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switch101-76 影法師

 透耶がいきなり連れてきたのは、物凄く愛想が悪い男だった。

 その男は透耶に寄り添うようにして立っていた。

 いけすかないどころか、ヤバイ人物だとしか思えなかったくらいに、ニコリともせずに俺を見ていた。

 だが、透耶を見る目だけは優しく、口調も柔らかくなる。
 透耶はその男に向かって、誰にも見せた事もない笑顔を降りまいている。

 こういう透耶を見るのは初めてかもしれない。

 両親や祖父が亡くなる前から透耶はそれほど笑う方じゃなかった。愛想笑いはするけど、心から笑っているのは、玲泉門院にいる時くらいなのだ。

 それがどうだ?

 今の透耶は輝いているとしか見えないんだ。
 俺でさえあんな笑顔は見た事ない。

 行方不明になっていた間に何かあったとしか思えない様子に俺は透耶を見てからそれが聞きたくて仕方なかった。

 仕事が中断して、休みに入った所で俺は透耶を問い詰める事にした。

 透耶が三月中旬に行方不明になってから二ヶ月も会って無かった。

 もしかしたら透耶はもう死んでいるのかもしれないとさえ思った事がある。

 でも双子の勘なのか解らないが、時々不安に感じる程度で透耶に何か起ったくらいの感覚しか沸かなかった。
 何処かで透耶と繋がっている感じがしていた今までと違って、透耶を感じる事が出来なくなっていた。

 それが不安であったが、やっと連絡をくれた透耶は元気な様子。

 しかも俺が気が付かない間に引っ越しまでしていた。
 だから本当に透耶に何が起ったのか解らなかった。

 でも今見る透耶の変わった様子からは悪い事とは感じられなかった。
 それどころか幸せそうにしている透耶。

 だから俺の堪忍袋ももう限界だった。

 俺が透耶に向かって歩き出すと透耶も気が付いたようで、不安そうな顔をしている。
 俺が怒っている事を悟ったようだった。

 俺はまずあの歌の事を怒ってやった。

 門外不出のはずの歌の歌詞が偶然ラジオで流れた時は、本当に俺は怒っていたからだ。
 あの歌を知っているのは透耶しかいない。

 しかもそれは沖縄で聞いたという投書だったから、俺には透耶が何かの拍子にそれを歌って誰かに聞かせたんだとすぐに分った。
 そして透耶は沖縄にいるとはっきりと解った次第。

 仕事さえなければ、沖縄まで透耶を探しに行こうかと思ったくらいだ。

 だが、事情が解らない。

 透耶が何も連絡なしに消えた理由が何処かにあるはずだったからまずはそれを聞き出さなくてはならない。

 透耶の首をしめて聞き出そうとした時、俺は透耶に付き添って来た男に腕を締め上げられてしまった。

 これが痛いのなんのって。
 まったくの手加減なし。

 透耶が間に入って止めてくれなければ、腕を折られていたかもしれない。
 それくらいに殺気が籠っていた。

 恐ろしいやつだ。

 透耶が説明してその男は申し訳ないという顔をして透耶を見ていた。

 まるで犬だ。

 主人に忠実な犬で、主人に危害を加えようとする輩を排除する役割でも背負っているかのようなのだ。

 透耶は苦笑して、俺にも説明をした。
 ただ感じられたのは、透耶が大事だからそうしたまでという男の心だろうか。

 まったくやっかいな奴が現れたという感じだろうか。
 透耶が大事なのは解るが、ここまで見境ないとは思わなかった。
 




 部屋を俺の楽屋にして、透耶に説明を求めた。

 もちろん行方不明の間の事だ。

 こっちがどれだけ心配したか透耶には解っているのだろうかと思いながらその説明を聞いたのだが、透耶がかなりの嘘をついている事だけしか解らなかった。

 透耶に付き添っている男。鬼柳恭一という名前だったが。その男が気になったので沖縄までいったというが、嘘に決まっている。
 透耶がもしそう考えたとしても、連絡くらい俺に入れられたはずだからだ。

 そうした事を透耶が忘れる程、鬼柳さんに夢中になっていたとは思えない。何か透耶が話せない理由があるのだとすぐに察知出来た。
 それに透耶が嘘付く時の癖なんか解り切っているから、嘘だとすぐに見抜ける。

 嘘付くのに慣れて無い奴の動向って解りやすいだろ。そういう事だ。

「透耶、嘘は駄目だ」
 俺は呟いた。

 透耶はハッとなって顔を伏せた。

 ほらな。透耶も嘘を交えた言葉が嘘クサイ事くらい解っていたらしい。
 まあ、それは許そう。

 だが何があったのかを聞く義務は俺にはあると思う。
 すると鬼柳さんの方も透耶の嘘では騙せないと解っていたのか、少し呆れた顔をしていた。

 へえ、こいつ結構正直に顔に出る方なのかもしれない。
 なので俺は透耶から話を聞き出すのはやめて、この鬼柳さんから話を聞き出すことにしようとした。

 すると鬼柳さんの方からそう言い出した。
 これは意外な展開だった。

 透耶は渋々という顔と不安そうな顔をしながらも、鬼柳さんに慰められて部屋を出ていった。


 そこで鬼柳さんの態度がガラリと変わる。

 さっきまでは少しでも愛想がよい風にしていたが、いきなり無愛想になって態度もでかくなっていた。
 でもそれでも俺はこの方がいいと思った。

 透耶からはまともな解答は得られないと解っていたから、ちょうどいい。

 俺はリラックスして鬼柳さんに話をきいた。

 だが、この男が語った事はもう目の前が真っ暗になる出来事ばかりだった。
 当然俺は怒りもしたが、こんな理由、透耶が話せるわけないと思った。

 まさか助けて貰った相手に強姦された。しかも男にだ。
 その間ずっと監禁されていて、それで沖縄まで連れ去られていたなどと平気な口調で言われてしまいもう言葉も出ない。

 透耶にそんな事が起っていると誰が想像しただろうか。
 想像なんて出来るわけがない。

 俺が怒鳴り返しても鬼柳さんはまったく悪怯れてなかった。
 それどころか、どんな事をしても透耶を手に入れたかったとばかりに語ってくる。

 もうこうなると怒るどころか呆れてしまう。

 どんな女でも振り向くであろうこの男が、ハイエナのように貪欲に透耶だけを求めたとは信じられない。

 だがこの男は透耶には非は無いと言い張っている。
 それがどこまで真実なのかは解らない。

 いくら透耶がどんくさいとはいえ、逃げるチャンスはあったはずである。
 それでも逃げられなかった。

 それどころか、この男を庇い嘘までついているから、この男の事が気になったというのは嘘では無かったのだろう。

 透耶が初めて興味を持った人間であるのは確かだった。

 それに鬼柳さんがどれだけ透耶を大事に思っているのかも、その後の話でいやという程解った。

 だんだんただの惚気話になってきた気がした。
 もう俺がどうこういう話ではなくなっていた。

 透耶はこの男を受け入れて大切に思っている。
 それを俺が反対する理由が無いのだ。

 呪いの話も受け入れて、それで透耶が欲しいという男をどうやって退けろというのか。
 だんだん馬鹿らしくなってきた。

 相思相愛になっている所に割り込んだところで、透耶が喜ぶはずも無いし、ましてやこの男が今更透耶を諦めるとは思えなかったから。
 事情を聞いて、悔しいとは思ったが、どうしようもない状態だった。

 透耶が俺に内緒でいろいろやってきたというだけなのだ。

 そろそろ親離れではないが、兄離れをする時がきたのだろうか?
 そういう感想しか浮かばなかった。

 俺も甘いな。

 結局、この二ヶ月心配した事すらどうでも良くなってきた。
 透耶が幸せならば、それでいいとさえ思えてる。

 きっと孤独だったこの男にさえ少し同情してしまっているのもあるんだろう。
 孤独だった同士が一緒に幸せになれるなら、それでいい。

 その為に自分が出来る事もあるとさえ思えた。


 でもな、俺を心配させた事は許せないからちゃんと仕返しはさせて貰うことにする。


 透耶が困るだろう事。
 この男が断われない事。


 そうした事で、今の事はチャラにしてやろう。

 俺はそう思ってニヤリとした。