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switch101-63 伝染

 不安というのは伝染する。
 前に透耶がそう言った。

 何が不安なのか。そう、自分がこの家を出て仕事に出かけてしまう事。
 透耶を残していくこと。それが不安だった。

 透耶に話さなければと思うのだが、中々話せなかった。
 元気になった透耶を見ていると眩しくて、言葉を失ってしまうんだ。

 俺が出かけると言ったら透耶はなんて言うだろうか?
 また泣かせてしまうんじゃないだろうか?

 泣かれるのは困る。

 透耶は見た目とは違って強い。だから人前では絶対に泣かない。俺の前にいる時だけ、何処ででも泣く。それは安心して甘えられるからだと思う。

 その俺がいなくなるという事に透耶が堪えられるのかが解らない。

 前に透耶は仕事しろと何度も言っていた。

 それがあのボスと会った時から余計に口に出さなくなった。ボスの事を聞きたがるだろうと思ってた俺には予想外の出来事だった。

 俺の不安は透耶に伝染しているのだろうか?

 ボスこと宮本が現れた時から不安は溜っているはず。

 透耶は敢えて口には出さないようにいているし、話題にも出さないようになっている。

 普段なら気になって聞いてくるのに、透耶は何も聞かない。
 言わないし、問いつめない。

 何故だろう?

 そう考えても解らない。

 俺は、ボスと行く為の準備をし始めていた。

 透耶は相変わらず、忙しそうに書斎で仕事をしている。
 食事も寝る時も一緒だけど、透耶は問わない。

 何を考えているのかが解らないのは始めてかもしれない。
 こんなに側にいるのに、透耶の考えている事が解らないんだ。 

 ただ透耶の不安そうな顔だけが心に残っている。

 何を言えばいい。いつ切り出せばいい。
 そればかり考えて、前に進んでない気がする。俺はまだ恐れてるのだろうか。透耶を泣かせたくないばかりに。

 この事は俺から切り出すのが正解なんだろう。
 そうした不安は透耶を追い詰めていた。



 数日後。

 透耶からあの懐かしい場所。透耶と最初に出会った場所に呼び出された。その時は驚いた。

 何故その場所へ透耶が行ったのか理解出来なかった。

 話は透耶から切り出された。
 透耶は解っていた。

 俺が仕事を再開すること。全部何もかも知っていた。だから俺が切り出すのを待っていたのだと。

 ああ、そうか。透耶はそういう子だった。
 自分の問題は自分で考える子だったんだ。

 だから、俺の事に口出しする気は初めからなかったのだ。俺が言い出さない限り、その話は出来ないと思っていたのだ。

 透耶は一気に不安だったと言葉を爆発させた。

 俺が出かける準備をしていた事にも勘付いていた。何をどうするかで悩んでいる俺が切り出せないのを見兼ねて、こうしてこの場所に呼び出したのだ。

 本当に透耶には頭が上がらない。

 いつだったか、斗織という透耶の従姉がそう言っていた。
 俺は甘えていいんだと。透耶がきっかけをくれるから、俺はそれに甘えていいのだと。透耶の役割は自分で解っているから大丈夫だと言われた。

 こういう事をするのも透耶の役割なのだろう。
 透耶は最後には泣きながら俺を責めた。

 何故早く言ってくれなかったのだと。

 それが不安で毎日が不安だらけだったと。

 ああ、透耶。
 本当にすまない。

 最後の最後まで透耶に甘えてばかりいたよ。

 仕事に行くのは俺自身が決める事なのだ。
 行くと決めてからは、その準備をしていた。透耶が泣いていかないでくれと言っても俺はたぶん仕事を再開してただろう。

 もう行くことは決まっていた。
 俺の場所は透耶と共にあるのだろうけど、それとは違った場所もあるのだ。

 透耶に仕事があるように、俺にも仕事があるんだから。
 透耶はそれがよく解っているのだ。俺よりも解っている。
 だから、こういう行動に出たのだ。

 感謝しなくてはいけない。それからごめん。二度と透耶を離せなくなるから。
 透耶以外には愛せないと再度確認した結果になった。

 可愛い透耶。

 不安は伝染すると教えてくれた。
 俺は透耶に不安を与えてはいけないのだ。

 笑って見送って貰えるようにならないといけないのだ。