switch

switch外伝9 play havoc13

 榎木津透耶(えのきづ とおや)への強い執着が、とうとう鬼柳恭一(きりゅう きょういち)を排除しないといけないというような形になったのは、ここ最近の鬼柳による透耶への徹底した外出への同行だろう。透耶が用事で出かけなければならない時には、必ず鬼柳が同行し、SPもつけた。犯人はもちろん怪しい人物は誰も近づけない。
 やっと鬼柳が指示をして徹底して透耶を守っていることに気づいたのだろう。
 鬼柳恭一を排除してやるという宣戦布告は翌日も届いた。顔の部分を引き延ばし、それを真っ赤なペンで塗り、カッターで切り裂く。昨日のカッターで切ったものより更に憎々しさが増しているようだ。
「昨日の失敗はよほど腹に据えかねたか」
 昨日のうちに鬼柳は死んでいなければならなかったらしい。しかし鬼柳は上手く立ち回り、依頼人らしき人間の名前まで突き止めた。
 それは昨日刑事を呼んで伝え、現在相手の所在を確認している。
「依頼を伝達した青木と保坂は、頼まれたままを伝えたといい、保坂は痛みつけるだけでいいと言っただけで殺しまでは依頼してないといってます。青木は保坂に殺しを依頼されたことと、二百万のうち百万をネコババしてました」
 そう言われた。最後の一人大学生には強制捜査を行うことになった。身柄はまだ確保できていないのか、捜査が終わってないのか報告はない。
 とりあえず警察待ちでいると、夕方頃に刑事が訪れた。
「依頼人の大学生、真下柾梓(ました まさし)ですが、自宅にはいませんでした。近隣の話ですが、最近は姿も見かけないとか。家宅捜索しまして、こちらへ送られていたのと同様の榎木津さんの名前を羅列した手紙を見つけました。筆跡鑑定しなくても同一だと分かります。それから鬼柳さんの顔写真を引き伸ばしたものがありまして、それを真っ赤に塗りたくったものが数枚」
 こうなると真下柾梓がストーカーたちの支援をしていた大元(おおもと)ストーカーであることは間違いない。だが殺しとなると話が違ってくる。
「真下家を捜索しましたが、殺人に使われたような武器などは見つかりませんでした。隠しているもしくは、現在の柾梓が持っている可能性もあるので確定ではありませんが、当の柾梓がどこへいったのか……」
 柾梓が実家の永野(ながの)家には、もう一ヶ月ほど帰ってないのだという。
「母親は柾梓がいないことには気づいてましたが、大学生なので自由にしてもいいだろうと思っていたと」
 つまり関心はなかったというわけだ。息子がどこで何をしようが母親には関係のない出来事で、つい先日警察が来たときも面倒なので断る理由で静養中にしたのだという。実際はそこに柾梓はいなかったわけだ。
 クレジットカードや預金は柾梓用に振り込み放置、息子がいくらでも使えるように一千万以上入っていたという。柾梓が湯水のごとく金を使っていても母親どころか義父の永野(ながの)もおかしいとは思わなかったというから狂っている。
「金さえあたえておけば、親という責任を果たしていると思ってるんだ」
確かに生活にお金は必要である。だが目的すら分からない金額が動いているのに関心がないのであれば親としての責任は果たしているとはいえない。
 長男が死んでもなお長男にしか関心がない母親に、真下柾梓(ました まさし)が狂ってしまっても仕方ない環境が揃っているとしかいえない。更に父親が事業の失敗で自殺とくれば、行動がエスカレートしてもおかしくはない。
 妄想すら抱いているなら透耶に執着する理由がたくさんあるからだ。
「憎いと思っていた相手をつけ回していたら、いつの間にか手に入れたくなったというのもあり得る話だ」
 問題は真下柾梓(ました まさし)は透耶に執着し目の前で気を引くためだけに自殺を選んだ真下柾登の弟だ。同じ歪(ゆが)み方をしていてもおかしくはない。
 だがここまで足取りを残しているような人間が、殺人事件の関係だけ綺麗に痕跡を消しているというのは矛盾していると鬼柳は思った。当然警察もそれは感じたようであるが、アジトが別にあるということもあるだろうと探してはいる。
 しかしそれでも柾梓の行方は一向に分からず、捜査は難航していた。
 透耶はその話を聞いているときに、真下柾梓(ました まさし)の写真を見せられていた。マスクをした大学生の顔であることは間違いないが顔は兄の柾登とは似ても似つかない顔をしていた。いわゆる父親似だ。柾登は母親似だったのだ。
 だからそれだけの違いがあると会ったことがない真下の父親の顔に似ている弟となると、すれ違ってもきっと気づかないだろう。
「確かに兄弟でここまで似てなければ俺でも気づかないな」
 鬼柳がそう言う。警察も柾梓の顔写真を手に入れるまでは、兄にも似ているだろうと思っていたらしい。
 柾梓は現在、音楽大学の声楽科に所属していた。長期休学を今年四月に申し出て、大学は休んでいる。成績は声楽科で首席だったが休んだことにより首席ではなくなっている。生徒の評判もよく、誰とでも息が合い、人当たりもいい人間だ。問題があるようには見えない。休学は父親が死んだことと関係しているのだろうと周りは噂していた。父親とは仲がよく、よく自宅を訪ねていたのだという。
 その父親が飛び降り自殺をした時の第一発見者が柾梓である。前日に父親と将来のことで話し合っていた時に喧嘩になり、翌日謝りにきたら窓が開きっぱなしでそのベランダの下に父親が飛び降りているのを見つけたという。
 体調不良で学業を休む休まないが原因の喧嘩だったらしいが、柾梓はショックのあまり実家に引きこもった。元々体調を崩したことで実家に戻っていたため、そのままそこで暮らしていたという。
 彼の部屋には誰も入ったことはなく、警察が来るまで掃除もせずにそのままだったという。だから母親はもちろん、養父さえも柾梓がストーカーになっていたことすら知らなかった。
 更にストーカーの相手があの榎木津透耶(えのきづ とおや)であることに母親だけが反応した。
「何から何まで柾登の真似したってかわいい柾登になれるわけないってことどうして分からないのかしら」
 というのである。
「榎木津透耶(えのきづ とおや)は柾登の物なのに、欲しがるなんて下品だわ」
 側で聞いていた警察官ですら不快感を顔に出すほど、母親は柾梓に辛辣であり関心がないようだった。
 子供が母親の関心を引こうとして、兄のようになろうとすることはよくあることだ。なのにその子供に暴言を平然と吐く母親。どれだけ柾梓がゆがんでいるのか。兄の柾登と同じことをして母親の関心を引くために、兄が好きだった榎木津透耶(えのきづ とおや)に関心を持ち、ストーカーにまでなった柾梓。それを下品だと言い切る母親。会社経営不振で自殺するが親子仲がよかった父親。死んでもなお母親に溺愛され続ける兄の柾登。そんな母親を止めもせず、義理の息子さえも金でなんとかできると思っていた義理の父。家族に恵まれず不幸になる弟の柾梓。
「同情する部分はあるが、それがストーカーをしていい理由にはならない」  
鬼柳がはっきりとそれを口にする。
 いわゆる家庭の問題に毎回透耶を巻き込むのは真下家のいやなところだ。
 更に家宅捜索をした結果、ゆがんでいる母親は未(いま)だ柾登の写真をたくさん部屋に飾って、透耶の本をたくさん並べ、さらには透耶と柾登の結ばれた未来を日記に書き綴(つづ)っていたのだという。柾登がやっていた妄想日記をあれから六年も続けていたのだという。
 日記には透耶の記事や写真を貼り付け、柾登に毎回報告し、妄想日記を書くのが日課だったらしい。母親は既に精神を病んでいる。義父はそれを知っていてもそれ以外で彼女がおかしいところはないと言い張った。それどころか、記事を集めるのも手伝っていたのだという。
 この義父にあたる永野(ながの)貴史は、会社経営等の能力は天才的なほどの商才を持つらしいのだが、そのほかの性格が非常に問題がある人間だった。だから真下文(ふみ)との結婚は、周りが押し付け合いをした結果、狂っているもの同士が収まったという。
 先の透耶の過去のこと暴いた記事の時の永野貴史の行動は、まさにその狂った部分が発動して出版社を追い詰めた。妻のわがままを叶えるためには何でもする性格で、方法は狂っている。
そうした狂ったところは更に進行していて、捜索であらわになったのは、死んだ柾登の嫁として榎木津透耶(えのきづ とおや)と死者柾登と結婚
をさせようと計画をしていたことが分かった。
 そこから永野が従兄弟(いとこ)を使って、透耶を誘拐する計画を立てていたことも発覚した。事の発端であったチンピラによる透耶誘拐未遂事件は永野が企てたことが分かったのである。
「つまり……別々の事件だけど、根っこは同じってこと?」
 透耶もまさかこんな繋がりがある事件だとは思わなかったので呆然(ぼうぜん)としている。
「誘拐は義父永野の仕業で、ストーカーを操って透耶さんに近付こうとしていたのが息子の柾梓ってことですよね。その大元(おおもと)が真下柾登の妄想で受け継いだ母親が助長させていたと」
 口に出して言っても納得できる話ではない。石山や富永どころか、聞いていた執事の松崎(まつざき)でさえ首を振ってあり得ないと口に出そうとしたほどだ。
 誰も結託はしていなかった、ただ母親の暴走に巻き込まれた家族が更に強行に走っていたという事件である。
 原因が真下柾登の自殺事件だろうという透耶の想像は当たっていた。
 永野貴史は誘拐未遂で逮捕されたが優秀な弁護士が付いて保釈されている。母親には罪はなく、無罪放免。息子の柾梓は未(いま)だ行方不明だ。行方不明になる前に父親が現金二千万円を口座に振り込んでいて、それがごっそり引き出されたのが鬼柳恭一が二度目に襲撃された日だった。
 つまり危害を加えようとして失敗し、逃走したというのが警察の見解だ。
「けど記者を殺した殺人事件がまったくの別人だとは言い切れない」
 柾梓が殺したと考えた方が自然だと言うのだが、鬼柳や透耶の考えは違っていた。
「しかし柾梓にそこまでやれるほどの技量はないかと思われる」
 と鬼柳が言う。
 確かに柾梓は狂っていたとは思う。母親や義父があれでは問題なく育つ方が不思議である。唯一まともだった父親が死んだことでたがが外れたのは間違いないが、そう簡単に人を滅多刺しにしたりできるとは思えない。
 実際柾梓は要領はいい方であった。探偵を使ったり、元々いたストーカーを使ったりと、自分が苦労することなく透耶のストーカーになっていた。
 だがやり方は悪質であるが、ファンの域を出ていないように思えた。
 透耶が使ったメモを集めたり、記事を集めたりといった証拠品しか出ていない。だから取材記事も欲しがったという理由は認められるが、殺しまでしてというのは割に合わないと考えるはずだ。
「……柾梓が誰かの協力をしていたように、柾梓を協力していた人間が保坂以外にいたとすれば……」
 富永がそういうと鬼柳が続ける。
「そうなるとその人間は人を殺してもいいと思うような殺人鬼しかいない」
 それを受けて石山が言う。
「過激な思想にさらされ続けた柾梓が鬼柳様を殺そうと計画して実行したというのは納得できる推理です」
「そして柾梓はその殺人鬼と逃走中」
 鬼柳が意味ありげに言うと、透耶が口を開く。
「今の段階で柾梓が犯人である可能性が高いって警察が調べている。けれど今推理した殺人鬼が別にいるという証拠は何もない。柾梓は現金二千万円を全額下ろして逃走中だけど、顔は割れている。もし殺人鬼が行動を共にしているとすれば殺人鬼が次にする行動は……」
 透耶が推理作家らしく現状を整理すると、鬼柳が続けた。
「柾梓の殺害が一番濃厚だが、問題は柾梓と殺人鬼の関係だ」
 それに透耶が続ける。
「柾梓が殺人鬼を使っている気でいるなら殺されてると思う。でも柾梓を本当に思って協力しているつもりの殺人鬼なら匿(かくま)ってくれる」
「そこだ。柾梓は確かに他に協力者がいる関係で活動しているが、基本本人が行動していることの方が多い。殺人鬼はそれに感化されて行動をしているとすると、柾梓の感情に感化されている可能性もある」
 鬼柳が言って、この場合は大問題だと言った。
「真下家の人間は、狂ったような一途(いちず)な人間が多い。それに感化された永野貴史がいるように、過激な方が勝手にやっていることなのかもしれない。そして感化された結果、より過激になっている、殺しまでやるほどだ。そいつが透耶を欲しがりだしたら厄介になる」
 永野貴史のように過激な行動をとる人間が協力者だとすれば、追い詰められた犯人が取る行動など一つしかない。
 最初から一貫している目的である榎木津透耶本人を得ることだ。


 永野貴史が逮捕され、透耶の誘拐未遂が報道されると真下家の事件はすぐにワイドショーのネタになった。息子の真下柾梓(ました まさし)が榎木津透耶へのストーカー犯罪の関連で指名手配されたことも相まって、兄弟揃って榎木津透耶への執着があったこともあり、報道は過熱。
 だが透耶への取材は相変わらずできなかった。一連の事件の対応から透耶は表舞台には出てこなかったのだが、今回は弁護士を通じて声明を出した。
 警察の事件捜査はまだ終わっておらず、結果や結論をこちらが口にすることはできないことや捜査関係のことを口外することができないこともあり、取材は一切断る旨。
 確かに被害者がどう思っているかなんて、考えれば分かることを取材合戦しても仕方ない上に、現在もまだ犯人が逃走中である。犯人を刺激するようなこともいえないことは誰にでも分かることだ。
 だがマスコミは、記者が殺された事件も関連して納得はしなかった。
過激報道は加速するばかりで視聴者は置いてけぼりを食らう。ワイドショーや雑誌にさすがの視聴者も苦言を呈すようになった。さらには警察の捜査を妨害するようなことまでおこり、警察とマスコミの対立まで起こった。
けれど進展しない事件だ。
 一ヶ月後にはワイドショーで進展があったら少し触れるだけにまで落ち着いた。
 新聞は既に新しい世界情勢に写り、円安だ円高だと騒いでいる。
 女性週刊誌は不倫だ隠し子だと芸能ネタで盛り上がり、世間の関心も一部の人を除いて榎木津透耶の事件にはなくなっていた。
 だが捜査はまだまだ続いていて、真下柾梓(ました まさし)の指名手配も続けて行われているが、見つかる気配すらしない様子から、他に匿(かくま)っている仲間がいると断定。身辺を洗っているが有力者は見つからない。
 
そんな中、透耶は出版社に出かけることになった。
 出版社での対談雑記という感じでの取材で、これが透耶の人前でする仕事の最後となる。既に発売した書籍は飛ぶように売れたのだが、肝心の透耶個人の感想やインタビューがないままだった。
 本当なら一ヶ月前に収録もあったのだが、真下家の騒動で当事者である透耶の身動きがとれなかったので今回に変更になった。これ以上引き延ばせてもまた何かあっても駄目だろうし、節目が過ぎれば取材すら意味がなくなるという社長の泣き落としで出版社の近くのホテルを借りてすることになった。