switch

switch101-48 熱帯魚

 透耶が恐いと言っても鬼柳は水中眼鏡を持って、それを透耶に取り付けている。
 それが済むと、すぐにさっきより深い場所へと連れて行かれてしまう。

 とはいえ、ちょうど透耶の腹辺りまでの深さの穏やかな場所である。

 透耶は、鬼柳の両手をギュッと握りしめている。
 離したら流されてしまうという恐怖がそうさせてしまう。

「じゃ、顔だけつけて海の中を見てみろ」
 鬼柳にそう言われて、透耶はそれだけなら出来るだろうと思いきってやってみる。

 でも恐さはまだあった為、目を瞑って顔をつけた。
 鬼柳はそれを分かっていたから、透耶の水中眼鏡を指で軽く突く。

 それに釣られて透耶が目を開けると、鬼柳が目の前にソーセージを出していて、それに沢山の、それもさっきより大きな熱帯魚が集まってきていた。

 色とりどりの魚。
 それがどんどん集まってくるのだ。
 これには透耶は感動した。

 さすがに息が続かなくて顔を上げると、鬼柳が笑って見ていた。

「さっきより、凄いよ!!」
 興奮したように透耶が言う。

「だろ」
 鬼柳は透耶のはしゃぎっぷりを嬉しそうにして見ている。
 こういう世界があるのだと、教えて上げられるのが自分なのだと思うと、更に嬉しくなってしまう。

「透耶、今度は少しだけ潜ってみよう」
 鬼柳がそう言った。

「え?」
 さすがにそれは出来ないという顔をしていたが、鬼柳は出来ると言う。

「大丈夫だって。10数えて上がってくるだけだから」
 まるで、子供がお風呂に浸かるような説得の仕方である。

「…う、うん」 
 透耶はやはり吃りながらも頷いてしまう。
 鬼柳に大丈夫だと言われるとそんな気がしてくるのだ。

「俺が先に入って待ってるから」
 鬼柳はそう言うな否や本当に先に潜ってしまう。

 目の前の鬼柳がいきなり潜ってしまった事で、透耶は混乱してしまう。

「ちょ、ちょっと!!」
 透耶は心の準備が出来ていないから、すぐには潜れない。

「ねぇ、きょ、恭?!」  
 透耶は慌てて鬼柳の手を引っ張って上げようとするが、鬼柳は上がってこない。
 息もそう続かないから、すぐに上がってくるかと思っていたが、鬼柳はいつまでも上がってこない。

「ねぇ、恭?」
 段々と不安になってくる透耶。
 何かあったのではないかと思ってしまう。
 しかし、確かめるには自分が潜ってみなければ分からない。

 その時、透耶は水に潜る事を恐いとも思わなくなっていた。
 それどころか、早く鬼柳の様子を確かめないとと思っていた。
 思いきって海に潜ってみる。
 
 すると、繋いだ手の先に鬼柳はいた。
 目が合うと、鬼柳がニヤリと笑っている。

 この瞬間、透耶は騙されたと思った。
 だが、怒鳴ろうとしている透耶をなだめ、鬼柳が横を指差した。

 釣られて透耶が見て見ると、そこにはさっきよりも多い、熱帯魚が優雅に泳いでいたのだ。
 透明度もよく、周りも青いから、まるで、空を魚が泳いでいるように見えた。

 透耶はそれを見て、また感動した。
 自分が海の中にいることすら忘れてしまう光景だった。

 それに見とれていると、急に海上へと引き上げられた。

 一瞬、何が起こったのかと思った透耶だが、急に空気が入ってきて咳き込んでしまう。
 その透耶の背中を摩りながら鬼柳が心配そうに言った。

「大丈夫か?」
 しばらく咳き込んでいたが、それがやっと治まると、透耶は何度か深呼吸をして言った。

「…はっ…びっくりした」
 やっと普通に息が出来るようになった透耶が言った言葉を聞いて、鬼柳が大きな声で言った。

「こっちがびっくりしただ!」
 鬼柳が急に大きな声を出したので、驚いて鬼柳を見上げると、鬼柳は少し怒っているようだった。

 …俺、何か悪い事したのかな?

 透耶が不安そうな顔をしていたが、鬼柳は怒った訳を言う。

「透耶、いきなり水の中で息しようとしたんだぞ!」
 そう言われて、透耶はキョトンしてしまう。

「え?」
 …嘘…。

「水の中って忘れてただろう?」
 何とか怒りを押さえた鬼柳がそう聞くと、透耶は頷いた。

「うん、綺麗だったから忘れてた」
 透耶は正直に答えた。
 本当にそう思っていたからだ。

 鬼柳は、透耶の濡れた髪を梳いて、額にキスをする。

 ん? 何で?

 いきなりそうされてしまったので、透耶は首を傾げてしまう。

「もう一回見るか?」
 鬼柳がそう言うと透耶は頷く。

「うん!」

「次は息を止めている事を忘れるなよ」

「うん!」
 透耶はニコリと笑って頷いた。
 この笑顔に鬼柳は参ってしまう。

 弱いよな、この笑顔。逆らえる奴なんかいやしねぇよ。

 などと鬼柳は思ってしまう。

 そうやって何度か繰り返していると、透耶の方から「もう一回!」とねだって潜りを繰り返した。
 だが、そうしてる間、鬼柳の手は一度として離さなかったのであった。

 このおかげで、透耶はダイビングの方にも興味を示し始めた。
 泳げなくても息が出来るし、何と言っても鬼柳がダイビングの指導ライセンスを持っているというのだ。

 そして、二人はいつか、二人で沖縄の海に潜ろうと約束をして、屋敷に戻った。