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switch101-68 蝉の死骸

 透耶は玲泉門院本家の庭を見て回っていた。

 およそ二年ぶりに訪れたここは何も変わっていなかった。

 今、鬼柳は眠っている。

 朝早くに目が覚めてしまった透耶はこっそり床を抜け出してきていた。

 京都に来てから慌ただしく、こんなにゆっくりとした時間を過ごしたのは初めてだった。会社の事で振り回され、更に鬼柳が誘拐されたりして、一週間慌ただしく過ごしてしまっていた。

 何が起るか解らないとはよく言ったもので、二人でいるとなにかと騒動に巻き込まれている。

 透耶は玲泉門院葵に忠告された事を思い出す。

 二人で居る事の意味。

 深く考えないでもいいことかもしれないのだが、それでも透耶は早く切り出さないとと思えば思う程、言えなくなってしまう。

「はぁ…」
 溜息を吐いて、透耶は庭石に座り込んだ。

 京都の夏。毎年ここで玲泉門院一族はよく集まっていた。

 同じ東京にいても会うのは、京都の本家だけと何故か思っていた。
 皆忙しいのに休みをとってここへやって来る時にしか会わないでいた。

「そう言えば、斗織と会うのって東京では初めてだったなぁ」

 つい先日会ったばかりの従姉の氷室斗織。

 もう会う事はないだろうとあの時感じた。

 彼女は彼女のお決めた事をやり遂げるだろう。

 それを思うと透耶は自分もやるべき事をやらなくてはと思ってしまう。

 彼女は死ぬ為。
 自分は生きる為。

 彼女がどうやって死んで行くのか手に取るように解る。

 それを止められない事も分っている。
 そしてそれを認めている自分もいる。

 彼女だからこそ出来る事だと認めてしまうのだ。

「透耶、何で泣いてるんだ?」
 いつのまにか、鬼柳が目の前に立っていた。

 …いつの間に?

 そう思ってしまうのは仕方なかった。砂利の敷かれた庭で音もなく歩いてくる事は出来ないからだ。

 透耶はそれだけ考え事に熱中していたのだ。

 でも、透耶は自分が泣いている事に気付いてなく、言われて初めて気が付いたのだった。

「あれ?」
 慌てて目を擦ろうとすると、鬼柳にその手を掴まれて止められた。

「擦ると腫れるぞ」
 鬼柳はそう言って、透耶の涙をキスで拭き取っていく。

 そうした鬼柳の優しさに触れて、透耶は少し笑ってしまう。

 鬼柳も透耶が何故泣いているのかは、深く追求して来なかった。

 ここは透耶の思い出が沢山詰まっている場所だ。透耶が何か思い出して泣いたとしてもおかしな事ではないからだ。

 鬼柳は透耶の顔中にキスをしてから呟いた。

「透耶がいないからちょっと心配した」
 鬼柳はそう言って透耶を抱え上げる。

 急に視界が回ってしまい透耶は慌ててしまう。

「きょ、恭?」

「まだ眠いから、寝直そう」
 鬼柳はそう言って、透耶を部屋へと連れて行く。

 眠いなら自分だけ寝てればいいのにと思う透耶とは違って、鬼柳は透耶と一緒にいないと深く眠れなかった。

 一時も離したくなかったから。

「一緒に寝ようぜ」

 鬼柳はそう言って布団に透耶を寝かせ、その隣に滑り込んでくる。

 透耶はそんな鬼柳を少し笑って、鬼柳にくっついて再度眠った。

 その時には、不思議と哀しい気持ちは無くなっていた。