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switch100-1クレヨン

「ん、何?」
「クレヨン」

 俺は言ってそれを見せた。
 鬼柳は不思議そうにそれを見て、笑って言った。

「透耶は、青が好きだったんだな」
 言われてクレヨンを見ると、確かに青色だけが異様に減っている。

「…そうだね」
「昔から変わってない」

 そう言えば、俺はいつも青を追い掛けていた感じがする。

 そう空の青。
 それが好きだった。

 沖縄で青の空が欲しいと言ったのを鬼柳はちゃんと覚えている。
 でもその青で何を描いたのかは覚えていない。

 何に青を使ったのだろうか?

「青に、茶色、ピンクも少ない」

「何に使ったんだろう?」
 さっぱりである。

「じゃ、イメージしてみれば?」
 鬼柳が突然そんな事を言った。

「イメージ?」

「たとえば、青で思い付くのは?」
 言われて俺は考え込んだ。
「うーん、…そうだなあ、空かなあ?」

「じゃピンク」
「桜」

「茶色は?」
「…うーん、何だろう? 樹かなあ?」
 どうもおかしな並びだけど、俺ははそれだけで何とかイメージが沸いた。

「桜の樹だ…」
 呟いた俺に、鬼柳が不思議な顔をする。

「うん、そうだ。京都にある桜だよ。家族で毎年行ってたんだ。母さんの実家の近くに桜並木があって、そこでよく光琉と遊んでた。で、斗織も一緒で、晴れた日とか、三人で散ってくる桜を面 白いって思って、いつまでも飽きなかったんだ」

 俺はそれを思い出した。
 それが一番楽しかった思い出だ。

 でも今あるイメージは、青い空の下にある桜ではない。


 今あるのは、夜の桜。
 妖しいくらいに強烈なイメージで浮かぶ。
 それが何を意味するのか。俺は薄々解っている。

「ふうん。桜か。そういえば今年は見れなかったな」
 鬼柳が言ったので俺は我に返る。

「そうだねえ。沖縄にいたし」
「来年は一緒に見ような」

 鬼柳に微笑まれて、俺は頷いた。

 もうこのクレヨンは使わないだろう。

 それでもこれを捨てられないのは、俺が何も知らなかった頃の大事な思い出の一つだから。
 俺はクレヨンを元の箱へ戻すと、それを物置きへ戻した。

 たぶん、俺が死んだ後に誰かが処分するだろう。
 それまでは、このままこの家の荷物として保管される。

 クレヨンを見て、誰かが笑うかもしれない。


 青と茶色とピンクが異様に減っているクレヨン。
 その意味を思い出させてくれた鬼柳に感謝した。