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switch101-22 MD

 先生の音が入ったMD
 鬼柳さんがくれたモノ。
 沢山の音が入っている。
 寝る前にそれを聞いて寝るとよく眠れる。

 何より、曲の間の会話が面白すぎる。

「何で、難しいのばっかり選ぶの?」
 
「だって、音符がいっぱいでどんなのだろうって思ったから」

「それだけ?」

「うん」

 ここで絶対先生は呆れ返っているに違いない。
 鬼柳さんらしい答えにあたしは笑ってしまう。

 でも、これが騒動の原因になるとは思ってもみなかったの。


 プロピアニストの高城直道氏が講師としてやってきたその日。
 高城さんは、「まずこれを聞いてくれ」と言った。

 どうせ、自分のピアノの音なのだろうと思った。
 だけど、あたしは聴こえてきた音に耳を疑った。
 そこから聴こえたのは、確かに先生の音だったから。

 あたしは思わず立ち上がってしまった。

 どうして…。
 それは口には出なかった。
 どうやってあの音を録音したのかが解らない。
 
 皆、その音に聞き入っている。
 あたしはすぐにそれをやめさせようとした。
 だけどその前に高城さんが音を止めた。

「これが素人の音だ」
 その言葉に皆驚いていた。

「先を聞かせてくれないんですか?」
 一人の生徒がそう言った。
 すると、高城さんはこう言ったのよ。

「聞きたければ、コンクールで上位に入れ。そうしたら先を聞かせてやる」
 こんな事を言った。
 
 それは先生の、いえ、鬼柳さんのモノだ。
 それを勝手に所有権を持ったかのような態度。
 あたしは頭に来て、授業が終わって部屋を出て行く高城さんを追い掛けて言った。

「それ…返して下さい」
 高城さんはあたしを見て、ニヤリと笑った。

「コンクールで上位に入ったら返すよ」
 それであたしはカチンと来てしまう。

「それは貴方のモノじゃない!」
 あたしがそう叫ぶと、高城さんはあたしを睨み付けた。

「これが誰のモノか、か。君はそれを証明する事ができるのかい?」
 勝ち誇ったように言われて、あたしは答えられなかった。

 この音は確かに先生のモノだ。
 だけど、それを証明するには、あたしが持っているMDを聞かせなければならなくなる。もしくは先生自体に証明してもらわなければならない。
 そのどちらもあたしには出来ない事だった。
 
 結局、MDは取り替えせず、その代わりに先生が言っていた事の意味を目の前で見てしまう事になった。
 音を確立している人は、少しは迷っていたけど、まだ音を確立してない人は影響を受けまくり、もう滅茶苦茶になってしまっていた。 
 
 高城さんはそれが解っていてわざとやったのだろうか?
 それとも、何かまだ企んでいるのかもしれない。

 それが解ったのは、コンクールの時。
 先生は体調を崩して来なかったのを高城さんは気にしていた。

 きっと何かするつもりだったのだろう。
 目論みは取り合えず阻止する事が出来たのかもしれない。

 でも、また先生が高城さんの前に現れたりしたら、きっと高城さんは何かしてくるだろう。
 だけど、先生はもう昔の先生じゃない。

 鬼柳さんもいる。
 あたしも先生を守る。

 先生が大切な事を教えてくれたから、あたしは強くいられる。
 大切な事を思い出させてくれたから、あたしはピアノを続けられる。

 あたしなんか、少しも力になれないかもしれないけど、先生がピアノを弾いてくれるだけで嬉しいから、あたしはそれを守りたい。
 絶対、高城さんなんかに負けない。