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switch101-75 ひとでなしの恋<

 初めに鬼柳恭一という男と出会ったのは、繁華街のど真ん中だった。

 私がいつも通りに仕事を終わらせ、暇を持て余して繁華街の常連になっている店にいこうとして喧嘩をしている男に出会った。

 一方的に殴られている男は、ここら辺りでよく見る奴だったが、殴っている方は見た事なかった。

 とにかく止めなければと思い、私はその喧嘩の仲裁に入った。

「ちょっとあんた殴り過ぎ!」
 まず殴っている男に向かって言った。

 その男は、いやにイイ男だった。
 整った綺麗な顔に似合わず、隙の無い雰囲気だ。
 と、見とれている場合ではない。

「なんで止める」
 男がそう呟いた。

「一方的過ぎるから」
 私がそういうと、男はふむと考えてから言った。

「最初に殴り掛かってきたのはそっちの方だ。こっちは防衛しただけだ」
 男はそう言ってきた。

「確かに正当防衛だとしても、それは過剰防衛になるのよ」
 私がそう言うと、男は首を傾げた。

「過剰防衛?」

 うわ、なんか通じてない。

 私はよくよく男の顔を見た。

 その顔はアジア系の顔をしていない。
 もしかして外国の人なのだろうかと思ったのでよく解るように説明をした。

「やり過ぎたら犯罪になるって事」
 そう言ってやると男は納得したようだった。

「そうか」

「そうなの。あんた、もしかして日本人じゃないの?」

「ああそうだが」

「なんだ、そっか」
 見上げる程背が高い男は、まだ日本に来て間もない感じのする雰囲気だった。

「ここは初めて?」
 ここで私のお節介な心が疼いてしまう。

「ああ。連れてきて貰ったんだが、連れとははぐれた」
 男はそう答えた。

「あたしは、藤生鏡花って言うものだけど、暇だったらちょっと付き合わない?」
 私はそう言って男を誘った。
 
 下心無しにそう言ったのが伝わったのか男も名乗ってきた。

「俺は、鬼柳恭一だ」

「鬼柳ね。あれ、名前日本人だね。日系?」

「そうだ」

「なるほど。通りでアジア系の顔をしてないと思った」

「そうなのか?」
 鬼柳は不思議そうに聞いてきた。

 私は笑ってしまう。
 こいつ自分の容姿に興味がないのがありありと解るからだ。

 こういうやつは面白い。

 こうして私は鬼柳恭一という男と知り合った。

 鬼柳は報道カメラマンとして海外を飛び回っているのだそうで、殆ど日本にはいない状態だった。

 仕事から帰ってくると、二週間程繁華街に顔を出して、酒を飲むのに付き合ってくれる。

 でも本心は見せないやつだった。
 誰とでも親しくなるが、家を知っている人はいなかった。

 この私でさえ、鬼柳の家を知らないくらい、鬼柳は秘密主義だった。

 そのある日。

「鏡花、どっかアパートでも探してくれないか?」
 と鬼柳が相談を持ちかけてきた。

「広さは?」

「広さは普通でもいいんだが…耐久性があるといい」

「どういう事?」
 さっぱり意味が解らなくて理由を尋ねる。

 すると、なんとカメラの機材が重くて、今のアパートでは底が抜けそうなくらいの重さなんだそうだ。
 それで大家に出て行って欲しいと言われたんだとか。

「そうだなぁ。あ、ちょっと家賃はあがるかもしれないけど、コンクリートの事務所みたいなアパートなら知ってる」

「そこでいい」

「この近くだけど、うちの旦那が大家なんだ」

「旦那? 顔をみた事がない、あの噂の旦那か?」

「そうそうそれ。部屋は一つ空いてるらしいから。どうする?」

「そこでいい。頼む」

 鬼柳はどうやら切羽詰まってるらしく、とにかくアパートを探したかったらしい。

 そこで、私は旦那で、皆にはおやっさんと呼ばれる平治にあわせる事にした。

 旦那は鬼柳を一目みるなに、入居オッケーのサインを出した。
 少しだけ鬼柳と話しただけ鬼柳を気に入ったらしい。

「あいつは結構いいやつなんだろうな」
 旦那はそう語っていた。

 鬼柳という人間は良くも悪くも人を引き付ける力がある。
 それに引き寄せられたのは私も旦那も同じだった。

 鬼柳がそこに住むようになっても、鬼柳は私生活については何も語らなかった。
 時々、騒動は起こっていた。

 なんといっても、鬼柳はバイで男でも女でもどっちでも抱けるという奴だったから、鬼柳を巡って人が揉めたりする事も多かった。

 その度に私が仲裁をしていたが、当の本人は、一夜限りの付き合いだと言い聞かせたのにと文句を言う始末。

 鬼柳はその中で何かを探しているような感じがした。
 自分から誰かを抱きたいとは思わないと言う。

「という事は、あんたが自分から抱きたい、好きだって思ったらそれが恋愛なんだろうね」
 私はそう言っていた。

 この男が本気で誰かを欲しがるなんて想像も出来ないけど、それでも、本気になった時がこの男の恋愛なのだろう。
 そうとしか思えなかった。


 やがて、鬼柳の仕事が忙しくなり、会う機会も少なくなったある日。
 仕事から帰ってきた鬼柳は、日本にいるというのに繁華街に顔を出さなくなっていた。

 旦那に様子を聞くと、かなりヤバイ状態だという。
 精神的に追い詰められたらしい。

 その訳を旦那には話していたのを私は旦那から聞いた。
 仕事で、トラブルがあり、しかも人が死んだ。

 報道という仕事をしている以上、そうした危険が伴うとは鬼柳自身にも分っていた事だったが、それでも堪えられない程の事だったようだ。

 人が変わったように鬼柳は存在が危うくなった。

 そして、姿を消した。

 旦那に鍵を預けると、そのまま数カ月、鬼柳は仕事でもないのに消えてしまったのである。

 いい歳した大人だから、まさかという事はないだろうと思っていた。
 旦那も、心配はしていたが、鬼柳が何か決意をする為にここを離れているのだと言った。

 その意味は解らなかったけど、数カ月して帰ってきた鬼柳に偶然私が出会った。

 車でいつも通りに繁華街に向かっていた時だった。
 道を歩いている鬼柳を見つけたのだ。

 その時、鬼柳は1人の少年と一緒だった。
 やたらと綺麗な少年で、鬼柳好みではないとは思ったのに。

 しかもノーマルな少年を鬼柳が連れ回していたという事実。
 これは革命的過ぎた。

 いろいろ聞き出してやろうとしたけど、鬼柳がその少年をとても大事にしているのだけは解った。

 それだけで十分だ。
 恋愛出来る相手を見つけたのだ。

 鬼柳のヤバイという表情は消えて、優しさが浮かんでいた。

 少年は鬼柳の過去を知らない。
 でもそれさえも少年が望めば鬼柳は話してしまいそうだ。

 旦那はその日鬼柳と話をしたらしいが、少しの騒動があっただけで、鬼柳はいつもより少し優しい感じになっていたという。

 相変わらず人を突き放す事が出来るのだが、少年にだけは優しく接していた。
 それだけ必要としているのだ。

 優しさは、少年から貰ったのだろう。
 そうしなければ鬼柳は変わらなかっただろう。

 あれだけ辛い体験をした鬼柳だったが、それさえやわらげてしまった少年榎木津透耶は偉大だ、と私は思った。

 それからの鬼柳は幸せなのだろう、繁華街に顔を出さなくなった。
 もうヒマを持て余す事もなくなった証拠だ。

 でも今度やってきたら、十分に冷やかしてやるつもり。

 惚気られたらどうしようとは思うけどね。