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switch外伝6 We can go 16

 話は少し戻って、鬼柳が透耶を呼ぶ前。
 鬼柳は仕事の話だからと言って、少し離れた席に座っていた。当然SPは透耶の傍についていたが、風景を眺めている透耶の思考を邪魔しないようにして立っていた。
 そこに隣に座っていた女性が透耶に話しかけてきたのだ。
「何か面白いモノでも見えていて?」
 透耶があまりに真剣に景色を眺めているので不思議になったらしい。
「え、あ……綺麗な風景だなーっと思って……」
 透耶はまだ景色を眺めたままで答えていたが、女性はそうかしらと呟いた後、透耶も驚くような言葉を口にした。
「ここはとても恐ろしいところよ。私は未だにここが怖いもの」
「……え?」
 ふと顔を上げると、目の前に女性の横顔が入った。
 遠くを見るその瞳が真剣で、とても冗談を言っているような雰囲気ではなかった。
 このまなざしは知っているような気がする。
「私はここがあることが不幸の象徴のような気がして、まだ怖いわ。ねえ、あなた幸せ?」
 前を向いて悲しい顔で不幸の象徴だという街を眺めていた女性が透耶の方を振り返って幸せ?と尋ねた時、女性はとびっきりの笑顔だった。
「幸せです」
 その女性の笑顔につられるように透耶は微笑んでいた。
 本当に幸せで、どうしようもなくらいに幸せだ。
「そう良かったわ。ここに来る人がみんな不幸だなんて訳ないものね」
 そう言われて透耶は微妙に笑顔を張り付かせてしまった。
 まさか、この女性。ここからみんな不幸になればいいなんて呪ってやしないよね?と。
「幸せの形は人それぞれですから、見た目ではその人がどれだけ幸せでどれだけ不幸なのか、俺にはまったく見分けが付きません」
 透耶がそう言うと女性はにっこりとして言う。
「あら、あそこにいる男性。今とても不幸そうよ?」
 そう指を指されて見た場所には鬼柳たちしか居ない。こっちを向いていて顔が見えるのは鬼柳だけだから、この女性は鬼柳の今の顔を見てそう思っているようだ。
 確かに機嫌は悪そうだ。
 あれはきっととても嫌なモノを見て、嫌な想像が出来てしまった顔だ。
 眉間に皺が出来るほどのことだから、きっとかなり機嫌が悪い証拠だ。
「あー……まあ、機嫌が悪そうには見えますね……」
 機嫌が悪いことは不幸とは違うので一応そう付け足してみた。
「そう? ……あら、確かに機嫌が悪かっただけのようね」
「あ……そうですね」
 次にふっと表情を変えたのだが、鬼柳の顔は無表情に戻っている。一般的に見ては。
 しかし透耶には分かってしまう。あれは何か思い出してあれでもにやけている方の顔だ。
 鬼柳の表情は人前ではあまり変わらない。透耶といる時でも普段は表情が動く方ではないので、みんな一目見たら大抵怖いという感想を持つ。あまりに動かない表情に感情がないのかと思う人もいるが、透耶には何故か最初から大体読めていた。
 元から無表情だったのと同時に、鬼柳が嬉しいときはちゃんと嬉しい顔をするし、悲しいときは悲しい顔をすることをちゃんと見せてくれていたからだ。普段だって表情が動かないだけでちゃんと感情は出ているし、極端に喜怒哀楽が出るわけではないことを理解したら、案外読めてくるものだった。
「見た目で怖いのは、ずっと笑顔でいる人です。怒るわけでもなく、不機嫌になるでもなく、ずっと笑っている人です。何を考えていても何も無い振りをしている人ほど、腹の底は読めません。むしろ彼のように表情が出ない人の方が、案外繊細だったり、人の感情に敏感だったりするのかもしれませんね」
 透耶が昔を思い出して感想を漏らすと、女性は目を見張って透耶を見た。
 昔、自分は心の底から楽しいと笑っていたわけではない。本当に笑ったのなんてほとんどなかったと思う。
 まだ無表情で誰の感情も受け入れないと決めた時の方が楽だったし、耐えられた。
 ほとんど限界だったから大丈夫だと言い聞かせるようにして、笑って誤魔化していた。
 学校を卒業した時、やっと義務は終わったとほっとした。やっと適当に生きて、適当に死ぬことが出来る。もう誰も困ることはないとほっとした時、残っていたのは物を書くという単純なことだけだった。
 けれど人間として欠陥のある自分が人様に読ませるものを書けるのかどうか自信はまったくなかった。空想に浸ることは現実逃避と同じで、そこにいる間だけ、現実を忘れられて楽だった。ただそれだけなのだ。
 そうして空っぽだった透耶の心に、真っ先に飛び込んできたのは鬼柳恭一という、強烈な光りを持った人間だった。
 心に闇を持ちながらも、その強烈な光りを放つ彼は、透耶の目にも眩しくて仕方なかった。
 まあ、それ以上にあの問題ありの性格と発言、そして発想にびっくりしっぱなしだったが。
 お陰で小さな子供と戦っているようで、随分と悟りを開いた大人とも同時に戦っていて、かなり感情を振り回された。
 鬼柳は、小さな子供のようにストレートに感情を伝えてくる人だ。好きだと言ったら好きだとはっきり言うし、嫌なことは嫌だとはっきり言う。嘘を吐くのは苦手らしく、誤魔化そうとする時も嘘を言って誤魔化したりはしない。ただ回りくどく本当の話で相手を煙に巻くだけだ。

 そうして油断していると、大人な対応でこっちを驚かせる。相手は6つも年上の人間なのだとハッとさせられるような場面に幾つか遭遇した。
 喜怒哀楽が人間に必要だと思うようになったのは、鬼柳のお陰だ。彼が透耶に笑って欲しくて一生懸命で、ちょっとした悪戯でも彼は透耶を怒らせるのには天才的だ。
 そうして感情が揺れ動くことで、本音を口に出来たし、弱いと思っていた部分もさらけ出してしまえた。笑って内に貯めている間は、ずっと降り積もってくる苦痛が辛かった。その重さに耐えきれずにもがき苦しむところに鬼柳はいつでも手を差し伸べてくれた。
 その手が今でも泣きたいほど嬉しいという感情をも教えてくれた。
 いろんな感情を見せるごとに、鬼柳の表情も変わっていた。
 笑えば笑ってくれたし、辛ければ辛いと一緒になっていて、その表情を見ていると笑っている方がいいと思うようになった。一人で笑うのではなく、一緒にずっと楽しくて笑っていたいと。
 だから、一人で楽しくもないのに笑っている人は、何か感情が欠落していて、人間として何か足りなくて、一人で不幸になっていて、その不幸に身を置く余り、他人を拒絶して生きている人なのだ。
 例え周りがどれだけ自分を心配していても、それさえ気付かないほど不幸な生き方だ。
 無表情の人が不意に見せる表情があると、何故か安堵する。眉がちょっと動くだけ、唇が少し笑っているだけ、それだけでも十分、その人の感情が出ているのが分かるからだ。
 最初は心配したような表情、それから呆れたような表情だったと思う。
 そして、鬼柳が語ったことを思い出すと今でも吹き出すくらいに面白かったのが。
「無表情な人って、焦ったり、極度に緊張していると、余計に表情が動かなかったりするんだって」
 透耶がそう言って笑い出すと、女性は何か思い当たることがあったのか、ふと呟いた。
「じゃあ、あれは凄く焦って、緊張感たっぷりだったって訳かしら?」
「え……?」
「私が夫を亡くしてすぐくらいに、親友からある提案をされたの。私にはそれしかない、それだけを頼りに生きていくしかない状況で、その人、私からそれを奪ったのよ。それも卑怯な……それも正論を投げつけて」
「正論だったと今は思うんですか?」
 ……ヘビーな話だ。
 凄く重い話をしている女性だったが、透耶は静かに聞き返していた。
 彼女はきっとそれを洗いざらい誰かに話してしまいたいのだろう。
 こんな場所は不幸の場所だといいながらもやってきてしまうからには、それなりの理由があるはずだ。そうして出会ったのも何かの縁だ。聞いて自分の意見を言うくらいなら透耶にだって出来る。
「がっちがちの正論よ。夫を亡くした私は精神的におかしかったし、生まれたばかりの子供を育てるなんてどう考えても経済的に無理だったわ。あのまま育てていたとしたら、私きっと子供に辛くあたってた」
「きっとその方は、子供も助けたかったのでしょうが、何より貴方を助けたかったのではないでしょうか?」
 透耶は何処かで聞いたような話だなと思いながらも、素直にそう言っていた。
「その通りだから腹が立ったわ。女一人なら結構上手く生きていけるものなの。でも間近で見る私のように一人で子供を産んだ女性の生活をみていると、酷く納得したものよ。この世の現実はかなり残酷で、人間という生き物の本性を見せつけられる、あの女性がもしかしたら自分の姿だったんじゃないかと思ったら、凄く怖かったし、その女性の傍で震える子供を見ると、私もああやって子供に手を出していたんじゃないかって……そう思うたびに、あの親友の言葉が正論過ぎて、悔しかった。自分は子供を産むような年齢になっても現実を知らないのだと言われていたようで……でもね」
「はい?」
 おや急に悔しい感謝から何か変わったぞ。透耶はそう感じてドキドキした。
 まさかこの展開……まさか……違うよね。
「あの人、私の子を預かってちゃんと教育するからって言っておきながら、子育てに失敗してたの!」
「……はあ、さようで……」
 もう確定。絶対鬼柳と一成のことだ。
 間違いない。こんな話二つとあっていいわけがない。
 この街にそんな話が二つと転がっているわけがない。
 絶対、この人、恭のお母さんの、グレースさんだ!!
 どうも似てるような気がしたんだよ、そうだよ。おかしいと思ってたんだよ。
 そりゃ似てるよ、改めて言わなくても、この人恭にそっくりだ。
「最高の教育とやらの成果は成功していたようだけど、その子の性格しっかり捻れて育ってわ。まさか、実の子にベッドに誘われるとは思いもしなかったわよ!」
「…………………………はい?」
 今なんつーた? 今凄いこと言わなかったか? 耳おかしくなっちゃったのか?
 今、実の子にベッドに誘われたって?
「直接私を誘ったわけじゃないけど、目の前で……「あなたもどうですか?」ってどういうことよ!」
「………………うわ、最低!!」
 何を考えとるのじゃあの馬鹿男めが!!
 直接誘ったわけじゃないということは、別の女性から誘われていた上に、傍にいたこの女性に目を向けて、この女性がたまたま見間違いじゃないかと見ていたのを、あの男は、物欲しそうに見えただけで冗談で言ったのだ。
「そうよ最低よ、そんな女で満足するような、そんな飢えた生活だなんて思いもしなかったわよ! なんなら堂々と私を誘いなさいよ!」
 …………そっちの最低かよ!?
 顔が似てるだけじゃなくて、性格までこの人、恭にそっくりじゃないか!
 この状況でこんなこと本気でのたまうような性格、そっくりすぎて否定する要素がまったくない!
 これで親子じゃないなんてあり得ない。
「私、猛抗議したわよ、あの人に。そしたらあの人なんて言ったと思う?」
「……なんだろう?」
「お前にそっくりじゃないかって言い放ったのよ! どこが私に似てるっていうのよ! 私だったらもっと上手くやってるわ! あんなところで適当な女なんかと遊ばずに、もっと高級で上品で遊び上手で割り切った女を選ぶわよ! 本当に何処が似てるっていうのよ!」
 その思考回路がそっくりだから否定しようがないよ! 一成さんがそういうなら絶対間違いなくです! 貴方、DNA鑑定するまでもなく、恭の母親ですから!
 透耶が心の中でそう叫んでいるのが分からないのか、女性は聞いてきた。
「ねえ、なんで似てないって否定してくれないの? 貴方まで私があんな性格がねじ曲がってて悪くて、あまつ趣味が悪いなんて言うの?」
「重要なところは、そこですか!! 恭の性格は悪いんじゃなくて、ちょっとだけ意地悪なだけですから! その時だってただ単にからかっただけだと思います!」
 なんで実の母親に、実の子の性格が悪いと思われているのを否定してまわらなければならないんだ!
 透耶がそう言って返したら、女性は意外そうに笑った。
「あら、貴方、そんな大事にしている人の母親がこんなところに現れて、今更実の子だの言い出すの平気なの? 私、なんだかんだ言っても、あの子のこと捨てたのよ。それであの子荒れてたのよ」
 ふとそう言われて透耶はハッとする。
 さっきから思わせぶりなことを言っていたのは、透耶のことを知っていてわざと引っかかるように話しかけてきたらしい。
 やられた……。
 さすが鬼柳の母親だ。油断していると核心をついてくるところなんか、まんま過ぎる。
 透耶は大きくため息を吐いた。もう隠している必要はない。
「その時の話は聞きました。感想としては、荒れる方向が間違ってると思います。でも、恭がそうでなかったとしたら、俺と恭は出会っていないと思うんです」
「何故?」
「恭が荒れずに生きてきたとして、荒れる方向がただ父親に反発するだけの不良息子だったとしたら、恭はカメラマンにはなっていないだろうし、カメラマンになっていなかったら日本にだって来なかったと思うんです。もちろん恭がそういう風に荒れたことは残念ですし、真っ当に生きて来ていればいいとは思うけれど、俺は自分のことが結局のところ可愛いんです」
「……自分が?」
「もし……という話は好きではないです。もしが一つでも起っていたら俺と恭は出会ってない。一つ一つボタンを掛け違った結果に俺があるのだとしたら、俺はその恭の過去を何一つ否定なんて出来ない。貴方が恭を産んだことから、手放したことその全てを否定なんて出来ないんです。綺麗事を言うなら、貴方が恭を産んでくれて、そして手放してくれたことに感謝したい。ほら、俺は貴方より恭のことを考えているわけじゃない。恭が居なくなることの方が怖いんです」
 言っているうちに段々怖くなってきた。もしこれが夢だったといわれて、目が覚める瞬間だったとしたら、絶対に目覚めたくはない。このまま死んだ方がマシだ。
「自分が怖いから、恭が居なくなることに耐えられないから、少しでも嫌われるのが嫌だから、俺は……」
 そこまで言ったところで透耶は自分の口が塞がれていることに気付いた。
 目の前にいる女性はしまったという顔をしていたので、ふっと伸びている手を持ち主を見ると、そこには鬼柳がいた。
「透耶、また難しく考えてるな。俺は今現在ここにいる。それが証明にならないか?」
 鬼柳にそう言われて透耶は、やっと自分が何を口走ろうとしていたのかに気付いた。
「どうせこのオバさんが下らないこと吹き込んだんだろうがな」
「酷いわ。ただ私は透耶君の本音を聞きたかっただけなのに……」
「いらんことするな。親父といいあんたといい、透耶に構いすぎだ」
「いやだ。一成さんと一緒にしないでよ。奥さんの企みを薄々気がついていて、放置するような人でなしと」
「たしかにそこは同感だ。だがあんたも十分人でなしだ。大体透耶の本音なんて俺が知ってりゃいいんだよ。あんたらがよってたかって透耶のこと不安がらせるから、こんなことになってんだ。だから嫌だったんだよ、あんたらに会わせるのが」
 鬼柳と女性はそう言い合っていたが、透耶はやっと鬼柳の言葉で、この偶然の出会いは必然的に行われたのかと気付いた。
 まだ口を塞がれていたので視線でどういうことだと向けると鬼柳は仕方ないというように秘密を打ち明けてくれた。
「この間、透耶がエドと出かけた日に来てた客、あれ、親父とこの女だったんだ。どうしても透耶に会わせろって聞かないし、親父の方はあれだったけど、この女、透耶にはこっそり会ってみたいとか言いやがったくせに勝手に話しかけやがって」
 なるほど、そういうことだったのか。
 透耶の方は鬼柳の客よりも鬼柳の過去の方に興味があったので、すっかり聞くの忘れていた。
「ごめんね、透耶君。見ているうちになんか話しかけたくなって……思わずだったの。でも、私が話したこの子と過去に出会った話は本当なのよ」
「何の話だ、何の」
「ほら、覚えてないのよ、酷いと思わない?」
 そう言われて確かに酷いとは思う。しかし無謀なことをしていた時期にベッドで寝たわけでもない女の人をからかったことを鬼柳が覚えているとは思えない。

「分かった、もういい。後で透耶に聞くから、あんた帰れ」
「はーい。分かりました。目的は達成できたし、今回はこのくらいで。じゃあね透耶君、この子のことお願いね。透耶君が居なくなったら、この子きっと透耶君が思ってる透耶くんのように壊れると思うから」
 そう女性、グレースは言って席を立つと、口を塞がれた透耶に笑いかけてそのまままっすぐ出口の方へ歩いて行ってしまった。随分とあっさりしたものだった。
 結局最後の挨拶も出来ないまま、無様な姿を晒した結果になった透耶は落ち込んでいた。
「透耶。不安になっているところ悪いが、言っておきたいことがある」
 鬼柳は言って透耶の隣に座ると、透耶の手を取って言う。
「俺は透耶が俺の傍に居てくれるなら、どんなことだってやってのける自信がある。そうしなければ透耶が傍にいてくれないなら、何でもやる。そうやっていろんなモノを利用してでも、なんとしてでも透耶を引き留めておけるのなら、その全てを実行する」
 その鬼柳の言葉に透耶はハッとして鬼柳の顔を見上げていた。
 その言葉は透耶がまさに言おうとしていた言葉だ。
「俺は透耶が思っているほど、綺麗事で全部おさめようなんて思ってない。それこそ透耶が引くようなことだって平気で出来るんだ。けれど、それじゃ透耶に嫌われるかもしれないから怖くて、ちょっと自重してる。俺はそれほど強くはない。透耶が居なかったら生きていけないんだ」
 切々と語る言葉は透耶と同じ思いだ。綺麗事を言って何かが収まるなら安い方だ。けれど汚いことをしたって透耶も鬼柳を手放したくない。鬼柳に嫌われるのは怖いが、それで鬼柳が傍に居てくれるのなら透耶もどんなことでも実行する。
 だって、鬼柳が居ないと自分は生きていけない。世界は真っ暗で何も生きてないことになる。
「……俺も……同じ」
 喉に絡みつく言葉をやっと透耶が吐き出すように言うと、鬼柳はにっこりと笑って言う。
「俺たちは結構似たもの同士なんだ。お互いが居なきゃまともに生きていけない、そんな人間だから、透耶、そんなに不安がることはない」
 鬼柳はそう言って透耶の手を撫でている。
「うん……ありがとう」
 お互いがお互いで居なければ生きていけない。
 生きて、傍に居てくれるだけで、それだけでいい。ただ望むのは単純なことだ。
 そう鬼柳が言ってくれることが、透耶の不安をどれだけ簡単に打ち消すことか、鬼柳はよく知っている。この人は絶対嘘でこういうことは言わない。だから信用できる。
「まあ、悪かったな。あの女が余計なこと言ったみたいで」
「ううん。全然気にしてないよ。でも面白かった。恭のお母さん、恭に性格そっくりなんだもん」
 透耶がそう言って笑うと、鬼柳は変な顔をしていた。
 一体どこが似ているんだ?と顔にありありと書いている。
「一成さんにも似てるなーって思ったけど、お母さんの方が、出会った時の恭のまんまで、すっごい思考回路が似てて、おかしい」
「思考回路?」
「うん、すごく突拍子もないこと言い出すところとか。顔も似てるなーって思った。けど想像していたよりもあんまりかな。どっちかっていうと一成さんに似てるから恭は」
 透耶が見てきた中で感じたことを言うと、鬼柳はとても嫌な顔をしていた。
「……まあいい。誰に似てたとしても、今の俺を透耶が好きなのは分かったから」
 鬼柳はそう言って透耶の手にキスをした。
 そうしている鬼柳はさっきの嫌な顔はしておらず、優しい顔をしていて、透耶はその顔を見て微笑んでしまった。
「恭、大好きだよ」
 透耶が微笑んで言うと鬼柳も笑顔になって言った。
「俺も透耶が大好きだ」
「そういや……あの女。今回はって言ってなかったか?」
 鬼柳がふと思い出したように言ったので、透耶はグレースの言葉を反芻していた。
「うん、言ってたね、それが?」
 透耶がそう言うと、鬼柳はすごーく嫌な顔をして呟いた。
「次も来る宣言かよ、冗談じゃねぇ。あいつらいつまで俺と透耶で遊ぶ気だ! よし透耶、さっさと仕事の話済ませてこの街出るぞ!」
「ええええぇぇぇぇ? だって明後日まではここに居るって言ったじゃん」
「もっといいところに連れってやるし、もう観光も済んだんだからいいだろ」
 鬼柳はそう言い切ると、さっさと自分の仕事のテーブルに透耶を引きずっていった。
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