switch

switch外伝6 We can go 20

 うっつらうっつらしていた透耶は、いい夢を見ていた。

 鬼柳が居て、周りに光琉や綾乃、エドワードやサラ、ヘンリーにジョージ、そして他にも人がいて、宝田や司が忙しそうにお茶を出したりしている。その中で透耶は鬼柳に抱きしめてもらって、みんなと笑い合っていた。ああ、幸せだなと思っていると、ふっと周りが暗くなる。

 なんで暗くなったの? ねえ恭?
 そう尋ねるが今まで抱きついていた鬼柳がそこにはいなかった。

 いない。
 そう思って周りを見回すが、居たはずの人たちもいなかった。

 そうして部屋中を見回していると、ポツンと椅子がある。
 あの椅子は、もう処分したはずだ。あの時に処分したはずなのだ。あの恐怖は終わったはずなのに。

 なんでここにある。なんで。
 そう悩んで、まさかと思う。
 さっきまでのが夢で、今が現実? 嘘だ嘘だ。

 もう嫌だ、そんなのもう嫌だ。
 だって幸せがどんなのなのか自分は知っている。
 こんな夢を見るのは、自分の綺麗な部分を否定できないからだ。自分はこの幸せを守るためなら、綺麗な部分だって汚してみせると決めたのに。

「……透耶……起きろ」
 ふいに体を強く揺すられて、透耶の意識が浮上した。
 はっとして目を開けると、目の前に心配そうな顔をした鬼柳がいる。

「大丈夫か? うなされたぞ」
 透耶は鬼柳を凝視してそれからゆっくりと手を伸ばして鬼柳の頬に手を当てて触れた。
 夢でもない、これが夢なわけない。

「……恭……」
「ん? どうした?」
 透耶が撫でている手に鬼柳が手を重ねてやんわりと握ってくる。そして鬼柳が透耶の頬を手で撫でてくる。その手が温かくて、やっと本物だと思えた。

「……は……よかった……」
 透耶はやっとホッとして息を吐いた。 

「夢は怖いか?」
 鬼柳は透耶を抱き寄せてからそう尋ねた。

「……うん、ちょっとだけ。大丈夫、夢だから」
 透耶がそう言って安心しているが、鬼柳はそれを蒸し返すことになるがこれはやらなきゃいけないことだった。

「透耶、二年前のことを気にしているんだろう。隠さなくていい。正直に気持ちを話してくれ。そうしないと俺は言いたいことを言ってあげられない」
 鬼柳がそう言うと透耶は暫く黙っていたが、鬼柳にギュッとしがみつくと言った。

「恭が、話したことが……簡単に話すことが怖くて……だって、俺だって知ってる……あの時恭が何処にいたのか知らないけど、だってあの時、恭が連絡取れなくなって……そしたら、ニュースでやってたこととリンクして、すごく怖くて……そこじゃないって思いたかったし、恭はそういう話は絶対しないから……ニュースでやってた内容が酷くて、あの時レベル4とかそういう話が出たのは……あのニュースでやってたあの場所だけ……また恭はそこに行くんじゃないかって思ったら、怖くて」
 透耶は正直にそう言った。

 やはり、二年前のあの内乱のことだった。
 ニュースでやっていることと、鬼柳と連絡が取れないことと、忘れていた内容が一気に合致して、今更ながらに鬼柳を失うところだったのかと怖くなった。

「透耶、俺、最強のお守りを透耶に貰ってるんだけど」
 鬼柳がいきなり意味の分からないことを言い出して、透耶は不思議な顔をして鬼柳を見上げた。

「やっぱり透耶忘れてるな。透耶がくれたのにさ」
「…………お守りなんて、あげたっけ?」
 透耶は真剣にそのことについて悩み出した。お守りなんて上げてないし、買った覚えもない。そもそもお守りなんて透耶はなんの慰めにもならないことを知っていた。

 それは鬼柳も知っているはずだ。どんなに願っても、神様は透耶から次々に大事な人を奪っていくだけだ。それも透耶が何かした時だけ。

「透耶、自分は呪われているって言うけど。それが俺にとって最強のお守りになってるって分かってないな?」
 鬼柳はそう言って笑っている。

「呪いが……お守り?」

「そう。透耶と一緒に死ぬことになってるんだから、俺があんなところで死ぬわけない」

「だって……それは……外れるかもしれない!」
 透耶がそう言うと鬼柳は言い返してきた。

「透耶さ。呪われていることは信じているのに、一緒に死ぬ呪いのことは信じないんだな? それ矛盾してることになるぞ」
「……だって……」

「透耶。京都に行った時から、俺らはずっと一緒にくっついて暮らしていると、そんなに長く生きられないと言われて、俺は仕事に出ることにしたんだぞ。それに透耶が出した答えは、俺が報道をやることだった。それに俺も答えている。でも、透耶がそんなに不安だって言うなら、俺は仕事を辞めて、透耶の傍にずっといる。そうして早く死んでも俺はそれでも構わない」
 鬼柳がはっきりとそう言うと透耶は反射的に反論していた。

「だってそれじゃ、ただでさえ俺が恭を奪ったのに! 恭の命の期限まではっきりと決めちゃったのに! 恭のお父さんやお母さんに、申し訳がない! もしかしたら俺が選ばなかったら色んな未来があったかもしれないのに! そんな死なせるなんて!」
 透耶がそう叫ぶと鬼柳は苦笑していた。

 やはり、鬼柳の父親や母親にあったことも関係していた。
 そして子供云々の話もまた関係していた。透耶ははっきりと言わないが、いろんな幸せと言うからには鬼柳に一成のような家庭が持てたかもしれないと今更ながらに思ったのだろう。それでもまだここまで取り乱すようなことはなかった。だがわずかな兆候はあった。
 そこへ二年前のことが重なった。これはかなり大きい衝撃だったに違いない。
 その全てが混ざって、透耶は混乱しているのだ。

 自分が選択した答えは間違っていたのではないか。今更、本当に今更、選んだ答えが間違っていた可能性を持った。だが透耶は今更鬼柳を手放せない。間違っていたとしても、透耶はもう鬼柳を手放せない。鬼柳がいることでどれだけ自分が幸せなのか実感しているからだ。
  だから平気な顔をしていればいい、知らないふりをすればいいと強気に出ることだって出来ていた。
 けれど不安が降り積もって行く感覚は、簡単に消化されない。

「透耶、俺はな、透耶に会うまで、誰とも結婚なんかしないつもりだったし、長く生きるつもりもなかった。本音言うと、早くこの命が終わってくれることを願ったくらいだ」
 鬼柳の言葉に透耶はハッとする。鬼柳は透耶に話したことはない鬼柳が思っていたことを話した。

「子供なんて誰にも産ませないつもりだったから、プロばかり相手に選んでたし、もしもがないように徹底してきた。俺は自分の血を憎んでばかりいたから、その同じ血を引くものを欲しいと思ったことがない。だから透耶が気にすることなんてどこにもないんだ」
 鬼柳が訥々と話す内容は、昔鬼柳がそう思って家を出た理由だ。
 家に居たら、いずれ家を継ぐために結婚をして子供を作らないといけなくなる。鬼柳にはそれが耐えられなかった。
 だから家を出た。だから家とは関係ない仕事を選んだ。常に孤独でいることを選んだ。

「俺がイアソンを死なせたことやその周りの騒動で徹底的に落ち込んで、もう生きるのもしんどくなって、カメラも捨ててしまおうと思った時に、透耶に出会ったんだ。俺はあの時から透耶の為だけに生きてる。言っただろ? 俺は透耶と一緒にいる為ならなんでもするし何でも利用する、そんな人間だって。透耶が怖くて俺が死ぬかもしれない状況が嫌なら、俺はそれを利用して透耶の傍にずっといる。それで死ぬとしてもそれでもいい、満足だ」
 鬼柳がはっきりとそう言うと透耶は目を見開いた。
 そう言った鬼柳の顔はとても穏やかだった。本当にそう思っているから言っているのだ。こういうことを鬼柳が嘘で言うわけない。いつだって鬼柳は透耶の側にいる為なら何でもしてきた。透耶がそう望んだから、透耶が長く鬼柳と生きたいと願ったから鬼柳はその最善を尽くしてくれている。

「でも透耶は選んだ。俺も選んだ。そうして5年暮らしてきた。だから俺たちはまだ生きてるし、死ぬのは後10年先だ。でも透耶がまた選ぶなら、俺もそれに従う。今死んでもいいし、10年先まで伸ばすのもいい。俺に選べというなら、俺は10年先まで伸ばしておきたい。その理由があるからだ」
 そう言うので透耶は首を傾げた。
 10年伸ばしてどうするのだろうか?という態度に鬼柳が言った。

「透耶と俺は幸せでした計画、あれ、まだ5年しか進んでない。あと10年あるんだ。撮るものはまだまだ沢山ある。俺の計画を言うと、俺は後5年は報道の仕事をして、その後引退して、透耶と世界中を旅行するんだ。いろんなところに行って、いろんなもの見て、いっぱい写真撮って、いろんなもの残してから死ぬ予定なんだ」
 鬼柳がすごく真面目にそういうので透耶は妙な顔をしていた。
 死ぬ予定を具体的に真剣に語られるとは思わなかったのだ。
 鬼柳はこういうのは割と冗談で言ってくるけれど、今は凄く真剣だった。
 だが、それは鬼柳が当初に言っていた計画だ。
 いっぱい写真やいろんなものを残して、それを見た人が「幸せだったんだな」と思えるものを沢山残そうという計画だ。

「これも透耶は忘れてたな?」
 鬼柳は透耶を見つめてニヤッとして笑った。
 ポカンとした透耶は暫く鬼柳を見ていたが、ふにゃっと顔が歪むとぷっと吹き出していた。

「わ、忘れてた……その計画、進んでるとは思わなかった」
 くくくっと笑って透耶は暫く爆笑していた。
 鬼柳は透耶を撮ることに関してはいつでも計画的だった。
 生涯をかけて残すカメラマンとしての鬼柳の傑作になるものは、透耶が幸せであったという証明になるものを沢山残すこと。
その為に妥協はしたことはない。
 だから、鬼柳が真剣に言ったことは、鬼柳が絶対に叶えてくる。さっきの幸せでした計画を真剣に言ったのは、絶対に叶えるという鬼柳の決意の表れだろう。

 鬼柳は過去をもう見ていない。前を向いて先のことを考えている。だから透耶にもそうして欲しいと鬼柳は言っているのだ。

 透耶は自分の勝手な落ち込みに反省した。
 過去は過去、起きたことはもう考えるな。選んだことは後悔はしてないのだから、些細な罪悪感に一々落ち込んでいる暇はない。未来はまだ未定だが、鬼柳の計画がある。

 鬼柳が父親や母親と会ったのも、鬼柳が過去のこだわりを無くしていたから出来たことだったのだ。鬼柳はもう自分の血を憎んでなどいない。むしろ産まれた時からあった出来事が全て透耶に繋がるというなら、透耶がそれを否定しないというなら、鬼柳はそれを認めて受け入れる。

 お互いにお互いの過去を否定など出来ない。今回はそれを確かめたことになった。

「この計画を潤滑に進める為に、今回アメリカに用事があった」
「なに?」

「俺、鬼柳家から戸籍抜いたんだ。そして日本に帰化する」
 鬼柳がそういきなり言ったので透耶はポカンとした。

 日本帰化? なんだって?
 透耶には初耳どころか、鬼柳がそんなことを考えたことすら気がつかなかった。

「元々書類上の問題でアメリカに渡る時間が勿体ないんで、ボスに相談したら、帰化すりゃいいじゃんって。そんなに簡単にできるのかって調べて貰ったら、どうやら俺は条件を満たしてるそうだ。で、急に鬼柳家に行ったのは、それが親父にバレて、用意する書類とか色々あって、それを親父がやってやるというから任せたんだ。そしたら、その書類を人質に取られて透耶に会わせろと脅迫された。俺が用意した書類全部持って行かれてたし、二度同じ作業するのも時間かかったしで、仕方なく行ったら面倒なことも頼まれてあんな事件になったわけ」
 鬼柳が簡単に種明かしをしたので透耶はまさかと口にしていた。

「それ、お父さんが認めたの? 戸籍抜いて、鬼柳家と無関係になることを?」

「ああ、母親という女も認めた。だから透耶に会わせた。元々透耶のことは認めていただろ? あのリング送ってきた時から」
 そう言われて透耶はハッとした。
 もういろいろあってあちこちに驚いていて、とにかく何にでも反応するようになってきた透耶。

「あ! リング貰ったお礼言ってない!!」
 あまりに衝撃的な出会いだったので、貰ったもののお礼を言うのも忘れていた。なんてことだ。人に大事なモノを貰っておきなら、お礼も言わなかったどころか、挨拶もしなかった。

「礼なんて言わなくても、透耶が受け取ったことが礼になってるだろ。あれはあの女が勝手に送りつけてきたものなんだから、突っ返さなかっただけでも十分だろう。それに透耶が譲り渡した相手も、あの女、ちゃんとコンサートに来てて見てるし」
 衝撃の事実がまだ出てくるので透耶は驚いてばかりになってっしまっている。

「うわ、なんで綾乃ちゃんに渡したことまで知って……って恭が喋ったの?」
 大事なことだからちゃんと知らせようとは思っていたが、自分のあずかり知らぬところで勝手に話が進んでいるから透耶は焦った。

「いや、犯人はエドだ。こういうことを抜け駆けしてくるのはいつもエドだろ。綾乃は透耶に貰ったことを喋ってるだろうし、エドはその経緯を聞いて、透耶がリングを譲り渡した綾乃を見せるために、あの女をコンサートに招待してたらしいし。ちなみにあそこには親父もいたそうだ。抜け駆けに関しては手抜かり無いな」
 鬼柳がそう言うので透耶は唖然とした。

 鬼柳がホテルのラウンジで二人に会ったのは、ニューヨークのコンサートの後だ。綾乃は東から西に移動しながらコンサートを開いていたので、あの日にあのホテルにいたグレースはニューヨークで綾乃を見たことになる。

「うあ……エドワードさん、好き勝手しすぎー」
 透耶がそう呆れ果てていると、鬼柳もそれには同感したようだ。

「俺らに関する秘密が何か一つでもエドにばれたら、エドが嬉々として全員に喋ると思っていい」
 鬼柳がそう言うと透耶が更に信じられない顔をしていた。
 拡声器を持って喋りまくっているエドワードが浮かんでしまい、透耶は頭を抱えた。

「透耶、明後日の夜には日本に帰ることになってるんだから、そろそろここから出て観光しないとせっかくのロス滞在が無駄になるぞ」
 鬼柳はやっとまともになって状況判断が出来るようになった透耶にそういうと透耶はエドワードのことから復活して、信じられないとばかりに言い放った。

「観光に三日しかないの!?」
 ほら乗った。混乱してる時に目の前にある事実を告げると透耶がそっちの方に意識が向くことはいつものことだ。

「透耶が凹んでるから悪いんだ。ちゃんと一週間あったのにな」
 鬼柳がそう言うと透耶は慌てて布団から飛び出すと、クローゼットを開けて中を探り出した。

「透耶、そっち側じゃなくて、右の方だ。準備出来たら降りてこいよ。下の居間にいるからな」
 鬼柳はクローゼットを慌てて漁っている透耶にそう言って、自分は元々用意してあった服を適当に着て、出かける準備をし部屋を出た。

 ここから透耶の怒濤の無茶観光が待っている。
 透耶はもう落ち込むこともなく、観光を楽しむだろう。
 しかしロスでの最後のセックスは今日の朝方にしたやつで終わりのようだ。

 だが、日本に帰ってから、鬼柳が仕事に出かけるまで数日ある。
 そのお楽しみは日本まで取っておくことにする。その方がなんだか盛上がりそうな気がした。

 そうしてドタバタしたアメリカ滞在は、ロスの観光で終わりを迎える。

 はずだった。