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switch外伝9 play havoc21

 榎木津透耶(えのきづ とおや)誘拐監禁事件、及び、女性雑誌記者殺人事件、及び、丸山太一殺人事件、真下保(たもつ)殺人事件。様々な罪状が読み上げられる事件であったが、判決は意外に早く出た上に、刑がすぐに確定した。
 その時には取り上げられたが、一瞬思い出して終わるニュースや記事として二三日騒がせたが、刑が決まった事件のおさらいを見ただけで人の興味は別に移っていた。
 榎木津透耶がSPを連れて自宅付近を歩けるようになったのは、次の年になってからだった。
 事件の関係や余波で、その年は自宅に帰ることができなかった。
 透耶と鬼柳はその間に日本各地を旅行と称して回り、秘境の温泉などを楽しんだ。透耶は鬼柳と付き合いだして初めて、お正月を家以外で過ごした。
 周りに何もないところを選んで出かけたから、人と会わずに最小限の人たちとだけしか会話はしてない。危険は少ないため石山や富永が交互に透耶たちの旅行に付き合った。場所によってはSPなしのこともあったくらいだ。
 何かの予行演習のように、二人は二人っきりでいることを望んだ。その間に事件は起こりはしなかったが、あれだけの大きな事件の後だからだろうと二人は思っていた。
 そして年が明けてから、鬼柳の写真集の話が再び浮上したことで、自宅に戻ることにした。
 帰ってきてみると、騒がしかったのは三日ほどで、周りは落ち着いていた。
 近所にも迷惑をかけたことを挨拶に回ったりしているうちにいつもの日常が始まった。
 ほとんどテレビを見なかった透耶は、自宅に戻ってやっと事件の続報を耳に入れた。
 弁護士からは民事裁判で接近禁止命令など、透耶に近付いていたストーカーと探偵に命令できたと報告された。
 事件が事件だけに早急に判決され、ストーカーたちはすべて引っ越しを余儀なくされた。さすがに事件の共犯にはされたくないからだろうし、犯人に居所を知られているのは怖かったのか、全員が判決が出る前に東京から引っ越していた。
 真下柾梓(ました まさし)は、透耶を抱けたことだけは満足しているようで、透耶とのことは後悔していないと言っているらしい。どうやら兄に勝ったなど口にしているらしく、もう死んでいない兄の所業よりも自分が勝っていると言いたいようだ。
 ずっと兄の存在に辟易していたけれど、勝てるところが何もなく、挙げ句そんな兄を慕っていた部分もあった。その折り合いが付かない部分が漏れているらしい。
 よって前の犯人ほどの執着はしていないが、興味は失っていないようなので出所できたとしたら、何かしら手を打っておかないといけないだろうということだった。
 島田洋司は死刑が確定だと言っていた。殺した動機や人数、本人に障害などが認められなかったため、死刑でなくても無期懲役だろうが出てくるとしても二十〜三十年とかかるだろうから、透耶たちの呪いが発動していれば、会わずに終わりそうだった。
 真下柾梓も共犯という位置づけから、殺人は行っていないが、悪質かつ身勝手な犯行だからなのか、検察も実刑二十年という最大になる刑期を望んで戦ってくれている。減刑されたとしても十五年は固くあるようなので、これも透耶たちの呪いが先に発動しそうだった。

 すぐに始まった裁判では、透耶は別室尋問という形で証言をしてきた。被告弁護士は意地が悪い質問をしてはきたが、透耶は落ち着いて答え、透耶の弁護士は意地の悪い質問や関係ないものには異議を唱(とな)えたりとして透耶がやるべき証言はきっちり終えた。
 本人たちが罪を認めて、裁判で無罪を訴えたりもしていない裁判は、各事件の詳細を裁判長が読み上げ、それに間違いはないと答えるだけとなっていた。傍聴人があっけにとられたほど、簡単に作業のように進んだ。
 二回目もほぼそうした内容だった。
 三回目は判決が出る裁判になり、真下柾梓は懲役十七年となった。殺人事件の共犯ではないが、知っていて通報もせず共同生活をしていたことや、その流れがストーカーをするためであるなど、身勝手な内容であったためだ。
 本人の反省はゼロで、生まれ変わってもやると言い切るなど態度の問題もあった。
 それでも殺人の現場に行っていないことだけは島田の供述から分かっているため、無期懲役は免れたところだろう。
 島田洋司は、死刑が確定した。殺人事件の主犯であり、七人殺していることや本人が明確な殺意を持っていたことや、物品を奪うためという短絡思考など、反省はゼロだったことが裁判員に不快感を与え、精神的におかしな部分はあるけれど、それを考慮しても足りないほどの殺人であることから、求刑通りの死刑になった。
 うまくやれば無期懲役だったのだろうが、弁護士の作戦を無碍(むげ)にする島田の態度に、最後は弁護士も弁護を諦めたほどだ。
 双方とも上告はせず刑が確定した。
判決が出たことで、民事裁判の方も進み、殺された記者への賠償も認められた。だが島田洋司一人の犯行であることが証明されたところ、真下柾梓に殺人の賠償が認められなかった。
 その島田洋司の両親は既に自宅から夜逃げしていて、息子の不祥事の始末などしない意志を見せた。島田は成人しており、既に働いていて家を出ていた島田の両親には賠償請求はできず、穏便派は請求だけ通して実際には支払いはない状態ではあるが、仕方がないと諦めた。穏便派には島田の賠償請求は認められ、島田は持っていた全財産のうち両親から振り込まれていた数百万をそれに当てたるように弁護士から勧められた。
 強行派は両親に賠償を求めた裁判をしようとするも、そもそも両親に賠償はできないという法律があるため却下されていた。
そうして事件は、その年のうちに判決までスピード解決をして終わった。
 その年を騒がせた事件として名前を出されるも、年明け早々に芸能人のダブル不倫が報じられるとマスコミや人々の関心はそっちへと移っていった。


 
 事件のことが片付くと、透耶たちは家の整理を始めた。
 鬼柳と透耶は旅行中に二人で話し合っていたことがある。
「なあ、透耶。これから俺の計画に付き合わない?」
 と鬼柳が言い出した。
「何の?」
 透耶はそう尋ね返した。
「ほら、世界中旅行するやつ。ちょうど俺も透耶も仕事終わったとこだし、休暇みたいな時間だろ?」
「あ、それ前に言ってたやつでしょ。うん、いいよ」
 透耶は軽く返した。
「で、どこから始める?」
「恭の故郷」
 透耶がそう言うと鬼柳はまあそうだよなと首を縦に振った。
「前は時間がなかったし、大変だったしな」
「恭は京都の実家の周り散策したし、学校とかも行ったしね。俺は恭の実家しか行ってないし」
「じゃあ俺のルーツ探しで決まりとして、アメリカの中を一年くらいぶらぶら回ってみるか」
「うん、グランドキャニオンとかも行きたいし、夏のあのカナダの別荘も行きたいし」
「あーそうだな。じゃあアメリカ横断して、カナダに飛んでだったら半年か」
「いいね」
 そういうふうに話していたので、鬼柳の写真集の写真を決めるために来日したワシントン映像協会の人たちが面白そうに言った。
「ならアメリカで恭一の写真展もやろう」
 という話になった。
「別にやってもいいが、俺はいかないぞ」
 そう言うのが鬼柳である。自分が関係ないところでやってくれるなら、勝手にやってくれと言うわけだ。ただそういう写真展は本人が挨拶をして回ったりすることがあるので、それは嫌だというわけだ。
「そう言うわけにはいかないんじゃない?」
 透耶がそう言うと協会のジョン・クラストは頷いている。
「俺の時もそうなんだけど、スポンサーが付かないと個展ってできないでしょ。個展を開いている段階で、お金を出してもらっているのに、作者は来ませんでしたじゃスポンサーの顔も潰しちゃうでしょ」
「だったらやらない」
 鬼柳は基本的に面倒くさいことはしない。その面倒がどういう範囲に当たるのかは、基本とずれている。家事は大好きなのに、人前に自分をさらすことは基本的に面倒なことだと認識しているようなのだ。
 こう鬼柳が言い出すと、無理に進めるのは困難になる。
 鬼柳はそう言うと、休憩しようと言ってコーヒーを取りに行った。
 それを見送ったジョンは、透耶の方を向いて言った。
「まずかったかな? 彼、怒ってるでしょ?」
「怒ってるというよりは、写真集を出すだけだと思ったのに、次から次へと面倒が増えてて投げたくなった感じかな?」
「え! じゃ写真集もなしに!?」
 ジョンは驚いて叫ぶ。
「こんな素晴らしい作品を写真集にするのができなくなるのか!」
 そうジョンが言うので透耶も頷く。鬼柳の今の気持ちはもう辞めたいになっているのだ。
 協会のホーク・ハドソンは鬼柳と付き合いが十年に及ぶのだが、彼がどれほど人前に出ることを嫌うのか理解している。何せ、あの新人賞の授賞式をすっぽかしたほどの面倒くさがりだ。ハーパー賞も鬼柳が取ることは確定した時に、賞の選別に選ばれたこと自体を辞退したほどの面倒くさがりだ。(結局ハーパー賞は鬼柳を選んだ上で、鬼柳が受賞を辞退したという結果になっている。その辞退のおかげで他の賞にノミネートされるも賞には選ばれてない)
 あの宮本雅彦ですら説得することができず、一時仲違いをしたくらいの筋金入りだ。
 それを聞いて透耶はうーんと唸った。
「多分個展のスポンサーって、大きなところが二つくらい付くと思うんで、それが嫌なだけなのかも……」
 透耶がそう言ったので、説明をした。
 エドワード・ランカスターとジョージ・ハーグリーヴスという鬼柳の知り合いの二人だ。エドワードは言われなくても協会の人は知っている。一昨年にホテル内のパンフレットに写真を使った人物、そしてホテル業界やボディガード養成所など様々な会社を経営するランカスターグループの御曹司。
 ジョージはホテル内の飲食業の大元締めで、全世界でカフェチェーン店を持つエレクトラの社長。鬼柳と透耶のことにかけては何を使ってでも応援してくれるのだが、やり方が金に物を言わすという、富豪のやり方であるが、必要なことに使うから断れない作戦で攻めてきて拒否できなくする人だ。
「恭一、そんな有名なスポンサーがいて、使わないんだな……恭一らしくて……」
 透耶はそれを聞いて違うんだけどなーと思った。ただ単にからかわれるのが嫌なのだ。透耶や綾乃を罠にはめているところを何度も見ているだけにだ。ただで済むわけがないと。
「だが写真集は出したいようだし……どういうことなんだ?」
「あ……それ、俺が見たいなぁって言ったからやる気になってるだけかと……」
 透耶がその話を聞いた時にそう言ったのだと言うと、ジョンやホークは呆(あき)れた顔になった。まさか本人のやる気が恋人のおねだりだったとは、思わなかったのだ。
「あいつ本当に人が変わったな」
「気持ち悪いくらいだけど、他の人への対応は変わってないから変わってないように見えるだよな」
 二人はそう言ってため息を吐いた。
 恋人がとりあえず写真集を見たいと言っている間に写真集の決定だけだし、今回選別した写真で作ることを余儀なくされた。ここで鬼柳が更に機嫌を損ね、恋人に辞めたいと泣きついたら最後だ。せっかくの企画が台無しだ。
 そして差し迫る問題が一つあった。
 その写真集のことで透耶は二人に内緒で頼まれたことがあった。
「著者の写真が欲しい?」
「はい、本人がどうしても撮らせてくれないので、報道の集合写真はあるんですが、著者近影に使えるようなものが一枚もないのです……情けないながら」
 それを聞いた透耶は、仕方ないかと自分が持っている写真を幾つか見せた。
 鬼柳を試し撮りしていたもので、今でもたまにやっていることがある。最近はデジタルカメラの方が多く、一眼レフで撮る鬼柳を透耶が撮り返して遊ぶというものだが、それが二人には受けた。
「凄い、これ」
「いいね、データだから印刷にも耐えられる」
 鬼柳がカメラを構えて笑っている写真や、カメラのフィルムを変えているところなどがたくさんあるのだ。
 その中から、顔がカメラで隠れてない写真で、窓際でカメラの掃除をしている鬼柳が選ばれた。
「ありがたくお借りします」
「いやぁ、意外なものがたくさん見られたな」
 二人はそう言う。
 鬼柳が透耶を見ている目線がそのまま写っている写真なので、普段のぶっきらぼうな鬼柳とは違った写真であるが、真剣である姿など、協会の編集部にいる人は見たことはない姿だ。挙げ句笑顔で写真を撮られる鬼柳の姿なんて、一生見られないと思っていた。
「恭、作者近影の写真、ここから出したけどいい?」
 透耶は帰ってきた鬼柳にそう尋ねる。鬼柳は人数分のコーヒーとお菓子を持ってきた。それをテーブルに置いてから透耶の元へ行く。
「どれ?」
「これがいいって」
 透耶はそう言ってデジタルカメラを操作する。出てきた写真を見た鬼柳は、ん?と顔をしかめる。
「これいつの?」
「一昨日の」
 透耶がそう言うと、鬼柳はああっと納得した。撮られた記憶がないのでいつのか分からなかったのだ。
「こんなのいつの間に」
「こっそり近付いて撮ったの。だって恭ってば、俺が何か言ってカメラを向けるとこういう顔しないし」
 と透耶は言う。それに鬼柳はそうか?と首をかしげる。
「こういう顔がいいのか?」
「だってこういうのあまり見ない顔だし、かっこいいから」
 透耶は素直にそう言っていた。
それに鬼柳の顔が照れたようになった後満面の笑みになる。
「そうか」
「うん」
 二人で見つめ合っていつものように笑っているが、鬼柳恭一の少し照れたような満面の笑みを彼と出会って初めて見た協会の二人は、お互いに顔を見合わせて、思わず神に祈った。
「oh my God!」