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switch101-77 欠けた左手

「俺、もうダメかもしれない」
 そう言った電話を貰ったのは、恭が買い物に出かけている時だった。

 電話を掛けて来た相手は、恭の知り合いらしい九頭神凪さん。
 憔悴し切った声だったので、本当は恭に電話をかけてきたのに、俺は思わず訳を聞いてしまう。

「凪さん、何があったの?」
 あの明るい凪さんからは考えられない声だったから、気になって仕方がないんだ。

「取り返しのつかない事をした…もうダメだ。真継の事はもうダメだ」
 そう言われて、俺はハッとした。

 凪さんには、もう10年も探している人がいる。
 最近、見つかったと言って、恭に報告していた。

 恭は鬱陶しがてたけど、もしそれが俺だったらと考えたら、その報告も少しは嬉しい話なのかもしれない。

 凪さんにとって、真継君はいつも側にいた少年だった。
 何も言わずにいきなり消えて、凪さんは約束を果たす為にずっと探していた。

 凪さんにとって、真継君は欠けた心だった。
 いつも左側にいて、手を繋いで帰った事や、一緒に遊んだ事。
 その全てが今の凪さんを支えている。
 その支えが今壊れてしまったようだった。

「しっかりして。今、恭はいないけど、ちゃんと話聞くから何処にいるの?」

「自宅に戻ったんだ…」

「解った、今から行くから、しっかりして」
 俺はそう話して、電話を切った。

 急いで出かける準備をして、下へ下り、宝田さんに事情を話して石山さんを連れて家を飛び出した。ちょうど駅前まで来た時、帰って来た恭とばったり会った。

「透耶、何処行くんだ?」
 宝田さんから連絡を貰ったのか、恭は駅前で待ち構えてたみたいだ。

「凪さんの所、何か様子が変なんだ」
 俺は慌ててそう言った。

「あいつが変なのは、いつもの事だろうが」

「その変じゃないの。今にも死にそうな声でダメだって言うんだもん。俺様子見てくる」

「って、透耶がわざわざ行く事はないだろう。電話で十分だ」

「電話じゃダメだから行くの。だって困ってるんだよ。ダメだって言ってるんだよ。どうして話だけでも聞きに行っちゃダメなの?」
 俺は今の凪さんが心配で仕方がなかった。
 俺が必死で頼み込んだら恭は仕方がないとばかりに頭を掻いた。

「解った。そっちに買い物したいモノがあるからついでだ」

「恭…ありがとう」
 買い物なんかないんだと思ってたけど、本当に買い物があったらしく、駅の中の売店で何か買って、それを持っていた荷物と一緒にコインロッカーに預けに行った。

 俺が凪さんと会う前に、人にぶつかってしまった。
 転んでしまったけど、その人はちゃんと起こしてくれる為に手を差し伸べてくれた。

 ここまで石山さんがしっかり後ろで見ていたけど、何ともないと解ると少し離れた所で見ていてくれてる。

 で、それが、真継君だとは思わなかった。
 凪さんに会った瞬間に、凪さんも真継君も様子がおかしくなったからすぐに解った。

 真継君が逃げ出してしまったから、俺は追い掛けたけど、石山さんは俺を守る為にいるだけなので捕まえてきてとは頼めない。
 階段の所でちょうど恭が捕まえてくれて、真継君と話す事が出来た。
 なんだかとっても変な説明だったけど、真継君は何かすっきりしたような顔をして帰って行った。
 でも、凪さんの言っていたもうダメだという意味が今解った。


 凪さんを捕まえて詳しく話を聞くと、俺は頭を抱えたくなった。
 恭も呆れた顔をしていた。

「恭がそうしたから真似したんだ」
 俺はそう言ってしまった。

 恭が俺を監禁して拉致して、上手くいったから、その手しか思い付かなかったんだ。
 まあ、なんて考えのない…。
 呆れてモノが言えないどころか、言い尽くしたい気分だよ。

 人を好きになったら監禁していいっていう考え自体が間違ってるんだよ。
 もうどうして異常な考えの持ち主ばかり周りにいるのかなあ。

 凪さんは完全に落ち込んでいた。

「…ああ、でも間違ってた。真継にはしちゃいけなかったんだ」
 どういう解釈してんの…たくっ。

「真継君じゃなくてもしちゃだめなの」
 俺がそう言うと、恭は聞かない振りをしている。
 真継君との事は、恭が余計な事を言ったからややこしくなっているからだ。

 まったく、どうしてこういう男ってのは、問題起こすかなあ?

 俺には真継君の気持ちの方が解るから、余計にそう思ってしまう。

「でも、大丈夫。真継君はちゃんと考えて行動してる。今日だって凪さんに会いにきたんじゃないの。それを無視しちゃうから逃げちゃったんだよ」
 俺がそう言うと、凪さんは驚いた顔をしていた。

「真継がそう言ったのか?」
 俺は真継君と話した事は秘密にしておいた。

「ちょっと行き違っちゃったけど。凪さんは待ってればいいだけだと思う。俺が言えるのはそれだけ」
 俺が言った言葉を受けて、凪さんは頷いた。
 少しでも希望が持てたのだろうか。

 凪さんは癖のようになってしまった、自分の左手をジッとみていた。
 そこにあった手を取り戻す為に、凪さんは10年もの月日思ってきた。

 異常な事かもしれないけれど、俺は真継君が勇気を出してくれる事を祈りたい。

 凪さんを助けて欲しいと思った。


 それから夏の終わりに凪さんから嬉しい連絡があった。
 真継君から、付き合って欲しいと言われて、周りとも上手くいっているという報告だった。
 幸せそうに話している凪さんの声を聞いていると、俺ももっとしっかりしなきゃと思い始めた。

 そう、やるべきことが俺にはあったから。