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switch外伝8 セックスにおける好奇心と導き出されるSとM 

 とりあえず透耶の機嫌が悪い。
 鬼柳&透耶家を久しぶりに訪れ、子供は幼稚園、妻である綾乃も暇で、さらに自分も撮影予定だった予定が撮影所が小火を出し、撮影所が丸一日使えないという急に降ってわいた休日で暇になったという理由から、昼食目当てで訪れた兄の家の玄関で迎えてくれた兄の顔を見て思ったことである。

 透耶の弟である榎木津光琉は、挨拶をした後自分の妻を見る。
 綾乃の方も見て解る状況にどうしたんだろうと首を傾げている。
 無言で執事の宝田を二人で見つめると、宝田は苦笑していた。

「喧嘩中でございます」
 透耶に聞こえないようにもたらされた情報で、またかこのバカップルはと呆れかえる。喧嘩と言ってもこの二人の場合、深刻な問題はあまりない。透耶の機嫌が悪いくらいなら、むしろ理由は本当にくだらないことであるのは、長年二人と付き合ってきた人間ならすぐに理解出来る。

 というのも鬼柳の方が機嫌が悪いのはいつものことではあるが、透耶と喧嘩したくらいで彼の機嫌がずっと悪いというのを見たことがないのである。この辺が鬼柳が大人であるという印象を抱いてしまうところであるが、鬼柳の場合、そんな無駄な時間は使わないというだけのことだ。それに基本的に透耶の方が鬼柳の機嫌を取るのが上手く、折れることが多いからだというのもある。
 鬼柳の機嫌が本当に直らない時は、本当に透耶にとって駄目なことだからという理由かららしい。
 とにかくそんな判断で居間に入ると、鬼柳がいたのであるが、滅多に見られないほどがっくりと落ち込んでいるではないか。

「ど、どうしたんだ?」
 思わず呟いて光琉が話しかけると、鬼柳はああっと顔を上げて咥えていたタバコを灰皿に戻すと新しいタバコを出し口に咥えたはよかったが、火をつけるのも億劫そうにだらりとしている。
 これは重傷だ。

「鬼柳さん、何があったの?」
 綾乃がだらりとしている鬼柳に近づいて話しかけると、ボソリと一言言った。

「縛ったら泣かれた」
「……はぁ?」
 何をだ。といいたいところであるが、大体は想像出来た。

「まさか、拘束プレイでもやろうとして、拒否られたと?」
 そう光琉が聞き返すと鬼柳が頷く。それに綾乃が呆れた顔をして光琉に任せたと居間を出て行った。どうやら透耶がどうしてあそこまで怒っているのか解らない上に、鬼柳には何故泣いたのかさえ理由を言わなかったらしい。
 そしてそこで綾乃が透耶本人から聞き出そうと言うわけだ。

「前にも縛ったことあるのに、なんで今回に限って泣いたのか解らないし、理由聞こうとしたら凄く怒ってて、ご飯も食べてくれない」

「食べないって?」
「外で食べるって」
 魂が抜けそうなくらいに本格的に落ち込んでいる理由がわかった。どんなに透耶が怒っていても鬼柳の食事を食べないということは一度もなかったらしい。

「いきなり縛ったから怒ったのか?」
「ちゃんと聞いた。こう、手錠じゃなくて、手桎足枷っつーの? 手を両方縛るんじゃなくて、手を足にするやつ」

「ああ、SMであるやつか。何、鬼柳さんって透耶を奴隷にでもしてみたかったのか?」
 SMグッズの拘束で手を足を繋いで抵抗できないようにするものだ。いわゆる調教系ではシンプルなものではあるが、それだけであれば割合抵抗なくやれる人もいるらしい。なので気分を変えて使ってみることもあるだろうが、この二人に限ってそうしたものを使わなくても大丈夫そうにみえたので鬼柳がそれを使おうとした理由を光琉は聞いていた。

「貰ったんで使ってみようかと思ったんだが」
「え、そんなものただで貰えるのか?」

「ジェルやら買いに行く店が日本に来てからのなじみの店で、そこの店長がそういうブランドのテストをやってて、意見というか雑談してるうちに商品を適当に入れられることがあるんだ。大抵はコンドームなんだが、たまにこういうものが入ってる」

「それで使ってみようと思い立ったと」
 そういうと頷かれたので光琉は、透耶も大変だなと溜息を吐く。鬼柳の様子から普段はまったくそういうものには興味がないらしいが、実際手元にあると使ってみたくなるらしい。それを見越して相手も渡してきているのだろう。
 だがしかし、最初はいいと言っておいて縛ったら泣いたとなると意味がわからない。現物は見てるだろうし、鬼柳はちゃんと許可も取っている。だったら何が気に入らなかったのか。しかも泣くほどで、今でも怒っている理由。

「で、どこまでそういうの使ってオッケーだったわけ?」
「中に入れないものだったら、機嫌がいいときは結構大丈夫」
「中?」

「前はディルト入れたら怒られた、気持ち悪いって。それから暫く道具は使ってなかったけど。ローターとかなら許容範囲だったんで、これくらいは大丈夫かと思ったんだが、まさか泣くなんて」

 そう鬼柳が言って更に落ち込んでいるので、光琉は首を傾げる。
 そもそも道具を使うようなのは鬼柳は避けていたし、慎重にしていたようだ。そして使う前には透耶の機嫌やら気にした上に透耶に使うことを確認して使っている。大体透耶はそれを使うことを強制されたわけでもなく、ちゃんとそのモノを確認した上で縛るまではいいと言っていたようだ。
 なのにそこで何があったのか。鬼柳が透耶を傷つけるようなことを言ったわけでもなさそうであるし、そもそもそこまで怒る理由がわからない。

「それで理由を聞いても怒ってるわけか」
「理由を聞こうにも、近づいただけでもの凄く睨み付けてきて怒りMAX。とりつく島が無い」
 どうやら本格的に怒っているようだ。
 とにかく理由を聞くまでもなく、鬼柳が悪いと透耶が思い込んでいるというわけだ。

「さて、送り込んだ密偵が何か聞き出してきてくれるといいんだが」
 鬼柳が悪いなら鬼柳自身が思い当たることがあるはずである。しかし、それがないということは鬼柳は悪いと思わなくて、透耶は思っている上に、それは透耶の中ではディルトを入れられるよりも酷いことだったという話なのだろう。
 仕方ないので光琉は、送り込んだ密偵こと綾乃が何か聞き出してくるのを待った。

 その密偵こと綾乃は、仕事部屋でふて腐れている透耶を前になんとか怒っている理由を聞き出そうとしていた。
 透耶は仕事用の椅子に両足を乗せて膝に顎を乗せ、蹲っている。
 何を怒っているのかと聞いても透耶は口を開かない上に、視線も合わせない。どうやら遠回しに聞いても透耶の怒りは解けそうにないと綾乃は単刀直入に言うことにした。

「拘束具を使われたのが気に入らないの?」
 綾乃が聞くと、透耶は首を振る。

「……それは気にしてない」
「じゃあ、何か酷いこと言われたの?」
 たまにエロ回路が暴走して口走るのはよくあることであるが、それがちょっとマニアックだったから怒っているのかと聞くと、それも違うと首を振られた。

「……そういうんじゃない」
 つまり道具を使われたことは許可したのでいいとして、何か気に入らないことを言われたわけでもないとなると、さっぱり思い付かないところだ。

「何か、思わぬことでもされたの?」
 想像がつかないのでそう問うと透耶は、綾乃を見て少し顔を赤らめ、そして目をそらして口を詰むんだ。首に手を当ててぽりぽりと掻いている。何か言おうとして口を開くのだが、言いにくそうに口を閉ざす。

「何? あたしに言えないことなの?」
 大抵のことには驚かない綾乃ではあるが、透耶が何でも相談してきたというのに言いにくそうにしているのには訳がありそうだった。

「えっと、こういうの……色々と。綾乃ちゃんには色々言ってるけど、これは……その」
「その?」

「その……恭の趣味の問題だから、その」
 透耶はそう言って顔を膝に埋めてしまった。

「……はああ?」
 恥ずかしがっているようしか見えなくてに綾乃はさっぱり意味がわからない。
 これの何処が怒っている態度なのだろうか?と真剣に考えてしまう。

「何言ってんの先生。このあたしに鬼柳さんのことで今更驚くことがあると思って? 鬼柳さんの性癖がどれだけ酷いか、先生と同じくらい知ってるつもりだけど?」
 綾乃が自慢にもならないことをきっぱりと言い切ると、透耶は暫く考えて、まだうーんと唸っていた。

「それこそ鬼柳さんが妊娠したとか言われない限り、何言われても驚かない自信があるわよ」
 綾乃がそう言い切ると透耶は仕方ないとばかりにぼそりと言った。

「……道具がいっぱいあった」
 そう言われて綾乃は「ん?」と考える。

「それって、今回のものとは違ったものなの?」
 いっぱいということはそういうことである。

「うん。後で見たら、縛ってからその後に使うものが、いっぱい入ってて……それで。恭には俺も知らなかったけど、本格的なSMの趣味があるんじゃないかって……思って」
 そう言われて綾乃はなるほどとうんうんと頷く。

「今までそういう素振りを見せなかったのに、いきなりSMされそうになってびっくりしちゃったってことなのね」
「それもあるけど。なんか、恐くなってびっくりしたのもあって、パニくっちゃって……」

「ああ、それで泣いたのね?」
 やっとどうして泣く羽目になったのか理解して綾乃が言うと、透耶は頷いていた。顔が赤くなっているところを見ると、パニくってないのはさすがに恥ずかしかったらしい。
 そしてなるべくなら鬼柳の趣味を理解しようとしたようである。

「あ、あのね……色々調べてみたんだ……でもね、し、縛ったりとか、その、あの首輪するのはまだ解るんだけど、鞭で打ったり、踏まれたりとか、痛いのは嫌だなって……それでね」
 まだ何か重大なことがありそうで、綾乃は耳を傾ける。

「うん?」
「俺が縛られるってことは、俺がマゾってことでしょ?」
「まあ、そうなるわね」

「で、でもさすがにろうそくで責められたり、せ、性器にピアスつけたりとか、そ、そういうプレイはついていけないから、はっきり出来ないって言わなきゃなんないんだけど」 
 そう透耶がとんでもないことを言い出して、綾乃は透耶の口をふさいだ。

「ま、待って! 先生、それはさすがにやらなくていいことじゃなくて!」
 綾乃は自分自身も深呼吸をしてなんとか気持ちを落ち着ける。ただでさえ綾乃は自分がSMを詳しく知っているわけではないが、鬼柳がそこまでやるような性格にはまったく見えなかったし、何より透耶が嫌がることをしようとは思わないはずである。
 しかし、透耶の困ったところは勉強熱心であること。しかも鬼柳相手であるとある程度は許してしまうところがあるのだ。それがいい風に働くことが多いのだが、今回悪い方に働いて喧嘩が長引いているというわけだ。

「えーとたぶんだけど、それハードな方だと思うのよ!」
 すると透耶はそうなの?という風に目を丸くしている。

「うんうん、あとで鬼柳さんに聞いてみた方が確実に理解出来ると思うけど。それより、鬼柳さんの目的は、そういうのじゃなくて、世間一般で言う、ソフトななんちゃってSMなんだと思うのよ」

「……ふぁんふぁて?」
「本格的な、しかも先生がなしだと思ってるようなことは、絶対にしたいとは思わないと思うのよ」
「そう?」

「何を見てお勉強しちゃったのか解らないけど、ちゃんとしたSMの定義とか、色々調べたら違うと思うのよ。ほら、一般人がすごく勘違いしちゃってる部分もあると思うし、ね。で何見ちゃったのかな?」
 とりあえず透耶が何を参考にしたのかを見ると、ネットにあるSM小説だった。特にハードであるとは書いてはいなかったが、かなりハードでファンタジーな部分がある小説である。

「これ、借りるね。鬼柳さんに話してくるから先生は仕事でもしてて、あとで鬼柳さんから説明あると思うんで」
 ずきずきと痛む頭を押さえながらやっとそう言うと、透耶は綾乃が聞いてくれるならきっと鬼柳も考え直してくれるはずだと期待をして頷いた。
 綾乃はノートパソコンを借りてそのページを表示したまま、鬼柳と光琉がいる居間に戻る。
 
 
 やっと綾乃が居間に戻ってくると、光琉がぐったりした綾乃を見て驚いて声をあげる。

「どうしたんだ、綾乃? そんなに透耶は駄目なのか?」
 光琉がそう言うのだが、綾乃はパソコンを手前に置くとさっき透耶に聞いてきたことをまとめて鬼柳に問う。

「鬼柳さん、ハードなSMを先生としたいわけ?」
 そういきなり言われて鬼柳はポカンとしている。
 ただでさえ頭が回らないところに全然関係ないような内容でびっくりしたのだ。

「いや、そんな気はないが?」
 やっとそう返したところで鬼柳は昨日のことを考える。ただ両手両足を拘束しただけなのであれはハードですらない。

「え、透耶はあれをハードだって勘違いしたのか?」
「そうじゃなくてね、鬼柳さん、昨日の道具を出した引き出しに、そのほかの道具を入れてなかった?」
 綾乃が単刀直入にそう尋ねると、鬼柳はやっと事態を理解したらしい。

「なるほど、透耶はあれを全部使われると思ってパニックになったんだな?」
「ご名答」
 そうすると鬼柳はしまったなあと頭を掻いていた。本人はその気は一切なかったのだが、勘違いされても仕方ない状況だったのである。それもそのはずで、透耶は拘束された後、逃げられないどころか自由に動けないのだ。鬼柳を信用しているが、実物の道具の山の方がリアル過ぎてとにかく拘束を取ることに必死になり、鬼柳がそれでも取ってくれなかったので恐くなって泣いたというわけだ。

「でもおかしくないか? それだったら何もそこまで怒ることはないし、泣いた理由を言えば誤解だってすぐに解っただろう?」
 光琉が今までの二人の喧嘩からみて、そこは鬼柳が謝ったところで泣き止んだ透耶が何が恐かったのか言って解決する問題だと思えたのだ。
 すると綾乃は溜息を吐いて続ける。

「普通だったらね。先生はそこで思ったわけよ。鬼柳さんにその趣味があるのなら、ちょっとは頑張って理解しようとお勉強しちゃったわけ」
 そう綾乃が言うと、さすがに光琉も顔をしかめる。だが鬼柳は吹き出して笑っていた。

「透耶らしい」
 勘違いするところは鬼柳のミスであったが、透耶があれほど泣いて怖がったのに、鬼柳のために理解しようとしてくれたことが純粋に嬉しかったのだ。
 しかし何を教材にしたらそこまで怒れるのだろうか。

「って嬉しがることか! さっきハードとか言ってたが、透耶はどこまで見て無理だと思って怒ってたんだろ?」
「痛いのがどうしても嫌なんだって……で、どこまでと思って聞いたら、ファンタジーなSM小説を読んじゃったみたいで」
 そう言ってパソコンに表示したままの小説をみせると、まず光琉がさっと読んで頭を抱え、鬼柳が読んで鼻で笑っている。

「ハード中のハードだな。ここまでやるようなのは滅多にないし、これやったら確実に死ぬ。ちょっとした中世の拷問だな。たぶんそういう道具を参考にしたんだろう」
 鬼柳は普通に分析をしているので、光琉はもうパスと目の前でバッテンを作っている。

「平気そうね」
「金持ちには結構変態が多いし、金に物言わせて色々やるからなあいつら」
「やったことは?」

「そういや、やったことないな。SMっつってもな−。俺は見た目とか態度でサドだと思われやすいんだが、本物のマゾ相手すんのは凄く面倒だと思ってるし関わりたくもないと思ってる。だからマゾの方かと言われたら俺は殴られたりすんのは心底嫌いなんだよな」

「殴り返しそうよね」
 その通りのなので鬼柳は笑っている。

「そもそも俺は相手が痛そうにしてるのが苦手なんだ。たとえば鞭で強く打つのがいいとしても強く打てば傷が残るだろ? そういう痕を見るのが苦手だし、DVやら虐待じゃないかって心配になってな。気分的に盛り上がらない。大体、セックスに関する概念というか、目的意識が違うんだろうけど、俺の中に快楽を得る方法に痛覚を求めるのはないんじゃないかな?」 
 意外にまともな回答が返ってきて綾乃は苦笑してしまった。しかしそれだけで終わる男ではなかった。

「それに拘束を試してみようとしたのも、後ろ手にしたら透耶ってエロくなるから、拘束してみたら全身でもだえるところが見れるんじゃないかなーっていう、ちょっとした好奇心だったんだが、こんな大事になるとは予想外だ」
 ちょっとした好奇心が、まさか食事すら拒否されるような大事になって自分に多大なるダメージを当たるとは誰が予想出来ただろうか。というか普通は予想すらしない。

「うん、まあそんなところだと思ったけど……」
 基本的には鬼柳の透耶を可愛がる姿勢は理解出来る為、光琉も綾乃も今回は透耶の飛躍した考えたが問題だと思った。
 それから事態を理解した鬼柳が透耶に説明に行き、誤解を完全に解いたところで軽い昼食をして雑談をし、幼稚園の迎えの時間が近くなったので早めに鬼柳&透耶家を後にした。
 
 その翌日、光琉がからかうように透耶にメールをした。「拘束してやったのか?」と。
 その返事が、「恭の方をしてみた。楽しかったよ」と返ってきて光琉はこのことに関して突っ込んだりするのはやめようと心に誓った。
 ――――――あいつら、マジでわからん。