」
「嗜好じゃなくて、何なんだ!」
「やかましい! お前には関係ない事だ!」
「おやおや、犯罪者が何を言う」
「飯食わせないぞ!」
 それがこの会話の終わりだった。
「解った。今日の所は、この位にしておこう。さ、夕食を作りたまえ」
 エドワードは高飛車に言い放ち、鬼柳を追求する事をやめた。
「エド、透耶に余計な事を言うな、聞くな、喋るな」
 鬼柳はエドワードの返事を聞かずに、ダイニングに戻った。
 エドワードは肩を竦めて、それに従った。
 内心は、ここで食いっぱぐれてなるものか、である。
 透耶は、暫くそこで考え込んでいたが、やっと我に返って居間を出て行った。
 妙な具合で取り残されたエドワードは、少し考え込んでいた。
 透耶が言っていた事は、たぶん本当だろう。
 鬼柳は、何処かで透耶を見付けて、何とか言い包めて連れてきた。透耶が鬼柳に付いてきたのは、何もセックスの相手をするためではなさそうだ。
 では、何と言って連れてきたのだろう。
 エドワードが見ても、透耶はノーマルだ。
 それに、たぶん、鬼柳しか知らない身体。
 求められない限り、ノーマルであろうがなかろうが、鬼柳が手を出すとは思えない。
 では、何故鬼柳が手を出したのか。
 確かに透耶は男にしては華奢な方。だが、それが鬼柳の好みというわけでもない。
 鬼柳は来るもの拒まずの性格だ。
 まさか、本当に惚れているのか?
 あんな子供に?
 それこそジョークだ。
 そこまで考えて、エドワードは馬鹿らしいと考えるのをやめた。
 透耶が居間にいない事に気が付いて、ダイニングを覗いてみたが、鬼柳を手伝っている訳でもなかった。
 本当に監禁されているとしたら、透耶はここで一体何をしているのか、それが気になって透耶を探して居間を出た。
 最初にある部屋を開けようとしたが、何故かドアが開かなかった。
「?」
 おかしな事に、この別荘の一階は、居間とダイニング、風呂以外の部屋には鍵がかかっていた。もちろん、最初に覗いた、あの執務室もそうだった。
 二階へ上がると、鬼柳が使っているだろう寝室が開き、他の部屋には鍵がかかっている。
 まるで、部屋に入らないようにではなく、入れないようにしてある感じだった。逆監禁の様なものだ。
 二階でもう一つ鍵が開いている部屋があった。
 そこは書斎らしく、その部屋の窓際にある机には、透耶が座っていた。
 何か真剣にやっている。
 ドアを開けたままで、一応ノックしてみる。
 だが、驚いた事に、透耶はその音に気がつかないのだ。
 二三回ノックをしたが、透耶は気が付かない。
 エドワードは、ゆっくりと透耶に近付いた。
 普通の人間なら、もう気配に気付いていてもおかしくない距離だ。だが透耶はまったく気がつかず、黙々とペンを滑らせている。その動きは止まることなく規則正しく続いている。
 エドワードは、透耶のすぐ隣に立ってテーブルの上を覗くと、透耶はノートにずっと文字を書いていた。
 日記でも書いているのかと思ったが、よく見ると物語を綴っているらしい。
 よく没頭出来るものだ。
 30分程、側の椅子に座って見ていたが、透耶は一度も顔をあげることなく、エドワードにも気が付く様子もない。
 やがて、食事が出来たのだろう、鬼柳が部屋へ入ってきた。
「透耶、飯。あ? エド、帰ったんじゃないのか?」
 そう鬼柳が言ったとたん、透耶は急に集中力が切れたように顔を上げた。
 ほう、恭の声なら耳に入るのか。などとエドワードは感心した。
「失敬な、暇だったから、ちょっと見てただけだよ」
「見なくていいんだ。透耶の邪魔するな」
 憮然とした顔で、鬼柳は言って一階へ降りて行った。
 透耶は、エドワードがすぐ側で、椅子に座っているのに驚いた顔をして言った。
「エドワードさん、いつからいました?」
 透耶は溜息のように言葉を吐いた。
 エドワードはにこりとして答えた。
「30分くらい前から。ちゃんとノックしたよ」
「すみません、気が付きませんでした」
「いいんだよ、何やってたの?」
「えっと、仕事です」
 透耶はそう言いながら、ノートを閉じ、その横にある鉛筆立てにシャーペンを戻した。
 透耶の仕事という言葉にエドワードは驚いた。
 てっきり、中学生くらいに見えたからだ。
「作家?」
「まだ、デビューしてないんですけど、来月本を出して貰えるようになりました」
「ほう、それはおめでとう」
 これはエドワードの素直な感想だった。
 そう言われるとは思わなかったのだろう、透耶は少し驚いた後でエドワードを見つめた。
「ありがとうございます」
 透耶は、それは嬉しそうに微笑んだ。
 柔らかい微笑み。
 無邪気、純粋。
 はっきり言って、これほど鬼柳に合わない人間はいない。
 警戒心も人見知りもしない。
 危機感がない。危うい存在。
 これは鬼柳にとって危険すぎる。
 そして、透耶には鬼柳は危険すぎる。
 エドワードは、何かしなければならない気がしてきた。